上 下
582 / 583
第六章『主なき聖剣』

第五百六十七話『殲滅宣言』

しおりを挟む
 氷の矢が放たれる度に魔兵隊の頭数が一つ減り、その死におびき寄せられるようにして集団はどんどん大きくなっていく。決して届かない標的を負う事を諦めない姿は確かに『兵隊』の名を冠するに相応しかったが、それ故に死地へと近づきつつあった。

「……そろそろ、かしら?」

 移動と狙撃を繰り返すこと七度、すっかり拡大した魔兵隊の群れを見下ろしてリリスは呟く。大通りですら余裕で埋め尽くせるほどのそれと正面衝突するようなことがあれば、どんな手練れでも無傷で潜り抜けることは至難の業だろう。

 実際共同戦線の仲間を何回か巻き込んでいるし、俺たちのせいで生まれた犠牲もゼロではない。どうやって通達したのかは知らないが、クライヴの軍勢がいつの間にか姿を消しているのが憎らしかった。

 いくら使い捨てとは言え浪費するのは惜しいのか、それとも何か別の狙いがあるのか。それに関しては分からないままだが、魔兵隊を攻略して戦場に引きずり出してしまえば同じことだろう。

 今のクライヴは奥の手を二個か三個用意しててもおかしくないような奴だからな。目的が違いすぎるとはいえあっちも全力で勝ちに来ているわけだし、その決め手が協力者の技術と言うのも何か釈然としない。

 作戦の一番大事なところはクライヴが確実に詰めてくると、俺は不思議なほどに強い確信を抱いている。山場を誰かに任せられるほど『落日の天』はまとまった組織じゃないし、クライヴが部下に全幅の信頼を置いてるとは思えないからな。

「これだけ集まれば十分だろ。少なく見積もったって百はいるぜ?」

「逆に言えば、あちらは百を超える強力な戦力を隠しながら戦ってたってことですよね……。それに加えて幹部クラスの人間もまだ出てきてないってどれだけ人材豊富なんですか」

「私も同じ感想よ、スピリオ。クライヴの何があんな沢山の人を引き付けてるのか想像もできないわ」

 肩を竦め、若干不安そうなスピリオの言葉にリリスも同調する。クライヴはもともとガキ大将気質だったから俺からするとあまり疑問にも思わなかったのだが、よくよく考えれば不思議なことだよな。

 仮に一枚岩でなかったんだとしても、クライヴの掲げた旗に多くの賛同者が集ったことは事実だ。じゃあどんな旗を掲げたらアグニやベガと言った個性派を引き付けることができたのかと考えてみても、それっぽい答えは中々出てこなかった。

(クソ、こうなるならベガにもっといろいろ聞いとくべきだったか……?)

 やるべきことがあると速足に去ってしまったベガの事が今更惜しく感じられて、俺は内心歯噛みする。不用意に口にすれば致命的な混乱を生みかねないから事情を伝えることは出来ないが、少なくともこの戦場でベガは俺の絶対的な味方で居てくれた。そのことへの感謝はどこかで伝えたいし、直接言葉にするべきものだと思う。

「でもねスピリオ、どれだけの人が居ようと最終的には関係ないの。クライヴを倒せば組織が瓦解するのは目に見えてるし」

「ボクたちの目標は最初からそこだからね。結果的にたどり着く場所が同じなら道のりがどうなろうとあまり違いはないさ」

「……そういうもの、なんですかね……?」

 何か言いたげにもごもごと口を動かしつつも、スピリオは最終的に二人の理論に頷きを返す。『双頭の獅子』の崩壊劇を見れば分かりやすい話だが、それを知ってるのは俺たちだけだからな。特に帝国なんかシステム的にしょっちゅう頂点が変わることを想定されてそうだし。

 そんなリリスの意志を示すかのように、今までふらふらと西に流れていた風の球体が微妙に進行方向を変える。少し離れたところに位置する噴水広場が俺たちの新たな目的地だ。

 アールとスピリオと相談して決めたその場所は帝都の中でも相当スペースが確保されている場所らしく、休日には出店が出たりなんかもする場所だそうだ。そんな場所を作戦の舞台にするのは少しばかり気が引けるものの、一匹でも多くの魔兵隊を屠ることの方が優先だった。

 噴水広場に魔兵隊が集まった時、俺たちの準備はすべて完了する。無事に作戦を遂行するための道のりを、俺たちは相変わらず宙に浮きながら進んでいた。

 敢えて速度を落とすことによって魔兵隊は俺たちの事を見失えず、狭い路地までもを埋め尽くすほどの集団を作りながら追いかけて来る。統率が取れていないのか魔兵隊同士で衝突する瞬間もいくつかあったが、それが引き金となって殺し合うようなことはやはりない。いくら理性がないように見えてもそこは兵隊、と言う事なのだろうか。

 群れを観察してそんなことを考える余裕すらあるほど、空の旅は安全なものだった。安易に手出しする危険性を理解したのか狙撃もあの一発きりだったし、他の方法で介入してくる様子もない。今のところはアールが立てた予想通り、理想的な展開だと言ってもいいだろう。

 特に妨害されることもなく、俺たちは噴水広場の上空へたどり着く。それから五秒ほどの間をおいて魔兵隊の群れも広場へたどり着き、一分も立たずして俺たちの真下に巨大な魔兵隊の塊が生まれた。

