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第三十三話『千尋さんとコアラ』

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「ねえ見てみて、コアラが寝てるよ! 近くで見ると思った以上に大きいんだね……?」

「確かに、想像してたより結構大きいかも。木にしがみついて爆睡してるの自体はすっごいイメージ通りなんだけどさ」

 コアラと僕たちを隔てるガラスにへばりつくようにして立ちながら、千尋さんはテンション高めに僕に語りかける。両手で木に抱き着いてすやすやと眠るコアラは、僕たちから注がれる熱い視線なんかどこ吹く風と言ったところだった。

 やはりその姿は人気なのか、平日にもかかわらずコアラの前にはそこそこの人が居る。と言ってもすぐに最前列に来れるぐらいの規模だったあたり、遠足としてここに来た意味は結構あるんだろうけどね。

「おお、思ったより毛深いのな……。やっぱりイラストとかだと色々デフォルメされてんのかね」

「そりゃそうだと思うよ。そんなこと言ったらパンダとかもあんなにきれいに白黒してるわけじゃないだろうし」

 少し違う着眼点でコアラを見ている信二に、僕はそんな言葉を一つ。別にコアラやらパンダやらに限らず、動物ってのはきっとデフォルメされた上で作品とかに落とし込まれているものなのだろう。……仮に僕がパンダを小説の中に出すんだとしたら、毛の汚れとかはとりあえず考えないで白と黒が綺麗に分かれてるって描写をするだろうし。

 描き出される現実と実際の現実が違うってのはそう珍しい話でもなくて、そのギャップを避けることはとても難しい――なんて、まかり間違ってもコアラの前で思う事ではないんだろうけど。やっぱり内心気乗りしていないのか、そんな考えばかりが頭をよぎっていた。

「ねえ照屋君、あたしとコアラのツーショット取って! どうにか自撮りっぽくしたかったけど、やってみるとこれがなかなか難しくてさ……」

 そんなことを考えている最中、唐突に千尋さんがピンク色のスマホを僕の方へと差し出してくる。その頼みを受けて、僕はちらりと信二の方を見やった。

 その視線を受けて、信二はコクリと首を縦に振る。……それは、どっちの意図なんだろう。テレパシーなんてできないのは分かっているけれど、それができないことがとてもとてももどかしかった。

 まあ、テレパシーができるなら最初から板挟みの状況に陥ることだってなかったんだろうけど。結局のところ、この状況を脱するためには僕が明確な答えを出さないといけないってことなんだろう。

「……そういう写真だったら、信二の方が撮るのには向いてると思うよ。僕よりも携帯で写真は撮り慣れてるだろうし、きっといいのができるはず」

「そっか……それなら桐原君、写真頼んでもいい?」

「おう、俺に任せとけ! 写真だったら一日に四十枚は取ってるからな!」

 僕の助言を受けておずおずと頼み直す千尋さんに、信二は言葉を詰まらせながらも堂々と受け応える。……ちなみにだが、四十枚ってのは流石に嘘だ。多分もう少しやりようがあったんじゃないかと、横からそうアドバイスをしたくて仕方がない。

 ただまあ、そういう誇張した表現もまた信二の人柄って奴だろう。……実際のところ、千尋さんから受け取ったスマホを構える信二の姿は結構様になっていた。

「ほかの人も撮りたいかもだからな、手早くいくぜ? ……はい、チーズ!」

 景気よく声を上げて、かしゃりとシャッターを切る。……三人でその画面をのぞき込んでみれば、そこには満面の笑みを浮かべた千尋さんと寝ているコアラが並んで映っていた。

「……うん、とってもいい出来! ありがとね、桐原君!」

「おう、これぐらいだったら任せとけ! また写真撮りたかったら言ってくれよ?」

 千尋さんのお礼に笑顔で応じながら、信二はスマホを返そうとする。……だが、それに待ったをかけたのは意外にも千尋さんだった。

「待って、もう一枚だけお願いしてもいいかな?」

「……おう、分かった。それじゃあ手早く取っちまおうぜ」

 唐突なその提案に、俺と信二は揃って少しだけ戸惑う。……だがしかし信二はいち早くそれを呑み込んで、スマホを再び千尋さんへと向けた。

 その二人の様子を、僕は一歩引いたところから見ている。スマホのカメラに向けられる千尋さんの笑顔は、きっとさっきみたいに眩しいものなんだろう。……それはいいことのはずなのに、なぜだか胸の奥がざわついて仕方がなくて――

「ほら照屋君、一緒に撮ろ!」

「ほえっ⁉」

 そんなことを考えて居ると僕の身体が急に引き寄せられる。気が付けば僕の右肩は千尋さんとぴったりくっついていて、僕たち二人は揃ってカメラのファインダーの中に収まっていて。

「ほら桐原君、撮って撮って!」

「あ、ああ!」

 その状況を呑み込むことが出来ないまま、信二は千尋さんの言葉に頷く。……それに少し遅れて、僕もカメラのレンズへと視線を向けると――

「――せっかくの遠足なんだもん、最高の思い出にしないとね?」

 そんな声と一緒に、カメラのシャッターの音が軽やかに響いた。
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