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第六章『主なき聖剣』

第五百六十二話『業の国』

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『業の国』。聞いたことはないが、決して耳心地のいい言葉ではなかった。アールの言い方にも影響されているのかもしれないが、とても仲良くなれそうな気配はしなかった。

「あの怪物――魔兵隊とやらにあなたは見覚えがあるみたいね。わざわざスピリオの身体を借りてまで出てきたってことは、さぞかし深い因縁があるのかしら」

「そりゃあ間違いないね、一から十まで全部話そうと思ったらピー君の身体が保たなくなるぐらいにはさ。けど、今求められてるのが個人的な話じゃないことは分かってる。ピー君が死んじゃったら同調してる精神も皆共倒れになっちゃうわけだからね」

 もしそうなれば怒られるどころの話じゃないんだ――と。

 そんなことを言いながらアールはヘラヘラと笑みを浮かべているが、その眼は少しも笑っていない。本人に自覚があるのかは分からないが、『業の国』の名前を出した後のアールはずっと表情がぎこちなかった。

「本音を言えばぼくがこの手で直々にぶっ潰したいところだけど、ピー君の身体を考えるとそうもいかないからね。託せるだけの知識を託して内側に引っ込むとするよ」

「ああ、攻略はボクたちに任せてくれ。……それで、アレはどんな生物なんだい?」

 身を乗り出し、ツバキが確信へと踏み込む質問を投げ込む。それに素直に頷き、アールは静かに指を一本だけ立てた。

「まず知っておいてほしいのは、アレは人為的に生み出された怪物だってことだ。本来ならこの世界に存在するはずもないし、しちゃいけない存在。それを欲望ありきで生み出した挙句にある程度の量産化にまでこぎつけてしまったのが、かくも憎き『業の国』ってわけさ」

「人為的に――成程ね、ようやく腑に落ちたわ」

 のっけから大きな情報に俺が口をぽかんと開けているその横で、リリスは何かを納得したかのように頷く。何を考えているのか察しているらしきアールがパチンと指を鳴らしてそれを歓迎し、またすらすらと説明を続けた。

「そうそう、君の感じたそれは正解なんだよ。アレは極限まで魔物ベースに作ってあるけど、素体になってるのは人間だ。仮に魔物の力をフルに引き出してみたところで、ただ上塗りするだけじゃ人間としての魔力の気配を上塗りできるわけじゃない」

「だから時折人間の気配も外に出てきて、それを私が拾ってたってことね。……素直に考えれば、もう少し早くたどり着ける真相ではあったけれど」

 そこで一度言葉が途切れ、首が一瞬だけ窓の外へと向けられる。しかしすぐにそれを引き戻すと、今度は照明があるばかりの天井を見上げた。

「けれど、想像するだけで反吐が出るわね。……そんなことを平気で試せるような人間が上に立てる国があるなんて」

「まっっったくの同感だよ、あの国はイカれてる。この国も色々と歯車は滅茶苦茶だけど、それでもあっちよりはいくらかマシだ。南の古臭い国と国境が接してなくてよかったと心から思うね」

 リリスが示した嫌悪感に便乗して肩を竦め、アールも『業の国』への悪罵を並べ立てる。『古臭い国』とやらが南の聖皇国のことかは分からないが、そうだと仮定すれば言わんとすることは何となく理解できた。

 聖皇国と名乗るだけあって、あの国は神の実在を信じてるらしいからな。その分魔物に対してはどの国よりも苛烈な扱いをするし、神の教えに背こうものなら待っているのは手酷い罰の数々だ。『じゃあその罰を神は何で赦してくれるのか』とか子供ながらに思った記憶はあるが、まあそれはそれとして。

「やつらは神の存在なんて信じてない。彼らが崇めるのは絶対的な原理、今でもこの世界に謎を残し続けている『魔力』そのものだ。本質を捕まえるための手段なら選ばないし、その過程で出た成果が有用なら軍事力にだって採用するし南の国とはまさにコインの裏表だね。顔を合わせるのと同時に喧嘩が始まったっておかしくないさ」

 少し茶化した様子でそうまとめてはいるが、アールが突き付けた事実はとても重たいものだ。……その『業の国』とやらの研究成果自体はいったん置いておくにしても、それが今ここにいるのは明らかな異常なわけで。

「……クライヴ達と『業の国』が、手を組んでる?」

「そう考えるのが妥当だろうね。奴らは死んでも自分たちの研究成果をただで譲ったりなんかしないし、情や仁義で動く様な君主があの掃きだめみたいな国に生まれるとも思えない。クライヴとやらがどれぐらいの悪党かは知らないけれど、『業の国』と取引できるぐらいに口が巧いのは間違いないね」

