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第五章『遠い日の約定』

第三百九十八話『かみ合わぬ故に』

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「……んでロアルグ、昨日の僕の懸念はさっそく現実のものとなってしまったわけだけどさ」

 扉が閉まるのを待たずして爺から視線を外して、早足で少し前を歩いていたロアルグに追いつくなりガリウスはそう切り出す。それに対して返ってきた視線は、普段よく向けられる呆れの感情が一切こもっていない真剣なものだった。

「ああ、由々しき事態だな。……やはりこの街で起こることを予測するうえで、お前よりも長けている者はそうそういないらしい」

「そりゃそうさ。あの爺よりも他の老いぼれよりも、僕はこの街のことをよく分かってる。……だからこそ、そんな僕をグリンノートさんたちと別行動させたことの責任は大きいと思うんだけど?」

 ロアルグの返答に頷きながら、早速ガリウスは核心に切り込んでいく。その瞬間に古なじみの顔が僅かに硬くなったのを、ここまで磨いてきた観察眼は見逃すことなく捉えていた。

 そもそもガリウスは、この面倒なあいさつ回りにグリンノート家の後継ぎも同席させようと思っていたのだ。そうやって本人を目の前にさせればいくら頭の固い爺でも突っぱね続けることは難しいだろうと、そんな打算に裏打ちされた戦略だった。

 加えて言うならば、その背中に乗っている責任の大きさを改めて教え込むという意図もそこには含まれている。前に進めないでいる人の背中を押すためには、もう退路がないと教え込むのが一番だ。前にしか道がないと分かれば、人は嫌でも進んでいくしかないのだから。

 だが、それをロアルグは良しとしなかった。『昨日の今日でまだショックが抜けきっていない』なんて言って、レイチェルの到着を待つことなく強引に出発させたのだ。……その結果、レイチェルを騎士団が保護することはほぼ不可能な状況にあると言ってもいい。

 ロアルグは優秀な団長でありガリウスにとっては貴重な長い友人関係ではあるが、だからと言って責任を問わなくていいわけではない。……少なくとも、ひそかに迫っていた脅威を正しく認識できていたのはガリウスの方だった。

「これでグリンノートさんの身に何か起こればそれこそあっちの思うつぼだ。……いくら僕が譲歩したとはいえ、君はこうなる可能性を考えはしなかったのかな?」

 無駄に大きな施設の外へと早足で向かいながら、ガリウスは少し口調を鋭くしてさらに問いかける。それにしばらく無言で居た後に、ロアルグは小さく首を縦に振った。

「……考えていたさ。お前の状況を見る目は正確で、人とのかかわり方も上手い。もしも私がお前の立場だったら、あの場をあんな強引なやり方でまとめることは出来なかっただろう。お前をベルメウの支部長に任命した立場として、私はお前の実力を信じているからな」

「光栄なことだね。……でも、だったらどうして今朝だけはやけに反抗的だったんだい?」

「決まっているだろう。お前と同等以上には信用できる集団が、『レイチェルの事は任せろ』と直談判してきたからだ。それも昨日の夜遅くに、な」

 食い気味に付け加えられた問いに、ロアルグも早口になりながら答える。……それを聞き届けた瞬間、ガリウスの脳裏には昨日の受付カウンターでのやり取りが再生された。

「『夜明けの灯』、か」

「そうだ。どうもお前はグリンノート殿をパーティメンバーと認めてはいないようだが、そのほか三人の実力にはご満悦な様子だったからな。……加えてグリンノート殿がまだ不安定だという事もあり、少しでも安心できる場所に彼女を預けたいと考えた。どうだ、おかしな判断か?」

「……うん、まあなんとなく君の考えは分かった。それを踏まえて改めて考えるなら、『そうおかしなことじゃない』って僕は答えざるを得ないね」

 ガリウスが得意とする偽装魔術は、しかし昨日それを初めて体験したはずのリリスたちによって完璧に打ち破られた。それだけではない、一人として突如現れたガリウスに対して警戒を解く様な真似をしなかった。……ガリウスが高く評価していたのは、どちらかと言うとそっちの部分だ。

 あのパーティには強いつながりと、それに起因して生まれる他者への警戒心がある。目の前で起きた事態に対して『ああそうですか』と素直に頷くことなく、疑うことをやめずにいられる理性がある。それは、ガリウスが騎士団員に常に身に着けるように求めているものでもあった。

 何を信じて何を信じないのかの観点がはっきりしているという点において、『夜明けの灯』はとても安心感のあるパーティだ。彼らがレイチェルについているというのなら、状況はまだマシだと言えるのかもしれなかった。

「僕たちが傍についてたところで、グリンノートさんの安全を百パーセント保証できてたかは怪しいしね。……多分、あの爺は冒険者なんて職業の奴を同席させるなんて認めてくれないだろうし」

「同感だな。あの方との会談が難航してしまった時点で、グリンノート殿は私達か『夜明けの灯』のどちらか一方でしか守ることは出来なかった。どう足掻いても、十分な守りを保証することは出来なかっただろう」

