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第四章『因縁、交錯して』

第二百六十九話『見知らぬ参加者』

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「……これは、一体どういうことですの?」

 朝の会議が少しだけ長引いたこともあって、少し駆け足で向かった準備の会場。……しかし、俺たちの足は城門をくぐったところで急減速していた。

 集合時間に間に合ったと悟って気が抜けたから、ではない。あまりにも派手なアグニ達の動きが見えたから、でもない。……そもそも、その異変に最初に気づいたのはバルエリスだった。先頭を走るバルエリスの足が急に止まったから、俺たちは揃って足を止めたのだ。

「どうしたんだい、バルエリス。何か気になることでもあった?」

 主であるバルエリスを追いこさないようにペースを整えつつ、ツバキは小声で問いかける。……それに対するバルエリスの返答は、無言で前方を指した人差し指だった。

 その細い指が示す先では、先に集合している従者たちが割と緩めの雰囲気であれやこれやとやり取りを交わしている。その中にはツバキやリリス並にバシッと服装を決めている人もいて、何やら親し気に握手を交わしてる人なんかもいて――

(……いや、ちょっと待てよ?)

 そこまで観察して初めて、俺の中にわずかな違和感が生まれる。準備の場を一日ともにすればある程度打ち解けるのは何となくわかるが、それにしたってコミュニケーションの濃度が上がりすぎじゃないだろうか。……はっきりというのなら、昨日見た従者たちのイメージと噛みあわない。

 もっと言うのならば、あの場の中に昨日見たとは思えない人がいくらか紛れ込んでいる。俺たちは昨日かなり人を注視しながら動いていたという自覚があるし、実際人物を記憶する能力は低くないはずだ。……だが、着飾っている人含めあまりに見たことのない人が多すぎた。

「皆さん、もう気を引き締めなさい。……今日のこの場は、昨日とは全く異質なものへと変わりましたわ」

 その気づきを肯定するようなタイミングで、バルエリスが鋭くこちらに注意喚起をしてくる。先頭に立っているためその表情を見ることはできないが、後ろ姿が纏うオーラはずいぶんと威圧感を伴うものになっていた。

 まだ近くに人が居る気配はないが、それでももう変装モードに切り替えなくてはならない様だ。バルエリスを信じると決めた以上それに逆らう道理はないし、バルエリスよりこの状況を明確に見通せている奴はいないだろう。

 意識的に背筋を伸ばし、三人から揃って仕込まれた振る舞い方を脳内で再確認する。一つ一つ自分の振る舞いと照らし合わせながら最後の仕上げを進めている、その時の事だった。

「……やあやあ、貴女がバルエリス様ですかな?」

 俺たち四人の姿を見つけた一人の男が、小走りでこちらに近寄りながらそんな風に声をかけてくる。一応丁寧な言葉づかいではあったが、それはこの場において気安いと言ってもいい声のかけかただった。

 少なくとも、昨日こんなノリで話しかけてきた奴は一人もいない。いかにもいい食事をとっているというようなふくよかな体型も記憶にないし、新手と表現するのが一番分かりやすいだろう。

 顔に浮かべた笑顔はお手本のような明るさを纏っていて、それがいっそ不気味なぐらいの違和感を俺の心に押し付けてくる。同じ笑顔でもここまでうさん臭くなれるのかと、俺は逆の意味で内心感服するしかなかったのだが――

「あら、ゲルウェイ様。こんな場でお会いするとは奇遇ですわね?」

『様』という警鐘をつけてバルエリスがその男性を呼んだことによって、いまいちまとまりを持たなかった俺の思考が一気に結論へと向かって行く。……昨日バルエリスが『様』をつけて呼んだのは、この準備を監督する貴族であるレミーア以外にいなかった。

 そしてレミーアを除けば、バルエリスは昨日あの場で最も高貴な立場としている人間だっただろう。だからこそ監督役としても機能したわけで、ほかに同じような役割を担っている人が居るとも思えなかった。

 そしてこれだけ情報が揃えば、嫌でも俺の脳は結論をはじき出してくれる。……それが好都合な物か不都合な物かは、全く分かったものではないが。ただ一つ言えるのは、これでまた一つ面倒なことが増えたという事だけだ。

「おお、私のことをご存知でしたか。流石はアルフォリア家のご令嬢、しっかり教育が行き届いていらっしゃる」

「お褒めに預かり光栄ですわ。貴方とコミュニケーションが取れるかが社交界において大きな意味を持ってくると、姉上からいくつかの名前とともにゲルウェイ様の名をお聞きしていた次第でして」

