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第四章『因縁、交錯して』

第三百十三話『分かれた才能、繋がる縁』

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――メリア・グローザの人生は、思い返せば決定的な敗北の連続でもあった。

 影の暴力的な側面に対する適性を備えて生まれながら、それがここぞという時に役に立った記憶はない。迫りくる脅威に対して正面から立ち向かって勝ったことなんてほとんどないし、メリアの中に残る勝利の記憶の内ほとんどが不意打ちや数の優位によるものだ。メリア一人の実力だけで何かを成したという経験は、思った以上に数が少なくて。

(……だから、今やり遂げなきゃいけないんだろ)

 赤熱する思考を止めないように意識しながら、メリアは再び地面を蹴り飛ばす。最初の一撃でハンマー持ちを倒したところまではよかったのだが、そこからの戦況は意外にも膠着状態にあった。

 それを打ち破るべくメリアは影を纏った右腕を振り下ろすが、前に出た槍使いが自然な動作でその衝撃を受け流す。決してダメージがゼロになっているわけではないにしても、その槍使いの動きがメリアにとってとても厄介なものであることは確かだった。

「……はあ、はあっ、ふう……ッ」

 後ろに控えている奴らの攻撃が来る前に大きく飛び退いて距離を取り、荒くなった呼吸を整える。闇雲に責め続けることは、かえって自分の体力を損なうだけだ。反撃のことを考えると相手からもうかつに踏み込めない以上、十分に呼吸を整えるだけの余裕はある。

 心配なのはツバキの影がどれだけ保ってくれるかだが、すぐにあの防御が突き破られるという事はないだろう。楽観できない状況なのは忘れてはいけないにしても、その認識を焦りに変換してはいけないこともメリアは理解していた。

 目的のために先を急ぐことと、焦って勇み足を踏むことは違う。そのことにもっと早く気づいていればこんな間違いを犯すことはなかったのかもしれないが、今さら何を言ったところで過去の敗北は覆らない。……覆せることがあるとしたら、これから待ち受ける運命だけだ。

 このまま行けば、相手が全滅するよりも先にメリアの体力が尽きる。そうなってしまえば今度こそ詰み、全滅は避けられないだろう。その最悪の事態を回避するためには、とにもかくにもあの槍使いを突破、あるいは無力化する必要がある。

 だが、相手は既にメリアの出力に適応しつつあるのだ。何か工夫をしなければ崩せないだろうが、下手な工夫はかえって相手に攻め込む隙を与えることになりかねない。理想を言うのであれば単純な出力で上回って突破したいところではあるが、それをしようにも今のメリアは既に全力を賭しているわけで――

(……う、ん?)

 そう思いつつも自らの内側に意識を向けて、メリアは思わず困惑する。つい少し前に自分の手で引っ張り上げたはずのドロリとした感覚――影の魔力が、なぜかまだメリアの内側に残されていた。

 いや、残っているより『今も湧き出している』と言った方が正しいだろうか。ついさっきメリアの手足として使った魔力を補填しているかのように、メリアの内側を重たい影が満たし続けている。……そして、影たちは今もメリアに使われる時を静かに待っていて。

(さっきの僕は、間違いなく自分の内側にある魔力をできるだけ全部自分の強化に回した。……それは、間違いないはずだ)

 目の前の相手に対する意識は切らないようにしつつ、メリアは必死に思考を回す。立っているだけで苦痛は膨らんでいくけれど、それを考えるのは後の話だ。この気づきは、ともすればそのまま勝利に繋がるきっかけになるかもしれないのだから。

(――いや、そもそもおかしな話だ。僕はあの時暴走して魔力を使い果たしたのに、どうしてもう意識を取り戻して影魔術を全力で扱えている?)

 姉と弟の縁が生んだ奇跡だと、そう思うのは簡単だ。もしそうならば素敵だと思うし、それが勝利をもたらしてくれるのに何の文句もない。……だが、もし違うのだとしたら。これが何かの原理によるものであるならば、メリアはそれを知る必要があるだろう。

 魔力を使い果たせば意識を保つのは難しくなる、魔術師にとっての定説だ。だからメリアも意識を失わないギリギリまでそれを影魔術に回し、そして自らを強化した。しかし、今自分の内側で感じる魔力には明らかな余裕がある。そしてそれは、今も増え続けているのだ。

 単純に考えれば、魔力が急速に回復しているというのが有力だろう。その仮説ならばあれだけの暴走を経てすぐにメリアが意識を取り戻して戦えているのにも筋が通る。完全に底をついたはずの魔力を、メリアは一時間足らずで回復しきって見せたのだ。

 その回復速度はあまりに常軌を逸していて、その上オーバースペックだと言わざるを得ない。いくら魔力の回復速度が速かろうと、メリアが持つ魔力の器は人並みより少し優れた程度のものなのだ。容量の小さな器にその回復力が備わっていたところでロスが増えるだけで、メリアには不釣り合いな才覚と言わざるを得ないのだが――

「……あ」

 そこまで考えて、ふと気づく。この影のルーツがどこにあるのか、この影が誰と繋がっているものなのか。――この身に宿る才能は、誰と分け合ったものなのか。

 そして同時に思い出す。何度やってもズタボロに打ち倒されて、自らの非才を呪った今までの日々を。それでも立ち上がり続けて、一日に十度も二十度も挑み続けた時の記憶を。てっきりメリアはその原動力を根性や執着の類だと勘違いしていたが、論理的な理由はちゃんとあったというわけだ。

