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第六章『主なき聖剣』
第五百六十六話『その一弾に敬意を込めて』
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それが禁止された理由は至極単純、容易に人死にを生むからだ。それも事故ではなく、意図的に。気に入らないパーティのもとまで魔物の群れを引っ張ってぶつけてしまうだけで同業者殺しが出来る引っ張り行為は、一時期ルールの抜け穴として運用されたとレインが語っていた。
『現行のルールでは魔物を引き付けたまま長距離を移動する事自体が禁止行為ですから。……皆さんの実力ならそんなことにはならないと思いますけど、くれぐれも覚えておいてくださいね』
そんなレインの忠告を俺は何か月かぶりに思い出す。俺たちが逃げるルート上にいる味方が全員魔兵隊の餌食になるかもしれないと考えると、引っ張り行為が持つ凶悪性は痛いほどに理解できた。
時代が時代ならクラウスもそれを使って殺しに来てた可能性はないでもないからな。そういう意味では冒険者って仕事も昔より安全になってるのかもしれないが、『ダンジョン開き』の無法っぷりを考えるとそんなこともなさそうなのがまた面倒なところだ。
思い返してみれば色々と物騒な事ばかりに巻き込まれてきたが、そんな王都での暮らしも今となっては愛おしい。一刻も早く片付けてあの日常に帰りたいと、心からそう思える。
「そろそろ移動するわよ。……そうね、あと三回ぐらい繰り返せば十分かしら?」
「思った以上にいいペースで引き付けられてるからね。てっきり個人主義かと思ってたけど、仲間の事も結構気にかけてるみたいだ」
俺たちの下でどんどんと拡大していく魔兵隊の集団を見つめ、リリスは軽やかに足を動かす。風が吹き、空中にとどまっていた俺たちの身体がまた西の方向へと流れ始めた。
間違っても見失わせないようにゆっくりと、そして精一杯目立ちながら俺たちは帝都を移動する。今も戦場を蹂躙しているであろう怪物たちの視線を一つ残らず引き付け、そして叩きのめすために。
既に俺たちの策にかかっているとも知らず、魔兵隊は愚直に俺たちを追いかけ続ける。その歩みの先で罠が大きな口を開けて待っていることなどつゆほども知らずに、また別の集団と合流して――
「――ッ‼」
息を呑む音が聞こえて、リリスが焦りを隠さずに足を動かす。それが形作ったのは、リリスの頭を守る氷の盾だった。
俺たちが疑問の声を上げるよりも早く、何かが割れるような甲高い音が俺たちの耳をつんざく。次に視線をやった時、氷の盾には無数のヒビが刻まれていた。
それを生み出した小さな鉄の弾丸は、今でも氷の盾に突き刺さっている。それはどこからか投げ込まれた、俺たちへの明確な殺意の証だ。
「……朗報よ、マルク。魔兵隊だけじゃこの状況をどうにもできないって向こうから自白してくれたわ」
氷の盾を消し去り、鉄の弾丸を掌に乗せながらリリスは獰猛に笑う。瞳にはギラギラとした光が宿り、今しがた命を狙われたとは思えないほどの戦意がみなぎっていた。
「狙撃手――ですか? 自分の耳は何の音も捉えられていないんですが」
「ええ、いわゆる魔銃の類でしょうね。魔力が炸裂した時の衝撃を弾丸に伝えてるから想像している以上に音が立たないのよ。魔力の気配を消せない以上、私を殺すための武器としては向いてなさすぎるけど」
明快な答えを返しながら、リリスは氷の武装を頭上に構える。一匹だけを殺す矢ではなく、物量で全てを圧し潰すための巨大な槍だ。力押しの象徴ともいえるそれを構え、リリスはさらに笑みを深めた。
「でも、姿を現さずに私たちを殺そうとするその度胸は褒めてあげるわ。情報提供までしてくれたわけだし、目一杯のお礼をしなくちゃ相手方にも失礼ってものよね」
「それならボクも協力するよ。身を以て本物の狙撃って奴を覚えてもらおうじゃないか」
