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第五章『遠い日の約定』
プレリュード『守り手様は噓っぱち』
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――この家には心強い守り手様がいるのだと教えてくれたのは、彼女がまだ五歳か六歳かの時のことだった。
それはとても心強い存在で、それが居ればこの家が不幸に見舞われることはない。まるでおとぎ話のような存在だったけれど、お父さんもお母さんもそれを心から信じていた。そんな両親の姿を見てきたから、彼女もそれを信じていた。
帝国は厳しい場所だけれど、両親と一緒に居れば怖いものなんて何もなかった。守り手様がいてくれるなら、この幸せが壊れることなんてないと思っていた。守られていることのありがたさを、彼女は心の底から実感していた。
これからも実感していく、はずだった。
「はあ、はあ、はあ……っ‼」
長く伸ばした薄緑の髪を必死に振り乱して、息を切らしながら彼女は今大好きな屋敷から必死に距離を取っている。……その背後では、青い炎に巻かれた屋敷の一部がまた一つぼろりと崩れ落ちていた。
その様を彼女は音で何となく把握していたが、振り向くことを本能が許さない。今振り向けば心が壊れてしまうと、彼女はどこかで理解していた。だからただ前だけを向いて、足元の長い草を無遠慮に踏みつける。
幼い頃、彼女は自分の家がこんなにも深い森の中にあることを不思議に思っていた。同世代の友人との交流ができないわけではなかったが、毎回毎回森を迷わずに抜けなければならないことを不便に思っていた。……なぜ自分の家だけが違うのだと、そう疑問を抱かずにはおれなかった。
たまらずそれを問いかけにしたとき、お父さんはこう答えてくれたのだ。『これは昔から続く約束事の一つなんだ』――と。
その約束事が何だったのか、彼女は知らない。お母さんに聞いても『大人になったら教えてあげる』と言われるばかりで、幼い彼女は知る権利を持たなかった。……そして、その権利はもう永遠に与えられない。
「……なんで、なのよお……‼」
振り返らないまま懸命に走りながら、彼女は涙を流す。……必死に逃れる彼女の隣に、最愛の両親はどちらもいなかった。
ここでの生活は特別なこともないけれど、だけど不安もない平穏な生活だったのだ。毎日家族とのんびり過ごして、たまに街に出て買い物をしたりなんかして、時々訪れる来客を歓迎して幸せに眠りにつく、それが彼女の知る日々だった。そして今日も、途中までは普通の日々の顔をしていた。
それが急に表情を変えたのは、昼下がりの少し眠たくなるような時間でのことだ。突如家が焦げ臭いにおいを放ちだして、しばらくしないうちに家が青い炎に包まれた。……それに気づいた両親は、今までに見たことがないぐらいに険しい表情をしていて。
『逃げなさい、一刻も早く。私たちのことは気にしないでいいから』
それだけ言われて半ば追い出されるようにあの家を出た直後、屋敷を襲う火の手はさらに強くなった。……その中にいた両親がどうなったかは、想像なんてするまでもなく分かる。彼女が愛していた平穏な日常は、もう二度と帰ってこない。
「……なんで、こんなことになるのよお……‼」
小さい頃に二人がくれたペンダントを握り締めながら、彼女は泣き叫ぶ。言いつけ通り地面を全力で蹴り飛ばし、深い森を常人離れした速度で駆け抜けながら。
この家には守り手様がいるんじゃなかったのか。守り手様が居れば平穏はずっと保たれるんじゃなかったのか。日々を生きて大人になって、結婚して子供を産んで穏やかに年を取って、次の世代の子供にもまた守り手様の話を語り継いでいく。それが、彼女を待つ穏やかな宿命ではなかったのか。
何も守られていないじゃないか。すべては今奪われて、青い炎の向こう側に消えてしまったじゃないか。……守り手様なんて、全部全部嘘っぱちじゃないか。
