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第四章『因縁、交錯して』
第三百二十八話『少年の選んだ道』
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「……メリア、本当に大丈夫なんだね?」
「うん、僕なりにちゃんと考えて出した結論だからね。その結果がどうであれ、後悔することなんてないよ」
まだ少し名残惜しそうに尋ねるツバキに、メリアは柔らかい笑みを浮かべて答えを返す。その背中に背負われた小さなナップサックの中にあるものだけが、これからのメリアの歩みを支える助けとなる物だった。
アネットが目覚めてからも古城襲撃事件についての調査は続いていたが、はっきり言ってもう手詰まりの状態に陥ってしまっている。このまま停滞が続けばあと一日二日で調査が完全に打ち切られるであろうと予測され始めた中、一足早く騎士団を離れる判断をしたのがメリアだった。
思えば俺たちとともに行動していたのもロアルグたち騎士団の動きに協力するためだったし、メリアが正式に『夜明けの灯』に加わるのかどうかという話題についてはずっとなあなあになったままだった。いつかメリアの意志を聞かなければと内心少し身構えていたのだが、結果的には俺が聞くより早く結論を提示されてしまった形だ。
「……僕さ、ずっと姉さんの背中を追いかけて生きてきたんだ。 姉さんの力になるんだ、姉さんを守るんだって、そればっかでがむしゃらにここまでやってきてた。だけどきっと、ここからはそれじゃだめだと思うんだよ」
ツバキに向かって手を伸ばしながら、メリアは噛み締めるように今までの自分を振り返る。あの物騒な初対面からしてみれば、この短期間でずいぶんと落ち着いた仕草だ。……そのきっかけを与えてくれたというのは、この事件の中でも数少ない幸いな事のように思えた。
一度まっすぐにぶつかって否定しなければ、きっとメリアはいつまでも自分を呪うかのような形でツバキを追いかけることになっていただろう。……それを正しい姉と弟の絆に結び直してくれたのは、今もツバキの横に立ってすんと鼻を鳴らしているリリスだった。
「だからさ、僕はしばらくこの世界を見て回ってみるよ。いろんなところに旅をして、いろんな景色を見てみる。その中で気が合う人が居たら一緒に旅をすればいいし、トラブルに巻き込まれたら何とか自分で解決できるようにあれこれと力を尽くしてみる。……そうやってしばらく過ごしていれば、メリア・グローザって人間がどんななのか少しは理解できるような気がするからさ」
「自分のことをよく知っていると言えるのは、自分の中にブレることのない軸を持つことが出来た人間だけだものね。それに気づいただけでも初対面の時とは見違えるようだわ」
「やめてくれよ、あの時の僕は久々に姉さんを見て感情が暴走してたんだから……。十年前のあの時から時間がようやく動き出して僕の中でも色々と思う所があったし」
まるで弟子を見定める師匠のような言葉を贈るリリスに、メリアが困惑したような様子で頭を掻きながらそう返す。かつて真剣に命を奪い合った二人の関係は、色々な紆余曲折やら葛藤を経て今のような距離感に落ち着いていた。
メリアの暴走を止める時、リリスは影を通じてメリアの本音やら過去を知ったって話もいつかしてたしな……。そういう意味ではツバキよりもメリアの信条や心持ちに通じているとも言えるのだが、リリスにその立ち位置を務める気は全くないらしい。リリスのメリアに対する接し方は、いつもどこか一歩引いたものだ。
だが、それは決して打ち解けられていないからとか警戒しているからという事ではないのだろう。時折二人だけで何かを話していることを、俺もアネットもツバキもよく知っていた。
「――本当に月並みな表現だけど、この数日でまるで生まれ直したみたいな気分だよ。……見えるものも聞こえるものも全部僕に直接届いてくるような、新鮮な気分だ」
