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第四章『因縁、交錯して』

第二百七十二話『過ぎて迎えし正念場』

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「あ、その机もう少しだけ右にやってくれ。できる限り揃えねえと見栄えが悪くなっちまうからな」

「はい、了解しました。……せーの、っと」

 ほかの従者からの指示を受け、ツバキは声を出せない俺たちに指示を出す。それに合わせて力を籠めると、大きな円形のテーブルがいとも簡単に持ち上がった。

 つくりとか素材を思うにそこそこ重たい代物のはずなのだが、ツバキとリリスがそれを支えてくれているからなのか不思議と俺の手に重量感は伝わってこない。それを地面に置いた時の少し太めな音だけが、俺に机の重さを実感させてくれるものだった。

 当日はここにたくさんの料理が乗り、それを囲みながら貴族たちが談笑するらしい。『俺たちには全く縁遠い話だけどな』――なんて、準備しながらすれ違った従者が愚痴交じりにこぼしていたのが印象に残っている。

 俺たちは従者兼護衛の役回りだから当日のパーティにも同席するが、従者と護衛が分かれているところはきっとそうじゃないもんな……。当日全く関われない場所の準備を汗水垂らしてしなければならないというのは、想像するだけで少し虚しさを伴うものだった。

 パーティにどれだけの参加者が集うのかは分からないが、それでも少しばかり従者を招待したってパンクするようなキャパシティじゃないことは見て居れば何となく理解できる。それならば従者だって連れてくればいいだろうに……なんてのは、上流社会を知らない冒険者の綺麗事なのだろうか。

「……うん、大体その辺で大丈夫だ。微調整と言い足りない物の補填と言い、便利屋みたいな使い方をしちまって悪いな」

「いえ、それが僕たちに与えられた役割でもありますから。皆さんの連携の中に入って和を乱してしまうなら、こういう足元を固める役割に回る方がよっぽど効率的ですしね」

 机の位置を確認しながら頭を下げる灰色の髪の男に、ツバキは柔らかい笑みを返す。二日目にもなって板についてきたのか、目の前にいるのがツバキだと知っていても混乱するぐらいには話し方から違和感が消失していた。

「それにしても、思っていた以上に手早く進んでいくんですね。これもレミーア様の指示のたまものでしょうか」

「ああ、そう言わざるを得ないだろうな。主人以外の貴族を持ち上げるのは癪に障るが、計画性とか先見の明ってやつにおいては間違いなくレミーア様の方が上だ。……くれぐれも俺の主人には内緒な?」

「大丈夫です、あなたが誰に仕えているかをボクは知りませんし。……レミーア様、やはりただものではないという事なのでしょうね」

 しーっと指を立てた男に笑い返しながら、ツバキはさらに問いかけていく。もう片方の手で机に飾る装飾品を探りながら、器用に男は続けた。

「冗談交じりとはいえ『あと二十年は一線でやれる』だなんて噂されてる方だからな。俺たちなんかじゃ到底その考えを読み切ることなんてできねえし、貴族たちに目を向けてもあの思索の深さに追随できるのは一握りだ。そりゃあんなふうに取り入ろうとする勢力も増えるってわけだよ」

 言い換えれば最強クラスの参謀ってことだからな――と。

 目線だけで入口の方を示しながら、男は机の中心に白いバラをかたどった飾りを優しく置く。男が見つめるその先では、レミーアが何人かの貴族と何やら話をしているようだった。

 談笑……ではあるのだろうが、口を押えて笑うレミーアの表情はどこか淡白だ。さっき俺たちに向けていたような温かさはなく、ただ時間が流れていくのに身を任せているように見える。

 あの貴族たちを『妙な虫』扱いしてたところを見ると、ああやって話をしているだけでも温情とはいえるのかもしれないな。どうか出さなくてもいいボロをゲルウェイたちが出しますようにと、俺は内心でそう祈っておいた。

「……ま、それはお前たちの主も同じだけどな。プライドが高い方たちからしたら、バルエリス様は超悪目立ちする出る杭なんだからよ」

 次の作業に移りながら男はバルエリスに視線を移し、少し気の毒そうにため息を吐く。男がそう言いたくなるのも納得できるぐらいに、古城に入った後のバルエリスは徹底的に行動を封じられていると言ってもよかった。

