上 下
410 / 583
第五章『遠い日の約定』

第四百一話『嘘を吐く者は』

しおりを挟む
「ん、な……ッ」

「この不埒物、性懲りもなく……‼」

 その大声によって、二人はようやくガリウスの存在を思い出す。まずはガリウス自身に、そして足元に放り込まれた明らかな危険物に。……都合一秒以上、ロアルグから二人の視線が外れた。

「一つアドバイスしとくと、それはもう爆発寸前だ。……もしかしたら、弾き飛ばすことすら危ういかもしれないね?」

 意識が完全にこちらに移動したことをいいことに、ガリウスは精一杯不敵な笑みを浮かべながらそんな言葉を贈る。その瞬間、アグニの足元に転がる魔道具へと手のひらを向けかけていたマイヤの動きが僅かに鈍った。

 マイヤが何よりもアグニを尊んでいることは、ここまでの戦いを見てくれば分かることだ。自らの判断がアグニに傷を付ける可能性を生み出すなどと聞いてしまえば、どうしたって躊躇するのは避けられない。――何せ、『御身には傷一つつけさせない』とまでのたまう心酔っぷりなのだから。

 ならばアグニの方がその魔道具から逃れてしまえばいいだけの話だが、それもまたそれでリスクを伴う話だ。……マイヤの助力抜きでロアルグの弾丸を防ぎきれる保証は、今のところどこにもない。

「不埒物めが、小癪なことをッ‼」

 そんな逡巡をマイヤ達も経たのか、まず真っ先にガリウス自身へと手のひらを当ててくる。仕掛け自体の対処に時間がかかるのなら、それを仕掛けてくる人間から遠ざける。……確かに正しい判断だが、それも含めて想定通りだ。

「小癪で結構。搦め手を使おうが何をしようが、最後に僕たちの目的が達成されていればそれでいいんだから」

 自分の身体が何かに弾き飛ばされるような感覚を味わいながら、しかしガリウスは誇らしげに言葉を返す。今の自分にできることとしては最高級の事をしたと、そう確信していた。

 今こうして背後から飛び出したことによって、ガリウスは再び二人の視線を一身に集めることが出来たのだ。真っ向からの戦闘を苦手とするガリウスにとってみたら、これ以上の戦果もなかなかないだろう。……本来ならば役に立たない駒が目を奪えば奪うだけ、真に強い駒は快適に働くことが出来るのだから。

 さっきよりも勢い良く後方へと吹き飛ばされていくガリウスの視界には、水の弾丸を大量に装填するロアルグの雄姿が映っている。この戦いを終わらせるのは間違いなく水魔術だし、あとから戦果をたたえられるのも間違いなくロアルグだ。かしこまった舞台で脚光を浴びることを好まないガリウスにとってみれば、それはとても都合のいい話だった。

 だがしかし、それでも責任ある立場ととしての務めが完全に消えてなくなってくれたわけではない。そのうちの一つを思い出して、ガリウスは吹き飛びながら大きく息を吸いこんだ。

「――僕の声が聞こえる騎士団、全員に告ぐ‼」

 まだ施設の中で様子をうかがっている部下たちに、あるいは隠れている仲間たちに。この状況下で動けずにいる仲間たちの背中を押すべく、ガリウスは声を目一杯張り上げる。今ここで生きている騎士たち一人一人が、ガリウスにとっての『勝機』に他ならなかった。

「此処の敵は僕とロアルグが引き受ける、君たちは機を見て脱出してくれ! 万が一にも無茶はするな、自分の命を最優先だ! ……そして、『夜明けの灯』の面々をどうか見つけ出してくれ‼」

 騎士だからと言って逃げてはいけないとか、事件から背を向けてはいけないとか、そんなことは全くない。敵の悪意に敵わないと思うなら全力で逃げ隠れして、勝機を作るために試行錯誤し続ければいい。……今こうしてガリウスたちが戦えているのも、襲撃から逃げ延びたユノが報告を以てガリウスたちの下にまでたどり着いてくれたからに他ならないのだから。

