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第五章『遠い日の約定』
第四百四十三話『奇縁』
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「しかしまあ、最後の最後でとんでもないことをしてくれたものじゃ。まさか妾の手を跳ねのけてまで一人で戦いに臨むとはのぉ」
倒れ込むレイチェルに手をかざしながら、守り手様は困ったように笑う。予測していた叱責なんてものは一切来なくて、代わりに温かい光がレイチェルの全身を包み込んだ。
「……ん、う」
体のいたるところで走っていた痛みが見る見るうちに取り除かれ、あれだけ念じても動かなかったからだがだんだんとレイチェルの意志に従い始める。恐る恐るながらゆっくりと二本の足で再び立ち上がったその姿を見て、守り手様は満足げな笑みを浮かべた。
「よしよし、妾の腕も鈍ってはおらぬな。調子はどうじゃ、レイチェル?」
「うん、体中どこも痛くないよ。……けど、まだ力が抜けるような感じが残ってるかも」
手を開閉させてみたり飛び跳ねて見たりして回復をアピールしながらも、質問に答えるレイチェルの表情はどこか申し訳なさげなものだ。体が動くようになっただけでも治癒魔術の賜物ではあるのだが、身体の中心に穴が空いているような違和感だけはなくなってくれなかった。
「力が抜けるような感じ――か。覚悟はしておったが、やはりそれは妾では癒せんようじゃな」
遠慮がちに視線をあちこちにさまよわせるレイチェルだったが、それに反して守り手様は冷静に呟くばかりだ。最初からその結果は想定で着ていたかのように、現状を受け止める態度は落ち着いたものだった。
「妾の手を取らずにあれだけの魔術を使うとなれば、その規模に見合った代償を支払うことになるのは必定である故な。……妾はお主を褒めればいいのか叱ればいいのか、どっちなんじゃ?」
「なんとでも言われる覚悟はできてるよ、守り手様――あれ、もうこの呼び方は違うのかな」
首を捻る守り手様に自分なりの答えを返そうとして、しかしレイチェルも途中で困ったように首をかしげる。眼に見えぬけれども守ってくれる精霊の存在を指して『守り手様』と言うのであれば、今こうして再び器を得た状態をそう呼ぶのは少しばかり違うような気がしてならなかった。
「そうじゃな、お主らがくれた『守り手様』という名前も気に入っておるのじゃが……。お主が妾を名前で呼びたいと願うのならば、『フェイ』と呼んでくれ。お主の遠い先祖が妾にくれた、特別な名じゃ」
「……うん、分かった。それじゃあ、フェイ様――」
「フェイ、でよい。かつての妾とお主の先祖がそうであったように、妾はお主と対等な立場でありたいからの。……まあ、守り手様としての立ち位置も気に入ってしまっておるから困ったものじゃが」
別にどちらか一つで居なければいけないわけでもなかろう――と、守り手様改めフェイは自分の中で結論を出してすっきりとした笑みを浮かべる。想像していたよりも小柄なのもあってか、その姿は溌溂とした子供のような印象をレイチェルに抱かせた。
「さて、呼び方も定まったところで本題じゃ。これはあくまで妾の見立てにすぎぬが、レイチェルはこのままじゃと魔術師として生きることが出来なくなる。それだけの無茶をしたという事は、お主も自覚しているところであろう?」
「……うん、分かってるよ。でも、あそこでフェイの力を借りなかったことは後悔してない。あれは絶対、あたしだけの力で突破しなくちゃいけない試練だったから」
あの宝石を直接はめ込んだかのような緑色をした瞳を正面から見つめ返し、レイチェルははっきりとフェイの言葉に応える。あの場でフェイの助けを拒んだのは誰のためでもなく、これから先も歩んでいく自分自身のために他ならなかった。
資格がどうとか試練の本来の意義とか、そういうものも関係ない。ただ、あそこで自分以外の誰かの手を借りてはいけなかった。あそこで自分以外の何かにもたれかかっていれば、それはずっとレイチェルの心に影を落としていただろう。