「……あは、あはははっ」

 たった一つの気づきで今までの全てが腑におちて、メリアは思わず笑ってしまう。と言っても、それは絶望からくる乾いた笑みではない。……歓喜に打ち震えながら、メリアは笑顔を浮かべていた。

『なぜ僕には才能がないのだろう』と、『なぜ僕は姉のようになれないのだろう』と、ずっと自分を呪うかのようにそう思っていた。ただ、考えればそれは当たり前のことだ。メリアとツバキは才能を半分に分け合った存在、同じ才能を二人が持ち合わせていることなどありえない。メリアはどうやってもツバキのようにはなれないし、なれない事が正しかった。

 そしてそれは、逆の場合においても言うことが出来る。メリアが持っているものはツバキに持ちえないもので、ツバキはどうやってもメリアにはなれない。その最たる具現が二人の操る影が持つ性質の違いだとばかり思っていたのだが、それも間違いだったというわけだ。

「暴力とか非暴力とか、そんな単純なことだけじゃない。……もっといろんなものを、僕と姉さんは分け合ってたんだね」

 それに気づくと妙に気分が軽くて、メリアは噛み締めるようにその結論を口にする。……いきなり変容したメリアの様子を、襲撃者たちは警戒した様子で見つめていた。

「さて、それじゃあ行こう。もう戸惑う必要もなくなったしね」

 その感慨を噛み締めながら、メリアは再び眼前の敵に集中する。異変の理由に気づいてしまえば、それを使うことに対して迷いはない。――何せこれも、ツバキとメリアを繋ぐ証のようなものなのだから。

 相変わらず体は悲鳴を上げているけれど、それを労わるのは後でもできることだ。……今は、十数年越しに掴み取った確信をアイツらに叩きつけてやりたくて仕方がない――

「――影よ、応えてくれ‼」

 地面を豪快に蹴り飛ばし、メリアは槍使いに向かって真っすぐ突進する。それは今までと変わらない、全力の一撃だ。裏を返せば、槍使いが受け流すことが出来る攻撃でもある。

「る……あああああッ‼」

 その事実に構わず、メリアは右腕を思い切り槍使いへと振り下ろす。しかし、それが槍使いの身体に命中することはない。巧みな挙動で攻撃は受け流され、本来の威力は槍使いへと伝わらない。――だけど、それでいい。

「……影、よ‼」

 自分の右腕が下へと流れていくことを確認しながら、メリアは自分の内側へと意識を向ける。……そして、そこにある影を強引に外へと引きずり出した。

 瞬間、身体がすさまじい悲鳴を上げる。体中の何かが千切れていくような苦痛があって、こんなことは二度とやってはいけないという事を本能的に直感する。だけど、今だけはどんな警告もお構いなしだ。

――体内に保有できる魔力量の限界という点において、メリアとツバキには大きな隔たりが存在している。ツバキがエルフ並みの魔力量を有しているのに対して、メリアの魔力量はひいき目に見てもそこいらの冒険者より少し優れているぐらい、決して才能があるとは言えない代物だ。『影の巫女』に相応しいだけの魔力量は、確かにツバキが先代の巫女から継いだ才覚だった。

 だが、魔力に関する才能は何も魔力量だけによって測れるものではない。――消費した魔力が回復するまでの速度もまた、魔術師として生きていくためにおいては重要な要因の一つだ。

 ツバキほどの魔力量を有している場合、その重要性はさらに跳ね上がる。保有する魔力量が多いという事は、消費できる魔力の量も人並外れて多くなるという事に他ならないのだから。

 ……しかし、その才覚はメリアへと渡った。本来ならばツバキの膨大過ぎる魔力量を補うためのものである並外れた回復速度は、双子という因果によって平均レベルの魔力量であるメリアへと分け与えられたのだ。
 
 その結果、イレギュラーな事態が発生する。限界まで使い果たしたはずの魔力がすさまじい回復速度によってすぐに上限まで回復するという、まるで冗談のようなイレギュラーが。……ともすれば無限の魔力を有していると勘違いできてしまえるぐらいの状況が、メリアの中で生まれている。

 非才を呪っていたけれど、メリアは非才などではなかった。ツバキとは違う形で、才能は確かにそこにあった。たとえ形は違っても、メリアは確かにツバキと才能を分け合っていた。

 それが分かったから、不安などもう何もない。ツバキとメリアは、確かに才能と血を分けた双子だ。……なら、その片割れとしてこの程度の相手に負けるわけにはいかないだろう。

「――貫けッ‼」

 引きずり出した影を全力で一発の弾丸へと成形し、防御行動から立て直している槍使いの胴体目がけて打ち放つ。今までのパターンにはなかった別角度からの弾丸に対応できる道理など、ただでさえ攻撃を受けた後の槍使いにあるはずもなかった。
 
 極大の弾丸に貫かれ、声を上げる間もなく槍使いの体がどこまでも吹き飛ばされていく。勇敢にもメリアの猛威を正面から阻んでいた壁は、メリアが見せた新境地の前にあっさりと打ち砕かれて。

「……さあ、終わりにしようか?」

――その背後に隠れるしかなかった二人の標的を、メリアは獰猛な笑みを浮かべながら見つめていた。
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