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第二十七話『僕の立ち位置』

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 あまりこういう表現はしたくないけれど、面倒なことになった。

 千尋さんと信二とのんびり回ることができるなら遠足もいい行事にできると思っていたのだが、どうやら信二はこれを千載一遇のチャンスだと解釈していたらしい。……まあ、確かにその考え方も間違ってはいないんだろうけど。

 千尋さんという存在は、他の人たちにとってそれだけ大きな存在なんだろう。眩しくて見上げるような存在だけれど、決して距離感が遠くなることはない。同じように肩を並べているんだって思えるからこそ、千尋さんは誰からも慕われる存在になれているのだろう。

 だからこそ、だからこそ今回の信二の頼みは余計にややこしい。僕が仮にそういう立ち回りをして千尋さんと信二の距離を近づけることができたんだとして、それが特別なものになっていくのかは不明瞭だ。……というか、そういう感情が千尋さんに芽生えるのかどうかも正直よく分かってないし。

 これが他の人からの頼み事だったら一も二もなく即座に断っていたところだったけど、信二は僕にとって大切な友人だ。ああやって頼みごとをしてきたのも誰でもよかったんじゃなくて、そこにいたのが僕だったからだろうし。

 だから、僕はその願いを断りたくない。……そうなると問題になってくるのは、『僕にそんな器用なことができるのか』ってところと『遠足って行事をそういう目的だけで消化してしまっていいのか』という所だった。

 前者は簡単、僕にそんなコミュニケーション能力はない。やるとして多少の不自然さは残ってしまうし、そんな中で自然に距離が詰まるかというと怪しいところだ。……いくら今からあれこれと作戦を練るにしても、この不安要素が消えることはないだろう。

 だけど、そんなものはもう一つの問題の前では些細なことだ。……遠足を信二と千尋さんの接近のためだけに終わらせてしまって本当にいいのか、僕は今でも決めあぐねているんだから。

 一応、信二には『できる限り頑張ってみる』という返事はした。……だけど、本心はとてもじゃないけど乗り気だとは言えない。それはさっき言った技術的な問題もあるけれど、その大半は精神的なところに端を発していた。

 そんな細かいところに何の意味もないのかもしれないけれど、千尋さんは信二よりも早く僕に声をかけてくれた。クラスの人望とかで言うのであれば、人気者であるのにどの班にも属していない信二と組んで、その後に存在感のない僕を人数合わせで勧誘するって流れの方が自然なのに、だ。

 二週間千尋さんとあれこれ話したり一緒に出掛けたりしてきた中で、千尋さんが想像していた以上にしたたかなことができるっていうのは気のせいじゃない事実へと僕の中で変わりつつある。……小説が読めないっていう重大な問題を悟られないようにしながら生活できてるあたり、それは至極当然なことなのかもしれないけれど。

 だからこそ、千尋さんなら一番波風の立たない声のかけ方は分かっていたはずだ。……だけど僕に声をかけた時、教室は大きくどよめいていた。

 分からない。本当に千尋さんは気づいていなかったかもしれないし、気づいたうえでそうしていたのかもしれない。……どちらとも分からないくせにこっちから聞くことができないのが、この問題のややこしさをさらに跳ね上げていた。

「……こんなこと、千尋さんが聞いたら絶対納得しないだろうしなあ……」

『照屋君も何かあったら相談してきていいんだからね!』なんて頼もしいことを言ってくれるのが千尋さんという人なのだが、こればかりは怒られるような気がしてならない。……二人の前で敢えて僕の存在を薄めることは、どうにもよくないことに思えてならなかった。

 だけど、僕には信二の言い分も筋が通っているような気がしてならないんだ。『青春がしたい』ってずっとずっと言ってきたのを、僕は一年間見てきているから。

 そして、この機会は僕が見てきた中でも一番大きなチャンスだ。それを逃したくないって気持ちは痛いほどわかって、その本気度はひしひしと伝わってくる。……だから、『こんなのはよくない』っていう理性の声を素直に受け入れられない。

「……本当に、どうしたものか」

 駅へと向かってとぼとぼと歩きながらそう呟いて、僕はため息を一つ。どんな判断をしても間違っているような気がしてならなくて、だけど誰にもその正解を問いかけることができない。……何を正解として踏み出すかは、最終的に僕しか決められないことだった。

 きっとこの作戦がうまく行けば、千尋さんと信二がお似合いの二人になる未来もあるんだろう。もちろんファンクラブの面々には敵視されるだろうけど、それでも信二だって随分な人気者だ。……そんな二人がくっつけば、誰も表立って文句は言えないだろう。

 そうして二人はお互いを特別な存在にしていく中で、たくさんの思い出を作っていくんだ。そんな風に過ごす三年間は、きっと信二が夢見ていた『青春』ってやつそのもので――

「……あ、れ?」

 そんなもしもの光景を思い描いていた時、僕の胸に唐突に鈍い痛みが走る。……その痛みは、過去に味わった『あの痛み』にとても良く似ていた。

――見えなかった。信二の作戦が成功した時、その二人の近くに僕がいる光景が想像できなかった。いつも信二と千尋さんは二人でいて、その周りには二人を慕うクラスメイトとかファンクラブの面々がいる。……だけど、どれだけ目を凝らしてもその中に僕の姿はいなくて。

 それを誰も気にせずに、その光景はキラキラと輝いている。……それが痛みの根源だと知った瞬間、僕の中にはっきりと一つの疑問が浮かんだ。

――もしも信二の頼みが叶えられたなら、僕が二人の特別な存在になることはとても難しい。だってお互いの視線の中心にはお互いがいて、そこにピントが合わせられているんだから。

 もし仮に僕の才能が花開いて、全ての計画がうまく行ったんだとして。……そうなることで二人にとって特別でなくなった僕を、二人は――

「……二人は、忘れずにいてくれるのかな」

 そんな問いが口をついて出てきて、僕は思わず足を止める。……信二の頼みが僕にもたらすかもしれない影響は、想像以上に大きなものであるようだった。
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