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第五章『遠い日の約定』
第三百八十八話『背負って、進め』
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大事な時にペンダントを握り締める癖がついたのは、一体いつの事だっただろうか。守り手様のことは最後まで信じ切れていなかったはずなのに、気が付けば自然とそうするようになっていた。……多分、同じように握り締める母親の姿をずっと見てきたからなのだろう。
レイチェルの右手は、今も当然のようにペンダントを握り締めている。ひんやりと心地よい宝石の感触が、思考が過熱しそうになるたびにレイチェルを冷静な方向へと引き戻してくれていた。
相対する男の瞳は離れていても分かるぐらいにはっきりと充血し、視線だけで射殺さんとでもしているかのように鋭い眼光をこちらに向けている。一度風の弾丸を食らう前とは違って、その様子はレイチェルを追いかけてきていたベルメウの人々と瓜二つだ。
明日を掴むためにレイチェルたちを殺そうとしているあの人たちは、今も後ろから迫ってきているのだろう。それに捕まればその時点で終わり、問答無用でこちらの敗北だ。ここからの戦いがどうなるんだとしても、その結末だけは避けなければならない。
「……お願い、守り手様」
握り締める手により力を込めながら、空いた左手を小さく掲げる。それを合図としたかのようにレイチェルの周りを吹く風の流れが変わり、いくつもの小さな弾丸を形作った。
ずっと屋敷の庭で魔術を練習してきたレイチェルにとって、魔術師との戦いは当然体験したことのないものだ。何なら動く相手を標的にしたことだって数えるぐらいしかないし、人より優れているところと言ったら魔術に触れてきた年数ぐらいだ。……まあ、それだってリリスやツバキには劣るのだろうが。
ただ設置された的に向けて魔術を打つのと、考えて行動している人間に魔術を当てるというのは訳が違う。それが一般人ならともかく、戦いに慣れた魔術師相手ならなおさらだ。一撃のもとに決着を付けられるなんて甘い考えを抱いていては、あっけなく予想を覆されるのがオチだろう。
「できることなら、少しでも早く終わらせるのがあなたのためなんだろうけど――」
宙に浮くレイチェルを睨みつける男の顔には、ろくに止血もされないまま額から流れ落ちた血が赤黒い線を引いている。あの傷を放置したまま動くのが人間として苦痛を伴う事であることが容易に想像できるぐらい、男は確かに重傷を負っていた。
ただ、それでも男はなぜか立ち上がってレイチェルたちを殺そうと動いている。それが単なる意志の力なのか、それとも誰かの魔術で強制的にそうさせられているのか。マルクは何となく察しがついているようだが、経験はあれど知識面には疎いレイチェルにはさっぱりだ。
だけど、その責任の一端がレイチェルにあることぐらいは分かる。ベルメウの人々がこんな行動をしているのは襲撃者が現れたせいで、その襲撃者の狙いはレイチェルが持つ精霊の依り代なのだから。レイチェルがここを訪れることさえなければこんな惨劇は起こっていないと、そう断言してもいい。
だから、レイチェルの行動はどこまでも自分勝手なのだ。レイチェルが現れたことによって日常を狂わされてしまった人たちの暴走を、その元凶たる自分が勝手な理由で止める。この戦い自体が褒められたものじゃないことなんて、提案する前から百も承知だった。
「ごめんね、冒険者さん。――できることなら、もっと穏やかなやり方であなたたちを助けられたらよかったんだけど」
もっとレイチェルに力があれば、あるいはよく回る知恵があれば。こんな正面突破じゃなくて、誰も傷つかずに目的を達成するための策を考え出すことが出来たのだろう。だけど、いくらそれを悔やんだところですぐに頭が良くなるわけじゃない。マルクが見いだせなかった突破口をレイチェルだけが見出せるなど、そんな都合のいい話はないと見るべきだ。
