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第三章『叡智を求める者』

第百二十話『激痛がくれた答え』

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 刺されている。こんなにもあっさりと、俺の警戒なんてすり抜けて。痛みが体中を駆け巡って、自分の体に異常が起こっていることをこれでもかと主張してくる。……それがうるさすぎて、せっかく取り戻した意識をまた手放してしまいそうになった。

「……だ、めだ……それだけは……」

 しかし、今意識を取り落せば今度こそそれを取り戻すチャンスはやってこない。まだ生きているだけ御の字、取り返すチャンスはあるのだ。……どこかに、勝ちの目を探さないと。

「……クソ、確実に心臓を狙ったはずなのに……‼」

「その瞬間に起き上がりやがったせいで狙いがそれるとか、どんな寵愛を受けてやがんだ……‼」

 もうろうとする意識を必死につなぎとめる俺に、襲撃者である男二人は少し恐怖すら混じったような視線を俺に向けてくる。後ろから見た時でさえも背格好が似ているのは分かっていたが、こうやって改めて観察すると双子だというのが明らかだった。

 しかし、それが分かったところで何が好転するわけでもない。もっともっと、今の状況を打開するのに繋がる情報じゃないと。

 普段より明らかに鈍っている思考を必死に回転させながら、俺はこの部屋にあるすべてを観察する。左肩の激痛と魔力切れに起因する脱力感という二重の苦痛がその思考を幾度となく阻害してきていたが、それで止まるほどの思考なら俺は今二人と並び立てていない。

 歯を食いしばって意識を保ち、目を見開いて観察を続ける。ひとたびその口元を緩めてしまえば、あるいは目を深く瞑ってしまえば、その意識は永久に失われるのだという悪い確信があった。

 どれだけ正面切っての衝突に自信がある奴だろうが、寝首を掻かれれば抵抗する間もなく命を落としてしまうというのはあり得る話だ。実際二人が――いや、村の連中が狙っていたのはそれだろうし、深い眠りに叩き落とすために魔力切れを何らかの手段で誘発させるなんてことまでしているのだ。そうなってしまえば、命を奪うのなんて後は覚悟の問題でしかない――

「……ん、んん?」

 そこまで考えて、俺はふと気づく。詭弁のような考え方ではあるが、これが正しいならこの状況はまた大きく変わりうる。一つ読みを通すだけで、俺が追い詰められているこの構図が逆転するのだ。

 だが、それがギャンブルじみたものであることは間違いない。掛け金になるのは俺自身の寿命、ここでトチればスカンピンまで真っ逆さまだ。高いリターンには、それ相応のリスクが伴ってしかるべきという話なのだろう。

 だが、どうせこのままでいても俺の命ばかりが削られていくことには変わりがない。……ならば、ここで勝負を挑まないことに何の意味もない。リリスには、後で泣きながら叩かれるかもしれないけどな。

「……ごめんな、また無茶して」

 リリスのむくれ顔を思い出して、俺は内心で思い切り頭を下げる。俺の方はとんだ事態に巻き込まれてしまっているが、あっちはリラックスできているだろうか。……もしこれと同じようなことを二人にも仕掛けていたんだとしたら、その時は全力でこの村を叩き潰すだけだけどさ。

 今ここで、ひいてはこの村全体で何が起こっているのかを確認するべく、俺はこんなところで死ぬわけにはいかない。……すごく痛いし、体は重いし、多分これからもっと痛くて重くなるだろうけど。

「……それだけで死を遠ざけられるんなら、やるしかねえだろ」

 小刻みに震える右腕を無理やり持ち上げて、俺の左肩から生えているナイフの柄に手を触れる。……そして、俺は大きく息を吸いこんだ。

「……なあ、お前さんたちよ」

「……なっ、何だ! この拠点にもあちらの拠点にも防音の術式が仕込まれているから、叫んで助けを呼んでも無駄だぞ‼」

 二人に声をかけると、その片割れがおびえたような様子でいらないことまで口走ってくれる。あの悲鳴を聞いて誰も飛んでこないあたりそうだろうとは思っていたが、リリスやツバキの救援を望むことはやはり難しそうだ。

「……それで助かると思ってんならもうとっくに叫び散らしてるよ。……時に二人とも、俺の話を聞く気はないか?」

 口元に出来る限りの朗らかな笑顔を浮かべながら、俺は二人にそう話を切り出す。しかしどこかひきつってしまっていたのか、返って来たのは二人そろって軽く息を呑むような気配だけだった。

