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第三章『叡智を求める者』

第百五十六話『歪な不死』

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「……へえ、それは中々に面白い切り口だね。それがどう靄に繋がって来るのかってのはまだまだ分からないけど、それもそれで呪印術式の大きな謎の一つであることには間違いないし」

「だろ? 一回探索しただけで分かるくらい、このダンジョンを作った奴は合理的な奴だ。……なら、そいつが作り上げた作品の呪印術式もすごく合理的な仕組みをしてるんじゃないかと思ってさ」

 唸りを上げるツバキに対して、俺はそう続ける。呪印術式を完成させたのがこのダンジョンを作り上げた存在なのかどうかはまだ断定できていないが、呪印術式と言う概念に関係がある事だけは疑いようもない事実だ。一切の抜け穴を許さずこちらの探索に制限を設けてくるようなダンジョンの設計者が、魔術と言う自らの研究対象において非合理的な取り組みをしてくるとは中々思えなかった。

「一定時間後に対象の命を奪うのも、心臓の鼓動を代行して命を継続させるのも、魔物を強制的に休眠状態にさせる術式も普通の物じゃない。あのダンジョンはなぜかサラッとやってるけど、本当だったらとんでもない量の魔力が必要になる術式のはずだ。……リリス達なら、なんとなく勘付いてたんじゃないか?」

「まあ、普通の魔術師がやろうとして出来ることじゃないでしょうね。そんな技術が確立されていたら、才能のある魔術師は理論上不死でいられるってことになるし」

 不老は流石に無理だけどね、と付け加えながら、リリスは恐ろしい可能性を添えて俺の問いに答える。不老不死などおとぎ話の世界にしか存在しないものだが、心臓の鼓動を代行するあの魔術はその領域に片足を突っ込んだものだと言っても確かに過言ではないだろう。仮に寿命で心臓が止まったとしても、体中に刻んだ術式がその機能を代行するのだから。

「想像しただけで嫌な気分になる未来だね、それは。体の寿命を超えてなお生きようとする老人たちが跋扈する世界とか、生きづらくて仕方がなさそうだ」

「だな、俺もツバキと同じ考えだよ。……だけど、幸いそうはならなかった。『魔喰の回廊』を作り上げた人物はもうこの世にいないし、それによって技術の継承もまた途絶えた。……そのせいで、あの魔物はずっと門番としての役割を課せられ続けたわけだけどさ」

「それを解放してあげたと考えたら、あの魔物にとって私たちはさしずめ恩人かしらね。……まあ、殺した張本人にそんなことを思えるかどうかは分からないけど」

 複雑そうな表情を浮かべて、リリスはぽつりとそう付け加える。心臓を貫かれてもなお生命を維持させられていた魔物に一番キレていたのはリリスだし、色々と思うところはあるのかもしれない。少し伏し目がちになったリリスを見つめていると、その隣でツバキが何かに気づいたように目を見開いた。

「……いや、でも待ってくれ。あの魔物が今さっきまで生き続けられていたということは、休眠術式も生命維持の術式も完成していたということだよね。……なら、何でダンジョンの作り手たちは死んだんだい?」

 寿命を超越する方法は見つかっていたはずなのに、とツバキは戸惑いを隠せないような様子で呟く。そのツバキの気づきこそが、リリスの体内に生まれていた靄にも関わる大事なポイントだった。

「そう、術式自体は完成してたんだよ。だけどそれが開発者たちを現代まで生かすことはなく、このダンジョンそのものに備わっていた防衛機能だけが残った。……それに関して、考えられる可能性は大体三つだ」

 三本の指を立てて、俺は話を次の段階へと移す。「まずは」と前置きつつ、俺は薬指を折りたたんだ。

「一つ目の可能性として考えられるのは、『生命維持の術式を刻んだはいいけど他者に危害を加えられて死んでしまった』ってことだ。あのダンジョン……研究所だった場所の中で裏切りか何かが起きて、他者から殺害されたことで不死には終止符が打たれた。呪印が起動したのに構わず、リリスがあの魔物をぶった切ったみたいにな」

 あの呪印によって回避できるのは、自分の体が生物的に限界を迎えることによる死だけだ。あの魔物の様子を見る限りでは体が破損した時のフォローは考えられていないようだし、それをどうにかできる術までは研究が追いつかなかったのかもしれない。不死に到達したと言っても、それはひどく脆いものでしかなかった。

「二つ目は、自分自身で術式を解除した可能性だな。不死の時間を生きる中で狂うなり何かを悟るなりして、呪印術式を解除した結果このダンジョンは無人になった。この可能性なら、魔物だけが生命維持の術式を刻まれた状態で生きていたのにもまあ説明がつくな」

 人間の寿命では到底生きられないほどの時間の中で何を思うのかは、おそらく実際に生きて見なければ分からない事だろう。その中で不死に嫌気が差すこともあり得ない話ではないし、生命の維持を呪印に頼っている以上それを断ち切れば死ぬまでは一瞬だろう。……そう言う意味では、おとぎ話の不老不死よりは気楽なものであるのかもしれなかった。ああいうのって自分の意志で断ち切れないのがお約束みたいなものだしな。

「……まあ、どっちもあり得ない話じゃないわね。否定が出来ないってだけで、そんな事があったって証明が出来ないのも間違いないけど」

 ここまで二本の指が折りたたまれたのを見て、リリスが冷静にそう反応する。その隣ではツバキもうんうんと頷いていて、ここまでの仮説に納得しきれていないのが伝わってきた。……まあ、最初からその反応になるのは大体予想がついてたんだけどな。期待した通りの感想が返って来たことを嬉しく思いつつ、俺は二人の意見に頷きを返した。

「二人が思ってる通り、この可能性は否定はできないけど証明もできない。それに結局靄との関連もつかないし、肝心の謎が解けずに終わってしまう。……そこで、三つ目の可能性だよ」

「それが君にとっての本命、と言うことでいいんだよね? ここまで自信を持っているということは、前の二つに比べて証明の余地があるということだし」

 ただ一本立てられたままの人差し指をじっと見つめて、ツバキはまっすぐ俺に問いかけてくる。その口調は懐疑的だったが、それを放つ表情には一切の疑念が感じられなかった。……それどころか、いつもよりも大きな期待をかけられているようにすら思えてしまう。その期待が重くて、でも心地よかった。

「ああ、もちろんだ。……と言っても、他二つに比べたらかなりマシな仮説ってだけなんだけどさ」

 問いに対して即座に頷いて、俺は一度言葉を切る。俺の中で確信に近いものになっているその仮説をもう一度精査して、内心俺は大きく頷いた。……大丈夫だ、今のところ矛盾はない。

 最後の見直しを終えて、俺は人差し指に力を込める。期待の視線が一心に向けられる中、俺はゆっくりと最後の指を折りたたんで――

「……それじゃ、最後の可能性。『実はあの呪印は未完成で、あのサイズの魔物ぐらいじゃないとまともに運用できないような代物だった』――具体的に何が原因で完成しなかったのかについては、調査を進めてみないとはっきりとしないと思うけどさ」

 早い話が技術不足だったってことだな――と。

 二人の目をまっすぐに見つめ返しながら、俺は最後の可能性を提示する。現代のそれを遥かに上回る過去の技術に喧嘩を売るような答え方こそが、リリスに起こった異変の正体とダンジョンに残った不可解な謎をまとめて紐解いていくための大きな鍵だった。
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