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第一章『他称詐欺術師の決意』

第七話『大胆なショートカット』

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「あー……っと?」

「……すごい、本当に魔術が使えるようになってる……。今まで何度となくやってきたことなのに、改めてできるようになると本当に感慨深いのね」

 氷の槍を放った手元を見つめながら、リリスはしみじみとそう呟く。確かにリリスからしたらもう一度魔術師としての一歩目を歩みだした感動的な瞬間なのだろうが、その光景を俺はあんぐりと口を開けながら見つめていた。

 おそらくだが、リリスの放った氷の槍は超高速で獲物へと向かい、岩陰に潜んでいた魔物を仕留めたのだろう。そこまではかろうじて理解できるのだが、それでもまだ疑問は残されていた。

「……アレ、絶対あそこに魔物がいるって確信して打ってたよな……?」

「ええ、そりゃもちろん。いくらあの程度だとは言え、何もいないところに試し打ちなんてしないわよ」

「あの程度……⁉」

 軽く頷くリリスに、俺は再度驚かざるを得ない。あの規模の魔術をして『あの程度』なら、こいつの本気はいったいどこまでいけるんだ……?

 なんでもない事のようにさらっと言ってのけているが、三メートルを優に超える氷の槍を作り出し、それをコントロールしている時点で魔術の才能はとんでもないものなのだ。『双頭の獅子』にも魔術師はいたが、そいつでもリリスよりすんなりとこのサイズを作ることはできなかったはずだ。

 加えて、リリスはどうも魔物の気配を拾うことが出来るらしい。目的地に向かうまでできるだけ消耗したくない俺たちとしては、これほどありがたいこともなかった。

「……そういえば、この感知の力も商会は高く買ってたっけ。エルフからしたら他愛もない事だし、別に驚くことじゃないわよ。……まあ、魔術神経が傷ついてからはそれもできなくなってたんだけど」

 そうまとめてまた歩き出そうとするリリスは、一狩り終えた後だとは到底思えない。足早に進むその背中に置いて行かれないように、俺も半分上の空ながらその背中を追いかけた。

――エルフって時点で魔術にある程度長けているだろうとは思っていたが、まさかここまで飛び抜けた才能を持っているとは思わなかった。借金をする羽目にこそなってしまったが、それをしたことが正解だと思えるくらいにその才能は稀有なものだ。

「……こいつと一緒なら、本当に……」

「……何か言った、ご主人様?」

 俺の呟きを聞きつけたのか、その青い瞳が後ろを歩く俺に向けられる。その眼に悪意は一切なかったが、『ご主人様』という呼び方を聞いて俺の背中に冷たいものが走った。

「お前は俺の仲間になるやつだし、あんまり命令はしたくないんだけどさ。……その呼び方、どうにかならないか? 普通に名前で呼んでくれた方が嬉しいんだ」

「あら、そうなの? 今の私は貴方の所有物だし、対等である風にふるまわない方がいいかなって思ってたんだけど」

「そのすまし顔でそう言われてるとなんだかからかわれてるみたいな気分になるな……というか、実際からかってたりしてねえか?」

「さあね。まだ所有物なのに『仲間』とか言い出す買い手がいるものだから、しっかり自分の立場を表明しようとしただけじゃない?」

「しっっかり意趣返しじゃねえか……」

 まるで他人事のように言うリリスの口元には、ほんの少しではあるが笑みが浮かんでいる。あんまり表情が変わらないからちょっと誤解していたが、リリスは意外とユーモアにあふれるエルフなのかもしれないな。さっきも治療院がどうとか言ってたし。

「ま、とにかく貴方の要求は分かったわ。マルクと、そう呼べばいいのよね?」

「ああ、そうしてくれ。……まあ、お前がイヤじゃ無ければだけど」

 事情が事情ということもあるが、ちょっと俺はリリスに対して距離を急速に詰め過ぎているかもしれない。そんなこともあっての予防線だったのだが、リリスはおかしそうにくすくすと笑っていた。さっきは表情だけだったが、今度はちゃんと声が出ている。

「……変な人。命令っていうくらいなんだから、そんなこと付け加えなくてもいいのに」

「あんまり強制したくないってだけだよ。奴隷にしたくて買ったんじゃないって話はもうしただろ?」

 俺の立場的に、誰かに何かを強制できるなんて相応しくないしな。俺の気質にも合ってるわけじゃないし、そういう上下関係はできればゼロになるのが理想だ。いくら修復が出来るからと言って、それで前線を張ってくれる奴らより偉いだなんて言えるはずがないし。

「そうね、私も少し意地悪し過ぎたわ。ごめんなさいね、マルク」

「分かってくれたならもう大丈夫だよ。友達を助けるまで本当の仲間になれないって話は聞いたし」

 にこりと笑うリリスに、俺も笑みを返す。普段無表情な奴の浮かべる笑みは綺麗って誰かが言っていた気がするが、リリスの笑顔を見ればそれもなんとなくわかるような気がした。