土の剣が完全に男の手元に戻れば、男はまた力任せの攻撃を仕掛けてくるだろう。あんなボロボロの身体じゃ、一度攻撃を仕掛けるのにだってとんでもない負担が伴うはずだ。……だから、次の攻撃を震わせることだってできればしたくはない。
狙うのは、男の意識が再び攻撃に切り替わる直前の一瞬。そこが一番レイチェルへの警戒が薄れ、風の弾丸を通しやすい部分だ。……あの剣戟が放たれる前には小さくない予備動作が伴う事は、ここまで観察していれば容易に把握できた。
集中を高めていく過程の中で、レイチェルが狙っているその時が徐々に近づいてくる。土の剣を手元に引き戻した男がレイチェルの方を睨みつけると、それに従うかのように剣の切っ先がレイチェルの身体に狙いを定めた。
そこから男は振りかぶり、叫びとともに腕を振るう事で剣を打ち出すのだ。その剣速は決して侮れないものではあったけれど、何度も見たせいで目は男の挙動一つ一つを克明に捉えていて――
「手加減ができるほど、あたしは器用じゃないから。だから、ちょっと痛いかもしれないけれど」
軽く構えた腕を高々と天へ掲げ、レイチェルは一度目を瞑る。そして、今までのどんな時よりも力強くその腕を振り下ろして――
「……風よ、お願い‼」
土の剣が打ち出されるよりも数瞬早く、風の弾丸が螺旋状の回転を与えられながら猛スピードで男へと迫る。小さな土塊も巻き込んで進んでいく暴風の音が、土壁で閉じられた空間に何度も跳ね返りながら響き渡った。
さすがに男もただ事ではないと勘付いたか、振り出しかけていた剣を止めて防御へと特化させる。刃を捨てて盾へと姿を変えた土の塊は、次々と着弾する暴風に表面を削り取られながらもしっかりと衝撃を受け止めていた。
少しの時間差とともに後続の弾丸も男に襲い掛かるが、それでも土の防護を打ち破るには至らない。手ごたえがある魔術だっただけに少しショックだったが、しかしそれも想定していた通りの事ではあった。
レイチェルが知る限り最強と言ってもいいリリスでさえも、決定的な一打を与える時は自ら踏み込んで剣戟を浴びせていたのだ。リリスより何回りも未熟なレイチェルが横着をして勝とうなどと、いくらなんでも冒険者と言うものを見くびりすぎているだろう。
だから、これでいい。拳を受け止められることまで作戦に織り込んでいたマルクのように、弾丸が受け止められることも既定路線だ。……本命の攻撃は、ちゃんと別に用意してある。
「……風よ、あたしの背中を押して!」
風の弾丸が打ち止めにならないようにだけ注意しながら、レイチェルは自分を宙に浮かせていた上昇気流の勢いをゆっくりと弱めていく。そしてふわりと音もなく地面に着地すると、レイチェルはそのまま思い切り地面を蹴り飛ばした。
それと同時に追い風が吹いて、男へと突進するレイチェルの身体を軽やかに加速させていく。まるで大きな翼が生えているかのような錯覚を感じていると、十分に距離を取っていたはずの男との距離はあっという間に縮まっていた。
だがしかし、空中から迫る風の弾丸を受け止めることに必死な男はそれに気づいていない。今まで脅威だった三本の剣は全て盾になり、そしてそれが前面を覆い隠すことで男の視野は相当に狭くなっている。……男が倒すべき敵は、もう盾の向こうから姿を消しているというのに。
「……は、あああああッ‼」
ひときわ強く踏み込むことで速度を一気に落とし、風の助けを受けて男へと正対する。盾の存在のせいで真横付近まで回り込まなければいけなかったが、この状況を思えばむしろ僥倖だ。――レイチェルの視界には、無防備な男の姿がはっきりと映っている。
その体はボロボロに傷ついていて、立っているだけでも限界だとしか思えない。それだけ追い込まれても土の壁を維持して、そしてこんなにも大きな盾を作り上げて。……その体は、どれだけ悲鳴を上げているのだろうか。
「……ごめんね。これは、あたしの責任だ。あたしが何も知らないから起きちゃったことだ」
その痛ましい姿を見つめて、レイチェルは懺悔の言葉を口にする。どれだけ割り切って考えようとしても、胸を刺すような痛みが完全に消えることはなかった。
