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第二十話『僕は明かさない』

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――今僕が連載に向けて書いているのは、残酷な世界の中で必死にもがく兄と妹の物語だ。持って生まれた力に生まれてから築き上げられた絆を掛け合わせ、何度も傷つきながらもそれでも前に進むその話には、一応のゴールが設定されている。

「……ここの花畑、そのイメージとぴったり噛みあう気がするんだ。いろんな花が咲いてて、色も様々で。だけど隣り合って咲けてる、調和の取れた場所みたいだからさ」

 資料に掲載された写真を見ながら、僕は千尋さんにそんな理由を付け加える。この場所を時価で見られれば二人の物語はもっと彩られるだろうと、そんな確信が僕にはあった。

「へえ、そんなお話の構想があったんだね……。というか、それなら朝にその話も教えてくれればよかったのに」

「まだ未完成だからさ、どうなるか分からないところが結構な数あるんだよ。……大丈夫、ちゃんと物語として一区切りついたら改めて千尋さんにお話しするから」

 僅かに口をとがらせる千尋さんにそう説明すると、一瞬にして表情が明るいものに戻る。遠くから見ているといつも明るくてプラスの感情を纏っているように思えるけれど、その実態は負の感情からの脱却が早いだけなんだよな……というのは、この二週間の中で発見したことの一つだった。

「うん、そういう事なら大丈夫! ……というか、決まってない部分があるのに書き出すんだね?」

 笑顔で頷いてから少しして、千尋さんは今気づいたかのようにそんな質問を投げかけてくる。そういえば今作ってる作品のことを話したのは初めてだったし、そう思うのも確かに納得できる話だ。

 だけど、こればかりは小説を書くようになってからずっと揺るがない部分でもある。僕は大きく首を縦に振ると、指を人形のように使いながら話を始めた。

「僕の場合はそうだね。ストーリーの流れがどうというより、そのキャラがどんな性格で何がしたいかがはっきりしてることの方が大切だから。それに自然としたがってると行き先とかが決まって、最終的に大きな目標にたどり着く、って感じかも」

 人差し指と中指を足に見立てて机を歩かせつつ、僕はできるだけ噛み砕いて自分のスタイルをそう説明する。……だが、少しピンと来ていないのか千尋さんは僅かに首をかしげていた。

 まあ、確かに読めないものに対する創作論を聞かされてもあまりピンとは来ないだろうしね。理解力とか読解力とか、そういうものが求められる地点のさらに前の位置に千尋さんはいるわけだし。

「……ええとね、例えば『全国大会で優勝したい!』って目標を持ったキャラが生まれるとするじゃん? そうした時に僕の方から『どこに行きたいか』を指定してそこに行かせるんじゃなくて、『じゃあ優勝するためにこのキャラは何がしたいのか』ってのを考えて行き先を決めるって感じ。舞台になる場所が決まってるんじゃなくて、そのキャラが向かった場所でいろんなイベントが起こるんだよ」

 コーチと会ったりライバルと遭遇したりね、と僕は最後にそう付け加える。スポーツというイメージが明確にあることで少しは分かりやすくすることができたのか、千尋さんの表情は明るいものに戻っていた。
 
 こういう話をしててよく思うけど、やっぱりスポーツって共通言語みたいなところがあるよなあ……。僕自身はあまり運動神経がいい方ではないけれど、こういうたとえ話の時にスポーツはとても分かりやすい想像を提供してくれる。小説が読めない千尋さんでも、スポーツを通して生まれる現実のドラマなら心当たりがあるだろうしね。

「小説を書くのって奥が深いんだね……。あたしってば最初から最後までがっちりと筋を決めてから書き始めるものだと思ってたよ」

 小学生の時の読書感想文みたいにさ、と千尋さんは付け加える。そう言われると確かに学校の作文授業だと事前にメモを書いてから本文に行きましょう、みたいなことを言われるもんなあ。個人的にはあまり好きではない作業なのだけれど、それも授業としては必要なものなのだろう。

「……というかそれで思ったんだけどさ、千尋さんって作文の授業とかどうしてるの?」

「んーとね、ああいうのはぎりぎり大丈夫なんだ。時々なんでか読めない作文とかもあるけど、『何かをまとめる』とか『感想を書く』とかならできなくはないよ。……まあ、今読書感想文を過大に出されたらあたしはひっくり返るしかないけど」

 なんせ小説が読めないからねえ……なんて言って、千尋さんはくすくすと笑う。千尋さん的には笑い話のつもりなんだろうけど、それに素直に笑い返すのがいいのかどうか僕には判断がつかなかった。

「ふー、それにしても照屋君からこうやってお話を聞くのは楽しいね! 作家さんのお話をこうやって聞くの、すごく新鮮でいい感じ!」

 事前に取ってきておいたぶどうジュースを一息に飲み干しながら、千尋さんは晴れ晴れとした声でそう語る。『楽しい』を前に押し出してくれる千尋さんの態度は、僕にとってとてもありがたいものだった。

 ま、これに関しては僕が臆病すぎるってのもあるんだろうけどね。『楽しい』って言ってくれているなら今の話題を続けてもいいんだなって、そう安心できるのが嬉しいところだ。

「……ねねね、桐原君とはこういうお話しないの? 見た感じ凄く仲良しそうだし、作家さんのことを話してみてもいいとは思うんだけど――」

「いや、それはしないかな。……多分、僕が作家だってことを知るクラスメイトは千尋さんが最初で最後だと思う」

 だがしかし、次に続いた話題で温まっていた心が冷や水を掛けられたかのように一気に冷え切ってしまう。それは千尋さんの生なんかじゃ全くなくて、どっちかって言えば僕の気質のせいだ。……だって、その質問に関してはいつか出てこないとおかしいものなんだから。

「……僕は、自分が『赤糸 不切』だってことを自分から明かす気はこれっぽっちもないよ。そんなことをいきなり言ったって、皆は困惑するばっかりだろうからさ」

 声が冷たくなっているのを自覚しながらも、それを止められずに僕は千尋さんの質問にそう答えを返す。……できるだけ淡々と話そうとしたのに、なぜか知らないうちに背筋に冷たいものが走っていて。

――どんな表情をしているか僕自身も分かっていないその顔を、千尋さんはまじまじと見つめていた。
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