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第四章『因縁、交錯して』

第二百三十六話『二人で見積もる突破口』

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 一度使った手札を使いまわすのはとてつもなくリスクが大きく、かといってアグニに通用する手札の残量はそう多くはない。ツバキが仕込むこすっからい手段とは、リリスと組んだ時に最大限の効果を発揮するものが大半だと言っていいのだ。

 客観的に見れば絶望的な状況だが、それを理由にこの場を投げ出すことは許されない。今ここでツバキが道を譲れば、アグニの凶刃は仲間たちに向けられるだろう。……それを認めることなど、決してできるものか。

(……それに、リリスも言ってたもんね)

 たとえ理想が遠くとも、そこに向かって足掻き続けることができる。相棒がそう信じているんだから、ツバキがその言葉を裏切るわけにはいかないのだ。

 リリスが吹き飛ばされてから大体一分半、時間稼ぎとしてはまだまだ途上といったところか。逆にここまですれすれの戦いをして一分半しか稼げていないと思うと気が遠くなりそうだが、どれだけ遠くてもたどり着く以外の選択肢はない。それ以外は、全て死へと続く一本道なのだから。

「……存分に惑ってもらうよ。経験豊富な君でさえ、前後不覚になってしまうほどにね」

「おう、期待してるぜ。……もっとも、俺は進むべき方向だけは見失わねえ男だけどな!」

 両手に影を纏わせたツバキに対して、アグニはにやりと笑みを浮かべながら突っ込んでくる。防御は無駄だと断じたのか両手の魔道具はともに剣の形へと変化しており、直撃すればそれだけで戦闘不能は免れなかった。

 見た感じ身体強化の魔術は使っているのだろうが、それを込みにして考えるにしても男の動きは速すぎる――いや、この場合は加速力が突出していると言った方がいいのだろうか。ゆらりと身震いしたと思ったらすぐ目の前にアグニの姿が迫ってくる光景は、転移魔術を使っていないにもかかわらずアグニが瞬間移動したのではないかという錯覚に陥ってしまうほどだ。

 だがしかし、それももう何度かツバキは目にしている。故に五メートルほどの距離が一瞬でゼロになったとて動じず、今度は飛びのくことで致命的な射程から逃れようとして――

「残念、斬りかかるのそれはあくまでサブプランだ」

「……ッ⁉」

 飛びのいた視界の隅に銃型へと変形を遂げた魔道具の姿が映って、ツバキの心臓が不規則に跳ねる。――その直後、とっさに倒れ込んだツバキの頭上すれすれを破裂音とともに魔弾が掠めていった。

 ひとまず不意打ちは回避した形だが、アグニの銃口は変わらずツバキの体に向けられている。ツバキがそれに気づいたのは回避し終わってからすぐのことだったが、それでもアグニの行動の方が僅かに早い。

「が、う……ッ」

 破裂音、そしてうめき声。そこからワンテンポ遅れて、ツバキの脇腹から赤い液体がこぼれだす。とっさに体勢を変えることで急所だけはどうにか免れたが、だからと言って脳を焼くような痛みが全てかき消せるわけもなく。

「ぐう、あああ……ッ」

 今まで傷ついてきた経験は数あれど、魔弾に撃ち抜かれるというのはなかなかに珍しい体験だ。だからこそ痛みは新鮮にツバキの中を暴れまわり、苦痛はうめき声となって部屋の中に響く。……だがしかし、そのシルエットはゆっくりと立ち上がろうとしていた。

「へえ、まだ動けるのか。……冒険者にしては根性ありすぎねえか?」

 出血したわき腹に影を巻き付かせながら立ち上がるその姿を、アグニは怪訝なものを見るような目で見つめている。すぐさまとどめを刺しに来ないのは温情の類か、それとも別の理由か。少なくとも前者だけはありえないだろう、とツバキは鈍い頭で結論付ける。

「……その銃、短期間で連発できるのは二発ってところか。……また一つ、いいことが分かったよ」

「……さあ、それはどうだろうな?」

 そこからさらに踏み込んでカマをかけてみたが、アグニの表情が動くことはない。やはりこんな単純な手には載ってくれないかと内心歯を食いしばりながら、同時にさっきの驚愕はだいぶ珍しいものだったのだという学びをツバキは得る。

 あの魔道具がどんな性能をしているかは分からないが、少なくとも信頼を置いているものであるのは間違いないようだ。……だからこそ、その防護を貫通した影魔術を警戒している。手負いのツバキに対してさっさと近接戦闘で殺しに行かないのは、影魔術による一発逆転を嫌ってのものだろうか。