「追え、逃がすな! アレはきっとアイツが持っている!」
そんな絶望に足を止めたくなるけれど、後ろからは家を焼いた集団の仲間だと思しき面々が声を掛け合いながら彼女を追いかけてきている。あんな奴らに捕らわれればどうなるか、帝国の中では平和主義な方の彼女にも容易に想像がついた。
逃げなければならない。それが両親が彼女に託してくれた、最後のお願いごとだから。……それを無下になんて、絶対したくはないのだ。
「あ……ああああッ‼」
声を上げて空元気を振り絞りながら、彼女は地面を蹴り飛ばす。それと同時に一陣の風が吹いて、背後に迫っていた男たちの声を置き去りにして彼女の身体を加速させた。
平穏な生活の中じゃ、何のために魔術を練習してしたのかも分からなかった。だけど今、彼女はそれによって救われている。彼女の背中を押した風が、背後に迫る悲劇を遠ざけてくれる。
それは確かに彼女が有していた技能で、身を助ける大事なものだ。両親が魔術を磨くことを勧める意味は分からなかったけれど、昨日より魔術が上手くなる自分を見るのは好きだった。……だから、今の今までその意味に気づこうともしていなかった。
「……なんだ、やっぱり」
本当に守り手様が絶対で、家族を守ってくれるのならば。守り手様の庇護下に居れば、何一つ波乱が起こることもなく平穏な毎日を送れるのならば。――そうであったのならば、自分の身を守るための技術なんていらないだろう。そんなものが必要になる世界に巻き込まれること自体が、そもそもあり得ないことなんだから。
「嘘っぱち、だったんだ」
風に背を押されて森を抜けながら、彼女は涙をこぼしてそう呟く。それは両親が見せてくれた穏やかな夢の終わりで、彼女を待ち受ける残酷な現実の始まりだった。
絶対に平穏を守ってくれる守り手様なんて存在しない。いつだって帝国の生活は理不尽に奪われる危険性と背中合わせのもので、崩壊は音もなく自分の背後にまで近づいてくる。……気が付いた時には、いつだってすべてが手遅れなのだ。
それが嫌ならば緊張を切らさず、ただ毎日をピリピリとした危機感の中で生き抜いていくしかない。きっとそれが帝国のスタンダードで、今に至るまでそれをしてこずに済んだ自分たちは特別なんだ。……そしてたった今、特別は剥がれ落ちたんだ。
「やだ、よお」
足だけは本能的に追っ手から逃れようと動いているが、彼女の心はほとんど半壊状態にあった。信じていた守り手様は裏切られ、大切な家族は死に絶えて。……それでもなお、彼女から何かを奪おうとする人間の気配は消えてくれない。
これ以上何を奪おうというのだ。身ぐるみか、純潔か、それともこの命そのものか。……いずれにせよ、『一つたりとも渡してやるわけにはいかない』と言う結論に至るのは変わらないのだけど。誰かが彼女から何かを奪い取ろうとしてくる限り、逃げ続けなければいけない宿命が課されたことは何も変わらないのだけれど。
「なんで、よお」
森に涙ながらの声が響くも、それに応えてくれる声はない。そんなことにはとっくに気づいているけれど、彼女は吠えずにはいられない。吠えて抗議して嘆いていなくちゃ、この理不尽な現実を前に心が腐り落ちてしまいそうだ。
そんな情動が体の動きに反映されてしまったのか、今まで必死に回していた足が地面に張り出した木の根を盛大に蹴り上げる。なまじ勢いがあったせいでその体はくるくると宙を舞い、受け身の技術には明るくない彼女は背中から叩きつけられた。
体の内側から息が強制的に吐き出されて、視界の端が真っ赤に染まる。……魔術の才はあれど体力には秀でていない彼女は、もう立ち上がれないことを直感的に悟っていた。
吐いても吸っても息は荒くて、肌は脂汗を無限に浮かび上がらせる。このまま放っておいても事態が好転することはないが、だからと言って何か行動を起こせるわけではない。……ただここで、ゆっくりと終わっていくことしか彼女には選べない。