「そのための隙は僕たちが作る、決して君たちに手出しはさせない! ……さあ、行くんだ‼」

 近づいてくる地面に対して受け身を取って、ガリウスはさらに言葉を続ける。それは部下たちへの指示であると同時に、空中で攻撃準備を整えたロアルグへの合図でもあった。

 ガリウスの意思を完全にくみ取って、大量に装填された水の弾丸が意識の逸れた二人の頭上から降り注ぐ。咄嗟の反応は間に合ったらしく水の弾丸はあちこちへとはじき返されていたが、施設から出てあちこちへと散っていく騎士たちを追いかけるだけの余裕はなさそうだ。

 その光景を安堵とともに確認して、ガリウスは再びアグニ達を目がけて地面を蹴り飛ばす。今度は偽装魔術を使うことなく、自分の出来る最高速度で。身体的な才能に恵まれたという自覚はないものの、積み重ねた経験は確かにガリウスの身体を軽やかに前へと運んでくれた。

 そしてまた懐へと手を突っ込み、ガリウスは四角い箱上の物を取り出す。備えあれば憂いなしとはよく言ったものだが、今日ほどその考え方に感謝する日もなかなかないだろう。普段はお荷物名だけのそれが、今日はあまりにも大きな役割を果たしてくれている。

 硬いそれをグッと握りしめ、自分の体内を流れる魔力の一部をそれへと共有する。それが完了したのを確信した瞬間、ガリウスはまたしても大きく息を吸いこんで――

「……もう一つおまけだ、これもプレゼントしてあげるよ‼」

 全力疾走の勢いをも利用しながら振りかぶり、四角い物体を思い切り放り投げる。くるくると回転しながら宙を舞うそれは、淡い蒼い光を明滅させながらアグニ達の下へと肉薄していった。

「なんだよ、さっきからギャーギャーと騒がしい……‼」

 大声が耳に障ったのか、今まで飄々としていたアグニが少し苛立ちを込めてガリウスの方を振り向く。それに少しつられたようにマイヤも視線を移動させたのを見て、ガリウスはすかさず叫んだ。

「ロアルグ、今だ!」

「ああ、分かっているさ‼」

 意識がロアルグから逸れた一瞬を縫うようにして打ち放たれた水の弾丸が、凄まじい勢いで二人の身体を破壊しようと迫る。咄嗟にマイヤは身を捻って防御態勢に入ったものの、間に合わなかったいくつもの弾丸が石畳でできた地面を派手に抉り取った。

 それは初めてロアルグの攻撃がマイヤの防御を突破した瞬間であり、勝利に向けた貴重な一歩だ。……だがしかし、それは予期せぬ弊害を生み出していた。

「……ああ、なるほど。お前はそういうタイプの術者だったってわけか」

 ばらばらに砕けた角材の破片を足で踏みつけながら、アグニはガリウスの方を見つめる。それは、さっきまで淡い光を放ってアグニ達の注意を引いていたはずのものだった。

「単純な透明化術式かと思ってたけど、思ってた以上に器用なんだな。……物の見た目やらなんやらを好き放題に弄る術式、中々使い勝手がいいじゃねえか」

 少し感心したような口調で、アグニは足元に転がっていた魔道具を踏み潰す。『少し刺激を加えただけで爆発する』と警告されていたはずのそれは、爆発一つ起こすことなくただの角材の塊へと還っていた。

 その指摘通り、ガリウスは最初から爆発物など投げてはいない。懐に忍ばせておいた適当な素材に魔力を通し、爆発物だと誤認されるような偽装魔術を施して投擲しただけだ。最初から狙いはこけおどし、それに少しでも長く意識を注いでくれるならそれでいい。

