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第五章『遠い日の約定』

第四百二十九話『定まる目的地』

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 その衝動に一も二もなく賛同して、リリスは慌てた手つきでその表紙を開く。期待通り、そこにあったのは警備システムに関わる魔道具たちの詳細な解説だった。

 店に取り付けるタイプの小型から今リリスたちが戦ったような自立して戦闘する人型の物まで、ベルメウの警備システムは多くの種類の魔道具によって成り立っているらしい。それぞれに得意とする役割や適性、また想定するトラブル等も違うため、業種や店の規模を確認してから配備を承認するように――と、その古びた文書の中には記述されていた。

 ファイルに収められた紙の端が少し色褪せ始めていることも考えると、この配備基準が作られたのは随分と昔の事なのだろう。それが今も現役でファイルの中に収められていて、変わらずこの街のシステムとして駆動している。……聞いただけではピンとこなかったベルメウの長い歴史を、リリスは今確かに目の当たりにしているらしい。

「……何かめぼしいものを見つけたみたいだね、リリス」

 いつの間にか隣に立っていたツバキが、自分の持っていたファイルを棚へと戻しながらそう問いかけてくる。それに頷きながらファイルの中身をツバキにも見せると、ほどなくして瞼がピクリと動いた。

「へえ、警備魔道具の配備基準か……半端な冒険者ぐらいだったら殺せるこの機械があれば全部解決するんじゃないかと思ってたけど、実際の所はそうじゃないんだね」

「みたいね。配備台数の限界とか言ってる当たり、過去の天才にもできないことはあったらしいわ」

 この書類曰く、リリスたちが相手にしたタイプの警備機械は相当出力の高い個体らしい。だがその代償としてこの都市全体で四十台ほどしか運用することが出来ず、またフルスペックを出すためには配備先の店とこの都市庁舎からの二重の承認が必要であるらしい。それほどの仕組みを設けなければいけないほど、アレは危険を伴うものであったというわけだ。

「へえ、他にもいろんな型があるんだね。四輪の自走タイプとか見て見たいような気もするけど、多分それも今頃あっちに利用されてるんだろうな」

「まあそうでしょうね。こういう警備のシステムは普段格納されてるらしいし、アグニ達から干渉されることで逆に出撃できなくなってる可能性もあるけど」

 ないはずの出撃命令を『ある』ことにできるのなら、確かにあったはずの出撃命令をもみ消すことだって容易な事だろう。それほど深刻にこの街は襲撃者たちの仕掛けに侵食されていて、今も都市全体が街の人々に牙を剥いている。……数百年続いた都市にしてはあまりにあっけなく、そして致命的な崩壊の瞬間だ。
 
 自分が作り上げたシステムが乗っ取られて悪用されることをなぜ想定しなかったのかと、リリスは顔も見えない過去の天才にそう問いたくて仕方がない。ジークによれば制御を取り戻すための仕掛けもあるらしいが、結局のところそれもシステムに干渉されない『誰か』の手がなければ不可能なものだ。

 よっぽど自分のセキュリティに自信があったのか、それとも根っからのお人よしか。何を生業にしていたかも分からない設計者の人物像は、リリスの中でいつまでもふらふらと揺らぎっぱなしだ。

(これほどの街を一人で完成させた人間にしては、脇が甘すぎるのよ……)

 さらなる手掛かりを探してパラパラとページをめくりながら、リリスはなおも設計者へと愚痴をこぼす。この街の基盤となるシステムをたった一人で作ったことも、それが今に至るまで誤作動など一度もしてこなかった完璧なものであることも、その全てが天才の証明として十分すぎるものだ。研究者でも魔道具技師でも、なりたいものになら何にだってなれただろう。――それなのに、どうして。

 自分でもどこから湧き上がってくるのか分からない不満に突き動かされながら、リリスはせわしなく目を左右に動かす。ツバキと二人で穴が開くほどに書類を見つめながら、現状を打破するための鍵を探し求める。この街に積み重なった何百年もの歴史がもしかしたら生み出しているかもしれない、幻の鍵を――

「――ッ! リリス、これ!」

 ファイルのページが後半に突入し僅かな焦りが生まれ始めたその瞬間、ツバキが息を呑みながらこちらに声をかけてくる。大慌てでツバキの見ているところと同じ方へ視線をやると、そこには『警備魔道具の損傷、あるいは動作不良が起きた場合には』という小見出しがこっそりと存在していた。

 誰が書き加えたのか『よほどないとは思うけど』と矢印で補足されたそれは、もしもそういう用件で住民が此処を訪ねてきたらどうすればよいかの指針が書かれたものだった。そのほとんどは『口頭で確認』とか『実際に現物を持ってきてもらう』とかの窓口でできる対応が書かれているばかりだったが、一番下の一行だけは少し異なる雰囲気を纏っていて。