「……それならまだ、やりようもあるかな?」

 一度は腰に収めた短剣をもう一度手に取って、ツバキは意識的に強気な表情を保ち続ける。……見る人が見れば不遜にも思えるその表情に、アグニの眉がピクリと動いた。

「……それは、どういう意味だ?」

「言葉通りの意味さ。……ここからのやりようで、まだ勝機は見出せるってことだよ‼」

 怪訝な声で訪ねたアグニに、ツバキは叫び返しながら手にした短剣を思い切り投擲する。叫びと投擲動作の二段重ねで痛みがわき腹に走ったが、それも勝利の――いや、現状打開のための必要経費だ。

 はっきり言ってしまえば、ここでアグニに勝利しようとするのはリスキーな選択肢でしかない。今一番に考えるべきは撤退、誰一人の命も奪われずに四人で街に帰ること。……それさえできてしまえば、今のツバキたちからすれば大健闘だ。

 だから、今のツバキはそのために全力を尽くす。幸いなことにまっすぐ飛んでくれた短剣へ向かって、ツバキは大きく息を吸い込んで――

「……影を纏え、ボクの剣よ‼」

 叫びながら腕を振るい、短剣の後を追って影を打ち放つ。……はっきり言ってしまえば、この行動は全くのハッタリだった。

 影を剣に纏わせて武具の耐久性や鋭さを向上させることはできるが、そうしたならば魔力を透過する影魔術の特性は死ぬ。つまり、単純に盾を構えるだけであの剣ははじき返されてしまうのだ。

 だが、アグニは影魔術の細かい情報など知る由もない。……だからこそ、その行動の意味を深読みした。

「クソッ、厄介なことをしやがる――‼」

 投げつけられた短剣を防御不可能な代物だとみなし、アグニは身をひるがえして回避の姿勢に入る。……その予備動作が見えた瞬間、ツバキは今できる全力を費やして地面を蹴り飛ばした。

 アグニの魔道具は二本とも剣の形状をしており、それも回避行動の間には振るえない。つまり、ここが距離を詰める最後のチャンスだ。……魔道具を使う暇もないほどの近接戦闘に持ち込めば、そこに勝機が――

「は……ああああッ‼」

 裂帛の気合を原動力に、ツバキは右腕を引く。熱を以てうずき始めたわき腹を完全に無視しながら、今できる最大威力の掌底を、アグニのあばらに向けて放った。

「……おお、肝が冷えるな。正直お前とやりあう方がよっぽど怖えよ、俺は」

「………………あ、え?」

 だが、それは無造作に突き出されたアグニの手によって完璧に受け止められる。……その直後、ツバキの身体は大きく吹き飛ばされた。

「悪いな、お前が近くにいるだけで心臓がざわついて仕方ねえ。お前が大層な美人さんだからか?」

 そんな見え透いた嘘をつきながら、受け身も取れず地面に転がったツバキをアグニは離れた位置から見下ろす。……大方、距離を取っているのは影魔術への恐れ故なのだろう。

 アグニの手の中でくるりと魔道具が回転し、一秒前まで剣だったものが銃へと姿を変える。そこから放たれる魔弾を回避する方法に持ち合わせはなく、次に引き金を引かれたときにツバキの命は消し飛ばされるだろう。――つまり、戦いはここで決着だ。

 ここにたどり着くまでに二分と少し、とてもではないが善戦だったとは言えない。時間稼ぎにしても短すぎるし、その点に関してはリリスに謝らざるを得なかった。いつもはリリスに無茶ぶりをされる立場だが、今回ばかりはそれをする立場に回ってしまったようだ。

「……だけどまあ、やれることはやったからね」

 銃口を前にしてゆっくりと目を瞑り、ツバキは小さくつぶやく。その瞼の裏には、今までリリスとともに遭遇し、乗り越えてきた困難の数々があった。

 もちろんリリスだって無敵じゃないし、いろんな事情で戦闘不能レベルの傷を負うことはあった。そのたびにいろんな人が力を尽くし、エースが返ってくるまでの時間を稼いだものだ。

 そう、ツバキ・グローザは知っている。彼女の知る最強の魔術師は、いつだって帰ってきてくれたことを。……いつだって、ツバキを助けに戻ってきてくれることを。

(この前の一件で、ずいぶん平均タイムは伸びちゃったけど――)

「……ずいぶん余裕そうな表情をしやがって。これ以上、お前にざわつかされるのも癪に障るな」

 目を瞑るツバキに何を見たのか、アグニはわずかな苛立ちとともに銃口を構える。そして、眼の前に横たわる黒い少女の命に幕を下ろそうと、して。

「………………その子に、手を出すな」

「ウッ、ソ……だろうがッ⁉」

『部屋の外』からアグニの全身を突き刺した濃密で冷え冷えとした殺気に、手の中の銃を反射的に一回転させた。
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