ここで男を倒すことが罪滅ぼしになるとか、そんなことは全く思っていない。むしろこの街に住む人々全員に起きた悲劇そのものがレイチェルの犯したあまりにも大きな罪で、後でどれだけ罵詈雑言を浴びせられたところで街の人々を責めることはできない。それはベルメウに生きる人々すべてが持つべき当然の権利だと、レイチェルはそう思っている。
きっとマルクたちはそんな自分のことを庇ってくれるのだろうが、それに甘えて罪から逃げる気は微塵もない。この街をめちゃくちゃにしてしまった責任は、レイチェルがこれからずっと背負っていくべきものだ。
一度背負った罪は消えず、犯した間違いが覆ることは絶対にない。なかったことになんかできないし、誰かが『許す』と言ってくれたところで救われるものでもない。レイチェル・グリンノートは、これから死ぬまでたくさんの間違いと罪を引き連れて生きていく。
だが、だからこそ足を止めることは許されない。罪に対する『罰』という名の都合のいい救済を求めて思考停止することは許されない。どう足掻いても罪は消えないけれど、それでも生きている以上は自分の足で前に進むしかないのだ。――それだけが、レイチェルにできる唯一の償いなんだから。
「風よ、守り手様よ。……お父さん、お母さん」
昨日発した自問にそんな答えを返して、手の中にあるペンダントをぎゅっと握りしめる。紫紺の瞳に男の姿をはっきりと映し出して、逆の拳を軽く引く。……その手の先に、暴風が宿った。
約定のためにこの街を探索することは、レイチェルのやらかした事の大きさを見て回る過程とほぼ同じだと言ってもいいだろう。この街で起きた悲劇の中心にはレイチェルがいて、目を背けることなんて許されない。……全て全て、背負って進め。それこそが、今のレイチェルの成すべきことだ。
「――お願い、弱いあたしに力を貸して‼」
今一度覚悟を決め直して、レイチェルは地面を強く蹴り飛ばす。その瞬間に吹き荒れた暴風がレイチェルの背中を押し、まるで転移したかのような速度でレイチェルは男へと肉薄して。ぎこちなくしか身動きを取れない今の男では、それに反応することなどできるはずもなく――
「……これで、終わり‼」
全体重を込めた拳が男の横っ面に衝突した瞬間、弾かれたようにその体は後方へと吹き飛ばされる。……その瞬間、男を弾丸から守っていた土の盾がボロボロと音を立てて崩れ落ちた。
レイチェルの右手は、今も当然のようにペンダントを握り締めている。ひんやりと心地よい宝石の感触が、思考が過熱しそうになるたびにレイチェルを冷静な方向へと引き戻してくれていた。
相対する男の瞳は離れていても分かるぐらいにはっきりと充血し、視線だけで射殺さんとでもしているかのように鋭い眼光をこちらに向けている。一度風の弾丸を食らう前とは違って、その様子はレイチェルを追いかけてきていたベルメウの人々と瓜二つだ。
明日を掴むためにレイチェルたちを殺そうとしているあの人たちは、今も後ろから迫ってきているのだろう。それに捕まればその時点で終わり、問答無用でこちらの敗北だ。ここからの戦いがどうなるんだとしても、その結末だけは避けなければならない。
「……お願い、守り手様」
握り締める手により力を込めながら、空いた左手を小さく掲げる。それを合図としたかのようにレイチェルの周りを吹く風の流れが変わり、いくつもの小さな弾丸を形作った。
ずっと屋敷の庭で魔術を練習してきたレイチェルにとって、魔術師との戦いは当然体験したことのないものだ。何なら動く相手を標的にしたことだって数えるぐらいしかないし、人より優れているところと言ったら魔術に触れてきた年数ぐらいだ。……まあ、それだってリリスやツバキには劣るのだろうが。
ただ設置された的に向けて魔術を打つのと、考えて行動している人間に魔術を当てるというのは訳が違う。それが一般人ならともかく、戦いに慣れた魔術師相手ならなおさらだ。一撃のもとに決着を付けられるなんて甘い考えを抱いていては、あっけなく予想を覆されるのがオチだろう。
「できることなら、少しでも早く終わらせるのがあなたのためなんだろうけど――」