 そのはずだったのだが、ロアルグの弾丸がそれを撃ち抜いてしまったことで状況は急変した。……もうガリウスが何を放り投げようと、アグニ達がそれを本心から警戒してくることはないだろう。

「マイヤ、その堅物のお守りは頼んだ。俺はこの面倒な野郎から排除するからよ」

「了解しました。背中はお任せください、アグニ様」

 ガリウスが投じた脅威が偽物であると断じた瞬間、アグニは迷いなくマイヤへと指示を下す。……そして、その濁った青色の視線がガリウスただ一人を捉えた。

「お前みたいに小細工を弄して色々とやってくる奴は嫌いじゃねえぜ、なぜなら共感できるからな。俺も最近は衰えを感じることが多くてよ、あれやこれやと試行錯誤してるところなんだ」

「……正直なところ、転移魔術をあんな簡単に使ってくる奴にそんなことは言われたくはないんだけど?」

「っはは、それは違いねえ。でもな若造、こういうのは当事者がどう思ってるかだ。認めたくなくても衰えは確かに来てるし、認めたくないかもしれねえけどこの街はもうガタガタになってる。せっかく小細工を弄する者同士なんだ、認めたくねえ現実にもお互い目を向けていくとしようぜ?」

「……認めたくない現実……ねえ」

 マイヤの下を離れてこちらへと肉薄してくるアグニの言葉を、ガリウスはやけに冷静な心持ちで復唱する。もしも願いが叶うならこんな現状は認めたくないし、全て悪い夢で在ったらいいなんて思いがないわけじゃない。偽装じゃない転移魔術の使い手に近接戦闘を挑むなど、明らかな不利が眼に見えているというものだ。

 だが、いくら願おうとこれは嘘一つない現実だ。世界に対して嘘を吐く偽装術師は、翻って誰よりも現実を正直に受け止めていなければならない。嘘と言う存在は、確かな現実があって初めて保証される物なのだから。

「悪いけど、君よりもずっと早く現実は見据えてるよ。……その上で、あえて言わせてもらうけど」

 腰に差した剣の柄に手を触れさせて、ガリウスはアグニの提案へと答える。修練と不意打ち以外でこれを使うことはないと思っていたのに、まったく数奇な巡り会わせもあるものだ。

 あれほど周囲から『騎士らしくない』と言われてきたのに、今のガリウスはあまりにも騎士らしい戦いを強いられている。それがどんな因果によるものかは分からないが、これが負けられない戦いであることは確かだ。散っていった騎士たちの思いが報われるかも、ベルメウという都市の生死も、今ガリウスが引き抜いた剣の出来にかかっている。

「まだベルメウは終わってない。僕たちは負けてない。……それは、間違いない真実だよ」

「はん、嘘つきにしちゃあずいぶん強気に語るじゃねえか。いいぜ、そこまで言うなら実力で証明してもらおうじゃねえか」

 ガリウスの発した言葉に、アグニは思わず肉食獣と見紛うような獰猛な笑みを見せる。その立ち姿が放つ威圧感に呑み込まれてしまえば最後、ガリウスが発した真実もまた嘘になってしまうだろう。それだけは、何をしたとしても避けなければならないことだ。

 修練時代に嫌と言うほど叩き込まれた構えを思い出し、ガリウスはアグニと相対する。『どんな手を使ったとしても、都市としてのベルメウを守り通す』――騎士らしくない騎士が掲げるただ一つの誓いを守るための戦いは、次の局面へと突入しようとしていた。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

異世界転移で生産と魔法チートで誰にも縛られず自由に暮らします!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:255pt お気に入り:2,450

【BL】えろ短編集【R18】

BL / 連載中 24h.ポイント:63pt お気に入り:153

ざまぁから始まるモブの成り上がり!〜現実とゲームは違うのだよ!〜

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:401

【R18】俺とましろの調教性活。

BL / 連載中 24h.ポイント:49pt お気に入り:558

処理中です...