「自分の全部を否定して、その上で再び生き直すことを決めたんだもの。……そりゃ違うわよ、どんな小さなことだって」
今もメリアの噛み締めるような言葉に、リリスは少しぶっきらぼうな答えを返している。だけどその視線はまっすぐにメリアの方を向いていて、独白にも似た感情を受け止めていた。
「わたくしからしてみれば、あなたがここまでマルクたちとわかりあえてるのが以外でしかありませんでしたけど……。きっとあの時の暴力的なあなたではなくて、今のあなたが本来の姿なのですわね」
「……どうなんだろう、きっとあの時も本当の姿だったよ。姉さんを追いかけたくて守りたかったのも僕の本音だし、今こうやって姉さんの傍を離れて色々なものを見ようとしてるのも本当の僕だ」
二人の会話に入ってきたアネットの言葉に、しかしメリアはぼんやりと首をかしげる。間接的な形ではあれ敵対していた二人も、この数日間を通じて少しずつではあるが打ち解けつつあった。
だからこれは賞賛に対する謙遜とかじゃなくて、きっと本当にまだ分かっていないのだろう。……きっとそういうことを知りたいから、メリアは俺たちの下を離れて旅に出るという結論を出したんだろうし。
「……あの時の僕は、本気で姉さん以外の三人を殺そうとしてた。そうすることが正義で、そうしなくちゃ僕の理想は叶わないと思ってた。それが違うって教えてもらったのが、僕にとって一番大きなことだったのかもね」
「……理想の叶え方、見つけたんですの?」
『理想』という言葉に眉をピクリと動かして、アネットは一歩前に踏み込みながら問いかける。即座にメリアは首を縦に振ると、ふっと心臓に手を当てた。
「うん、見つけたよ。僕の理想の原点も、それを叶えるための道のりも。マルクたちに手を上げたりするよりもよっぽどよっぽど分かりやすくて優しいやり方が」
メリアが体を軽く揺さぶると、その背中のナップサックがワンテンポ遅れて揺れる。それこそがメリアの見つけた理想の叶え方の鍵なのだと、なんとなく俺は確信することが出来た。
「どこまで言っても、僕はきっと姉さんの力になりたいんだ。姉さんが困ってたら助けてあげたいし、姉さん一人の力で届かない問題があるなら手を伸ばして一緒に解決しに行きたい。だけど、そのためには今の僕じゃ足りない。……姉さんの力になるためには、姉さんとは違う『メリア・グローザ』として一本立ちしなくちゃいけないんだよ」
――姉さんの背中を追いかけてばかりいちゃ、姉さんが持ってない視点なんて見つけられるはずがないからね。
どこか誇らしげに胸を張って、メリアは俺たちの前で堂々と言い切って見せる。その結論に至れたことがきっと、メリアにとっては大きな成長なのだろう。それを素直に誇れるようになったのも多分、大きすぎる変化の証だった。
「僕は何が好きで何が嫌いで、いろんなものに出会った時にどんなことを想うのか。同じ時に姉弟として生まれた僕たちでも多分それは違ってて、それに気づくのが僕にとって必要な事なんだよ。……なにせ、ここまで十何年も姉さんの影ばかりを追いかけてたんだし」
小さな影を指の先で揺らめかせ、それを握りつぶしてメリアは笑う。その言葉に自嘲的なニュアンスはなくて、ただそのことを現実として受け止める一人の少年だけが居た。
「……うん、もうそんなことなんてしなくていいんだよ。ボクの背中なんて追いかけたってロクなもんじゃないさ。メリアは、他の誰でもないメリア・グローザになればいい。君のことを必要としている人は、ボクのほかにもきっとたくさん現れてくれるよ」
その姿に感極まったかのように歩み寄って、ツバキはメリアにエールにも似た言葉を贈る。伸ばした手が肩に触れ、ゆっくりとメリアの華奢な体を抱きよせた。
「ごめんね、もっと早く君の悩みに気づいてあげられなくて。……それでもボクの弟でいてくれて、約束を守ってくれて本当にありがとう」
もうはっきりとわかるぐらいに声を潤ませて、ツバキはメリアに感謝を告げる。……その言葉から少し間をおいて、ツバキの背中にも細い腕が回された。