宙に浮くレイチェルを睨みつける男の顔には、ろくに止血もされないまま額から流れ落ちた血が赤黒い線を引いている。あの傷を放置したまま動くのが人間として苦痛を伴う事であることが容易に想像できるぐらい、男は確かに重傷を負っていた。
ただ、それでも男はなぜか立ち上がってレイチェルたちを殺そうと動いている。それが単なる意志の力なのか、それとも誰かの魔術で強制的にそうさせられているのか。マルクは何となく察しがついているようだが、経験はあれど知識面には疎いレイチェルにはさっぱりだ。
だけど、その責任の一端がレイチェルにあることぐらいは分かる。ベルメウの人々がこんな行動をしているのは襲撃者が現れたせいで、その襲撃者の狙いはレイチェルが持つ精霊の依り代なのだから。レイチェルがここを訪れることさえなければこんな惨劇は起こっていないと、そう断言してもいい。
だから、レイチェルの行動はどこまでも自分勝手なのだ。レイチェルが現れたことによって日常を狂わされてしまった人たちの暴走を、その元凶たる自分が勝手な理由で止める。この戦い自体が褒められたものじゃないことなんて、提案する前から百も承知だった。
「ごめんね、冒険者さん。――できることなら、もっと穏やかなやり方であなたたちを助けられたらよかったんだけど」
もっとレイチェルに力があれば、あるいはよく回る知恵があれば。こんな正面突破じゃなくて、誰も傷つかずに目的を達成するための策を考え出すことが出来たのだろう。だけど、いくらそれを悔やんだところですぐに頭が良くなるわけじゃない。マルクが見いだせなかった突破口をレイチェルだけが見出せるなど、そんな都合のいい話はないと見るべきだ。
土の剣が完全に男の手元に戻れば、男はまた力任せの攻撃を仕掛けてくるだろう。あんなボロボロの身体じゃ、一度攻撃を仕掛けるのにだってとんでもない負担が伴うはずだ。……だから、次の攻撃を震わせることだってできればしたくはない。
狙うのは、男の意識が再び攻撃に切り替わる直前の一瞬。そこが一番レイチェルへの警戒が薄れ、風の弾丸を通しやすい部分だ。……あの剣戟が放たれる前には小さくない予備動作が伴う事は、ここまで観察していれば容易に把握できた。
集中を高めていく過程の中で、レイチェルが狙っているその時が徐々に近づいてくる。土の剣を手元に引き戻した男がレイチェルの方を睨みつけると、それに従うかのように剣の切っ先がレイチェルの身体に狙いを定めた。
そこから男は振りかぶり、叫びとともに腕を振るう事で剣を打ち出すのだ。その剣速は決して侮れないものではあったけれど、何度も見たせいで目は男の挙動一つ一つを克明に捉えていて――
「手加減ができるほど、あたしは器用じゃないから。だから、ちょっと痛いかもしれないけれど」
軽く構えた腕を高々と天へ掲げ、レイチェルは一度目を瞑る。そして、今までのどんな時よりも力強くその腕を振り下ろして――
「……風よ、お願い‼」
土の剣が打ち出されるよりも数瞬早く、風の弾丸が螺旋状の回転を与えられながら猛スピードで男へと迫る。小さな土塊も巻き込んで進んでいく暴風の音が、土壁で閉じられた空間に何度も跳ね返りながら響き渡った。
さすがに男もただ事ではないと勘付いたか、振り出しかけていた剣を止めて防御へと特化させる。刃を捨てて盾へと姿を変えた土の塊は、次々と着弾する暴風に表面を削り取られながらもしっかりと衝撃を受け止めていた。
少しの時間差とともに後続の弾丸も男に襲い掛かるが、それでも土の防護を打ち破るには至らない。手ごたえがある魔術だっただけに少しショックだったが、しかしそれも想定していた通りの事ではあった。
レイチェルが知る限り最強と言ってもいいリリスでさえも、決定的な一打を与える時は自ら踏み込んで剣戟を浴びせていたのだ。リリスより何回りも未熟なレイチェルが横着をして勝とうなどと、いくらなんでも冒険者と言うものを見くびりすぎているだろう。
だから、これでいい。拳を受け止められることまで作戦に織り込んでいたマルクのように、弾丸が受け止められることも既定路線だ。……本命の攻撃は、ちゃんと別に用意してある。
「……風よ、あたしの背中を押して!」