「あたしの力だけであそこを突破できたから、あたしは今胸を張ってフェイの眼を見れてる。……もう魔術を使えなくなるかもって考えると怖いけど、間違ったことをしたとは思ってないんだ」
自分の中にある答えをどうにか言語化して、フェイにまっすぐ投げかける。自分の感覚にぴったりとくる言葉が見つかるまで時間がかかることもあったが、それでもフェイは最後の結論が出るまで待ってくれていた。
「間違ったことはしていない……か。そこまで自信を持って言われてしまえば、妾も強くは言えぬな。妾にできるのは、お主が下した判断を尊重し後押しすることだけじゃ。……お主の先祖も、一度正しいと信じたことはとことん最後まで信じ抜く女傑じゃった」
レイチェルの結論を聞き届けて、フェイは目を細めながら改めて自分の立ち位置を表明する。どこか呆れていながらもその表情はどこか嬉しそうで、レイチェルもつられて笑みを浮かべた。
今までに味わったことのない類の違和感は、今もレイチェルの中心に居座っている。魔術を使える気が微塵も起きないし、なんなら魔術という技術自体がとても遠いもののような気がしてならない。……それはきっと、今まで力を貸してくれていたフェイが離れたからと言うだけの事ではないのだろう。
機械に向かって最大火力の魔術を放つときに感じた、自分の身体の奥底から何かを引っこ抜く様な感覚。あれがきっと、今レイチェルを襲っている虚脱感の正体だ。早い話が、レイチェル・グリンノートと言う生命を維持するために必要な魔力にまでレイチェルは手を付けてしまったという事なのだろう。
「自らの信じた道を貫き通すことには、当然それ相応の代償が伴う。……此度の代償は、今までに見てきたそれとは比較にならんほどの物なのじゃがな」
自分自身にも言い聞かせるようにそう口にしながら、フェイはおもむろにレイチェルの右手を握り締める。その視線はしばらく繋がられた手に集中していたが、やがて首を捻りながら手を離した。
「……ふむ、やはり多少かじった程度の技術ではどうにもならぬか……。あの小僧が息をするかの如く使いこなせているのが不思議でならぬ」
「あの小僧――って、マルクの事?」
試練の時に少しだけ交わした会話の時にも出てきたその存在の事がふと気になって、レイチェルはフェイの独り言に口を挟む。フェイは首を縦に振って肯定を示すと、不思議そうな表情をしたまま口を開いた。
「そうじゃ、小僧の助けがあったからこそ妾はあの試練の時に介入できた。小僧の存在がなければ、今お主を取り巻く環境は大きく異なったものになっていたであろうよ」
「うん、それはあたしもそう思う。……マルクが隣にいてくれなかったら、あたしは多分何もできなかった」
最初にフェイからの伝言を伝えてくれた時も、操られた都市の人々から逃げ惑うときも。ずっとずっとマルクはレイチェルの隣に立って、全力で道を切り開こうとしてくれた。……その姿を間近で見てきたことは、間違いなくレイチェルに好影響を与えている。
「ああ、それなら小僧に代理をさせた甲斐もあったというものよ。レイチェル、お主は出会う人々に恵まれる星の下に生まれているようじゃな」
「そうかな……うん、そうかもね。この街で知り合った人たちの誰か一人でも欠けてたら、多分あたしはここまで来れてない」
『夜明けの灯』の皆はもちろん、レイチェルを信じて託してくれたロアルグとガリウス、身を挺して騎士の意志を示してくれたユノも。出会って心を交わした皆が居たからこそ、レイチェルは今こうして『約定』を果たすことが出来たのだ。決して、レイチェル一人の武勇で実現できたことではない。
だからきっと、レイチェルは皆にお礼を言わなくてはならない。ここまで支えてくれてありがとうと、背中を押してくれてありがとうと。『これからもよろしく』なんて言葉も、出来るなら付け加えさせてほしいところだ。
「ああ、お主は人に恵まれておる。本来ならば癒えるはずもないお主の不調も、あの小僧――マルク・クライベットならば癒せるやもしれぬのだからな」