「……守り手、さまあ」
かすれていく意識の中で、彼女はその名前を呼ぶ。男か女かそもそもそんな概念があるのかすらも分からない、彼女の家族を代々守ってきたとされる存在。そんなものが居ただなんて、今はもう信じられないけれど。ただ彼女の一族は運が良くて、自分がその流れを断ち切ってしまっただけだとしか今はもう思えないけれど。
「おとうさん、おかあさん……」
視界がじわじわと死んでいく中で、彼女は二人の名前を呼ぶ。自分たちだって死ぬのは怖いはずなのに娘を守ることだけを優先して行動してくれた、世界で一番尊敬出来る大好きな二人の名前を。……言いつけを守れなかった無念を込めて、声に出す。
死者の世界があるのだとしたら、二人に怒られてしまうだろうか。言いつけを守れなかったことを、最後の最後で嘘に気づいてしまったことを。……生きられなかったことを。
「……やだ、なあ」
胸元のペンダントを握って、彼女は掠れた声で呟く。意識はすうっと薄れていって、まるで眠りにつく時みたいに体の自由が利かなくなっていく。痛みだけが現実につなぎとめるみたいにずっと熱を持っていて、それが苦しくて仕方がなかった。
こんなにあっけないものなのだと、彼女は絶望する。いざ現実が襲い掛かってしまえば、それに荒豪ことなんてできなくて。……まだやりたいことは、いくつもいくつも残っているのに。
「死にたくない、なあ」
自分の力じゃ到底叶えられない願いを、彼女は力を振り絞って舌の上に乗せる。だんだんと景色が遠くなっていく中、彼女は描けなかった未来を祈る。……だけどそれも、意識を取り落とす前の走馬灯のような一瞬の出来事で。
「……あたし、まだ……」
かすれた声で呟いて、彼女は力尽きたように四肢をだらりと地面に投げ出す。……それは王国の遥か西側、実力主義の帝国で生きる家族に訪れた、とてつもなく理不尽な喪失劇の一幕で。
――大切な存在をことごとく取り落とした彼女に残されていたのは、その髪色によく似た光を強く放つ形見のペンダントだけだった。
それはとても心強い存在で、それが居ればこの家が不幸に見舞われることはない。まるでおとぎ話のような存在だったけれど、お父さんもお母さんもそれを心から信じていた。そんな両親の姿を見てきたから、彼女もそれを信じていた。
帝国は厳しい場所だけれど、両親と一緒に居れば怖いものなんて何もなかった。守り手様がいてくれるなら、この幸せが壊れることなんてないと思っていた。守られていることのありがたさを、彼女は心の底から実感していた。
これからも実感していく、はずだった。
「はあ、はあ、はあ……っ‼」
長く伸ばした薄緑の髪を必死に振り乱して、息を切らしながら彼女は今大好きな屋敷から必死に距離を取っている。……その背後では、青い炎に巻かれた屋敷の一部がまた一つぼろりと崩れ落ちていた。
その様を彼女は音で何となく把握していたが、振り向くことを本能が許さない。今振り向けば心が壊れてしまうと、彼女はどこかで理解していた。だからただ前だけを向いて、足元の長い草を無遠慮に踏みつける。
幼い頃、彼女は自分の家がこんなにも深い森の中にあることを不思議に思っていた。同世代の友人との交流ができないわけではなかったが、毎回毎回森を迷わずに抜けなければならないことを不便に思っていた。……なぜ自分の家だけが違うのだと、そう疑問を抱かずにはおれなかった。
たまらずそれを問いかけにしたとき、お父さんはこう答えてくれたのだ。『これは昔から続く約束事の一つなんだ』――と。
その約束事が何だったのか、彼女は知らない。お母さんに聞いても『大人になったら教えてあげる』と言われるばかりで、幼い彼女は知る権利を持たなかった。……そして、その権利はもう永遠に与えられない。
「……なんで、なのよお……‼」
