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第二章『揺り籠に集う者たち』
第四十五話『譲れない立ち位置』
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「マルクの言う通りだね。ここまではあくまで下準備、あるいは前提と言ってもいいものだ。ここから結果を残してこそ、ボクたちが来た意味も生まれるってわけだしね」
ツバキの声が聞こえた瞬間、俺たちの体を包み込んでいた影がゆっくりと薄れていく。それに伴うようにして俺の体もゆっくりと降下し、完全に消える頃には俺は石造りの床に座り込んでいた。
かなり危ないところまではいったが、どうやら二人も大きなケガはしていなさそうだ。リリスの咄嗟のオーダーに百点満点の解答を出して見せたツバキの技量には拍手しかないな……。
「……リリス、初めからこれがある事を想定しての作戦だったのか?」
尻に着いた土を払いつつ、俺は少し遠目に立っているリリスにそう問いかける。それに対して帰ってきたのは、清々しいくらいに迷いのない頷きだった。
「ええ、当然よ。私の無茶をフォローするのがツバキの役目。昔からこれでやってきたんだもの、今更ツバキ抜きで作戦を考えろって言われる方が難しいわ」
「自分にできることとできないことを把握することにかけてはリリス以上の逸材はいないからね。大丈夫、これくらいのフォローだったら日常茶飯事だったからさ」
「お前たちの日常、どれだけ殺伐としてたんだよ……」
そりゃ護衛だから穏やかな日常ばかりではないだろうけど、この規模のフォローを日常茶飯事って言えるのは流石にスケールが違いすぎる。それに比べたら、冒険者としての仕事ってもしかしたら安全だったのかもしれないな……。
何も特別な事ではないかのように言い放つ二人に対して、俺は苦笑を浮かべるしかない。二人とパーティを組んでそこそこの時間が経ったが、まだまだ二人の連携には驚かされることになりそうだった。
「……さて、それじゃあ晴れて探索開始だな。つっても、ここがどこなのかははっきりしてないわけだが」
奇跡的に目撃者も着地直後に襲撃してくるような魔物もいないという理由だけでここに降り立ったのもあって、右も左も分からないというのが俺たちの現状だ。目撃者がいないという点ではある意味好都合でもあるが、目的を果たすにはある程度目立つ形で功績を残さなくてはいけないのだ。
「こうやって言葉にしてみると中々に無茶な条件だよな……目立つときは目立たなきゃいけねえくせに不要な注目は浴びちゃダメってことだし」
自分で立てた目標であるとはいえ、改めて確認してみるとあまりの厳しさに少しばかり引かざるを得ない。『双頭の獅子』よりも目立つことの厳しさが、その条件にすべて濃縮されているかのようだった。
「ま、無茶な目標を達成するために来てるんだし当然じゃないかい? 今まで誰もやらないことをやるんだ、その達成条件が易々と満たせるようなものじゃあつまらないよ」
そんな俺の呟きを耳ざとく聞きつけて、ツバキが楽しそうな口調で俺にそう語り掛けてくる。その黒い瞳はらんらんと輝いていて、このシチュエーションを快く思っていることがはっきり伝わって来た。
「風に巻き込まれて吹き飛ばされるような魔物ばかりだったのを見るに、個体ごとの強さはそう高くないのかもしれないわね。ツバキの影魔術もあるし、冒険者から目立たないようにするってのはそう難しい事でもないでしょ」
「まあ、言わんとすることは分からないでもないんだけどな……」
リリスたちの力は疑いようもないし、クラウス達に負けているなんて微塵も思っていない。……ただ、タイミングをミスればそれでも潰されかねないのがダンジョン開きという場の難しさのような気がしているのだ。
「クラウス達と真っ向からぶつかるのはギリギリまで遅らせたいし、あんまり目立ちすぎてクラウス達とは関係のない冒険者たちを敵に回すような事態も避けたい。……それを思うと、下手な動き方はできねえなってのが本音でさ」
魔物たちに負けるルートは正直なところ考えられない。……俺たちがここで挫折するとしたら、冒険者たちに寄ってたかって潰されるのが一番あり得る結末だ。そんな終わり方を避けるためには、常に最悪を想定して動くやつが一人は必要だろう。
「人の天敵はどこまで行っても人、ってことか。確かに、警戒する点をそこだと思うなら慎重にならざるを得ないのはあるね」
「目立たないっていう点に関してはもう失敗しているようなものだけどね。ツバキの多彩さはともかく、私のできることはそんなに多くないし」
力押しなスタイルなことに自覚はあるのか、リリスは肩を竦めながらそう答える。あっけらかんとしすぎているような感じはあるが、今はそのシンプルさがありがたかった。
「とにかく、ここでやんややんや言ってるだけでも始まらないでしょ。戦力的な部分は私たちがカバーするから、マルクは私たちの分もたくさん考え続けててちょうだい」
「そうだね、適材適所ってやつだ。……頼りにしているよ、ボクたちのリーダー?」
くるりと体の向きを変えながらそう言って、リリスは別の小部屋を目指してつかつかと歩き出していく。ツバキが足早にそこへ追いついたことで、頼りがいのある二つの背中が俺の眼前に並んだ。
「……そうだな。お前たちが気づけないような可能性に気づくのは、一番状況を俯瞰してる俺の役目だ」
リーダーとして、より長く冒険者という立ち位置にいる先輩として。誰よりも強い二人がのびのびと戦える環境を整えるのは、そんな二人を冒険者の道に引き込んだ俺の役目なのだ。どれだけ実力差があったとしても、その役目だけは譲れないものだからな。
