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第四章『因縁、交錯して』

第二百七十七話『共通する因縁』

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――不吉な雰囲気を纏っている人間というものを、メリア・グローザは何度か目にしてきた。姉を奪った商会の人間、里を襲おうとしたとある剣士。背格好も性別もバラバラだったが、その雰囲気を纏う人間には一つだけ共通点があった。……それらと接触した時、メリアの在り方は大きく動かされることになるのだ。

 例えば姉の喪失、例えば初めて人を手に掛けた経験。それは全部不可逆で、今のメリアを形成する上で無視できない要素になっている。――それがいいのか悪いのか、すぐに判断することはできないけれど。

「――改めて、こんな真っ昼間からお邪魔して悪かったな。だが、それだけしてでもお前さんたちに頼みたい仕事があるんだよ」

 メリアたち三人を前にして、『アグニ・クラヴィティア』と名乗ったその男はどこか不気味な笑みを浮かべる。――メリアの人生を常に動かしてきた、不吉な雰囲気を纏いながら。

「……クラウス、この方は」

「初対面だ、関係も何もねえ。……だが、こいつは俺たちのことを知ってる。あの『双頭の獅子』だって知って、それでもなお俺たちにこうして接触を図ってくる。最近、そういうパターンで当たりくじを引いたばかりだろ?」

 クラウスの右隣に座っているカレンが少し怪訝な表情をして問いかけるが、それにクラウスは笑い声を上げながら返す。……その瞳の中には、アグニをまじまじと見つめているメリアの姿が映っていた。

 クラウスの言う『当たりくじ』とは、言うまでもなくメリアの事で間違いない。遠い里から『双頭の獅子』を訪ねて現れたメリアは、新参者ながらすでに実力者としてパーティの内外にその名前を知らしめていた。

 その実力が頭一つ抜けたものであることは、『双頭の獅子』副団長であるカレンも痛いほどに知っている。何せ入団テストを兼ねた模擬戦闘の時、メリアの前に立ったのはカレンその人だったのだから。

 団長と副団長の両方から認められる冒険者は、『双頭の獅子』に所属している冒険者の中でもほんの一握りだ。今回は特殊な事情を孕んでいるとはいえ、バラック行きへの同行が許されたのは間違いなくメリアの実力が役に立つと計算されたのが決め手だった。

「……まあ、そうだな。都合よくあたりが続くとは思えないが、かと言って無碍に扱うのも惜しいか」

「そういう事だ。……まあ、つまんねえことを言いやがったらその瞬間に叩きだすだけだからな」

 目を瞑りながらクラウスの判断を追認するカレンに、クラウスは堂々と物騒な発言をしてみせる。旅の道中で行き会った人が『双頭の獅子には近づくな』と言った所以がこれなのだろうと、メリアはもう何度目かも分からないような感慨を覚えていた。

 あの男が言っていたように、『双頭の獅子』の素行は決して良くはない。だが、王都で情報を集めるにあたってここほど頼れる後ろ盾もなかなかないというのも事実として同時に存在していた。

 それに加えてクラウス自身も姉を奪った悪魔たちに因縁があるのだというから、メリアは巡り会わせの妙というものを感じずにはいられない。多少問題があろうとも、姉を取り戻すための最短距離が『双頭の獅子』と合流した先にあるのは間違いのない事実だ。

 ここで追いついて、姉を奪い取ったあの二人の喉笛を今度こそ食い破る。何をしてでも、どれだけ魔力を酷使することになっても。……それができなければ、メリアがここに来た意味がすべてなくなってしまうのだから。

「……んで、仕事ってのは何だ。報酬さえあれば荒事でもやってやるが、あんまり下らねえことを言いやがったら即座に交渉決裂だからな」

 改めてここにいる意味を噛み締めていると、床にどっかりと座り込んだクラウスがアグニを見下ろしながら用件を尋ねる。反感を買っても仕方ないと思えてしまうぐらいの横柄な態度ではあったが、しかしアグニはそんなことを塵ほども気にしていないかのように笑いながら床に腰を下ろした。