風の弾丸が打ち止めにならないようにだけ注意しながら、レイチェルは自分を宙に浮かせていた上昇気流の勢いをゆっくりと弱めていく。そしてふわりと音もなく地面に着地すると、レイチェルはそのまま思い切り地面を蹴り飛ばした。
それと同時に追い風が吹いて、男へと突進するレイチェルの身体を軽やかに加速させていく。まるで大きな翼が生えているかのような錯覚を感じていると、十分に距離を取っていたはずの男との距離はあっという間に縮まっていた。
だがしかし、空中から迫る風の弾丸を受け止めることに必死な男はそれに気づいていない。今まで脅威だった三本の剣は全て盾になり、そしてそれが前面を覆い隠すことで男の視野は相当に狭くなっている。……男が倒すべき敵は、もう盾の向こうから姿を消しているというのに。
「……は、あああああッ‼」
ひときわ強く踏み込むことで速度を一気に落とし、風の助けを受けて男へと正対する。盾の存在のせいで真横付近まで回り込まなければいけなかったが、この状況を思えばむしろ僥倖だ。――レイチェルの視界には、無防備な男の姿がはっきりと映っている。
その体はボロボロに傷ついていて、立っているだけでも限界だとしか思えない。それだけ追い込まれても土の壁を維持して、そしてこんなにも大きな盾を作り上げて。……その体は、どれだけ悲鳴を上げているのだろうか。
「……ごめんね。これは、あたしの責任だ。あたしが何も知らないから起きちゃったことだ」
その痛ましい姿を見つめて、レイチェルは懺悔の言葉を口にする。どれだけ割り切って考えようとしても、胸を刺すような痛みが完全に消えることはなかった。
ここで男を倒すことが罪滅ぼしになるとか、そんなことは全く思っていない。むしろこの街に住む人々全員に起きた悲劇そのものがレイチェルの犯したあまりにも大きな罪で、後でどれだけ罵詈雑言を浴びせられたところで街の人々を責めることはできない。それはベルメウに生きる人々すべてが持つべき当然の権利だと、レイチェルはそう思っている。
きっとマルクたちはそんな自分のことを庇ってくれるのだろうが、それに甘えて罪から逃げる気は微塵もない。この街をめちゃくちゃにしてしまった責任は、レイチェルがこれからずっと背負っていくべきものだ。
一度背負った罪は消えず、犯した間違いが覆ることは絶対にない。なかったことになんかできないし、誰かが『許す』と言ってくれたところで救われるものでもない。レイチェル・グリンノートは、これから死ぬまでたくさんの間違いと罪を引き連れて生きていく。
だが、だからこそ足を止めることは許されない。罪に対する『罰』という名の都合のいい救済を求めて思考停止することは許されない。どう足掻いても罪は消えないけれど、それでも生きている以上は自分の足で前に進むしかないのだ。――それだけが、レイチェルにできる唯一の償いなんだから。
「風よ、守り手様よ。……お父さん、お母さん」
昨日発した自問にそんな答えを返して、手の中にあるペンダントをぎゅっと握りしめる。紫紺の瞳に男の姿をはっきりと映し出して、逆の拳を軽く引く。……その手の先に、暴風が宿った。
約定のためにこの街を探索することは、レイチェルのやらかした事の大きさを見て回る過程とほぼ同じだと言ってもいいだろう。この街で起きた悲劇の中心にはレイチェルがいて、目を背けることなんて許されない。……全て全て、背負って進め。それこそが、今のレイチェルの成すべきことだ。
「――お願い、弱いあたしに力を貸して‼」
今一度覚悟を決め直して、レイチェルは地面を強く蹴り飛ばす。その瞬間に吹き荒れた暴風がレイチェルの背中を押し、まるで転移したかのような速度でレイチェルは男へと肉薄して。ぎこちなくしか身動きを取れない今の男では、それに反応することなどできるはずもなく――
「……これで、終わり‼」
全体重を込めた拳が男の横っ面に衝突した瞬間、弾かれたようにその体は後方へと吹き飛ばされる。……その瞬間、男を弾丸から守っていた土の盾がボロボロと音を立てて崩れ落ちた。
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