「……え、マルクが?」
「そうじゃ、奴は世にも珍しい修復術師じゃからな。……かつてこの都市を作り上げたいけすかぬ男と同じルーツを持つ人間がレイチェルの前に現れるとは、奇妙な縁もあったものよ」
何とも言えない表情をしながらも、フェイはしみじみとした様子で呟く。……レイチェルを王国へと転移させたのはフェイなのだろうが、転移した先で誰と出会うかまでは流石に予想できなかったらしい。
「ここまで偶然が重なると何か作為的なものを感じずにはおれぬが、それを考えるのは後回しじゃ。叶うならこのまましばらくお主と言葉を交わしていたいところじゃが、そろそろあの小僧たちと合流を――」
名残惜しそうにそう口にしながら、フェイは視線を上に向ける。聞いた話だとリリスは魔力の気配を感じ取ることが出来るらしいが、フェイにも何かレイチェルには見えないものが見えているのだろう。
その様子を見つめながら、レイチェルは改めて約定を果たせたことへの達成感を噛み締める。フェイの事をマルクたちにちゃんと紹介した時にどんなリアクションをしてくれるのか、内心楽しみでならなくて――
「――何じゃ、一体何が起こっておる?」
――そんなレイチェルの未来予想図は、フェイがこぼした呟きによって一瞬にして吹き飛ばされた。
「え……え、えっ?」
フェイがいったい何を捉えたのか、レイチェルには想像することすらできない。襲撃者が狙っていたのはレイチェルが持っていた『精霊の心臓』のはずで、それは約定を果たすことで確かにフェイへと変換された。ならば、もう襲撃者がベルメウに攻撃を仕掛ける必要はない。……ない、はずだ。
だが、天井を見上げるフェイの表情はひどく険しいものになっている。……それを目にしてしまった以上、楽観的な考えなど出来るはずもなく――
「――レイチェル、しっかり掴まっておれ。妾たちを取り巻く奇縁は、どうも考えていたよりずっと複雑で悪意に満ちていたようじゃ」
偶然と呼ぶことは、とてもできぬな――と。
剣呑な声とともに差し出された手を、レイチェルは恐る恐る握り返す。……視界が一瞬にして真っ白に染め上げられたのは、その直後の事だった。
倒れ込むレイチェルに手をかざしながら、守り手様は困ったように笑う。予測していた叱責なんてものは一切来なくて、代わりに温かい光がレイチェルの全身を包み込んだ。
「……ん、う」
体のいたるところで走っていた痛みが見る見るうちに取り除かれ、あれだけ念じても動かなかったからだがだんだんとレイチェルの意志に従い始める。恐る恐るながらゆっくりと二本の足で再び立ち上がったその姿を見て、守り手様は満足げな笑みを浮かべた。
「よしよし、妾の腕も鈍ってはおらぬな。調子はどうじゃ、レイチェル?」
「うん、体中どこも痛くないよ。……けど、まだ力が抜けるような感じが残ってるかも」
手を開閉させてみたり飛び跳ねて見たりして回復をアピールしながらも、質問に答えるレイチェルの表情はどこか申し訳なさげなものだ。体が動くようになっただけでも治癒魔術の賜物ではあるのだが、身体の中心に穴が空いているような違和感だけはなくなってくれなかった。
「力が抜けるような感じ――か。覚悟はしておったが、やはりそれは妾では癒せんようじゃな」
遠慮がちに視線をあちこちにさまよわせるレイチェルだったが、それに反して守り手様は冷静に呟くばかりだ。最初からその結果は想定で着ていたかのように、現状を受け止める態度は落ち着いたものだった。
「妾の手を取らずにあれだけの魔術を使うとなれば、その規模に見合った代償を支払うことになるのは必定である故な。……妾はお主を褒めればいいのか叱ればいいのか、どっちなんじゃ?」
「なんとでも言われる覚悟はできてるよ、守り手様――あれ、もうこの呼び方は違うのかな」
首を捻る守り手様に自分なりの答えを返そうとして、しかしレイチェルも途中で困ったように首をかしげる。眼に見えぬけれども守ってくれる精霊の存在を指して『守り手様』と言うのであれば、今こうして再び器を得た状態をそう呼ぶのは少しばかり違うような気がしてならなかった。