ツバキの影が絡みつき、槍はさらに鋭さを増す。砲撃と呼んだ方がよっぽど納得できるそれは、顔の見えない狙撃手に対する全力の返礼だ。一片たりとも生存の可能性を許さない、殲滅だけを目的にした一発がリリスの頭上に装填されている。
どんな道具を使おうとも制御できない程の膨大な魔力を当たり前のように従え、リリスは弾丸が飛来した方へと視線を向けている。一発の小さな弾丸に賭ける狙撃手からしてみれば、これほどまでに理不尽な相手もそうそう居ないだろう。
「情報提供感謝するわ。私たちに狙撃なんて通用しないって残った時間で仲間に伝えときなさい」
決して届かない伝言を口にしたが最後、一つの建造物目がけて影を纏った槍が放たれる。影の助けも受けてぐんぐんと加速するそれは数秒とせずに遠く離れた目標へと着弾して、そして。
「……それじゃ、さようならね」
微笑を浮かべながら言い放つと同時、その建物全体を一瞬にして氷が覆い尽くす。その周囲には影までもが複雑に絡みつき、決して脱出を許さない極低温の檻が作り上げられた。
「氷に呑まれたらそのまま凍死、影に呑まれても動けなくなっていずれ凍死。――いずれにせよ、あの折に掴まった時点で死ぬしかないのは間違いないね」
たった一発の槍が生み出したその惨状を、ツバキは驚く様子もなく淡々と紐解く。それぐらいリリスならやって来るだろうと、当たり前のような信頼を滲ませながら。
強くなったという話は聞いていた、実際に戦っているところももう十分に見た。だが、それでも俺は驚きを隠せずにいる。研ぎ澄まされた二人の実力の底を、未だに俺は目にすることができていない。
「……す、ごい」
「伊達や酔狂で最強を名乗ってるわけじゃないもの。帝国ほどとは言わないけど、王国の冒険者だってそこそこ熾烈な競争を勝ち抜いて来てるのよ?」
スピリオがこぼした感嘆の声に、リリスは胸を張って応える。冒険者として過ごした半年間の事を誇ってくれるのが何故か無性に嬉しくて、俺は思わずこくこくと頷いていた。
平和だなんだと言われていたが、冒険者の事情だけで言えばここ最近の王都は全然平和な物ではなかった。それを乗り越えて積み上げてきた経験は帝国の面々と比べたって決して劣らないだろう。
「狙撃手を甘く見ると痛い目を見るのは身を以て知ってるの。あっちから顔を出してきた以上、それを無視する選択肢なんて私達にはあり得ないわ」
そう纏めて話を終わらせ、リリスは視線を魔兵隊の方へと戻す。俺たちを追跡する大きな一つの塊は、どうしていいか分からないと言った様子で俺たちの足元に集合していた。
「さて、それじゃあ続きと行きましょうか。このタイミングで狙撃手が介入してきたってことは魔兵隊に対空手段はないって言ってるのと同じようなものだし」
「クラウスにしては珍しい苦し紛れの一手だからね。アールの評価はあながち間違ってなかったってわけだ」
二人が口々にそう告げたタイミングで、俺たちはまた西方向へと流れ始める。魔兵隊が魔兵隊である限り、それを追いかけないという選択肢は奴らの中に発生しない。その実力の一かけらも発揮することができないまま、俺たちに引っ張られてよたよたと集団は移動を続けている。
それが本当に最善手だったかは分からないし、もっと効率のいい殺し方はあったかもしれない。ただ、アールのくれた作戦が戦場を動かし始めているのは疑いようもない事実だ。クラウスの筋書きを外れ、戦場は誰も予想できない方向へと進もうとしている。
マイナスがゼロに戻ったぐらいの変化かもしれないが、それだって俺たちからしたら大きすぎる進歩だろう。むしろ今までマイナスを背負ったままで戦ってきたのだ、それがなくなるとなればリリスたちが苦戦する理由はどこにもない。
どんな手合いが出て来ようと、俺にとってリリスとツバキが『最強』だという認識は揺らがない。互いに小細工なしの戦いで二人に敵う相手などどこにもいないと、俺は心からそう信じられる。