 ……やっぱりな。まだまだ仮説の域を出なかった俺の推測が、今の反応で限りなく事実に近しいものになった。そしてそれは、この二人にとって致命的な欠陥だ。

 村長への忠誠とかそこらへんは優秀だったのだろうが、最後の最後でアゼルはこの二人の性格を見誤った。それが今俺がこうして生きていられる理由であり、ここから巻き返せると判断できた根拠の一つでもある。

「まあいいや、無言は肯定と見做すとして――お前たち、何で俺にとどめを刺さねえんだ?」

「「な……ッ⁉」」

 俺からの問いかけに、二人はまた揃って声を上げる。さすが双子、こういう時のリアクションもしっかりそっくりだ。……多分、その心根もそっくりなんだろうな。

「どういう訳か知らねえけど力が上手く入らないし、左肩にはナイフがぶっ刺さってる。俺たちを連行して見せた腕力があれば、今の俺を押し倒してもっかい刺し直すくらい簡単なはずだろ? ……だけど、お前たちはそうしない。挙句の果てにはこうやって話を聞いちまってるんだからもう大変だよ」

 ――俺がこの作戦を思いつくにあたって、あっちが何かボロを出したということはない。最初の一撃で仕留められなかったこと自体が失態であることに間違いはないのだが、そんな物はすぐに追撃を加えればどうにでもなることだ。……それをしないことが、俺にとって最大のヒントだった。

 アイツらは、実力行使ですぐに殺せるはずの俺に考える時間を与えてしまったのだ。その事実自体が今俺が左肩のナイフに手をかけている根拠で、ここから逆転できると考えられたきっかけ。……そして、二度意識を失う訳はいかない理由だ。

「考えられる理由は二つ。まず一つ目だが、俺を殺さないように、人質にしろって指令が下ってた場合だ。でもそうなると、心臓を狙ったはずってさっきの発言が腑に落ちない。……というか、そもそも刺したりなんかせずに俺をどっかに連れ去ればそれだけで目的は達成されるわけだしな」

 この二人がここに来ているのは、間違いなく俺を殺すために他ならない。魔力切れに陥った俺の心臓に、致命傷となるナイフを差し込むためにこいつらはここに居るのだ。

 だが、何の因果かその結果はズレた。そうなった結果、現状の膠着が生まれてしまっている。それは二人にとってあまりにも想定外な事態で、俺にとっては望外の幸運だ。この状況に追い込まれた時点で、俺の負けはほぼ確定していたと言ってもいいんだから。

「……だから、今から話す二つ目の理由が本命だな。それを聞いてもあくまで想像だって言い張るならそれを否定すればいいし、なんなら俺を殺して黙らせればいいよ」

 柄を握りしめる右手に力を込めながら、俺は笑みをさらに深める。それに伴って激痛が再度俺の体を走ったが、そんな事はもうどうだってよかった。むしろその激痛が俺の意識を保証してくれているようで、ありがたいとまで思えるくらいだな。

 この勝負が終わるまで、何が何でも意識は手放さない。絶対に、この目を二人から離さない。……そうしているだけで、二人は簡単に詰みうるのだ。

「……お前たちは人を殺したことがあるのかもしれないし、ないかもしれない。それは分かんないけど、不穏な分子を排除したいときに同じような手段を使ったことはあるはずだ。アドリブでやる作戦にしては、お前たちの動きはあまりにも手慣れ過ぎてた。……この宿に俺たちを押し込むまでは、だけどさ」

 俺たちを連行していた時の二人は本当に淡々としたもので、そこには焦りの一つも見えはしなかった。ならば、今動揺しているのは不測の事態が起きたからに他ならない。

「不意を打った一撃は外れて、俺の意識は取り戻された。……それこそが、お前たちに起きた一番のイレギュラーだ。まあ、簡単に言うとだな――」

 右腕全体に力を込めて、俺は左肩に刺さったナイフを強引に引き抜く。その瞬間激痛とともに肩口から血が噴き出して、二人は一歩後ずさった。

 この反応もまた、俺の推論を確信に一つ近づけてくれる。今こうやって話している俺に恐怖心を抱いていることが、今ので明らかになったからだ。その情報を手にできるなら、この痛みすらも安い買い物だった。

 襲撃対象への恐怖を感じるなんて、あまりにも刺客として不適格なのは間違いない。だがそうなってしまっているのは、今までそんな状況に直面せずとも刺客として生きられていたからに他ならなくて――

「……お前たち、意識のある人間は怖くて殺せないんだろ?」

 ――ついに俺が発した結論に、二人の目が今までにないくらい大きく見開かれた。
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