二人の二歩後を行くようにして、俺たちは本格的な探索を開始する。……騒がしすぎる揺り籠の中で俺たちの存在を轟かせるための戦いが、今ひっそりと幕を上げた。
ツバキの声が聞こえた瞬間、俺たちの体を包み込んでいた影がゆっくりと薄れていく。それに伴うようにして俺の体もゆっくりと降下し、完全に消える頃には俺は石造りの床に座り込んでいた。
かなり危ないところまではいったが、どうやら二人も大きなケガはしていなさそうだ。リリスの咄嗟のオーダーに百点満点の解答を出して見せたツバキの技量には拍手しかないな……。
「……リリス、初めからこれがある事を想定しての作戦だったのか?」
尻に着いた土を払いつつ、俺は少し遠目に立っているリリスにそう問いかける。それに対して帰ってきたのは、清々しいくらいに迷いのない頷きだった。
「ええ、当然よ。私の無茶をフォローするのがツバキの役目。昔からこれでやってきたんだもの、今更ツバキ抜きで作戦を考えろって言われる方が難しいわ」
「自分にできることとできないことを把握することにかけてはリリス以上の逸材はいないからね。大丈夫、これくらいのフォローだったら日常茶飯事だったからさ」
「お前たちの日常、どれだけ殺伐としてたんだよ……」
そりゃ護衛だから穏やかな日常ばかりではないだろうけど、この規模のフォローを日常茶飯事って言えるのは流石にスケールが違いすぎる。それに比べたら、冒険者としての仕事ってもしかしたら安全だったのかもしれないな……。
何も特別な事ではないかのように言い放つ二人に対して、俺は苦笑を浮かべるしかない。二人とパーティを組んでそこそこの時間が経ったが、まだまだ二人の連携には驚かされることになりそうだった。
「……さて、それじゃあ晴れて探索開始だな。つっても、ここがどこなのかははっきりしてないわけだが」
奇跡的に目撃者も着地直後に襲撃してくるような魔物もいないという理由だけでここに降り立ったのもあって、右も左も分からないというのが俺たちの現状だ。目撃者がいないという点ではある意味好都合でもあるが、目的を果たすにはある程度目立つ形で功績を残さなくてはいけないのだ。
「こうやって言葉にしてみると中々に無茶な条件だよな……目立つときは目立たなきゃいけねえくせに不要な注目は浴びちゃダメってことだし」
自分で立てた目標であるとはいえ、改めて確認してみるとあまりの厳しさに少しばかり引かざるを得ない。『双頭の獅子』よりも目立つことの厳しさが、その条件にすべて濃縮されているかのようだった。
「ま、無茶な目標を達成するために来てるんだし当然じゃないかい? 今まで誰もやらないことをやるんだ、その達成条件が易々と満たせるようなものじゃあつまらないよ」
そんな俺の呟きを耳ざとく聞きつけて、ツバキが楽しそうな口調で俺にそう語り掛けてくる。その黒い瞳はらんらんと輝いていて、このシチュエーションを快く思っていることがはっきり伝わって来た。
「風に巻き込まれて吹き飛ばされるような魔物ばかりだったのを見るに、個体ごとの強さはそう高くないのかもしれないわね。ツバキの影魔術もあるし、冒険者から目立たないようにするってのはそう難しい事でもないでしょ」
「まあ、言わんとすることは分からないでもないんだけどな……」
リリスたちの力は疑いようもないし、クラウス達に負けているなんて微塵も思っていない。……ただ、タイミングをミスればそれでも潰されかねないのがダンジョン開きという場の難しさのような気がしているのだ。
「クラウス達と真っ向からぶつかるのはギリギリまで遅らせたいし、あんまり目立ちすぎてクラウス達とは関係のない冒険者たちを敵に回すような事態も避けたい。……それを思うと、下手な動き方はできねえなってのが本音でさ」
魔物たちに負けるルートは正直なところ考えられない。……俺たちがここで挫折するとしたら、冒険者たちに寄ってたかって潰されるのが一番あり得る結末だ。そんな終わり方を避けるためには、常に最悪を想定して動くやつが一人は必要だろう。
「人の天敵はどこまで行っても人、ってことか。確かに、警戒する点をそこだと思うなら慎重にならざるを得ないのはあるね」
「目立たないっていう点に関してはもう失敗しているようなものだけどね。ツバキの多彩さはともかく、私のできることはそんなに多くないし」
力押しなスタイルなことに自覚はあるのか、リリスは肩を竦めながらそう答える。あっけらかんとしすぎているような感じはあるが、今はそのシンプルさがありがたかった。
「とにかく、ここでやんややんや言ってるだけでも始まらないでしょ。戦力的な部分は私たちがカバーするから、マルクは私たちの分もたくさん考え続けててちょうだい」
「そうだね、適材適所ってやつだ。……頼りにしているよ、ボクたちのリーダー?」
くるりと体の向きを変えながらそう言って、リリスは別の小部屋を目指してつかつかと歩き出していく。ツバキが足早にそこへ追いついたことで、頼りがいのある二つの背中が俺の眼前に並んだ。
「……そうだな。お前たちが気づけないような可能性に気づくのは、一番状況を俯瞰してる俺の役目だ」
リーダーとして、より長く冒険者という立ち位置にいる先輩として。誰よりも強い二人がのびのびと戦える環境を整えるのは、そんな二人を冒険者の道に引き込んだ俺の役目なのだ。どれだけ実力差があったとしても、その役目だけは譲れないものだからな。
二人の二歩後を行くようにして、俺たちは本格的な探索を開始する。……騒がしすぎる揺り籠の中で俺たちの存在を轟かせるための戦いが、今ひっそりと幕を上げた。
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