上 下
473 / 583
第六章『主なき聖剣』

第四百六十話『魔術戦の肝』

しおりを挟む
「想像力……ねえ」

 フェイの口から予想外の単語が出てきて、リリスは少し口ごもる。研究院でも魔術を操るのには明確なイメージが重要だという話を聞いたことがあるが、フェイが言っているのは少し違う事のような気がした。

「そうじゃ。敵を攻めるにしても身を守るにしても、想像力を磨くことは大きな助けになる。……特にエルフの小娘、貴様のようなタイプは特にな」

 頭をつついた指先をそのままリリスの方へまっすぐと向け、フェイは堂々と断言する。そしてそのまま一歩こちらへと歩み寄ると、フェイは師匠らしく問いを投げかけてきた。

「今貴様は妾に先手を取られ、確実に一撃守勢に回らねば反撃が出来ない状況にある。当然、妾が何の魔術を使ってくるかは分からない状態じゃ。影の小娘の支援も今は受けられぬ。……さあ、想像してみよ。その状況で貴様はどう動く?」

「……ええ、と」

 フェイに言われた条件を脳内で整理し、想像することで頭の中に同じような盤面を作り上げる。その中に放り込まれた自分がいったい一撃目をどうしのぐのか、おぼろげに見えるそれを言語化しようとして――

「時間切れじゃ。貴様が対抗策を想像するよりも早く妾は動き、貴様の身体を細切れにした」

 音もなく唐突に懐に潜り込んできたフェイの手刀が首にぴったりと当てられ、リリスの背筋が総毛立つ。……これが命の戦いなら、冗談ではなくリリスは今ここで死んでいた。

「小娘、貴様は妾から見ても筋がいい。その上長い間戦いに身を投じていることもあり、本能的な反応の速度で言えば妾に匹敵すると言っても間違いではないじゃろう。……じゃが、それ故に想像することを放棄してしまっておるのが問題じゃな」

 ひんやりとした感触が首元から離れ、フェイは予想通りだったと言わんばかりにうんうんと頷く。その考えにリリスより先に反応したのは、隣でその問答を見守っていたツバキだった。

「……確かに、リリスはあれこれ考えるよりも直感と本能で動くタイプだからね。……けれど、それだって悪いことではないんじゃないかい?」

 フェイの見解に同意しつつも、完全には納得しきれていないと言った様子でツバキは首をかしげる。フェイはそれを聞いて少し目を丸くすると、軽く息を吐きながら「ああ」と首を縦に振った。

「貴様の言う通り、本能で動くことが出来るのは決して悪いことではない。理性では追いつかぬ窮地に本能でなら反応できることはままある事じゃからの。……じゃが、かと言ってそれが想像を怠っていい理由になるかと言われればそうもいかぬ。本能と想像は使いどころが全く違う故な」

 少し惜しいとでも言いたげな様子で、フェイはツバキの考えに異を唱える。そして改めて二人の姿を瞳の中に映し出すと、一泊の間を開けてフェイは言葉を続けた。

「……のう、お主ら。魔術戦における『最強の一手』に共通する原則が何か知っておるか?」

 フェイの口から飛び出した言葉に、リリスとツバキはピクリと背筋を震わせる。『最強』とはまた大きく出たものだが、今までのフェイの戦いっぷりや振る舞いを見ればそれが脚色の類であるとは思えなかった。

 今までの戦いで決定打になった一手、そして苦戦させられた一手のことを思い出しながら、リリスはその中にどうにか共通点を見出そうと思考を回す。あまり戦術的な面について知識があるわけではないが、それでもほどなくしてそれは見えてきて――

「――どうやっても相手が防げないぐらいの物量で押し切る、とか?」

 今まで何度もリリスを助け、同時に苦しめても来た物量押しの光景を思い描きながら、リリスはフェイの問いに答えを出す。しかし、それに対してフェイは異様なほど早く反応した。

「ああ。、貴様ならそう言うと思っておったわ。『どうやっても防げない状況にする』と言う考え方までは正しいが、その結論が物量押しならば最強の一手とは言えぬ。……影の小娘、貴様はどうだ?」

「ボクは……そうだな、知らないことをされてる時が一番怖い。それこそクライヴがボクたちの知らない修復術を使って攻撃を防いだときとかね。……だから、『相手の知識にない事をする』とか?」

 顎に手を当てて首を捻りながら、目一杯言葉を選んでツバキもまた回答する。どうやらリリスのそれより真理を付いていたらしく、フェイは小さな唸り声を上げた。

「おお、貴様想像していた以上に筋が良いな。貴様の答えも完全に正解とは言えぬが、『知識にない事をする』と言う考え方は魔術戦において大切な事じゃ。なにぶん魔術とは自由な物じゃからの」

 軽く講釈を垂れながら、フェイは自らの手のひらの上に小さな風の球体を作り出す。それはやがて細長い柱になり、箱型の領域になり、人の手のひら以下の厚さになり、そして元の球体へと戻ったと同時に綺麗さっぱり霧散した。