「そうじゃな、お主らがくれた『守り手様』という名前も気に入っておるのじゃが……。お主が妾を名前で呼びたいと願うのならば、『フェイ』と呼んでくれ。お主の遠い先祖が妾にくれた、特別な名じゃ」
「……うん、分かった。それじゃあ、フェイ様――」
「フェイ、でよい。かつての妾とお主の先祖がそうであったように、妾はお主と対等な立場でありたいからの。……まあ、守り手様としての立ち位置も気に入ってしまっておるから困ったものじゃが」
別にどちらか一つで居なければいけないわけでもなかろう――と、守り手様改めフェイは自分の中で結論を出してすっきりとした笑みを浮かべる。想像していたよりも小柄なのもあってか、その姿は溌溂とした子供のような印象をレイチェルに抱かせた。
「さて、呼び方も定まったところで本題じゃ。これはあくまで妾の見立てにすぎぬが、レイチェルはこのままじゃと魔術師として生きることが出来なくなる。それだけの無茶をしたという事は、お主も自覚しているところであろう?」
「……うん、分かってるよ。でも、あそこでフェイの力を借りなかったことは後悔してない。あれは絶対、あたしだけの力で突破しなくちゃいけない試練だったから」
あの宝石を直接はめ込んだかのような緑色をした瞳を正面から見つめ返し、レイチェルははっきりとフェイの言葉に応える。あの場でフェイの助けを拒んだのは誰のためでもなく、これから先も歩んでいく自分自身のために他ならなかった。
資格がどうとか試練の本来の意義とか、そういうものも関係ない。ただ、あそこで自分以外の誰かの手を借りてはいけなかった。あそこで自分以外の何かにもたれかかっていれば、それはずっとレイチェルの心に影を落としていただろう。
「あたしの力だけであそこを突破できたから、あたしは今胸を張ってフェイの眼を見れてる。……もう魔術を使えなくなるかもって考えると怖いけど、間違ったことをしたとは思ってないんだ」
自分の中にある答えをどうにか言語化して、フェイにまっすぐ投げかける。自分の感覚にぴったりとくる言葉が見つかるまで時間がかかることもあったが、それでもフェイは最後の結論が出るまで待ってくれていた。
「間違ったことはしていない……か。そこまで自信を持って言われてしまえば、妾も強くは言えぬな。妾にできるのは、お主が下した判断を尊重し後押しすることだけじゃ。……お主の先祖も、一度正しいと信じたことはとことん最後まで信じ抜く女傑じゃった」
レイチェルの結論を聞き届けて、フェイは目を細めながら改めて自分の立ち位置を表明する。どこか呆れていながらもその表情はどこか嬉しそうで、レイチェルもつられて笑みを浮かべた。
今までに味わったことのない類の違和感は、今もレイチェルの中心に居座っている。魔術を使える気が微塵も起きないし、なんなら魔術という技術自体がとても遠いもののような気がしてならない。……それはきっと、今まで力を貸してくれていたフェイが離れたからと言うだけの事ではないのだろう。
機械に向かって最大火力の魔術を放つときに感じた、自分の身体の奥底から何かを引っこ抜く様な感覚。あれがきっと、今レイチェルを襲っている虚脱感の正体だ。早い話が、レイチェル・グリンノートと言う生命を維持するために必要な魔力にまでレイチェルは手を付けてしまったという事なのだろう。
「自らの信じた道を貫き通すことには、当然それ相応の代償が伴う。……此度の代償は、今までに見てきたそれとは比較にならんほどの物なのじゃがな」
自分自身にも言い聞かせるようにそう口にしながら、フェイはおもむろにレイチェルの右手を握り締める。その視線はしばらく繋がられた手に集中していたが、やがて首を捻りながら手を離した。
「……ふむ、やはり多少かじった程度の技術ではどうにもならぬか……。あの小僧が息をするかの如く使いこなせているのが不思議でならぬ」
「あの小僧――って、マルクの事?」