振り返らないまま懸命に走りながら、彼女は涙を流す。……必死に逃れる彼女の隣に、最愛の両親はどちらもいなかった。
ここでの生活は特別なこともないけれど、だけど不安もない平穏な生活だったのだ。毎日家族とのんびり過ごして、たまに街に出て買い物をしたりなんかして、時々訪れる来客を歓迎して幸せに眠りにつく、それが彼女の知る日々だった。そして今日も、途中までは普通の日々の顔をしていた。
それが急に表情を変えたのは、昼下がりの少し眠たくなるような時間でのことだ。突如家が焦げ臭いにおいを放ちだして、しばらくしないうちに家が青い炎に包まれた。……それに気づいた両親は、今までに見たことがないぐらいに険しい表情をしていて。
『逃げなさい、一刻も早く。私たちのことは気にしないでいいから』
それだけ言われて半ば追い出されるようにあの家を出た直後、屋敷を襲う火の手はさらに強くなった。……その中にいた両親がどうなったかは、想像なんてするまでもなく分かる。彼女が愛していた平穏な日常は、もう二度と帰ってこない。
「……なんで、こんなことになるのよお……‼」
小さい頃に二人がくれたペンダントを握り締めながら、彼女は泣き叫ぶ。言いつけ通り地面を全力で蹴り飛ばし、深い森を常人離れした速度で駆け抜けながら。
この家には守り手様がいるんじゃなかったのか。守り手様が居れば平穏はずっと保たれるんじゃなかったのか。日々を生きて大人になって、結婚して子供を産んで穏やかに年を取って、次の世代の子供にもまた守り手様の話を語り継いでいく。それが、彼女を待つ穏やかな宿命ではなかったのか。
何も守られていないじゃないか。すべては今奪われて、青い炎の向こう側に消えてしまったじゃないか。……守り手様なんて、全部全部嘘っぱちじゃないか。
「追え、逃がすな! アレはきっとアイツが持っている!」
そんな絶望に足を止めたくなるけれど、後ろからは家を焼いた集団の仲間だと思しき面々が声を掛け合いながら彼女を追いかけてきている。あんな奴らに捕らわれればどうなるか、帝国の中では平和主義な方の彼女にも容易に想像がついた。
逃げなければならない。それが両親が彼女に託してくれた、最後のお願いごとだから。……それを無下になんて、絶対したくはないのだ。
「あ……ああああッ‼」
声を上げて空元気を振り絞りながら、彼女は地面を蹴り飛ばす。それと同時に一陣の風が吹いて、背後に迫っていた男たちの声を置き去りにして彼女の身体を加速させた。
平穏な生活の中じゃ、何のために魔術を練習してしたのかも分からなかった。だけど今、彼女はそれによって救われている。彼女の背中を押した風が、背後に迫る悲劇を遠ざけてくれる。
それは確かに彼女が有していた技能で、身を助ける大事なものだ。両親が魔術を磨くことを勧める意味は分からなかったけれど、昨日より魔術が上手くなる自分を見るのは好きだった。……だから、今の今までその意味に気づこうともしていなかった。
「……なんだ、やっぱり」
本当に守り手様が絶対で、家族を守ってくれるのならば。守り手様の庇護下に居れば、何一つ波乱が起こることもなく平穏な毎日を送れるのならば。――そうであったのならば、自分の身を守るための技術なんていらないだろう。そんなものが必要になる世界に巻き込まれること自体が、そもそもあり得ないことなんだから。
「嘘っぱち、だったんだ」
風に背を押されて森を抜けながら、彼女は涙をこぼしてそう呟く。それは両親が見せてくれた穏やかな夢の終わりで、彼女を待ち受ける残酷な現実の始まりだった。
絶対に平穏を守ってくれる守り手様なんて存在しない。いつだって帝国の生活は理不尽に奪われる危険性と背中合わせのもので、崩壊は音もなく自分の背後にまで近づいてくる。……気が付いた時には、いつだってすべてが手遅れなのだ。
それが嫌ならば緊張を切らさず、ただ毎日をピリピリとした危機感の中で生き抜いていくしかない。きっとそれが帝国のスタンダードで、今に至るまでそれをしてこずに済んだ自分たちは特別なんだ。……そしてたった今、特別は剥がれ落ちたんだ。
