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第六章『主なき聖剣』

第五百三十二話『たった一人で、この足で』

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「さて、此処からはお主が気を吐く番じゃの。儂が認めた強者ならば、孤立した状態からでも生き延びて仲間を見つけ出すことぐらいは出来るじゃろう?」

 しかしその表情も長くは続かず、瞬きの後には挑発するかのような笑みを浮かべたベガが居る。そこまで焚きつけられてしまっては、それに応えない選択肢はなかった。

「ああ、これでも仲間探しの旅は経験済みだからな。正直な話をするなら、お前が居てくれると心強くはあるんだけどさ」

「それは流石に高望みと言うものじゃろう、儂もそこまで情を駆ける義理はないわい。……それに、儂には儂でやらねばならぬことがある。折角裏切ってみたのじゃ、裏切り者として楽しめることは楽しんでおかねば損じゃろ」

 ひらひらと手を左右に振りながら踵を返し、ベガは俺に背を向ける。そのまま三歩ほど歩いたのち、ベガは最後にもう一度こちらに振り向いた。

「じゃあまたの、マルク・クライベット。――次に会うときは、儂にとって最高の敵になっておれ」

 その言葉に返答する時間は与えられず、瞬きの内にベガの姿は掻き消える。絶対的強者が去った帝都の片隅には、妙な静けさと墜落した牢獄の欠片だけが残されていた。

 よくよく考えてみれば上空から結構な大きさの塊が落ちてきたんだし、非難しようと思うのは自然な事か。少し遠くからは戦闘音が聞こえてくるし、少し行けば人と会うこと自体は出来るだろう。

 一つ問題があるとすれば、俺に帝都の土地勘が全くないことだ。一応視界の中には大きな城が映ってはいるが、それ以外の建造物も、どんな街並みになっているのかすらも俺は全く分かっていない。道案内をしてもらおうにも、こんな鉄火場でのんびりと説明してくれる人が居るかと言われたら答えはノーだ。

「……なら、とりあえず城を目指してみるのも一つの手か……?」

 とりあえず目についた路地裏に身を隠しながら、俺は今後の方針を改めて考える。俺を最初に見つけてくれるのが味方だったのならいいのだが、クライヴ達の部下に見つかると話が一気に面倒なことになる。何せ今の俺は武器もなければ防具もない、文字通り丸腰の状態なのだから。

 ベガに言って何かしら武器を借りようかとも思ったのだが、アイツが操るような武器を俺が扱えるわけもないという結論に至る方がギリギリ先だった。良くて持ち上げるのが限界、最悪の場合触れただけで魔力を持ってかれてアウトなんて可能性も十分考えられるだろう。

 つまり、今の俺は出来るだけ他者との遭遇を避けなければいけない立場だ。少なくとも自分の味方だと断定できる相手が見つからない限り、こちらから姿をさらすのは控えた方がいい。修復術も体術も、俺の命を賭けるにはあまりに頼りなさすぎる。

「……お前やアイツらみたいには、なりたくないからな」

 絶えず浮かび上がるクライヴや修復術師たちの姿を脳内から追い出しつつ、俺は改めて誓う。修復術を殺しに使えば、俺もアイツらと一緒だ。いくら過去の温かい記憶が戻ってきたところでその気持ちは揺らがないし、昔の友人や師匠に今更親しみを覚えるようなこともなかった。

 あそこで何年も過ごした記憶より、リリスやツバキたちと過ごした濃い半年間の方が俺にとっては重要だ。それを取り戻そうとするのに邪魔な奴らがいるのなら、そいつらは全員敵だと今なら自信を漏って断言できる。

 クライヴが俺に何を期待しているのかは知らないが、リリスたちを傷つけた時点で話は終わりだ。『夜明けの灯』のリーダーとして、ここでクライヴは確実に殺す。そうしないとまたどこかで同じような事件が起こるのはとっくに分かってることだしな。

 記憶が戻っても優先順位は変わらないし、俺は思った以上に俺のままだ。『あの子』やかつてのクライヴとの記憶も大切ではあったが、それよりもずっと今の繋がりの方が俺の中で重要な位置を占めていた。

 それを守り抜くためにも、どこに一歩目を踏み出すかは慎重に考えなければならない。俺の脱走がバレるのは時間の問題だろうが、ここで焦って下手な行動をとる方がよっぽど怖かった。

 城に向かえれば間違いなく味方の誰かとは合流できるのだろうが、城の周りは十中八九激戦区になっていることだろう。単身で向かえば無傷ではいられず、最悪の場合味方側からの攻撃も食らう可能性がある。今リリスたちが加わっている共同戦線は、絶対に帝国人の方が多数派なのだから。