「それでいいさ、チャンスがあるだけ上等だ。……端的に言えば、とある冒険者の妨害をしてほしいんだよ。俺たちの目的を達成するにあたって、どこからか雇われてるであろうそいつらが邪魔で仕方なくてな」

「冒険者の邪魔……ねえ。一応教えておくが、冒険者同士の戦闘って規定違反なんだぜ?」

「知ってるぞ、だからどうした? ……まさかお前さんたち、今更優等生ぶれるとでも思ってんのか?」

「……へっ、よく分かってんじゃねえか」

 アグニが僅かに目を細めて投げかけた問いに、クラウスは愉快そうな笑みを返す。あの二人の中で何が通じ合っているかまでは分からないが、どうもアグニという人間をクラウスは多少なり気に入ったようだった。

「そうだよ、俺たちにそんなルールはあってないようなもんだ。……そのリスクを冒すに相応しい理由と報酬があれば、俺たちは汚れ仕事であろうとやってやる」

「結構な覚悟だ、気に入ったぜ。この街の腑抜けた冒険者たちじゃあそうはいってくれないからな」

 いっそ誇らしげに自らのポリシーを語るクラウスに、アグニは期待通りと言った様子で首を縦に振る。……笑顔を浮かべているはずなのに、その背中からは不吉な雰囲気がまだなお立ち上っていた。

 何かこの依頼には裏があるのではないかと、何の根拠もない直感じみた疑問がメリアの脳内に浮かんでくる。だが、今の段階でそれを言ってもただの妄言に過ぎない。妄言ごときによって盛り上がっている場に水を差されることをクラウスが好まないというのは、『双頭の獅子』で過ごした短い時間の中で得た気づきの一つだ。

「あー、そういやその冒険者連中を狙う理由を一応聞いてもいいか? なんで俺たちを頼るまでに至ったのか、ちっとばかし興味がわいてきた」

「いいぜ、と言ってもそんなに面白い話でもねえんだけどな。……その冒険者たちは、明日実行する俺たちの計画を邪魔するために誰かが雇った存在なんだよ」

 クラウスが追加で投げかけた質問にも、アグニはすらすらと答えを返す。面白くない話と銘打たれてこそいたが、その話はメリアの興味を引いた。

 冒険者という生き方を始めてからまだ日は浅いが、だからこそメリアには分かる。仮に誰かがアグニを止めるべく人を雇っているんだとして、それに適しているのは冒険者ではなく傭兵の類だ。……傭兵とは冒険者とはまた一線を画す、『人と戦う術』を学んでいるものたちの集まりなのだから。

 だがしかしアグニを妨害しているという何者かは冒険者であり、外部に助けを求めなくてはならないほどの損害をアグニ達に与えている。よほどの実力者とみるべきか、あるいはアグニ達の勢力が非力なのか――兎にも角にも、奇妙な状況下でクラウスのもとを訪れたという所だけは確かだった。

「明日俺たちはこの近くのダンジョンでとある計画を実行するんだが、それを阻止したい勢力ってのが一定数いるらしくてな。そいつらの誰かが冒険者に出資して、俺たちの計画を代理で阻止しようとしてるらしい。まったく、やり方が陰湿で参っちまうね」

「ああ、そいつは困ったな。冒険者に妨害されたときの不快な気持ちは俺たちも大いに理解できるぜ」

 アグニの愚痴に共鳴するように、クラウスは乾いた笑みを浮かべる。その表情には明らかな怒気が漂っており、クラウスがいつのことを思いだしているのかがはっきりと分かった。

『プナークの揺り籠』という所で起こったらしいクラウスたちとマルク・クライベットたちの衝突は、クラウスの中で消えない屈辱として今もうずき続けている。その敗北を勝利によって上塗りした上で二度と立ち上がれなくなるまでに叩き潰すことこそが、クラウスがこのバラックの街を訪れた理由だった。

 観光都市なのか宿だけがやたらと点在するこの街のどこかに、クラウスとメリアにとっての敵が潜んでいる。それを見つけ出して叩き潰して王都に帰りつく力すら奪い取れば、残るのは彼ら三人が王都から姿を消したという事実だけだ。

