千尋さんはラノベが読みたい――ラノベ作家という僕の秘密を知ったのは、『小説が読めない』クラスのアイドルでした――

紅葉 紅羽

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第十六話『僕は予感する』

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――その連絡からややあって、話はようやく冒頭に戻ってくる。僕たちは今学校の片隅に身を寄せ合って、二人でしか話せない秘密の話をぽつぽつと進めていた。

「でね、そこでこの子が言うんだよ。『どんな苦境に置かれても穢れずにあり続けられるためのよすが、それがわっちにとってのプライドさね』……って」

 目を瞑り、当時書いた物語を思い返しながら僕はできる限り抑揚をつけて千尋さんに語りかける。アレを書いたのはしばらく前の話だったけど、あの時思い描いた情景は今でも克明に思い出すことができた。

 僕は物語を書くときにそのキャラがどんな声かもしっかりと思い浮かぶタイプで、このキャラには自分の推しの声優さんを当てはめていた。その人は僕の想像の中で大体の作品に出てきて、一番印象的なセリフをさらに飾ってくれる。それを千尋さんと共有できれば一番いいのだけれど、このアニメは僕の脳内でしか放映されていないのが惜しいところだった。

「結局その人の思いが果たされることはなかったけど、プライドが最後まで折れることはなかった。……そういう意味では、ある意味誰にも負けなかった人って言えるのかもね」

「うん、あたしもそう思う。思いがくじけない限り、多分この人は何度だって立ち上がってくれるよ」

 目を開けながら僕が今日のエピソードを締めくくると、千尋さんも大きく頷いてその意見に同調してくれる。その眼は輝いていて、楽しんでくれているのだろうなというのが一目でわかった。

 あの駅のホームで思いついた僕の作戦、それは『今まで没になったり持ち込むに至らなかった作品たちのエピソードを千尋さんに聞かせる』というものだ。小説とは僕にとっての最終段階で、それに至るまでにはいろんな段階がある。そこで起こったあれこれを話して聞かせるという形ならば小説が読めなくても小説に近いものは楽しめるんじゃないか、というのが僕の推論だった。

 そしてそれは見事に的中し、加えて幸いなことに千尋さんは僕のエピソードトークを随分と気に入ってくれたらしい。カフェでの一幕から今に至るまでにもう一回外で会って話をしているんだけど、その時は三時間ぐらいずっと話し続けてたからね。

 だけどそこからはいろいろと忙しく、大体一週間ぐらい千尋さんとこうやって話をすることができなかった。その結果として千尋さんの中の衝動がうずいて、一時間目を共にサボるという蛮行に至ったわけだ。

 千尋さんの言う通り一時間目は国語の自習だし、別段咎められることはないんだろうけどね……。今心配することがあるとすれば、この強引な展開が常習化しないかというその一点だけだった。

「それにしても、これも会議に通らなかったんだね……。今あたしが聞いてる分だと、これを小説にしただけで人気になりそうなのにさ」

「ううん、そんなに簡単な話じゃないよ。……確かあの時は、『主人公のキャラがかすんでしまう』とかって理由で最後通らなかったんじゃなかったかな」

 不思議そうに首をかしげる千尋さんに、僕はあの時の苦い経験を思い返しながら語る。今こうやって千尋さんに話す時は再編集しているけど、僕の作品には何かしらの粗が生まれることがとても多い。それをならしたうえで話しているから千尋さんにはより面白く見えているのかもしれないが、編集の皆さんが下す評価はいつも適切なものだった。

 あの時の主人公はライバルの考えに押されて、自分の考えが何度も揺るぎかけていたからね。もしそうじゃなくて明確な理想を持っていたならいいライバル関係が築けたのかもしれないけど、あの時あの物語にいたのがそういうキャラだったんだから仕方がない。それ以外のどんな主人公像を当てはめようとしてもなんだかしっくりこなかったのは、書いてから一年ぐらいたった今でも覚えている。

「僕も一応商業作家ではあるけど、上を見ればまだまだすごい人はたくさんいるよ。僕はずいぶん下の方にいて、もしかしたらアマチュアさんの中にも僕よりうまい人は結構な数いるのかもしれない。……そう思うと、まだまだ頑張らなきゃなってなるんだよ」

 作家になるために相応の努力をしたという自負はあるけれども、それはそれとして僕の上にはたくさんの人が居る。作家として生きていく以上はその人たちを見上げながら足掻き続けないといけないわけだし、頑張ることをやめるわけにはいかなかった。

「うーん、そんな感じなんだね……あたしはほかの作品とか分からないし、照屋君の小説が一番なんだけどなあ」

 だけど、千尋さんは首をかしげながらそんなことを言ってくれる。千尋さんが小説を読めるようになったらその評価もまた変わってしまうのかもしれないけど、そう言ってくれるのは素直に嬉しかった。

 こうやって千尋さんに話していると、僕が今まで書いてきた物語にも意味があったんだって思えてくるんだ。『没になったからって置き去りにしたくない』って我儘でずっと覚えてたキャラクターたちの物語が、巡り巡って千尋さんにいい影響を与えてくれてるんだからね。

「……そういえば、もう少しで二年生の遠足があるよね。 あれの班決めってどうするかとか決めてる?」

 大体一本分の物語を聞き終えて満足したのか、千尋さんは世間話モードへと移行する。だがその話題は今の僕にあまりにも刺さるもので、僕は思わず頭を抱えた。

「……その感じ、まだ何もってところ?」

「まあ、そりゃね……。学校で話すのなんて信二と千尋さんしかいないし」

 しかもその二人はクラスでも中心にいる人物だから、班決めともなれば引く手あまたなんて話じゃないだろう。その中で僕が声をかけるのがどれほどハードルが高いことかは、もはや考えるだけで明白なのだけれど――

「うん、それならよかった! 遠足の班、三人からじゃないと組んじゃいけないって話だったからねー……」

 一人誘える人がいてくれてよかったよ――と。

 何かに安心したような口調で、千尋さんは僕の方を見やる。……その様子を見て、僕はすぐに悟った。

「……まさか千尋さん、僕と信二とで班を組もうとしてる……?」

「うん、そうだよ? せっかくの遠足なんだもん、今一番仲良くなりたい人と行きたいからね!」

――千尋さんのその思惑が、僕を大騒ぎの中へと放り込むであろうという事を。
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