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第一章『他称詐欺術師の決意』

第二十三話『頼もしい重圧』

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「――ふう、大量大量。それほど危険性もなかったし、護衛の仕事に比べればよっぽど割のいい仕事だね」

「……それは、商会の報酬が安すぎるだけな気もするけどな……?」

 カラミティタイガーから取れた素材を詰め込んだ麻袋を満足げに抱えながら、王都へと舞い戻って来たツバキはそう呟く。いかにもほくほく顔といった感じだから、心の底から今の労働環境が楽で楽で仕方がないようだ。

「あの依頼、かなりヤバいもんだと思ってレインも渡してるはずなんだよな……」

「それならそれで好都合じゃない。イメージに強く残るようなデビューがしたいなら、出来るだけ早くクエストを終わらせて来るというのも大事な要素でしょう?」

「……ま、それについては間違いないな。お前たちは本当にすごいんだって、この仕事を通じて再確認させられたよ」

 もともと護衛という冒険者よりも血の気が多い仕事にいたせいか、二人は最短ルートを通ることに何の躊躇もない。それを的確に見つける観察力と、それを実行に移して見せる実力を兼ね備えているというのがまた驚くべきところなのだ。

 この二人が居れば、大体どんな仕事でもできるような気がしてしまうから本当に怖いんだよな……。この二人を擁していながら壊滅した商会もあるんだってことを、俺は今一度心に刻み付けておく。

「冒険者の皆には悪いけど、踏んできた場数が違いすぎるからね。君たちが何を仕事にしようかと考えている時から、ボクたちは仕事を選べずに戦い続けてきたんだよ」

「丁寧に戦わなきゃいけない依頼から、出来るだけ派手にやらなきゃいけない仕事もあったわね。その点クエストの達成だけを考えていれば大丈夫な冒険者の仕事は楽なものよ」

 体をグーッと伸ばしながら、二人は何の遠慮もなくそう断言する。このクエストを通して、二人は冒険者として通用するという自信をはっきりと持つことができたようだ。

 だからと言って決して油断していいわけでもないが、そこを引き締めるのは俺の仕事だ。戦闘中に何もできないからこそ、二人の手の届かないところは全部できるようにならないと。二人の力を借りることにためらいも何もないにしても、おんぶにだっこで全部任せるようにはなりたくないからな。

「……お前たちがお前たちらしくいてくれれば、俺たちは大丈夫だな。お前たちがのびのびと仕事をこなせるように、俺も全力を尽くすさ」

「そうだね。……ボク達の幸せは、ボクとリリスでまっすぐに歩んでいくことだから」

「私も同じよ。私たちの歩むべき道は常に一緒だと、そう思ってくれて構わないわ」

「……お前たち、本当に仲いいなあ」

 俺の意志表明に揃ってそう答えて見せた二人の姿をまじまじと見つめて、俺は改めてその絆の固さを実感する。最早二人で一つの人生を歩んでいるんじゃないかと、そう錯覚させられてしまうほどだ。

 それが引き離されたまま戻らなくなりかけたら、そりゃただ事じゃいられないよな……あの時リリスを見つけられてよかったという思いは、いろんな意味でどんどん強くなるばかりだ。

「……そういえば、さっきから時折こそこそと聞こえるんだけど。これ、マルクの作戦が効いてるってことで良いのかな?」

「それも半分、クラウスの奴の仕込みが半分ってところだろうな。あんだけ印象付けてもクラウスの影響力に勝てるとは思ってねえからさ」

 麻袋を抱えながら周囲に視線を向けるツバキに、俺も視線をあちこちにやりながらそう答える。ツバキの口調的にそんなにいいものだとは思っていないようだが、クラウスがあれこれと動いていたことを考えればこれでもまだマシな方だろう。

 ずいぶん早くにギルドを出たこともあってか、昼下がりの大通りは人でにぎわっている。やはりそんな中を麻袋を抱えて歩くのは目につくらしく、こんなやり取りをしている間にも俺たちは怪訝な視線をしばしば向けられていた。

「……あれ、マルク・クライベットだよな。『双頭の獅子』を追放されたって話題の」

「ああ、確か詐欺師って呼ばれてたやつだよな。……だまし取った金で、あの二人を侍らせてんのか……?」

「……今日の朝、ギルドで凄い事をかましてたらしいけど……クラウスは『無能』って言ってたしなあ……」

 やはりクラウスの影響力のが強いらしく、聞こえてくるのは大体俺への悪い噂だ。だが、ギルドへと繋がる大通りをゆっくりと歩いている俺たちに直接食って掛かって来るような奴はいない。それが何でかと言われたら、俺の両隣に立つ二人がただならぬオーラを放っているからに他ならないだろう。

「……ボク、陰口ってやつは好きじゃなくてね。誰かを人質に取られてるんでもなし、不満があるなら直接ボクたちに挑んでくればいいはずなのになあ」

「大丈夫よツバキ、そうしないって時点で相手の格は知れるから。マルクもそう思うでしょう?」

「ああ、そうだな。……その状態のお前たちを見て食って掛かれるのは、本当に馬鹿なやつか腕自慢かな奴だけだよ」

 本当に魔力を迸らせているのか、それともただ威圧しているだけなのかは分からない。だが、守られている当事者でなかったら腰を抜かしてしまいそうな重圧が二人にはある。どれだけの悪評が広まっていても、それに打ち勝てるような冒険者はいないようだった。

 そんな二人に左右を守られていたのもあって、ギルドまでの道のりはあくまで平和なものだ。門からでもそこそこの距離はあるはずなのだが、俺に絡んでくる愚者――もとい勇者はついぞ現れなかった。二人が放つ重圧のおかげで人波が勝手に俺たちを避けていくのもあって、何の苦労もなく俺たちはギルドの大きな扉の前に舞い戻ってきていた。

「……さて、こっからだな。俺たちが大量に取ってきた素材が、果たしていくらになるやら……」

「なんにせよ、七十万ルネは確定でしょう? それなら約束してたアクセサリーも買えそうね」

「せっかくだから、ボクの分もマルクに見繕ってもらおうかな。いっそのこと、パーティの証としてお揃いの何かでも付けるかい?」

 少しばかり緊張している俺の隣で、二人はいつも通り――何ならいつもよりリラックスしているような気がする。商会でいろんなものを見てきた二人からしたら、これくらいの素材の量は見慣れたものなのかもしれないな。

「……ああ、それはいいアイデアだな。もちろん、それにばかり金を使う訳にはいかねえけど」

 そんな二人を見ていると、俺の緊張も心なしかほどけるような気がしてくる。ふうっと軽く息を吐いて、俺はギルドの扉に手をかけて――

「……おい、話が違うじゃねえか! 悲しいなあ、ギルドの信頼も地に堕ちたもんだ!」

「……いえ、そう言われましても……」

 扉を押し開けるなり、やかましい抗議の声が俺の耳に届く。レインも何とか反論しようとしているが、その剣幕にかなり押されてしまっているようだ。

 レインくらい受付嬢の仕事に慣れていれば荒くれ者をいなすのもお手の物なはずなのだが、今回ばかりは旗色が悪い。だって、そのクレームを叩き付けているのは――

「『あのクエストは俺たち双頭の獅子じゃなければ単独クリアは難しい』……なんて、何の根拠もねえことを言ったのはどの口だぁ⁉」

 俺にとっての宿敵――『双頭の獅子』のリーダー、クラウスその人だったのだから。
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