 姉に関しての処遇も事前に話はつけてあるし、全てをやり遂げた後の憂いはもう取り払われたも同然だ。……だから、後はやり遂げてみせればいい。最後の一歩をやり遂げれば、メリアの望んだものはすべてこの手に返ってくる。

「……そういえば、その冒険者たちの規模って何人ぐらいなんだ? 百人でも二百人でも見合った報酬があるならぶっ潰してやるが、作戦の立て方は変わっちまうからな」

 その道中に突然舞い込んできた一つの依頼に、クラウスはずいぶん乗り気で質問を付け加える。計画実行のためにもあまり寄り道をしている余裕もないような気がするのだが、クラウスが乗り気になってしまっているのならばそれを止めることはできない。いくらメリアが名を上げつつあると言っても、『双頭の獅子』を統べるのはクラウス以外ありえないのだから。

「ああ、それは大事な情報だな。俺としたことが見落としてたぜ」

 クラウスからの質問にアグニは忘れていたと言わんばかりに手を打ち、何かを思い出すように視線を上にやる。……そして、大きくため息を一つ付くと――

「まだ確定ってわけじゃねえが、あっちに雇われてるのは大体三人かそこらだ。数自体は少ないんだがその実力はガチで高くってよ、才能に任せていろんな魔術を叩きこんできやがるエルフの嬢ちゃんと影魔術とかいう妙な魔術を使って小細工してきやがる黒髪の嬢ちゃんのコンビが相当めんどくせえ。……ええと、確か名前はなんて言ったっけな――」

「――いや、いい。そこまで聞ければ十分だ」

 記憶の引き出しを開けようと奮闘するアグニを制止して、クラウスは低い声を出した。その声や表情にもう享楽の色はなく、ただただ濃い戦意だけが残っている。

 先ほどまでの軽薄さを思うと唐突すぎる変化だが、しかしそれはクラウスだけに起きたことではない。……メリアもカレンも、クラウスに勝るとも劣らないほどの鋭い雰囲気を一瞬にして纏っていた。

 その理由は明白、メリアたちにとってこの依頼が大きな意味を持つ物へと変じたからだ。だって、よほどのことがない限り一人しかありえない。――この街にちょうど滞在している、黒髪黒目の影魔術使いだなんて。

「……リーダーのいう事は間違っていなかったな。これは確かに当たりくじだ」

「ああ、俺の嗅覚も大したもんだな。……これから本格的に動こうかってところでこんなにも都合のいい巡り会わせを引けるなんて、普段の俺の行いが返ってきたとしか思えねえ」

 カレンからの称賛を受け、クラウスは誇らしげに胸を張る。いかにも不遜な態度だが、それも今ばかりは眩しく見えた。……クラウスの判断によって、メリアたちは目的に大きく前進したのだから。

「……おっさん、アグニとか言ったか。お前の依頼、俺達『双頭の獅子』が謹んで引き受けてやる。特別サービスだ、報酬はお前の裁量に任せることにしてやるよ」

 アグニの方に大きく身を乗り出して、クラウスは依頼の受諾を宣言する。唐突に舞い込んできた標的への手がかりを逃さないように、まるで食らいつくかのように。

「へえ、そいつはありがてえ。とんだ銭ゲバって聞いてたが、噂も当てにならねえもんだな」

 その威圧感に怯むこともなく、アグニは笑顔を浮かべる。そして満足そうに自分の懐を軽く叩くと、その右手をクラウスに向かって無造作に差し出した。

「……それじゃあ、契約成立ってことで。『王都最強』と言われるだけの力、期待してるぜ?」

 不吉な雰囲気を全身から漂わせたまま、アグニは少し挑発的な口調でクラウスたちに呼びかける。嫌な予感はまだ脳にこびりついていたが、目の前に舞い降りてきたチャンスを逃す手などメリアにはない。――そしてそれは、クラウスにだって同じことで。

「ああ、任せておけ。……俺たちも、その冒険者って奴には因縁があるからよ」

 凶暴な笑みを浮かべて、クラウスはアグニの手を取る。――『双頭の獅子』とアグニ・クラヴィティアによる交渉は、二十分足らずで合意へと漕ぎつけていた。
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