「ああ、こっからは互いにアドリブ合戦だ。あっちのやること全部上回ってあのスカした顔面をぶん殴ってやろうぜ」
リリスたちに釣られて獰猛な笑みがこぼれ、俺は威勢よく宣言する。三人がそれに景気よく応じる瞬間を、魔兵隊は俺たちを追いかけながらぼんやりと見上げていた。
『現行のルールでは魔物を引き付けたまま長距離を移動する事自体が禁止行為ですから。……皆さんの実力ならそんなことにはならないと思いますけど、くれぐれも覚えておいてくださいね』
そんなレインの忠告を俺は何か月かぶりに思い出す。俺たちが逃げるルート上にいる味方が全員魔兵隊の餌食になるかもしれないと考えると、引っ張り行為が持つ凶悪性は痛いほどに理解できた。
時代が時代ならクラウスもそれを使って殺しに来てた可能性はないでもないからな。そういう意味では冒険者って仕事も昔より安全になってるのかもしれないが、『ダンジョン開き』の無法っぷりを考えるとそんなこともなさそうなのがまた面倒なところだ。
思い返してみれば色々と物騒な事ばかりに巻き込まれてきたが、そんな王都での暮らしも今となっては愛おしい。一刻も早く片付けてあの日常に帰りたいと、心からそう思える。
「そろそろ移動するわよ。……そうね、あと三回ぐらい繰り返せば十分かしら?」
「思った以上にいいペースで引き付けられてるからね。てっきり個人主義かと思ってたけど、仲間の事も結構気にかけてるみたいだ」
俺たちの下でどんどんと拡大していく魔兵隊の集団を見つめ、リリスは軽やかに足を動かす。風が吹き、空中にとどまっていた俺たちの身体がまた西の方向へと流れ始めた。
間違っても見失わせないようにゆっくりと、そして精一杯目立ちながら俺たちは帝都を移動する。今も戦場を蹂躙しているであろう怪物たちの視線を一つ残らず引き付け、そして叩きのめすために。
既に俺たちの策にかかっているとも知らず、魔兵隊は愚直に俺たちを追いかけ続ける。その歩みの先で罠が大きな口を開けて待っていることなどつゆほども知らずに、また別の集団と合流して――
「――ッ‼」
息を呑む音が聞こえて、リリスが焦りを隠さずに足を動かす。それが形作ったのは、リリスの頭を守る氷の盾だった。
俺たちが疑問の声を上げるよりも早く、何かが割れるような甲高い音が俺たちの耳をつんざく。次に視線をやった時、氷の盾には無数のヒビが刻まれていた。
それを生み出した小さな鉄の弾丸は、今でも氷の盾に突き刺さっている。それはどこからか投げ込まれた、俺たちへの明確な殺意の証だ。
「……朗報よ、マルク。魔兵隊だけじゃこの状況をどうにもできないって向こうから自白してくれたわ」
氷の盾を消し去り、鉄の弾丸を掌に乗せながらリリスは獰猛に笑う。瞳にはギラギラとした光が宿り、今しがた命を狙われたとは思えないほどの戦意がみなぎっていた。
「狙撃手――ですか? 自分の耳は何の音も捉えられていないんですが」
「ええ、いわゆる魔銃の類でしょうね。魔力が炸裂した時の衝撃を弾丸に伝えてるから想像している以上に音が立たないのよ。魔力の気配を消せない以上、私を殺すための武器としては向いてなさすぎるけど」
明快な答えを返しながら、リリスは氷の武装を頭上に構える。一匹だけを殺す矢ではなく、物量で全てを圧し潰すための巨大な槍だ。力押しの象徴ともいえるそれを構え、リリスはさらに笑みを深めた。
「でも、姿を現さずに私たちを殺そうとするその度胸は褒めてあげるわ。情報提供までしてくれたわけだし、目一杯のお礼をしなくちゃ相手方にも失礼ってものよね」
「それならボクも協力するよ。身を以て本物の狙撃って奴を覚えてもらおうじゃないか」
ツバキの影が絡みつき、槍はさらに鋭さを増す。砲撃と呼んだ方がよっぽど納得できるそれは、顔の見えない狙撃手に対する全力の返礼だ。一片たりとも生存の可能性を許さない、殲滅だけを目的にした一発がリリスの頭上に装填されている。