 中には噴水で体が濡れることすら厭わず、少しでも俺たちに近づこうとしている個体もいるようだ。その根性は見上げたものだが、その努力を他の形で出力することは出来なかったのかと問わずにはいられない。

 魔兵隊ほどの身体能力があればカタパルトとかの要領で一人を天高く投げ上げることぐらい不可能ではないような気がするのだが、そういう想定はされていないのだろうか。『傑作』とか呼ばれるにはあまりに愚直すぎるし、怪物としてならまだしも兵隊としての質はお世辞にも高いとは言えないと思うのだが――

「スピリオ、何か感じ取ったらすぐに伝えて。いくら私でもアレを一掃するには準備が居るから」

「任せてください、そのために自分が居ますから」

 際限なく流れていきそうになる俺の思考に割って入るような形でやり取りが交わされ、リリスが目を瞑る。その瞬間に起きた変化を、俺は本能的な部分で感じ取っていた。

 一瞬にして周囲の空気が少しだけ冷え込んだように思えたのは決して気のせいじゃなく、リリスが何かとんでもないことをしようとしているからなのだろう。魔力の気配なんて一度も感じ取ったことがなくとも、今ここで大きな変化が起きていることははっきりと分かった。

「染め上げる。あの空間全体を、私の魔力で」

 自分に言い聞かせるかのような呟きが漏れ聞こえるとともに、背筋を伝う冷たさは鋭さを伴っていく。思わずツバキの方に視線を向ければ、重々しい頷きが一つ返ってきた。

 魔兵隊にこの変化が伝わっているのかは分からないが、そんな疑問は些細なことだ。どちらにしたって魔兵隊はこの場から動くことは出来ないし、リリスの魔術を阻止することもできない。兵隊としての責務が本能を上回る以上、魔兵隊は壊滅する以外ないのだ。

「――行くわよ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

冤罪をかけられ、彼女まで寝取られた俺。潔白が証明され、皆は後悔しても戻れない事を知ったらしい

一本橋
恋愛
痴漢という犯罪者のレッテルを張られた鈴木正俊は、周りの信用を失った。 しかし、その実態は私人逮捕による冤罪だった。 家族をはじめ、友人やクラスメイトまでもが見限り、ひとり孤独へとなってしまう。 そんな正俊を慰めようと現れた彼女だったが、そこへ私人逮捕の首謀者である“山本”の姿が。 そこで、唯一の頼みだった彼女にさえも裏切られていたことを知ることになる。 ……絶望し、身を投げようとする正俊だったが、そこに学校一の美少女と呼ばれている幼馴染みが現れて──

奴隷と呼ばれた俺、追放先で無双する

宮富タマジ
ファンタジー
「レオ、お前は奴隷なのだから、勇者パーティから追放する!」 王子アレンは鋭い声で叫んだ。 奴隷でありながら、勇者パーティの最強として君臨していたレオだったが。 王子アレンを中心とした新たな勇者パーティが結成されることになり レオは追放される運命に陥った。 王子アレンは続けて 「レオの身分は奴隷なので、パーティのイメージを損なう! 国民の前では王族だけの勇者パーティがふさわしい」 と主張したのだった。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

牛人転生:オッパイもむだけのレベル上げです。

薄 氷渡
ファンタジー
 異世界に転生したら牛人だった。外見は大部分が人間と大差なく、牛耳と尻尾がついている。  のどかなバスチャー村で、巨乳美少女達から搾ったミルクを行商人に売って生計を立てている。  9人家族の長男として生まれた少年カイホは、まったりとした日々を過ごしていたが1つの問題があった。ホル族の成人女性は、毎日搾乳しないと胸が張って重苦しくなってしまうのである。  女の乳房を揉むとLVが上がるニューメイジとしての才能を開花させ、乳魔術を駆使してモンスターとのバトルに挑む。愛するオッパイを守るため、カイホの冒険は続いていく。

治療院の聖者様 ~パーティーを追放されたけど、俺は治療院の仕事で忙しいので今さら戻ってこいと言われてももう遅いです~

大山 たろう
ファンタジー
「ロード、君はこのパーティーに相応しくない」  唐突に主人公:ロードはパーティーを追放された。  そして生計を立てるために、ロードは治療院で働くことになった。 「なんで無詠唱でそれだけの回復ができるの!」 「これぐらいできないと怒鳴られましたから......」  一方、ロードが追放されたパーティーは、だんだんと崩壊していくのだった。  これは、一人の少年が幸せを送り、幸せを探す話である。 ※小説家になろう様でも連載しております。 2021/02/12日、完結しました。

全校転移!異能で異世界を巡る!?

小説愛好家
ファンタジー
全校集会中に地震に襲われ、魔法陣が出現し、眩い光が体育館全体を呑み込み俺は気絶した。 目覚めるとそこは大聖堂みたいな場所。 周りを見渡すとほとんどの人がまだ気絶をしていてる。 取り敢えず異世界転移だと仮定してステータスを開こうと試みる。 「ステータスオープン」と唱えるとステータスが表示された。「『異能』?なにこれ?まぁいいか」 取り敢えず異世界に転移したってことで間違いなさそうだな、テンプレ通り行くなら魔王討伐やらなんやらでめんどくさそうだし早々にここを出たいけどまぁ成り行きでなんとかなるだろ。 そんな感じで異世界転移を果たした主人公が圧倒的力『異能』を使いながら世界を旅する物語。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

処理中です...