「やだ、よお」
足だけは本能的に追っ手から逃れようと動いているが、彼女の心はほとんど半壊状態にあった。信じていた守り手様は裏切られ、大切な家族は死に絶えて。……それでもなお、彼女から何かを奪おうとする人間の気配は消えてくれない。
これ以上何を奪おうというのだ。身ぐるみか、純潔か、それともこの命そのものか。……いずれにせよ、『一つたりとも渡してやるわけにはいかない』と言う結論に至るのは変わらないのだけど。誰かが彼女から何かを奪い取ろうとしてくる限り、逃げ続けなければいけない宿命が課されたことは何も変わらないのだけれど。
「なんで、よお」
森に涙ながらの声が響くも、それに応えてくれる声はない。そんなことにはとっくに気づいているけれど、彼女は吠えずにはいられない。吠えて抗議して嘆いていなくちゃ、この理不尽な現実を前に心が腐り落ちてしまいそうだ。
そんな情動が体の動きに反映されてしまったのか、今まで必死に回していた足が地面に張り出した木の根を盛大に蹴り上げる。なまじ勢いがあったせいでその体はくるくると宙を舞い、受け身の技術には明るくない彼女は背中から叩きつけられた。
体の内側から息が強制的に吐き出されて、視界の端が真っ赤に染まる。……魔術の才はあれど体力には秀でていない彼女は、もう立ち上がれないことを直感的に悟っていた。
吐いても吸っても息は荒くて、肌は脂汗を無限に浮かび上がらせる。このまま放っておいても事態が好転することはないが、だからと言って何か行動を起こせるわけではない。……ただここで、ゆっくりと終わっていくことしか彼女には選べない。
「……守り手、さまあ」
かすれていく意識の中で、彼女はその名前を呼ぶ。男か女かそもそもそんな概念があるのかすらも分からない、彼女の家族を代々守ってきたとされる存在。そんなものが居ただなんて、今はもう信じられないけれど。ただ彼女の一族は運が良くて、自分がその流れを断ち切ってしまっただけだとしか今はもう思えないけれど。
「おとうさん、おかあさん……」
視界がじわじわと死んでいく中で、彼女は二人の名前を呼ぶ。自分たちだって死ぬのは怖いはずなのに娘を守ることだけを優先して行動してくれた、世界で一番尊敬出来る大好きな二人の名前を。……言いつけを守れなかった無念を込めて、声に出す。
死者の世界があるのだとしたら、二人に怒られてしまうだろうか。言いつけを守れなかったことを、最後の最後で嘘に気づいてしまったことを。……生きられなかったことを。
「……やだ、なあ」
胸元のペンダントを握って、彼女は掠れた声で呟く。意識はすうっと薄れていって、まるで眠りにつく時みたいに体の自由が利かなくなっていく。痛みだけが現実につなぎとめるみたいにずっと熱を持っていて、それが苦しくて仕方がなかった。
こんなにあっけないものなのだと、彼女は絶望する。いざ現実が襲い掛かってしまえば、それに荒豪ことなんてできなくて。……まだやりたいことは、いくつもいくつも残っているのに。
「死にたくない、なあ」
自分の力じゃ到底叶えられない願いを、彼女は力を振り絞って舌の上に乗せる。だんだんと景色が遠くなっていく中、彼女は描けなかった未来を祈る。……だけどそれも、意識を取り落とす前の走馬灯のような一瞬の出来事で。
「……あたし、まだ……」
かすれた声で呟いて、彼女は力尽きたように四肢をだらりと地面に投げ出す。……それは王国の遥か西側、実力主義の帝国で生きる家族に訪れた、とてつもなく理不尽な喪失劇の一幕で。
――大切な存在をことごとく取り落とした彼女に残されていたのは、その髪色によく似た光を強く放つ形見のペンダントだけだった。
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