 ナチュラルに上から目線なゲルウェイの称賛に、バルエリスは一礼しながら答える。それにワンテンポ遅れて俺が頭を下げるのを見て、ツバキとリリスもあわてて続いた。

 まだ百パーセント確定したわけじゃないが、ゲルウェイもおそらくパーティの参加者だ。本来準備の場に立ち会う必要なんてない、上流階級の人間。それがどうしてか、この場にいる。

 バルエリスが真っ先に足を止めたのは、記憶の中にいる人物の姿が見えたからなのだろう。本来ここにいるはずもない姿が見えればそりゃ警戒もするし、早めに丁寧なスイッチを入れておかなければ不意を打たれる可能性もある。……この場合、ボロを出していたのはきっと俺たちだろうが。

「ほう、姉上と。彼女も随分と才女のようですが、その下にもいい原石が居たものです」

「ええ、自慢の姉ですわ。それに少しでも追いつきたいとの志で、わたくしはこのパーティに出席することを決めましたの」

 なおも続く会話に、バルエリスは丁寧かつ感情豊かな返しを惜しまない。その話に出てくる姉というのが、昨日ガロンが話題に挙げていた『後継者』という奴なのだろう。それが機転を利かせたハッタリなのかそれとも実話なのかはともかく、話の流れはとても自然だった。

「ははは、純粋でよいことだ。あの方も純粋な印象を受ける方でしたし、揃って父親に似たのかもしれませんな」

「ええ、ありがたい話ですわ。……ところで、少しお伺いしたいことがあるのですが」

「はい、構いませんぞ。親睦を深めるにはお互いのことを知るのが一番とよく言いますからな」

 話題を切り替えにかかったバルエリスに、ゲルウェイはふくよかな体を小刻みに揺らしながら答える。どんな時でも満面の笑みが張り付いていることで、その真意はむしろ見えなくなっているように思えた。

 こいつとのつながりが社交界において重要だと言われているのなら、その評判に見合った実力はやはり持っているのだろう。それをゲルウェイ自身も理解したうえで立ち回っているように見えるのがまた厄介なところだが、ここまで俺たちの不利になるようなことは起こっていない――はずだ。

「……ぶしつけな質問ですが、どうしてゲルウェイ様は今日こちらにいらっしゃったんですの? 今日はまだ準備の期間、あくまで参加者の貴方がここに来る理由はないように思えるのですが」

 少しばかり希望の混じった予想が浮かぶと同時、バルエリスは単刀直入に踏み込んでいく。それがまた愉快だったのか、ゲルウェイは体を上下に揺らした。

「ええ、確かにここに来る必要はありません。……ですが、昨日と違ってここに来る意味は確かにある。そう考え及んだのは、何も私だけではない様ですぞ?」

「……意味、ですか」

「ええ、その通りです。私たちとて情のない冷血人間ではあるまいし、時間と心血を注いでやっていただいた作業には最大限の礼を以て報いる必要がある。それに私たちと同じような立場の人間も関わっていると聞いたなら、なおさら私達もじっとしてはいられないというものです」

 低い声で繰り返すバルエリスに、ゲルウェイはあくまで笑顔のままで返す。だが、その笑顔は偽物だ。笑顔という仮面で去来する感情を抑え込んでいるのが、俺たちの眼からしても明らかに分かる――いや、あえて見せられているという方が正しいのか。ゲルウェイが発する言葉の一つ一つが、まるでこちらを威圧しているかのように重たく聞こえてくる。

「今からお話しするのは私の想像する皆様の総意、つまり絵空事だとお考え下さい。……少しばかり、口の悪い表現を使うことにはなってしまいますが――」

 裏から仮面を押し上げるどす黒い感情をほのめかしながら、ゲルウェイはバルエリスに対して予防線を引く。……その瞬間、俺はゲルウェイが今こうやって話しかけてきた真意を悟った。

 結構な距離をわざわざ駆け寄ってバルエリスに話しかけてきたのは、俺たちの存在を歓迎したかったからではない。アルフォリアの娘を品定めしたかったわけでもなく、はたまたただ挨拶をしにきたという事でもない。……そう、これは言うなれば――

「『高々アルフォリア家の娘如きが、随分と出しゃばった真似をしてくれたものだ』――と、そんな感じのことを思って今日皆様はここに集ったと思うのですが、いかがですかな?」

――横紙破りと抜け駆けをして見せた俺たちの陣営に対する、先制攻撃なのだ。
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