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第二章『揺り籠に集う者たち』
第四十三話『緊急会議』
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第二層へ続く方角から凄まじい速度で飛来した岩塊はリリスが展開した氷の壁にめり込み、その向こうに立つ俺たちをも打ち抜こうとこちらに向かってくる。リリスの防御だけでは間違いなく防ぎきれなかったそれを止めるのには、ツバキが織り込んだ影が一役買っていた。
「……絡め取れ」
ツバキの詠唱とともにしなやかな影が岩塊にゆっくりと絡みつき、氷を突き破って進んでいた岩塊の速度を明らかにそぎ落とす。まるで水の中にでも突っ込んだかのような失速ぶりを見せ、岩塊は氷の障壁を突き破ることなくその運動を停止させた。
「……助かった、か」
「ええ、一まずはね。予期せぬ方向からの流れ弾に被弾して決着、何て終わり方にならずに済んでよかったわ」
「そうだな……。リリスがいてくれて命拾いしたよ」
俺たちを一掃せんとした岩塊を見やって、リリスは額の汗をぬぐう。あれほどまでに鋭い声が飛んできたのは初めてだし、感知した時には動かないと間に合わないような位置関係だったんだろうな……。『使えない』と断言しつつも、自分たちに迫って来る脅威は正確に拾い上げるリリスの感知能力が凄まじいのはもちろん言うまでもないのだが。
「まさか第二層に折り切らないうちからあんなにも殺意に満ちた一撃が飛んでくるとはね……リリスとは長い付き合いだから大丈夫だったけど、ボク一人だったら絶対に対応できなかったな」
「昔から一秒を争う判断には私の方が強かったものね。持ちつ持たれつ、ってことよ」
ツバキからの賞賛に胸を張りも、リリスの視線は岩塊が飛来してきた方向に向けられている。階段にはやはり特殊な術式でも使用されているのか、あれほどの岩塊が飛んできたにもかかわらず戦闘音などは一切聞こえてきていなかった。
逆に言えば、ここでの会話や詠唱が外に聞こえていないなんてことにもなるんだけどな。そんな小さなメリットよりも、階段を抜けた先の景色が見えないことの方が大きなリスクだろう。
「ツバキの言ってたこと、少しばかり現実味を帯びて来たな……」
階段を抜けたらそこは熾烈な戦場でした。言ってみるのは簡単だが、実際に遭遇したらたまったもんではない。階段を挟んで冒険者と魔物がやり合っていたりしたらそれこそ大問題だしな。そんな理不尽な偶然が現実にありえるなら、ダンジョン開きによる事故の半分くらいはそれが原因になってるんじゃないだろうか。
「多少目についたとしても、最速でダンジョンに潜り込んだ方が正解だったか……。こればかりは俺の経験不足だ、すまねえ」
「対策できなかったことに対してあれやこれや言っても仕方ないわよ。それよりも、そんな第二層の中でどうやって安全を確保するかを考える方がよっぽど重要性は高いわ」
「そうだね。過去にできたかもしれない事より今からできることを優先しろ、ってことさ」
氷の壁に全身が隠れるようにしながら、リリスとツバキが作戦の修正を促す。後ろを向いている暇はないと言わんばかりの二人に引っ張られて、階段での緊急会議が敢行された。
「ある程度の混乱は予想していたけど、状況は思ったよりも混迷を極めているわね。クラウスがどうこうとか言う前に、名前すら知らない冒険者からの飛び火で負傷する可能性の方が遥かに高いなんて事態になるとはさすがに予想外だったわ」
「俺たち、ダンジョン開きについては全くの素人だもんな……。情報をもっと集めようと思えば集められたんだろうけど」
そのためにはあの情報屋に『俺たちがダンジョン開きに照準を定めている』という情報を渡す必要がある。それが情報屋を通じてクラウス達に漏れるリスクを考えれば、これはしょうがない事と割り切るしかなかった。ツバキが言うところの『過去にできたかもしれない事』でもあるしな。
「取り返しのつかないことになる前にそのことを肌で実感できたことだけは僥倖、ってところかな。まあ、気づけたからと言っていつどこから飛んでくるかもわからない流れ弾が躱しやすくなるわけでもないけど――」