 苦虫をかみつぶしたような顔で、ロアルグはガリウスの見解に賛同する。ガリウスが強引に話し合いを畳もうとしていた時もロアルグは口を挟まなかったし、口にしなかっただけでアレにはストレスが溜まっていたのだろう。……つくづく、この都市の足しか引っ張らない老いぼれだ。それでいて本人は『都市の発展に貢献した』とか言うのだからまあ反吐が出る。

「だけど、ようやく許可が全部揃った。後はグリンノートさんに『約定』を果たしてもらうだけだ」

 襲撃者の狙いが『精霊の心臓』である以上、約定が果たされればその狙いは消滅する。それどころか伝説に伝わる精霊が復活し、レイチェルに危害を加えようとした襲撃者たちに制裁を与えるだろう。つまるところ、約定さえ果たされればガリウスたちの勝利だと言ってほぼ差支えはない。

 どれだけ追い込まれようと、どれだけ被害が出ようと、約定が果たされれば盤面は一気にこちらの優勢へとひっくり返る。……だからこそ、『夜明けの灯』がちゃんとレイチェルのことを守れているかが気になって仕方がない。

「ここを出たらとりあえず人員を整理して、少しでも早くレイチェルさんを騎士団の保護下に置く。そして約定の地に案内して、グリンノートさんがそれを乗り越えるまでどうにかこらえ続けるのが僕たちの役割だ。……今は緊急事態だからね、『気持ちが整っていない』なんて泣き言は聞いてられないよ」

 長い通路の先に出口を見据えながら、ガリウスは強い口調できっぱりと言い切る。今朝の話し合いでは強引に押し切られてしまったが、こればかりは無視させるわけにはいかなかった。

「分かっているさ、私が想定していたよりも事態は急速に進んでいるようだからな。……グリンノート殿には心苦しいことを強いるかもしれないが、それ以上の策はないだろう」

「分かってくれたみたいで嬉しいよ。……もう少しだけ早くそうあってくれたら、実はもっと助かってたんだけど」

 ロアルグが首を縦に振ったことに安堵しながら、ガリウスは笑顔を浮かべてそう付け加える。……だが、ロアルグとガリウスの意見がかみ合わないのは今に始まった話ではなかった。

 同期として騎士団に所属した時から――いや、そのために修練場に通っていた時からそうだ。ロアルグとガリウスの視座はいつもどこか違っていて、同じ課題を見ても思いつく解決方法はいつも全く違うものだった。その中でお互いの妥協点を探っていく作業をもう何度してきたか、思い出すのも億劫なぐらいに二人は意見の衝突を繰り返している。

 それでも二人が縁を切らずにこうして腐れ縁で在り続けられるのは、お互いの実力を確かに認め合っているからだ。どれだけ事前の話し合いで苦労することになろうとも、いざ実戦となった時にロアルグ以上の相棒がいないことをガリウスはよく知っている。

「悪いな、お前とは考え方が違いすぎる。もしも私たちの意見が一発で一致するようなことがあれば、私は迷うことなくお前の偽物を疑うだろう」

「あははっ、間違いないね。最初から一致してるんじゃなくて、違いすぎる中でどうにか落としどころを探してもがくのが僕たちのやり方だ」

 お互いの考え方を包み隠すことなく明かして、それにお互いケチを付けあって。それは傍から見たらただの喧嘩のように見えるかもしれないが、二人にとっては間違いなく意味のある時間だ。……それがあるからこそ、ガリウスはロアルグに安心して背中を預けられる。

 つまるところ、今回も同じようにもがくしかないという事なのだろう。どうあってもすれ違っていたレイチェルへの考え方は、この緊急事態を以て同じ着地点へと収束した。……そんな今なら、ガリウスはロアルグの力を疑うことなく頼りにすることが出来る。久しぶりの共闘に場違いとも思える高揚感すら微かに抱きながら、ガリウスは施設の外へと続く扉に手をかけて――


「……おいおい、けっきょくあの小僧以外全滅じゃねえか。弱いものイジメは趣味じゃねえってのに、これじゃ誤解されること間違いなしじゃねえかよ」

「大丈夫ですよ、雑兵を木っ端の如く蹂躙する貴方も誇り高く美しいのですから。采配を振るう姿も絵画に切り取りたいほど優美なものでしたが、やはり貴方様には戦場がよく似合っている」


――施設の外に広がっていた惨状を目にした瞬間、昂ぶっていた感情は冷水を浴びせかけられたかのようにどこかへと消滅した。

 肩を落としながら呟く男と、それを励ますかのように、あるいは賛美するかのように声をかける女性。それだけを見るのならば、街中であり得るカップルの光景だと思う事も出来ただろう。……その言葉の中身と周りに転がる屍の数々を無視していいのなら、の話だが。

 綺麗に整備された石畳の上にはいくつもの血溜まりができ、白を基調に作られた隊服がそれによって赤く染め上げられている。その中心で汚れ一つつけないまま語らう二人の姿は、明らかに異常と言うほかないわけで。

――この二人は紛うことなき敵であると、ガリウスは一瞬にして確信した。
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