 アールはクライヴについてぼんやりと知らず、それ故に評価には偏りがない。ただ自分が知っていることと今起きている事実だけを照らし合わせて、俺の推測に妥当だと返した。

 さっきまで何となく察するぐらいしかできなかった『業の国』の異常性が、ここに来てようやく俺にも理解できる形で落ちてくる。人と魔物を混ぜ合わせるにしてもそうだが、今のクライヴ達と手を組むのはおかしいとしか思えない。クライヴ・アーゼンハイト率いる『落日の天』は、今やこの世界に名を轟かせる危険組織に他ならないのだから。

「……マズいな。ボクが考えてたよりもよっぽどマズい」

「同感だね。どうも君たちは共同戦線を張ることで少し安心してた節があったけど、その優位性はもうなくなってるも同然だ。――あっちもあっちで利害関係を結んで、共同戦線を張ったうえで仕掛けてきてるわけだからね。魔兵隊を貸し出してる当たり、国を挙げて支援してるんだろうってのも分かる」

 増していく焦りを隠し切れなくなりつつある中、アールは淡々と現状を裏付け続ける。クライヴと直接対面したからこそ、無意識の内に可能性を切り捨ててしまっていたのだ。――まさかあの人間が、他の集団と手を組んで動けるなんて。

「……それほどまでに、勝たなくちゃいけなかったってことかよ」

 ここで決着を付けるのだと、あの白い牢獄でクライヴは上機嫌に語っていた。何を見越しているのかは知らないが、クライヴはどんな手を使ってでもリリスたちを叩き潰すつもりらしい。最大限警戒していたつもりでも、まだ俺たちはクライヴの事を見誤っていた。

「魔兵隊は強いからね、援軍として送ってもらうにはピッタリさ。今の帝国の兵たちじゃ当然太刀打ちできないし、王国の人たちも筋は悪くないけどアレに勝てるのはせいぜい一握りぐらいしかいない。多勢に無勢って言葉があるから分かるとは思うけど、このままじゃ遠からず戦線は壊滅するよ」

「分かってる、でもそれじゃあ困るんだ。まだクライヴの手勢が残ってる以上、ここで戦線が壊れたらボクたちに勝ち目はなくなる。……そうなったら最後、生きて帰るのは至難の業だ」

 表情を曇らせながら、ツバキは絞り出すように最悪の未来を言葉にする。完敗としか言いようがないその結末は、俺たちが何の行動も起こせなければ至極順当な形で訪れるものだ。

 ただでさえ状況は押され気味だ、あまり悠長な策を打っている余裕もない。実行までの速さも戦場にもたらす影響の大きさも兼ね備えた魔法のような策を求めなければ、俺たちの勝ち目は刻一刻と薄くなっていくわけで――

「――誰もまだ負けたなんて言っちゃいないさ。このままじゃ確かに負けるけど、今ここにこうしてぼくが居る。……だから、君たちにはまだ勝ち目が残ってるよ」

 ネガティブな方向に寄っていく思考を、凛と響いたアールの声が引き留める。小柄な体を目一杯張って、その存在感を示すように堂々と立っていた。

「魔兵隊は『業の国』御用達の優秀な兵力だけど、だからと言って弱点がないわけじゃない。君たちにはあの人もどきを一網打尽にできるだけの可能性がまだ残されてる」

「一網打尽に、ね。……そんな都合のいい話があるのかしら?」

「あるんだよ、他でもない君たちならね。凡百の魔術師じゃ到底突くことができない弱点だけど、君たちはそこいらのとはものが違う。このぼくが保証するんだ、胸を張ってくれていいよ」

 半信半疑と言った様子のリリスの肩を叩き、アールは子供のような笑みを浮かべる。ずいぶん上からな評価ではあったが、リリスにとってはそれが火のつくきっかけになったようだ。

 その瞳に鋭い光が宿ったのを見て、アールは満足げな頷きを一つ。そのまま俺とツバキの方にも視線を向けた後、気合を入れるかのようにぱちんと量の頬を叩いた。

「さて、それじゃあぼくから作戦を伝授してあげよう。アレは兵隊として使い勝手がいいように設計されたデザインだ、だからこそ手ごわい。……けどね、そうすることによって生まれた弱点が二つだけある」

 頬を伝わせて下ろした手を前に突き出し、そのまま二本の指を立てる。窓の外を一瞥したアールが俺たちの方を向き直る時には、その表情は悪辣に歪んでいた。

「アレの身体はあくまで人間ベースだ、魔物の性能を取り込めば当然何処かに不具合が出る。……それに加えて、奴らにはちゃんと仲間意識がある。――だからこそ、大局に影響しかねないような変動を無視できないのさ」
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