「でも、私たちに向かってくる脅威に対しての魔力感知は効果的ってことは分かったわ。ちょっと頭は痛くなりそうだけど、警戒だけは常時しておく必要がありそうね」
「ああ、そうしてくれると助かる。……悪いな、お前ばかりに負担をかけることになってしまって」
「貴方ほどの負担じゃないわ。それでも申し訳なく思うなら……そうね、おいしいスイーツでも今度買って来てちょうだい」
チョーカーに付けられたチャームを手でもてあそびながら、リリスは少し冗談めかしてそんな取引を持ち掛ける。リリスがそれで喜んでくれるなら、俺もそこに金を惜しむ理由は何もなかった。
「分かった、それじゃあ候補を見繕っててくれ。……それとも、また観光街を観光してみるか?」
「ええ、甘いものは自分の眼で見て注文するに限るもの。……今度は、混じりけのない観光目的だけでお願いね」
「リリスってば、観光があれだけに終わっちゃったことが少しご不満だったみたいだからね。すました感じだけど、可愛いところもあるだろう?」
つんと澄ました様子でうまくまとめたリリスだったが、その後に続いてツバキが補足したことで台無しになる。これにはさすがのリリスも調子を崩されたのか、不満げにツバキの方を見つめていた。
「……ツバキ、私のイメージをどうしたいわけ?」
「いつまでもそんなに気張ってちゃ疲れるかもしれないよな、なんて思ってさ。今でもずいぶん素に近いとは思うけど、もう少し踏み込んだっていいんじゃないのかい?」
しかし、リリスの抗議にもツバキは楽しそうな笑みを浮かべるばかりだ。あくまで余裕を失わないその姿を見つめて、リリスは仕方がないと言いたげにため息をついた。
「……この冒険が終わったら、考えてみることにするわ」
「うんうん、それだけでも大きな進歩だよ」
そう呟いたリリスの頬は、少しだけ赤くなっているような気もする。商会でも友達はリリスだけって言ってたし、コミュニケーションをとる機会ももしかしたらあまり多くなかったのかもしれないな……。
「それじゃ、三人揃って無事に帰らなくちゃな。……平手回避もしなくちゃいけねえし、リリスがもう少し砕けた姿になるのも見てみたいし」
「考えてみるだけよ。まだそうするなんて一言も言っていないから」
「そうだな。……でも、それだって今日を無事に切り抜けなきゃできないことだ」
クラウスに一泡吹かせるという目的がきっかけとはいえ、俺にとっても二人の存在はとても大きいものだ。もっと歩み寄っていけたらいいと、そう思う。
「……だから、とりあえず方策を出さないとね。第二層に安全に降り立つことが、ここまで難しいとは予想外だったけど」
「目立たないように行けるならそれが理想だけど、そんな事ももう言ってられないわね。多少目立とうと、第二層の奥深くまでしっかり入り込む必要があるわ。……そのために、私から一つ提案があるの」
ツバキの手慣れた司会進行を受けて、リリスが小さく挙手する。俺たち二人の視線がリリスに集中したのを確認すると、リリスは俺たちに向けて小さく手を差し出した。ほんの小さな動作ではあるが、それが指し示していることはもはや明らかだ。つまりこれは、リリスお得意の手段という奴で――
「……結局、俺たちに潜入なんて似合わないってことなのかね……」
「どこまで潜入というものを突き詰めたところで、そういうことは搦め手の類になっちゃうわけだしね。リリスがいてくれるなら、間違いなくこのやり方が最善手だよ」
隠密性という条件を取り去った瞬間に出てくるその選択肢に、俺は思わず苦笑するしかない。だがしかし、いつだって俺たちを支えてきたのはその方法だったのもまた事実なわけで。……だから、俺は差し出された手をしっかりと握り返した。
「一応聞いとくけど、勝算はあるんだな?」
「当然よ。どれだけ注目されようと、正体がバレないようにすればいいんでしょう?」
「ははは、やっぱりリリスはそうでなくちゃね。……ボクはあの時、君のそういうところに救われたんだ」
自信ありげに答えるリリスの姿を見て、ツバキは笑いながらその手をリリスに重ねる。俺たち二人の同意を受け、リリスはくるりと第二層へと続く方を向き直って――