「ううん、いいんだ。姉さんが謝ることなんて何一つない。……分かってなかったのも分かろうとしなかったのも、分かってもらうことを拒んでたのも全部僕だ」
今まで明るかったメリアの声も少し沈痛なものになって、隠し切れない潤みが端々に現れている。抱きしめあう手からお互いの感情が溶け合って、共鳴して一つになっているかのようだった。
「姉さん、今日で終わりじゃないからね。……絶対、また姉さんに会いに来るからね」
「ああ、約束だ。ボクの自慢の弟がもっと大きくなって帰ってくるのがボクは楽しみで仕方がないよ」
最後にそう言葉を交わして、メリアとツバキはゆっくりと離れる。ツバキは俺たちの方に、メリアは騎士団の外に向かって。……いつかまた交わる時まで、それぞれ歩み続けることを誓って。
「……それじゃあ、そろそろ行かなくちゃ。馬車の時間に間に合わなくなっちゃうからね」
俺たちにくるりと背を向けて、メリアは一歩ずつ離れていく。その背中は大きくも小さくも見えて、とっさに何か言わなくちゃいけないという衝動に襲われた。……メリアとの言葉なら、少し前に十分すぎるぐらい交わしたはずなのにな。
少しずつ離れて行く背中を見ながら、俺はずいっと一歩前に踏み出る。そして、衝動のままに声を張り上げた。
「……今はまだ、そうする気はないんだろうけどさ!」
そう叫ぶと同時、メリアが驚いたように振り向く。その眼がまっすぐに俺の方を捉えて、黒い瞳がゆらゆらと揺れているのが分かった。
それを見て、俺は確信する。今俺が伝えようとしている言葉は、間違いでも何でもないのだと。
「お前が戻ってきたいと思ったら、いつでも『夜明けの灯』はお前のことを迎えるからな! ――だから、思いっきりやりたいことをやってこい!」
朝から昼に変わろうとする街の中に、俺の声が響き渡る。それを一人受け取ったメリアは、少しばかりぽかんと口を開けていた。……だが、すぐにその表情は笑顔へと変わって――
「……ああ、思いっきりやってくるさ‼」
――大きく手を振りながら、メリアは明るくそう断言してくれた。
「うん、僕なりにちゃんと考えて出した結論だからね。その結果がどうであれ、後悔することなんてないよ」
まだ少し名残惜しそうに尋ねるツバキに、メリアは柔らかい笑みを浮かべて答えを返す。その背中に背負われた小さなナップサックの中にあるものだけが、これからのメリアの歩みを支える助けとなる物だった。
アネットが目覚めてからも古城襲撃事件についての調査は続いていたが、はっきり言ってもう手詰まりの状態に陥ってしまっている。このまま停滞が続けばあと一日二日で調査が完全に打ち切られるであろうと予測され始めた中、一足早く騎士団を離れる判断をしたのがメリアだった。
思えば俺たちとともに行動していたのもロアルグたち騎士団の動きに協力するためだったし、メリアが正式に『夜明けの灯』に加わるのかどうかという話題についてはずっとなあなあになったままだった。いつかメリアの意志を聞かなければと内心少し身構えていたのだが、結果的には俺が聞くより早く結論を提示されてしまった形だ。
「……僕さ、ずっと姉さんの背中を追いかけて生きてきたんだ。 姉さんの力になるんだ、姉さんを守るんだって、そればっかでがむしゃらにここまでやってきてた。だけどきっと、ここからはそれじゃだめだと思うんだよ」
ツバキに向かって手を伸ばしながら、メリアは噛み締めるように今までの自分を振り返る。あの物騒な初対面からしてみれば、この短期間でずいぶんと落ち着いた仕草だ。……そのきっかけを与えてくれたというのは、この事件の中でも数少ない幸いな事のように思えた。
一度まっすぐにぶつかって否定しなければ、きっとメリアはいつまでも自分を呪うかのような形でツバキを追いかけることになっていただろう。……それを正しい姉と弟の絆に結び直してくれたのは、今もツバキの横に立ってすんと鼻を鳴らしているリリスだった。
