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第二章『揺り籠に集う者たち』

第六十一話『悪辣なシステム』

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「……そう言えば、あの五人組のパーティはどうなった?」

「ああ、あの人たちならどうにか巻き込まずに済んだわよ。私たちを襲撃するための口実に使われてたから、私たちが全滅した暁にはもれなく脅されて嘘の証言をさせられるところだったでしょうけど」

 澄ました表情で、リリスは恐ろしい展望を口にしてくる。あの人たちが巻き込まれたのは完全な偶然だったし、俺たちの戦いに巻き込まれなくて本当によかった。

「ボクたちを襲撃者に仕立て上げて討伐の口実にしようとか、本当に下劣な一手だよね……。ま、それを正当化できるくらいの力が『双頭の獅子』にはあって、そう言われたら反証できないくらいのグレーさがこの行事にはあるってことなんだろうけどさ」

「思った以上にこの行事は危険性の方が大きかった、ってことね。何事もなく地上に出れればそれが一番だけど、あの男が物事がそんな簡単に行くなんて想像できないし、アイツらの都合よく動く人間の存在も目星がついちゃってるし……難しい話だわ」

 足早にダンジョンの通路を行きながら、リリスとツバキは呆れたようにそうこぼす。事前に知れているだけまだマシな気もするが、まだ戦いが続くことが俺たちにとって都合のよくない事なのは変わらなかった。

「俺の持ってきた魔道具はほぼ全滅、おまけに血が足りなくて時折フラ付くし……。やりすぎなくらい頑張ってくれてるリリスたちにこれ以上負荷をかけたくねえってのに、頼るしかできねえ俺が情けねえよ」

 大部分がちぎれている右腕の魔術神経を修復しつつ、俺は自分に向かって悪態をつく。今俺が魔術神経を万全にしたところで、戦力的にはわずかなプラスしか得られないのが現実だ。しかもそれはもとからあったマイナスをゼロにしているだけで、リリスたちの戦闘には何の恩恵もないというのが虚しさを加速させている。

 余談だが、ツバキの魔術神経は傷つくことなく万全で機能していた。少しばかり魔力を使いすぎていた感はあったが、それもこのダンジョンを出るまでに尽きることはないだろう。隠密から火力支援までいろんな場面で的確なサポートを届けてくれるツバキの存在は、文字通り影の救世主だと言ってもよかった。

 ツバキと話していると時々自分を過小評価しているような節があるのだが、俺からするとツバキもリリスと引けを取らないくらいの天才だと思うんだよな……。影魔術のみという縛りはあるにせよ、エルフであるリリスと同じクオリティの魔術を扱えるのは間違いなく凄い事なのだ。決してリリスの引き立て役なんかじゃなく、二人でいて初めてリリスとツバキは最強足りえているのだと俺は確信しているくらいだからな。

「負荷をかけないってなると不意打ちが一番現実的なんだけど、ボクたちがそれをすれば相手は被害者面をしてくるのが確定しているのもね……。あくまでボクたちは専守防衛、仕掛けてきた相手に対して返り討ちにすることを心掛けなきゃいけないわけだ。それも出来る限り目撃者がいてくれているところで、さ」

 しかし、そんなツバキから見ても現状は思わしくなさそうだ。しかめっ面をしながらツバキが並べ立てた条件は、俺が想像していた以上にいろんな縛りが加わったものだった。

 俺たちは情報屋というイレギュラーなやり方で敵の存在を知っているからいいが、そいつらが俺たちに敵対するという表明をしてるわけじゃないもんな……。ツバキのその指摘が無ければ俺は先制攻撃のプランを取っていただろうから、その指摘は盲点とも言って良かった。

「そこまで含めてクラウスの罠……なんてのは、流石に考えすぎか」

「ボクたちにそのパーティの存在が知られているのだと知っていれば、その仮説も検討しなければならないことだと思うけどね。……彼曰く、クラウスは情報屋を訪れていないんだろう?」

「そうだな。最後に来たのは……確か、半年くらい前だって言ってたっけか」

 俺が来た時点での話だから完全に信じるのも危険ではあるが、俺たちがクラウスの傘下にあるパーティの存在を知っていることを把握しているということはないと見ていいだろう。となれば、俺の脳裏に一瞬よぎった考えは杞憂だと考える方がよさそうだ。

「それにしても、よくわからないわよね。なんであの男は傘下なんていう回りくどい方法を取ったのかしら。それを受ける側も受ける側でよくわからないけど、私にとって一番の疑問はそこなのよ」

 まさか商会を開きたかったんじゃあるまいし、とリリスはため息を一つ。そう言われてみれば、傘下というシステムは実に商会的というか、冒険者という枠組みとはまた違った理念に基づいた行動のような気がした。

「別動隊としてその形式をとった方が優秀だったから、みたいな理由づけが一番自然には思えるね。自分たちの思うがままに動かせるのに、いざそのパーティが作戦を成功させたら無関係の振りをしてその主張を支持したり、あるいは完全に見ないふりをしたり出来るからさ」

 便利な傀儡って言った方が分かりやすいか、とツバキは締めくくる。その説明を聞けば、そのシステムに底知れない悪意がこもっていることはすぐに分かった。これは、『双頭の獅子』の名前に傷をつけないための一手なのだ。敗者を殺さず、しかしただで生かしはしない。クラウスの悪辣さならいかにもやりそうなことだった。

「……それなら、私たちと敵対しなくて済む可能性もあるんじゃないの? 望んであの男の傘下にいないなら交渉すれば和解することも、なんなら私たちの方に寝返らせるのだって――」

「いや、それは希望的観測が過ぎるかな。最初は強引に結ばれた契約なのだとしても、それが続いているのは利害の一致がそこにあるからだ。そこは商談と一緒だよ」

 リリスの見解に対して首を横に振りながら、ツバキは軽く拳を握りしめる。現状を一番理解できているのは間違いなくツバキだが、だからと言ってそれに納得できているわけではないのだろう。……あまりおいそれと話題に出せるものではないが、クラウスとその傘下パーティの関係は護衛時代の主と二人の関係にどことなく似ているような気がするからな。

「ボクたちの敵は想像以上に多い。それだけは、忘れないでいておくれよ」

「そうね。正直なところ、敵がいくらいようと強引に押し通ることに変わりはないんだけど」

「今んとこそれが一番現実的な作戦だからな……。だけど、絶対に無理だけはするんじゃねえぞ? さっきの修復はあくまで応急処置というか、このダンジョンを出るまで保たせることを想定してる物なんだからな」

「分かってるわよ。私が背負ってるのは、私だけの命じゃないもの」

 効率よくやるわ、とリリスは呟く。それでも放っとくと無茶をしそうな危うさがリリスの欠点でもあったが、リリス本人から言質が取れたのは一歩前進と言ったところだろう。王都にまで帰りつけたら、しっかりと時間をかけて全身の魔術神経を精査しないとな。

「うん、ちゃんと理解してくれてるみたいで何よりだね。それじゃ、皆の体調に細心の注意を払いながら戦っていくとしようか」

 その言葉を言い終わると同時、ツバキは足をパタリと止める。その横を並んでいた俺たちがワンテンポ遅れて停止すると、ツバキは俺たちを制止するかのように左腕を伸ばした。そして、顔だけをのぞき込むようにしてその先の様子を確かめると――

「……おそらく一つ目の難関になる、この大部屋をね」

 小さな影の領域を作りながら、真剣な口調でそう言い放った。
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