試練の時に少しだけ交わした会話の時にも出てきたその存在の事がふと気になって、レイチェルはフェイの独り言に口を挟む。フェイは首を縦に振って肯定を示すと、不思議そうな表情をしたまま口を開いた。
「そうじゃ、小僧の助けがあったからこそ妾はあの試練の時に介入できた。小僧の存在がなければ、今お主を取り巻く環境は大きく異なったものになっていたであろうよ」
「うん、それはあたしもそう思う。……マルクが隣にいてくれなかったら、あたしは多分何もできなかった」
最初にフェイからの伝言を伝えてくれた時も、操られた都市の人々から逃げ惑うときも。ずっとずっとマルクはレイチェルの隣に立って、全力で道を切り開こうとしてくれた。……その姿を間近で見てきたことは、間違いなくレイチェルに好影響を与えている。
「ああ、それなら小僧に代理をさせた甲斐もあったというものよ。レイチェル、お主は出会う人々に恵まれる星の下に生まれているようじゃな」
「そうかな……うん、そうかもね。この街で知り合った人たちの誰か一人でも欠けてたら、多分あたしはここまで来れてない」
『夜明けの灯』の皆はもちろん、レイチェルを信じて託してくれたロアルグとガリウス、身を挺して騎士の意志を示してくれたユノも。出会って心を交わした皆が居たからこそ、レイチェルは今こうして『約定』を果たすことが出来たのだ。決して、レイチェル一人の武勇で実現できたことではない。
だからきっと、レイチェルは皆にお礼を言わなくてはならない。ここまで支えてくれてありがとうと、背中を押してくれてありがとうと。『これからもよろしく』なんて言葉も、出来るなら付け加えさせてほしいところだ。
「ああ、お主は人に恵まれておる。本来ならば癒えるはずもないお主の不調も、あの小僧――マルク・クライベットならば癒せるやもしれぬのだからな」
「……え、マルクが?」
「そうじゃ、奴は世にも珍しい修復術師じゃからな。……かつてこの都市を作り上げたいけすかぬ男と同じルーツを持つ人間がレイチェルの前に現れるとは、奇妙な縁もあったものよ」
何とも言えない表情をしながらも、フェイはしみじみとした様子で呟く。……レイチェルを王国へと転移させたのはフェイなのだろうが、転移した先で誰と出会うかまでは流石に予想できなかったらしい。
「ここまで偶然が重なると何か作為的なものを感じずにはおれぬが、それを考えるのは後回しじゃ。叶うならこのまましばらくお主と言葉を交わしていたいところじゃが、そろそろあの小僧たちと合流を――」
名残惜しそうにそう口にしながら、フェイは視線を上に向ける。聞いた話だとリリスは魔力の気配を感じ取ることが出来るらしいが、フェイにも何かレイチェルには見えないものが見えているのだろう。
その様子を見つめながら、レイチェルは改めて約定を果たせたことへの達成感を噛み締める。フェイの事をマルクたちにちゃんと紹介した時にどんなリアクションをしてくれるのか、内心楽しみでならなくて――
「――何じゃ、一体何が起こっておる?」
――そんなレイチェルの未来予想図は、フェイがこぼした呟きによって一瞬にして吹き飛ばされた。
「え……え、えっ?」
フェイがいったい何を捉えたのか、レイチェルには想像することすらできない。襲撃者が狙っていたのはレイチェルが持っていた『精霊の心臓』のはずで、それは約定を果たすことで確かにフェイへと変換された。ならば、もう襲撃者がベルメウに攻撃を仕掛ける必要はない。……ない、はずだ。
だが、天井を見上げるフェイの表情はひどく険しいものになっている。……それを目にしてしまった以上、楽観的な考えなど出来るはずもなく――
「――レイチェル、しっかり掴まっておれ。妾たちを取り巻く奇縁は、どうも考えていたよりずっと複雑で悪意に満ちていたようじゃ」
偶然と呼ぶことは、とてもできぬな――と。
剣呑な声とともに差し出された手を、レイチェルは恐る恐る握り返す。……視界が一瞬にして真っ白に染め上げられたのは、その直後の事だった。
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