「だからさ、僕はしばらくこの世界を見て回ってみるよ。いろんなところに旅をして、いろんな景色を見てみる。その中で気が合う人が居たら一緒に旅をすればいいし、トラブルに巻き込まれたら何とか自分で解決できるようにあれこれと力を尽くしてみる。……そうやってしばらく過ごしていれば、メリア・グローザって人間がどんななのか少しは理解できるような気がするからさ」
「自分のことをよく知っていると言えるのは、自分の中にブレることのない軸を持つことが出来た人間だけだものね。それに気づいただけでも初対面の時とは見違えるようだわ」
「やめてくれよ、あの時の僕は久々に姉さんを見て感情が暴走してたんだから……。十年前のあの時から時間がようやく動き出して僕の中でも色々と思う所があったし」
まるで弟子を見定める師匠のような言葉を贈るリリスに、メリアが困惑したような様子で頭を掻きながらそう返す。かつて真剣に命を奪い合った二人の関係は、色々な紆余曲折やら葛藤を経て今のような距離感に落ち着いていた。
メリアの暴走を止める時、リリスは影を通じてメリアの本音やら過去を知ったって話もいつかしてたしな……。そういう意味ではツバキよりもメリアの信条や心持ちに通じているとも言えるのだが、リリスにその立ち位置を務める気は全くないらしい。リリスのメリアに対する接し方は、いつもどこか一歩引いたものだ。
だが、それは決して打ち解けられていないからとか警戒しているからという事ではないのだろう。時折二人だけで何かを話していることを、俺もアネットもツバキもよく知っていた。
「――本当に月並みな表現だけど、この数日でまるで生まれ直したみたいな気分だよ。……見えるものも聞こえるものも全部僕に直接届いてくるような、新鮮な気分だ」
「自分の全部を否定して、その上で再び生き直すことを決めたんだもの。……そりゃ違うわよ、どんな小さなことだって」
今もメリアの噛み締めるような言葉に、リリスは少しぶっきらぼうな答えを返している。だけどその視線はまっすぐにメリアの方を向いていて、独白にも似た感情を受け止めていた。
「わたくしからしてみれば、あなたがここまでマルクたちとわかりあえてるのが以外でしかありませんでしたけど……。きっとあの時の暴力的なあなたではなくて、今のあなたが本来の姿なのですわね」
「……どうなんだろう、きっとあの時も本当の姿だったよ。姉さんを追いかけたくて守りたかったのも僕の本音だし、今こうやって姉さんの傍を離れて色々なものを見ようとしてるのも本当の僕だ」
二人の会話に入ってきたアネットの言葉に、しかしメリアはぼんやりと首をかしげる。間接的な形ではあれ敵対していた二人も、この数日間を通じて少しずつではあるが打ち解けつつあった。
だからこれは賞賛に対する謙遜とかじゃなくて、きっと本当にまだ分かっていないのだろう。……きっとそういうことを知りたいから、メリアは俺たちの下を離れて旅に出るという結論を出したんだろうし。
「……あの時の僕は、本気で姉さん以外の三人を殺そうとしてた。そうすることが正義で、そうしなくちゃ僕の理想は叶わないと思ってた。それが違うって教えてもらったのが、僕にとって一番大きなことだったのかもね」
「……理想の叶え方、見つけたんですの?」
『理想』という言葉に眉をピクリと動かして、アネットは一歩前に踏み込みながら問いかける。即座にメリアは首を縦に振ると、ふっと心臓に手を当てた。
「うん、見つけたよ。僕の理想の原点も、それを叶えるための道のりも。マルクたちに手を上げたりするよりもよっぽどよっぽど分かりやすくて優しいやり方が」
メリアが体を軽く揺さぶると、その背中のナップサックがワンテンポ遅れて揺れる。それこそがメリアの見つけた理想の叶え方の鍵なのだと、なんとなく俺は確信することが出来た。
「どこまで言っても、僕はきっと姉さんの力になりたいんだ。姉さんが困ってたら助けてあげたいし、姉さん一人の力で届かない問題があるなら手を伸ばして一緒に解決しに行きたい。だけど、そのためには今の僕じゃ足りない。……姉さんの力になるためには、姉さんとは違う『メリア・グローザ』として一本立ちしなくちゃいけないんだよ」
