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第十話『千尋さんは呼び出す』
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「へえ、いい雰囲気だね。隠れ家って感じで僕は好きかも」
木造をイメージしたようなインテリアの数々に目をやりながら、僕は感嘆の声を上げる。こじんまりとした見た目とは裏腹に広々とした店内は、なぜだか落ち着けるような不思議な雰囲気を放っていた。
「だよね、あたしもここは好きなんだ。料理もおいしいし落ち着くし、もっともっと繁盛してもおかしくないよなって思うぐらい」
僕の一歩先を行きながら、前山さんも楽しそうに視線をあちこちに投げる。その口ぶりからするに何回かここを訪れているのだろうが、まるで始めてきたかのように無邪気な表情だ。……何度でも新鮮に物事を楽しめるってのは、前山さんの才能なのかもしれないな。
だがしかし、そのいい雰囲気とは裏腹に店内はがらんとしている。見る限り一人もお客さんはいないし、何ならカウンターにも店員さんらしき人の影が見えない。間違えて定休日のカフェに足を踏み入れてしまったと言われても納得できてしまうぐらいだ。
「ささ、とりあえず座ろ! 照屋君はカウンターとテーブルどっちがいい?」
「……座るはいいけど、お店の人とかに聞かなくて大丈夫なの? 人っ子一人いないし、もしかしたら臨時休業とかしてるのかも――」
「大丈夫、ここまで予定通りだから! 照屋君が特に席に拘りないならさ、カウンター席に並んで座ってもいいかな?」
僕の言葉に食い気味で首を縦に振りながら、前山さんはすぐ近くにあったカウンター席へ腰を下ろす。まだまだ聞きたいことがあったんだけど、そこまで堂々と振る舞われると僕も隣に座らざるを得なかった。
「はふー、やっぱり室内は涼しいね……。まだ四月末だってのにこんなに暑くちゃ大変だよ」
「うん、そうだね……。あれ、そういえばエアコン自体はついてるのか」
前山さんと会話して初めてその事実に気づき、僕の中の『定休日説』が音を立てて崩れ落ちる。ただシンプルに店主さんがうっかりしている可能性もないではないけど、昨日はそんなエアコンが欲しいと思えるような天気じゃなかったしなあ……。
もしかして前山さん、それに気づいていたから大丈夫だと断じたのだろうか。木のテーブルに頬を引っ付けて熱を逃がしている姿からは想像もつかないが、前山さんの成績がとても優秀だというのは僕でも聞いたことがある話だし。成績がいいから頭がいいというわけじゃないってところだけは、ごっちゃにして考えちゃいけないところだとは思うけどね。
しかし、それにしたって店内は静かだ。昼下がりのこの時間なんて喫茶店からしたら一番の書き入れ時だろうに、そこの客入りがこれじゃあ稼ぎを出すなんて話じゃないだろう。店内にも立地にも悪い印象がないだけに、なんで客が来ないのかが不思議で仕方がないんだけど――
「『なんでこんなにもお客さんがいないの?』――って顔してるね、照屋君」
「えええっ⁉」
突如隣から考えを言い当てられて、僕は思わず背筋を大きく震わせる。その様子を見て前山さんはにこにこと笑っていたが、僕としてはそれどころの問題ではなかった。
まさかとは思うが、前山さんは心を見透かせるのだろうか。んなファンタジーすぎることがあるわけないという反論が真っ先に浮かんではいるものの、それを言うならばまず前山さんと二人でいるこの状況自体がファンタジーみたいなもんだ。だからこそ、その可能性も否定ができない――
「あはは、驚かせちゃってごめんね? 先に言っておこうかなあとも思ったんだけど、ちょっと驚かせたくなっちゃってさ」
あれやこれやと考えを巡らせていた僕を、前山さんの楽しそうな声が引きとめる。……やはりファンタジーなんてことはなく、前山さんが僕の考えを悟れたのには何かタネがあるらしかった。
「ま、簡単な話なんだけどね。あたしの話ってあんまり大っぴらにしたくないから、今日はここを貸し切りに差せてもらったの。普段は並ばないと入れないぐらいに人気なんだよ?」
「へえ、道理で人が……ってえ、貸し切り⁉」
何でもないように言って見せたからスルーしかけたが、それってとんでもないお金がかかることなんじゃないだろうか。いくら前山さんの提案だったとはいえ、その負担を全部持ってもらうのは申し訳ないなんてレベルじゃないんだけど――
「そう、貸し切り。……まあ、ちょっと待ってて?」
またしても慌てる僕に器用にウインクして、前山さんはカウンターの奥についた扉の方を見やる。そして、両手をメガホンのようにして大きく息を吸い込むと――
「おねえちゃーん、約束通り来たよー!」