 この一連の流れがフェイの言う『自由な物』の体現で在り、問いへの答えに通じるものなのだろう。自由度の高さと『最強の一手』がいかにして繋がるのか、それをまだ理解しきれていないのが問題だが。

「やはり長い間戦いに身を投じていただけはあるな、貴様らは不完全とはいえ『最強の一手』の原理を理解しつつある。……だからこそ、今ここで覚えておけ。真っ当な剣術の類ならいざ知らず、魔術戦においての最強は『先の先』にあるという事をな」

「『先の先』……つまり、相手より少しでも先に動くってこと?」

「ああ、それも重要な事じゃ。じゃが、それならばただ先手を取れば佳いだけの事。……『先の先』へ至るには、相手を後手に回らせることすら許さない必要がある。『先の先』を制するという事は、一瞬にして戦いに決着をつけるという事だと言っていいじゃろうな」

 リリスの認識をやんわりと訂正しつつ、フェイは模範解答を二人に開示する。それを聞いて得心したのか、ツバキは軽く手を打った。

「なるほどね。相手の知らない策を使いつつ先手を取ることが出来れば、正しい対処法を知らない相手はそれに対応できずに沈んでいくしかない。『先の先』の本質は初見殺しにあり、ってことかな?」

「ああそうじゃ、流石頭が切れると言われるだけはあるな。貴様の言う通り、魔術戦において切り札の出し惜しみは意味が薄い。相手の力量を見てから切る手札を決める余裕があるなら、最初から最大火力を解き放って対応できぬ奴を全て消し飛ばしてしまえばよいのじゃ」

 拳を力強く握りこみ、フェイはまるで肉食獣のように獰猛に笑う。フェイも又その原理の使い手であるのだろうなと、リリスの直観がそう告げていた。

「まあ、貴様らの感興を想えばその考えが身につかぬのも無理はない話じゃがな。もともと護衛とは受け身の存在、護衛対象の敵が明確に認識できなければ動くことは出来ぬ。その環境の中に長く身を置いていれば、自然と『受けて返す』と言う考え方が染みついていてもおかしくはないことじゃろう」

「……確かに、それはそうかも……?」

 あらたまった口調で指摘された思考の癖に、リリスは思わず感嘆の息をこぼす。フェイの言う通り、リリスの頭の中で先制攻撃の優先度はかなり低いものだった。

「そして、これと同じことが騎士団にも言える。聞いた話によれば、騎士剣術の本質は『後の先』、つまり一度凌いで次に繋ぐという理念じゃ。……つまり、騎士団全体を通して『受けて返す』と言う考え方が染みついてしまっておる」

 魔術戦に臨む心構えとしては最悪の類じゃよ――と。

 まるで愚痴をこぼすかのように、フェイは騎士剣術についての見解をこぼす。フェイが座学を公開しようと考えた理由がどこにあるのか、それが何となく見えてきたような気がした。

「『受けて返す』と言う考え方は、基本的に自分自身が一発目の攻撃に過たず対応できることを前提として話が進められておる。貴様らも騎士団の者らも、それが出来るからこそ今まで戦ってくることが出来たのじゃろう。……じゃが、今から敵に回すのはどれも常識の外側に居る魔術師ばかりじゃ。あの修復術師を前に貴様らが何もできなかったこと、今でも覚えているじゃろう?」

「……ええ、覚えてるわよ。アレの攻撃をどうやったら一発受けられるのか、正直今でも分からないわ」

 今クライヴとの闘いを何度繰り返したとしても、リリスの力だけでは勝つのは不可能に等しいだろう。修復術の魔の手からどうすれば逃れられるのか、今でも攻略の糸口を見出すことは出来ずにいる。

「そうじゃ、得体の知れぬものを前にして『受けて返す』ことが前提になる理念はひどく頼りないものになる。そして、敵となる組織は得体の知れない魔術師ばかりじゃ。直感や本能に、あるいは今までの経験などに頼って一発受けてから返そうなどと考えていたが最後、貴様らは『先の先』を奪われて倒れるのが関の山じゃろうな」

「ああ、確かにその通りだね。……でも、それに対する対処法がないわけじゃないんだろう?」

 厳しく言い切るフェイに対し、ツバキはどこか期待するような視線を向ける。それにフェイはかすかに笑みを浮かべながら「当然じゃ」と頷くと、改めて人差し指で頭をつついて見せた。

「何せその方法を身に着けるために必要なのが想像力じゃからな。真の意味でそれらを身に着けた時、貴様らは間違いなく魔術師として一回りも二回りも大きくなることじゃろうよ」
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

異世界転移で生産と魔法チートで誰にも縛られず自由に暮らします!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:284pt お気に入り:2,450

【BL】えろ短編集【R18】

BL / 連載中 24h.ポイント:71pt お気に入り:153

ざまぁから始まるモブの成り上がり!〜現実とゲームは違うのだよ!〜

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:401

【R18】俺とましろの調教性活。

BL / 連載中 24h.ポイント:49pt お気に入り:558

処理中です...