――姉さんの背中を追いかけてばかりいちゃ、姉さんが持ってない視点なんて見つけられるはずがないからね。
どこか誇らしげに胸を張って、メリアは俺たちの前で堂々と言い切って見せる。その結論に至れたことがきっと、メリアにとっては大きな成長なのだろう。それを素直に誇れるようになったのも多分、大きすぎる変化の証だった。
「僕は何が好きで何が嫌いで、いろんなものに出会った時にどんなことを想うのか。同じ時に姉弟として生まれた僕たちでも多分それは違ってて、それに気づくのが僕にとって必要な事なんだよ。……なにせ、ここまで十何年も姉さんの影ばかりを追いかけてたんだし」
小さな影を指の先で揺らめかせ、それを握りつぶしてメリアは笑う。その言葉に自嘲的なニュアンスはなくて、ただそのことを現実として受け止める一人の少年だけが居た。
「……うん、もうそんなことなんてしなくていいんだよ。ボクの背中なんて追いかけたってロクなもんじゃないさ。メリアは、他の誰でもないメリア・グローザになればいい。君のことを必要としている人は、ボクのほかにもきっとたくさん現れてくれるよ」
その姿に感極まったかのように歩み寄って、ツバキはメリアにエールにも似た言葉を贈る。伸ばした手が肩に触れ、ゆっくりとメリアの華奢な体を抱きよせた。
「ごめんね、もっと早く君の悩みに気づいてあげられなくて。……それでもボクの弟でいてくれて、約束を守ってくれて本当にありがとう」
もうはっきりとわかるぐらいに声を潤ませて、ツバキはメリアに感謝を告げる。……その言葉から少し間をおいて、ツバキの背中にも細い腕が回された。
「ううん、いいんだ。姉さんが謝ることなんて何一つない。……分かってなかったのも分かろうとしなかったのも、分かってもらうことを拒んでたのも全部僕だ」
今まで明るかったメリアの声も少し沈痛なものになって、隠し切れない潤みが端々に現れている。抱きしめあう手からお互いの感情が溶け合って、共鳴して一つになっているかのようだった。
「姉さん、今日で終わりじゃないからね。……絶対、また姉さんに会いに来るからね」
「ああ、約束だ。ボクの自慢の弟がもっと大きくなって帰ってくるのがボクは楽しみで仕方がないよ」
最後にそう言葉を交わして、メリアとツバキはゆっくりと離れる。ツバキは俺たちの方に、メリアは騎士団の外に向かって。……いつかまた交わる時まで、それぞれ歩み続けることを誓って。
「……それじゃあ、そろそろ行かなくちゃ。馬車の時間に間に合わなくなっちゃうからね」
俺たちにくるりと背を向けて、メリアは一歩ずつ離れていく。その背中は大きくも小さくも見えて、とっさに何か言わなくちゃいけないという衝動に襲われた。……メリアとの言葉なら、少し前に十分すぎるぐらい交わしたはずなのにな。
少しずつ離れて行く背中を見ながら、俺はずいっと一歩前に踏み出る。そして、衝動のままに声を張り上げた。
「……今はまだ、そうする気はないんだろうけどさ!」
そう叫ぶと同時、メリアが驚いたように振り向く。その眼がまっすぐに俺の方を捉えて、黒い瞳がゆらゆらと揺れているのが分かった。
それを見て、俺は確信する。今俺が伝えようとしている言葉は、間違いでも何でもないのだと。
「お前が戻ってきたいと思ったら、いつでも『夜明けの灯』はお前のことを迎えるからな! ――だから、思いっきりやりたいことをやってこい!」
朝から昼に変わろうとする街の中に、俺の声が響き渡る。それを一人受け取ったメリアは、少しばかりぽかんと口を開けていた。……だが、すぐにその表情は笑顔へと変わって――
「……ああ、思いっきりやってくるさ‼」
――大きく手を振りながら、メリアは明るくそう断言してくれた。
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