 常にバルエリスの周りには何人かの貴族がついて回り、談笑という体で常に足止めをバルエリスに食らわせている。遠目から見る限りそれ以上のことは今のところされていないようだが、それにしたって粘着質な奴の相手をするのは面倒なことこの上ないだろう。

 それが善意や好意からくるものだったらまだ笑って許せる余地もあるかもしれないが、アイツらが抱えているものはその真逆に位置するものなんだからもうどうしようもない。これが上流階級での駆け引きの一環だというのならば、バルエリスがうんざりするのも納得できるというものだった。

「お前たちが飛び入りで参加してきたことには驚いたけど、少なくとも手伝いをしようって気概が本物なのは俺たちも分かってる。……だからこそ、バルエリス様は不憫だな」

「ええ、そうかもしれませんね。……ですが、ご主人様は大丈夫です。あの程度でくじけるお方でないのは、ボクたちが一番よく知っていますから。二人も、もちろんそうだろう?」

 俺たちに水を向けながら、ツバキは誇らしげに笑う。すぐさま俺とリリスがそれに頷きを返すと、少し驚いた表情を浮かべていた男の口元が少しだけほころんだ。

「……お前たち、主人に恵まれたんだな。そんな表情をされたら思わず羨ましくなっちまうだろ」

「ええ、ご主人様はボクたちの誇りですから。……だからこそご主人様もボクたちを誇れるように、日々精進していくだけです」

 愉快そうに笑う男に応えて、ツバキは自分の胸に手を当てる。たとえ俺たちの主従関係が偽りで期限付きのものなのだとしても、その答えには少しの偽りもないだろう。理想を貫かんとするバルエリスの姿は、俺たちの背筋を伸ばさせるに十分な輝きを放っている。

「……しかし、準備も割ととんとん拍子で進んでいきますね。大きなものの配置とかは大方終わったんじゃないですか?」

「ああ、打合せしてたよりも早いぐらいだな。……まあ、今の時点で大体六割は行ってるってところか」

 机に置く装飾品を選び出しつつ、男はここまでの進捗をそう表現する。見渡す限りもう会場としては完成されているように思えたが、思いのほかまだやるべきことは残っているらしい。

「……というと、こういう小物の配置とかになってくるんでしょうか」

「まあそんなところだ。この城は古風と言えば聞こえがいいが、こういう広間とかの装飾は少し控えめだ。貴族の面子のためにもド派手に飾り付けてやらねばってんで、結構な数の飾り物が今から取り付けられるんだよ」

 こんなでけえ城でパーティって時点で十分ド派手なのにな、と男は乾いた笑みを浮かべ、箱の中からまた一つ装飾品を取り出す。つまりここからの四割はこういう細かい作業であり、今まで必要とされてきた連携とかが必要なくなっていくという事なのだろう。

 それすなわち、自分が自分だけの作業に集中してほかのことを意識しなくなる瞬間が少しずつ増えていくという事。……そしてそれと同時に、壁際や階段近くのような『仕掛けやすい』場所に向かうのが不自然なことではなくなるタイミングでもあるというわけで――

「……ッ⁉」

 そのことに俺が思い至ると同時、俺の服の裾が引っ張られる。会議の時に取り決めたその行動は、リリスの感覚に何かが引っかかったことを伝えるためのものだ。それを今したという事は、やはりアグニ達の勢力はこの城に入り込んでいたという事に他ならない。……奴らは今、確かに動いた。

(……クソ、どこにいる⁉)

 不自然にならないぐらいの仕草で古城全体を見渡して、俺は着々と進む準備の風景を俯瞰する。大まかな備品の配置は終わり、後は仕上げの飾りつけという段階。そこに至ったこともあって、今まである程度固まっていた従者たちもすっかり個人行動に映っているという状況だ。……スパイの疑いがある人物は、ざっと三十はいると見ていいだろうか。

 準備ももはや大詰め、アグニ達の勢力にとってももううかうかしてはいられない時間帯だ。だからこそ、俺たちはその動きを一秒でも早く足止めする必要がある。……だってそれが、俺たちがここに来た本当の意味なんだから。

 リリスに裾を引っ張られているのを鋭敏に感じ取りながら、俺は思考を限界まで回転させる。……山場を越えたはずの準備の場において、俺たちとスパイだけが正念場を迎えようとしていた。
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