「誰の目にも止まらないくらい速く、それでいて苛烈に。……強行突破と行きましょうか」
――やっぱり脳筋な突入作戦の開始を、不敵な笑みとともに宣言したのだった。
「……絡め取れ」
ツバキの詠唱とともにしなやかな影が岩塊にゆっくりと絡みつき、氷を突き破って進んでいた岩塊の速度を明らかにそぎ落とす。まるで水の中にでも突っ込んだかのような失速ぶりを見せ、岩塊は氷の障壁を突き破ることなくその運動を停止させた。
「……助かった、か」
「ええ、一まずはね。予期せぬ方向からの流れ弾に被弾して決着、何て終わり方にならずに済んでよかったわ」
「そうだな……。リリスがいてくれて命拾いしたよ」
俺たちを一掃せんとした岩塊を見やって、リリスは額の汗をぬぐう。あれほどまでに鋭い声が飛んできたのは初めてだし、感知した時には動かないと間に合わないような位置関係だったんだろうな……。『使えない』と断言しつつも、自分たちに迫って来る脅威は正確に拾い上げるリリスの感知能力が凄まじいのはもちろん言うまでもないのだが。
「まさか第二層に折り切らないうちからあんなにも殺意に満ちた一撃が飛んでくるとはね……リリスとは長い付き合いだから大丈夫だったけど、ボク一人だったら絶対に対応できなかったな」
「昔から一秒を争う判断には私の方が強かったものね。持ちつ持たれつ、ってことよ」
ツバキからの賞賛に胸を張りも、リリスの視線は岩塊が飛来してきた方向に向けられている。階段にはやはり特殊な術式でも使用されているのか、あれほどの岩塊が飛んできたにもかかわらず戦闘音などは一切聞こえてきていなかった。
逆に言えば、ここでの会話や詠唱が外に聞こえていないなんてことにもなるんだけどな。そんな小さなメリットよりも、階段を抜けた先の景色が見えないことの方が大きなリスクだろう。
「ツバキの言ってたこと、少しばかり現実味を帯びて来たな……」
階段を抜けたらそこは熾烈な戦場でした。言ってみるのは簡単だが、実際に遭遇したらたまったもんではない。階段を挟んで冒険者と魔物がやり合っていたりしたらそれこそ大問題だしな。そんな理不尽な偶然が現実にありえるなら、ダンジョン開きによる事故の半分くらいはそれが原因になってるんじゃないだろうか。
「多少目についたとしても、最速でダンジョンに潜り込んだ方が正解だったか……。こればかりは俺の経験不足だ、すまねえ」
「対策できなかったことに対してあれやこれや言っても仕方ないわよ。それよりも、そんな第二層の中でどうやって安全を確保するかを考える方がよっぽど重要性は高いわ」
「そうだね。過去にできたかもしれない事より今からできることを優先しろ、ってことさ」
氷の壁に全身が隠れるようにしながら、リリスとツバキが作戦の修正を促す。後ろを向いている暇はないと言わんばかりの二人に引っ張られて、階段での緊急会議が敢行された。
「ある程度の混乱は予想していたけど、状況は思ったよりも混迷を極めているわね。クラウスがどうこうとか言う前に、名前すら知らない冒険者からの飛び火で負傷する可能性の方が遥かに高いなんて事態になるとはさすがに予想外だったわ」
「俺たち、ダンジョン開きについては全くの素人だもんな……。情報をもっと集めようと思えば集められたんだろうけど」
そのためにはあの情報屋に『俺たちがダンジョン開きに照準を定めている』という情報を渡す必要がある。それが情報屋を通じてクラウス達に漏れるリスクを考えれば、これはしょうがない事と割り切るしかなかった。ツバキが言うところの『過去にできたかもしれない事』でもあるしな。
「取り返しのつかないことになる前にそのことを肌で実感できたことだけは僥倖、ってところかな。まあ、気づけたからと言っていつどこから飛んでくるかもわからない流れ弾が躱しやすくなるわけでもないけど――」
「でも、私たちに向かってくる脅威に対しての魔力感知は効果的ってことは分かったわ。ちょっと頭は痛くなりそうだけど、警戒だけは常時しておく必要がありそうね」
「ああ、そうしてくれると助かる。……悪いな、お前ばかりに負担をかけることになってしまって」