どんな道具を使おうとも制御できない程の膨大な魔力を当たり前のように従え、リリスは弾丸が飛来した方へと視線を向けている。一発の小さな弾丸に賭ける狙撃手からしてみれば、これほどまでに理不尽な相手もそうそう居ないだろう。
「情報提供感謝するわ。私たちに狙撃なんて通用しないって残った時間で仲間に伝えときなさい」
決して届かない伝言を口にしたが最後、一つの建造物目がけて影を纏った槍が放たれる。影の助けも受けてぐんぐんと加速するそれは数秒とせずに遠く離れた目標へと着弾して、そして。
「……それじゃ、さようならね」
微笑を浮かべながら言い放つと同時、その建物全体を一瞬にして氷が覆い尽くす。その周囲には影までもが複雑に絡みつき、決して脱出を許さない極低温の檻が作り上げられた。
「氷に呑まれたらそのまま凍死、影に呑まれても動けなくなっていずれ凍死。――いずれにせよ、あの折に掴まった時点で死ぬしかないのは間違いないね」
たった一発の槍が生み出したその惨状を、ツバキは驚く様子もなく淡々と紐解く。それぐらいリリスならやって来るだろうと、当たり前のような信頼を滲ませながら。
強くなったという話は聞いていた、実際に戦っているところももう十分に見た。だが、それでも俺は驚きを隠せずにいる。研ぎ澄まされた二人の実力の底を、未だに俺は目にすることができていない。
「……す、ごい」
「伊達や酔狂で最強を名乗ってるわけじゃないもの。帝国ほどとは言わないけど、王国の冒険者だってそこそこ熾烈な競争を勝ち抜いて来てるのよ?」
スピリオがこぼした感嘆の声に、リリスは胸を張って応える。冒険者として過ごした半年間の事を誇ってくれるのが何故か無性に嬉しくて、俺は思わずこくこくと頷いていた。
平和だなんだと言われていたが、冒険者の事情だけで言えばここ最近の王都は全然平和な物ではなかった。それを乗り越えて積み上げてきた経験は帝国の面々と比べたって決して劣らないだろう。
「狙撃手を甘く見ると痛い目を見るのは身を以て知ってるの。あっちから顔を出してきた以上、それを無視する選択肢なんて私達にはあり得ないわ」
そう纏めて話を終わらせ、リリスは視線を魔兵隊の方へと戻す。俺たちを追跡する大きな一つの塊は、どうしていいか分からないと言った様子で俺たちの足元に集合していた。
「さて、それじゃあ続きと行きましょうか。このタイミングで狙撃手が介入してきたってことは魔兵隊に対空手段はないって言ってるのと同じようなものだし」
「クラウスにしては珍しい苦し紛れの一手だからね。アールの評価はあながち間違ってなかったってわけだ」
二人が口々にそう告げたタイミングで、俺たちはまた西方向へと流れ始める。魔兵隊が魔兵隊である限り、それを追いかけないという選択肢は奴らの中に発生しない。その実力の一かけらも発揮することができないまま、俺たちに引っ張られてよたよたと集団は移動を続けている。
それが本当に最善手だったかは分からないし、もっと効率のいい殺し方はあったかもしれない。ただ、アールのくれた作戦が戦場を動かし始めているのは疑いようもない事実だ。クラウスの筋書きを外れ、戦場は誰も予想できない方向へと進もうとしている。
マイナスがゼロに戻ったぐらいの変化かもしれないが、それだって俺たちからしたら大きすぎる進歩だろう。むしろ今までマイナスを背負ったままで戦ってきたのだ、それがなくなるとなればリリスたちが苦戦する理由はどこにもない。
どんな手合いが出て来ようと、俺にとってリリスとツバキが『最強』だという認識は揺らがない。互いに小細工なしの戦いで二人に敵う相手などどこにもいないと、俺は心からそう信じられる。
「ああ、こっからは互いにアドリブ合戦だ。あっちのやること全部上回ってあのスカした顔面をぶん殴ってやろうぜ」
リリスたちに釣られて獰猛な笑みがこぼれ、俺は威勢よく宣言する。三人がそれに景気よく応じる瞬間を、魔兵隊は俺たちを追いかけながらぼんやりと見上げていた。
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