「……お、お姉ちゃん⁉」
店の中に響き渡ったその単語に、またしても思考がフリーズした。
木造をイメージしたようなインテリアの数々に目をやりながら、僕は感嘆の声を上げる。こじんまりとした見た目とは裏腹に広々とした店内は、なぜだか落ち着けるような不思議な雰囲気を放っていた。
「だよね、あたしもここは好きなんだ。料理もおいしいし落ち着くし、もっともっと繁盛してもおかしくないよなって思うぐらい」
僕の一歩先を行きながら、前山さんも楽しそうに視線をあちこちに投げる。その口ぶりからするに何回かここを訪れているのだろうが、まるで始めてきたかのように無邪気な表情だ。……何度でも新鮮に物事を楽しめるってのは、前山さんの才能なのかもしれないな。
だがしかし、そのいい雰囲気とは裏腹に店内はがらんとしている。見る限り一人もお客さんはいないし、何ならカウンターにも店員さんらしき人の影が見えない。間違えて定休日のカフェに足を踏み入れてしまったと言われても納得できてしまうぐらいだ。
「ささ、とりあえず座ろ! 照屋君はカウンターとテーブルどっちがいい?」
「……座るはいいけど、お店の人とかに聞かなくて大丈夫なの? 人っ子一人いないし、もしかしたら臨時休業とかしてるのかも――」
「大丈夫、ここまで予定通りだから! 照屋君が特に席に拘りないならさ、カウンター席に並んで座ってもいいかな?」
僕の言葉に食い気味で首を縦に振りながら、前山さんはすぐ近くにあったカウンター席へ腰を下ろす。まだまだ聞きたいことがあったんだけど、そこまで堂々と振る舞われると僕も隣に座らざるを得なかった。
「はふー、やっぱり室内は涼しいね……。まだ四月末だってのにこんなに暑くちゃ大変だよ」
「うん、そうだね……。あれ、そういえばエアコン自体はついてるのか」
前山さんと会話して初めてその事実に気づき、僕の中の『定休日説』が音を立てて崩れ落ちる。ただシンプルに店主さんがうっかりしている可能性もないではないけど、昨日はそんなエアコンが欲しいと思えるような天気じゃなかったしなあ……。
もしかして前山さん、それに気づいていたから大丈夫だと断じたのだろうか。木のテーブルに頬を引っ付けて熱を逃がしている姿からは想像もつかないが、前山さんの成績がとても優秀だというのは僕でも聞いたことがある話だし。成績がいいから頭がいいというわけじゃないってところだけは、ごっちゃにして考えちゃいけないところだとは思うけどね。
しかし、それにしたって店内は静かだ。昼下がりのこの時間なんて喫茶店からしたら一番の書き入れ時だろうに、そこの客入りがこれじゃあ稼ぎを出すなんて話じゃないだろう。店内にも立地にも悪い印象がないだけに、なんで客が来ないのかが不思議で仕方がないんだけど――
「『なんでこんなにもお客さんがいないの?』――って顔してるね、照屋君」
「えええっ⁉」
突如隣から考えを言い当てられて、僕は思わず背筋を大きく震わせる。その様子を見て前山さんはにこにこと笑っていたが、僕としてはそれどころの問題ではなかった。
まさかとは思うが、前山さんは心を見透かせるのだろうか。んなファンタジーすぎることがあるわけないという反論が真っ先に浮かんではいるものの、それを言うならばまず前山さんと二人でいるこの状況自体がファンタジーみたいなもんだ。だからこそ、その可能性も否定ができない――
「あはは、驚かせちゃってごめんね? 先に言っておこうかなあとも思ったんだけど、ちょっと驚かせたくなっちゃってさ」
あれやこれやと考えを巡らせていた僕を、前山さんの楽しそうな声が引きとめる。……やはりファンタジーなんてことはなく、前山さんが僕の考えを悟れたのには何かタネがあるらしかった。
「ま、簡単な話なんだけどね。あたしの話ってあんまり大っぴらにしたくないから、今日はここを貸し切りに差せてもらったの。普段は並ばないと入れないぐらいに人気なんだよ?」
「へえ、道理で人が……ってえ、貸し切り⁉」
何でもないように言って見せたからスルーしかけたが、それってとんでもないお金がかかることなんじゃないだろうか。いくら前山さんの提案だったとはいえ、その負担を全部持ってもらうのは申し訳ないなんてレベルじゃないんだけど――
「そう、貸し切り。……まあ、ちょっと待ってて?」
またしても慌てる僕に器用にウインクして、前山さんはカウンターの奥についた扉の方を見やる。そして、両手をメガホンのようにして大きく息を吸い込むと――
「おねえちゃーん、約束通り来たよー!」
「……お、お姉ちゃん⁉」
店の中に響き渡ったその単語に、またしても思考がフリーズした。
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