「『実際に損傷、機能不全が起きている場合は、最上階のオペレートルームへ取り次ぐこと』――」

「オペレートルーム、か……なんだろう、凄く『これだ』って感じがするね」

 その文字を見つけた二人は顔を見合わせ、そして確信する。リリスたちがまず目指すべきはそこなのだという共通認識が、一瞬にして二人の間には生まれていた。

「ツバキ、ここから最上階までノンストップで行くわ。機械も無視するけど、付いてこれるわよね?」

「ああ、ボクも伊達に鍛えてるわけじゃないからね。ようやく手がかりを掴んだんだ、こんなところでヘマはしないよ」

 念のためファイルを最後まで確認し終えた後、二人は足並みをそろえて階段の前へと戻ってくる。今まではただ闇雲に上っていたが、ここからは明確な目的地付きだ。……そこに至るまで、一度たりとも止まってやるつもりはない。

 そんな意志を示すかのように、リリスたちの周りを小さな風の渦が覆い始める。普段に比べてずいぶん規模は小さいが、それでも加速するには十分だ。懸念はと言えばジークが振り落とされないかと言う所だが、リリスが作り上げた氷のベルトがその体を固定してくれているから問題はないだろう。

「さて、ようやく光明が見えてきたわね。……ここから反撃開始と、そう行かせてもらいましょうか!」

「いつまでもやられっぱなしは癪に障るもんね。……行こう、ボクたちで‼」

 リリスの呼びかけにツバキが応じ、それで意思確認は完了する。どちらから合図を下でもなく二人は一斉に地面を蹴り飛ばし、その瞬間に追い風が力強く背中を押した。

「リリス、追っ手の対処は任せるよ!」

「当然! ……氷よ、立ち塞がりなさい‼」

 一つ上の階層に上がったことにより、当然その階層を巡回していた警備魔道具がリリスたち二人の姿を捉える。だが、その瞬間にはもう手遅れだ。二人は少しも迷うことなく次の階を目指し、それと同時に分厚い氷の壁を足止めとして残している。『安全に探索する』という目的がなくなった今、機械はもはやまともに相手する必要すらない存在だった。

 同じように追っ手の通り道を次々と氷で封じながら、二人は目にもとまらぬ速さで最上階へ向かって駆けぬけていく。……ほどなくして、リリスたちは一度も機械に妨害されることなく目的地へとたどり着くことに成功していた。

 そこは今まで探索してきた場所とは違い、完全に一般住民が立ち入ることを想定されていない場所だ。リリスたちの目の前にあるのは黒い扉一枚だけ。何の素材を使っているのか艶やかにきらめいているそれは、この先の空間が特別であることを如実に示している。

 試しにノブを握って引っ張ってみるが、引けど押せど扉が開く様子はない。……当然のことだが、オペレートルームにもカギがかけられているようだ。

 目を瞑り、魔力を探る。この先に何が待っているのだとしても、都市庁舎に踏み込んだ時と同じミスだけは犯すわけにはいかなかった。

 まず最初に伝わってくるのは、階下をうろつく警備システムの気配。リリスたちを見失ったことで出力を削減したのか、その気配は小さなものになっている。警備とはいってもその程度かなどと考えていたその時、妙な気配がリリスの感覚を刺激した。

「……何か、部屋の中にいるわ」

 ぽつん、と。

 黒い扉で隔てられた部屋の中にたった一つ、本当に微弱な魔力の気配がある。まるで何かによって抑え込まれているような、何かを強引に押し隠しているような。……それはちょうど、影の中に身を隠すツバキの気配を探っているかのような感覚だ。

 感じられる気配は弱い。だが、それが魔力の少なさと直結するわけではないのだ。……この状況で部屋の中にいる人間が何のとりえもない人間だと考えるのは、どうしたって無理があるというもので。

「何か……?」

「ええ、その正体までは分からないけど。……どうも、ここも簡単に入り込めるってわけじゃないみたいね」

 言葉少なにそう答えながら、リリスは氷の大剣を再び作り出す。承認キューブを差し込むためであろう穴が空いているのは見えていたが、入り口も開けなかった今この扉があっさり開錠できるとはどうも思えなかった。

「でも、私たちは進むしかない。……そうでしょ、ツバキ?」

「そうだね。ここで引き返せば、ボクたちは完全に無駄足をしただけってことになる」

 真剣な表情でツバキが頷いたのを見て、リリスは改めて大剣を構え直す。切り裂くというよりも破砕するために作り上げられたそれを、全身の力を使って思い切り叩きつけて――

「……よかった。ベルメウの核になる部屋も、扉はそんなに頑丈ってわけじゃないみたいね」

 轟音とともに崩れ落ちる扉を見つめて、リリスはほっと一つ息を吐く。……反撃の手がかりをつかむ鍵となる場所は、強引な形ではあるがリリスたちへと門戸を開いていた。
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