「貴方ほどの負担じゃないわ。それでも申し訳なく思うなら……そうね、おいしいスイーツでも今度買って来てちょうだい」
チョーカーに付けられたチャームを手でもてあそびながら、リリスは少し冗談めかしてそんな取引を持ち掛ける。リリスがそれで喜んでくれるなら、俺もそこに金を惜しむ理由は何もなかった。
「分かった、それじゃあ候補を見繕っててくれ。……それとも、また観光街を観光してみるか?」
「ええ、甘いものは自分の眼で見て注文するに限るもの。……今度は、混じりけのない観光目的だけでお願いね」
「リリスってば、観光があれだけに終わっちゃったことが少しご不満だったみたいだからね。すました感じだけど、可愛いところもあるだろう?」
つんと澄ました様子でうまくまとめたリリスだったが、その後に続いてツバキが補足したことで台無しになる。これにはさすがのリリスも調子を崩されたのか、不満げにツバキの方を見つめていた。
「……ツバキ、私のイメージをどうしたいわけ?」
「いつまでもそんなに気張ってちゃ疲れるかもしれないよな、なんて思ってさ。今でもずいぶん素に近いとは思うけど、もう少し踏み込んだっていいんじゃないのかい?」
しかし、リリスの抗議にもツバキは楽しそうな笑みを浮かべるばかりだ。あくまで余裕を失わないその姿を見つめて、リリスは仕方がないと言いたげにため息をついた。
「……この冒険が終わったら、考えてみることにするわ」
「うんうん、それだけでも大きな進歩だよ」
そう呟いたリリスの頬は、少しだけ赤くなっているような気もする。商会でも友達はリリスだけって言ってたし、コミュニケーションをとる機会ももしかしたらあまり多くなかったのかもしれないな……。
「それじゃ、三人揃って無事に帰らなくちゃな。……平手回避もしなくちゃいけねえし、リリスがもう少し砕けた姿になるのも見てみたいし」
「考えてみるだけよ。まだそうするなんて一言も言っていないから」
「そうだな。……でも、それだって今日を無事に切り抜けなきゃできないことだ」
クラウスに一泡吹かせるという目的がきっかけとはいえ、俺にとっても二人の存在はとても大きいものだ。もっと歩み寄っていけたらいいと、そう思う。
「……だから、とりあえず方策を出さないとね。第二層に安全に降り立つことが、ここまで難しいとは予想外だったけど」
「目立たないように行けるならそれが理想だけど、そんな事ももう言ってられないわね。多少目立とうと、第二層の奥深くまでしっかり入り込む必要があるわ。……そのために、私から一つ提案があるの」
ツバキの手慣れた司会進行を受けて、リリスが小さく挙手する。俺たち二人の視線がリリスに集中したのを確認すると、リリスは俺たちに向けて小さく手を差し出した。ほんの小さな動作ではあるが、それが指し示していることはもはや明らかだ。つまりこれは、リリスお得意の手段という奴で――
「……結局、俺たちに潜入なんて似合わないってことなのかね……」
「どこまで潜入というものを突き詰めたところで、そういうことは搦め手の類になっちゃうわけだしね。リリスがいてくれるなら、間違いなくこのやり方が最善手だよ」
隠密性という条件を取り去った瞬間に出てくるその選択肢に、俺は思わず苦笑するしかない。だがしかし、いつだって俺たちを支えてきたのはその方法だったのもまた事実なわけで。……だから、俺は差し出された手をしっかりと握り返した。
「一応聞いとくけど、勝算はあるんだな?」
「当然よ。どれだけ注目されようと、正体がバレないようにすればいいんでしょう?」
「ははは、やっぱりリリスはそうでなくちゃね。……ボクはあの時、君のそういうところに救われたんだ」
自信ありげに答えるリリスの姿を見て、ツバキは笑いながらその手をリリスに重ねる。俺たち二人の同意を受け、リリスはくるりと第二層へと続く方を向き直って――
「誰の目にも止まらないくらい速く、それでいて苛烈に。……強行突破と行きましょうか」
――やっぱり脳筋な突入作戦の開始を、不敵な笑みとともに宣言したのだった。
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