 リリスの友達を助け出せれば、もっとリリスは笑ってくれるだろうか。そうであってほしいなと思うし、そのためにできるだけのことはしたい。……俺、思った以上にリリスに強く肩入れしてるんだな。

「……さて、それじゃあ準備はできたわね。魔術が使えるようになったことも確認したし、助走距離にいる邪魔な魔物は全部片づけたし。……これで、道を急げるわ」

 そんなことを思っていると、突然リリスはピョンピョンと軽く跳躍を始める。さっきまで再出発のような雰囲気を出していたのに、今のリリスからは全くその気配がなかった。なんというか、もう作業の仕上げに入ろうとしているかのような感じだ。

「……リリス? 一体、何をするつもりで……」

「道を急ぐのよ。あんまり人前で使いたくない手段ではあったけど、マルクに見せる分には大丈夫でしょ。……多分耐えられるし」

 戸惑った俺の問いかけに、リリスは小さく笑う。なんか最後に不穏な言葉が聞こえたが、まあそれはいったん置いておくとしよう。

「……急ぐって言っても、ここを走り抜ける以外に何かあんのか?」

「あるわよ。もっと単純で、わかり易いショートカット。複雑な地形も魔物たちの群れも、こうすれば全部すっ飛ばして目的地までたどり着けるわ」

「……なるほど、それは魅力的だな」

 方法が分からない事だけがネックではあるにせよ、そんな方法があるのならそれをしないという選択肢はない。そう頷いた俺を見て、リリスは満足気な表情を浮かべた。

「話が分かる人で良かったわ。……じゃあ、手を貸してもらえる?」

「手? 別にいいけど……うおあっ⁉」

 差し出された手に俺の手を重ねた瞬間、凄い力で俺の体が引き寄せられる。突然のことに俺がよろめくと、その耳元でリリスがささやく声が聞こえた。

「……ありがと。それじゃ、くれぐれも離さないでね?」

「え、それってどういう……うおおおおっ⁉」

 その意味を問いただす暇もなく、リリスは俺と手をつないだまま猛スピードで走り出す。身体強化の魔術でもかけているのか、そのスピードは生身じゃ絶対にありえないものだ。そのスピードに突然引きずられた俺が目を白黒させていると、リリスが大きく息を吸い込む音が聞こえた。

「……風よ、我らを空へと誘え‼」

 おそらく詠唱と思われるその言葉とともに、リリスは大きく大地を蹴りだす。当然、手を繋いでいる俺もろともその体は宙へと浮くわけだが、そこからが不思議だった。

「……落ちて、いかない?」

 地面を蹴る力が相当強かったのは事実だが、それにしたってこの滞空時間は異常だ。最高到達点に達したら後は重力に引かれて落ちていくだけの軌道になるはずの俺たちの体は、なぜか宙にとどまって浮き続けていた。

「ふふ、驚いたでしょう。貴方が高所恐怖症の可能性もあるから、悪いけど事前予告なしで飛ばせてもらったわ」

「飛ばせてもらった、って……。これ、丸ごとお前の魔術なのか?」

 考えてみればそれ以外の可能性なんて有り得ないのだが、それでもそう問いかけずにはいられない。それくらいには、今俺たちの身に起きている現象は常軌を逸していた。

「そうよ。私たちを丸ごと風の球で包み込んで落ちないようにしながら、目的地に向かえるようにコントロールしてるの。原理としてはそう特別なものでもないわよ?」

「いや、そうかもしれねえけど……」

 リリスの言っている通り、その魔術の原理次第は簡単だ。風魔術の心得がある人なら魔道具を浮かせ続けることもできるし、ある程度だったらコントロールもできるだろう。だけど、今リリスがやっていることはその規模が大きすぎる。人二人の重量を支えたうえで横移動も可能にするなんて話、王都で結構冒険者をやっていた俺でも見たことがないくらいだ。魔術神経の修復は上手く行っているとはいえ、目的地に着く前にあまり負担をかけない方がいい気もするのだが――

「そんなに心配しなくても大丈夫よ。これくらいだったらまだまだ余裕もあるし、ちゃんと痛みがないかも確認してるわ」

 そんな俺の心配に勘付いたのか、リリスはちらりと振り向いて微笑んで見せる。空いた方の手をひらひらと振って見せるあたり、相当余裕といった感じか。

「そうか、それならいいけど……くれぐれも無理はするんじゃねえぞ?」

「分かってるわ。せっかくあの子を助けに行けるのに、その前に倒れるわけにはいかないもの」

 俺の念押しに小さく頷いて、リリスは前を向き直る。規格外のショートカットのおかげもあって、『タルタロスの大獄』への道のりは思ったよりも早く終点に向かおうとしていた。
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