 逆に言えば、王国出身の面々と出会えれば話は一気に楽になる。一人身元を保証してくれれば見方から攻撃を受ける可能性はなくなる上に、人によってはリリスたちがどこに配置されているかを知っているのもいるかもしれない。どこを目的地にするにしても、王国の勢力との合流は絶対条件と言ってもいいだろう。

 こういう時の運がお世辞にも良い方ではないことは、今までの経験から何となく分かっている。考えるべきは出来る限り最悪の可能性、とことん手間取った時を想定して考えなければならない。楽観的な考えを許してくれるほど、この戦場が甘いものだとは思えなかった。

 今は落下物のせいで人が居なくなっているが、しばらくすれば状況確認のために誰かは戻ってくるだろう。そうなってしまえばシンキングタイムは終わり、戦闘に巻き込まれないように移動し続けるしかない。もしかしたら、考えている以上に猶予は少ないかもしれないな。

「……とりあえず、帝都の中心を目指してみるか……?」

 路地裏から覗く城壁に視線を投げつつ、俺は思考を改めて整理する。城自体を目的地に据えるかどうかはともかくとしても、人が居る方に向かわなければ合流できないのは間違いないことだ。リスクは目に見えて高いが、だからこそ見込めるリターンも大きいと言っていいだろう。

 城の周辺が一番の激戦区になってるなら、そこに大戦力であるリリスたちが配置されてる可能性もないではないからな。リリスたち以外の誰かと足並みを揃えさせた途端にあの二人の強みは半減してしまうような気もするが。今クライヴ達に対抗している指揮官がどれだけ王国の戦力を把握できているかも分かったものではない。戦況がどうなっているかの確認も含め、とりあえずは城の方向へ向かうのが一番有益ではありそうだ。

 しばらく頭の中でリスクとリターンを天秤にかけ、ゆっくりとリターンの方へと皿が傾いていく。ただでさえ何も把握できていないこの状況、悠長な行動をとる方がよほど危険なようにも思えてきてるし。

「……動くか」

 周囲に人が居ないことを確認してから路地裏を抜け出し、大きめの通りを横断して向かいの路地裏へ入る。それだけで戦闘音は大きくなり、苦痛にうめく声や士気を高める号令もはっきりと耳に届き始めた。

 きっともう少し行けば集団戦場、まっすぐ横断するのはほぼ不可能だ。迂回してでもそれを渡るか別のルートで城への接近を試みるか、早々に二者択一を迫られている。

 身をかがめて路地を歩いて行けば、その出口を何か魔術のようなものが右へ左へ横切る光景が見える。それだけじゃない、人の足やたなびくローブもだ。たくさんの足音が地鳴りのように俺の体を揺らし、石畳に着いた砂が宙を舞っていた。

(……さて、どうする)

 気配を出来る限り殺し、改めて目の前の二択を検討する。これだけ互いの戦力が入り乱れていれば路地裏から一人飛び出したところでバレないかもしれないが、誰かの巻き添えを食らっておじゃんになる可能性は十二分にある。退くにしても進むにしても、それ相応の代償がある事は明らかだ。

 この喧騒の中でも分かるほどに心臓の音がうるさく鳴り響き、一人で行動することの恐ろしさに冷や汗が背筋を伝う。ベルメウでレイチェルが居てくれたことがどれだけありがたかったのかを、俺は今更ながらに深く理解していた。

 しかし、それに気づいたところで都合よく俺を見つけてくれる味方はいない。俺が何か行動を起こさない限り、俺が見つけ出される可能性はずっと低いままだ。……それで時間を無駄に使う事だけは、なんとしてでも避けなければ。

「……ふう」

 鋭く息を吐き、乱れる呼吸と鼓動を整える。俺の心臓を守るかのような位置にあるネックレスのチャームが、その手伝いをしてくれているかのようだった。リリスがあの時くれた贈り物は、確かに俺の心を守ってくれている。

 大丈夫だ、今の俺ならできる。いや、やらなくてはならない。クライヴを真正面から否定して殺すためにも、この程度の障壁は乗り越えてしかるべきものだ。

 自分にそう言い聞かせた俺は路地裏の出口スレスレ、兵の着るローブの裾が掠めるか掠めないかの位置にまで一気に移動する。……そうして、攻撃の応酬が僅かに緩んだ隙をどうにか見計らい――

(ここ、だッ‼)

 遠距離魔術同士のぶつかり合いに一段落ついたその瞬間、俺は滑り込むように集団の中へと身を躍らせる。その一歩目が、絶対に避けては通れない戦いの始まりを告げる合図だった。
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