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12 金は天下の回り物
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宗一は疲労感から瞳を閉ざした。ほんのひと時、目を休ませる。
ギルバートにお姫様抱っこをしてもらい、空の旅を楽しんでいたが、たった一日という時間の目まぐるしさを思うと、精神的な疲れを感じてしまった。
再び瞳を開こうとしたその時、宗一の唇に軟らかいものが触れる。即座に目を開くと、やはりギルバートの唇が押し当てられていた。何度目かの光景だ。宗一は慌てず騒がず、じっと待った。
ギルバートは宗一の唇をそっと啄んで離れると、ほんのり頬を赤らめて恍惚とした笑みを浮かべる。
「魔法かい?」
宗一が尋ねると、ギルバートは目を丸くして小首を傾げた。
「キスしてほしいのかと思って……」
ぽつりと言ったギルバートの言葉に、宗一は眉をひそめた。
すると、ギルバートは慌てた様子でかぶりを振って撤回した。
「あ! いや、違う! 今のは無し。オレがキスしたかっただけで……。こんなのフェアじゃないよな。キスしたい時は、オレも言うことにする」
ギルバートの言い訳を聞いていた宗一は、自身の顔に火照りを感じる。
それはつまり、ギルバート青年は祖父ほど年齢の離れた老人に口づけをしたくなるということなのか。そんな馬鹿なことがあってたまるか。
大混乱状態に陥った宗一の脳内は必死に情報を整理しようとする。
冷静になれ。感情を乱すな。ギルバート君はまだ若い。若さゆえ誤った思考に走っているのかもしれない。彼は外国人だし、文化も違えば思想も違って当然、と思ったところで、合点のいく答えを導きだした。
ハワイ旅行へ行ったゴルフ仲間の近藤君(79歳)が、ハワイの空港を出た途端に花輪を首にかけられ、美女にキッスされたと言っていた。外国人にとってキッスとはただの挨拶なのだと。
そう考えが至った宗一は、胸をなでおろす。挨拶ならば仕方がない。今後は承諾を得ると彼も言っているし、郷に入っては郷に従えだ。
宗一は何度も力強く頷いた。
「あーっと、ほら、ソウイチ、見て」
誤魔化すような呼び掛けに、ギルバートの視線の先を見ると、二人の頭上に一羽の鳥が青空を飛んでいた。大型の猛禽類のようだが、少し様子がおかしい。目を凝らすが、頭の部分がぶれて二重に見える。老眼に加えて乱視になったのかと己を疑った。
「なんだい、ありゃ?」
「双頭鷲だ。名前の通り、頭が二つある」
「頭が二つ? そりゃ、妖怪の類かい?」
日本の妖怪に三本足の八咫烏というのがいるが、双頭の鷲はどこぞの外国の紋章の絵柄として見たことがある。その程度の知識しかない。
「この世界の生物だよ。オレたちの世界では想像上の生物だけど、ここはそんな架空の生物が多数存在している。これから会わせる魔族も、物語に出てくるようなタイプだから、きっと驚くよ」
頭が二つの鳥が実在するのなら、もっと近くで見物したいところだ。物語に登場する架空の生物とは、どんなものか感興をそそられるのだが、双頭鷲はあっという間に彼方へ消えてしまった。
「あれは、ヴァールグレーン国王の鳥だ。アインハルトがあの鳥を使って連絡を取り合ってる。また会えるよ」
そう言って、ギルバートは片方の口角を吊り上げた。
ほんの少し惜しんだだけだ。それでもギルバートは宗一の感情を汲み取る。言葉がなくとも通じていると、思ってもおかしくないだろう、と宗一は密かに思った。
ギルバートは緩やかに高度を下げた。
城山の麓に流れる大河の向こう側、川から数百メートルほど離れたところ、森の開けた場所に降りる。
翼を模った魔法陣が弾けて消え、宗一は解放された。
草原に足が付くと、宗一は緑と土の入り混じった懐かしい香りを思いきり体内に吸い込んだ。四肢を伸ばす。時間にして15分程度の遊覧飛行だったわけだが、それでも身体はすっかり凝り固まってしまった。
「重かっただろう? 大丈夫かい?」
そう、ギルバートに尋ねると、片手を腰に当てて胸を張った。
「これくらい、余裕だよ」
ギルバートは握ったこぶしの親指を立てながら、派手な笑顔とウインクをして見せた。
自信と体力が有り余っているギルバートの若さを羨ましく思った。
宗一は肉体だけが若返ったことに、未だ心情が追いつかないでいる。もっとこの身体を試すべきだろうか。早いとこ馴染んでしまえば楽かもしれない、などと思案する。
辺りを見渡すと、細い木や大振りの葉などで組まれたテントような小さな建物がいくつか点在しているのが目についた。
誰かが住んでいるのか。
そう思った瞬間、背後の茂みから物音がした。振り返って注視すると、茂みががさがさと揺れている。その現象は次第に広がり、宗一とギルバートを取り囲んでいった。
宗一は得体の知れない何かに、警戒する。
ギルバートを見ると、宗一の視線に気づき、にっこりと笑った。
「紹介するよ、ソウイチ。オレの協力者で、ゴブリン族の――……」
言い終えない内に、何かが茂みの一か所がら飛び出してきた。
「うわあ!」
驚いた宗一は叫び声をあげて飛び跳ねた。
飛び出たそれは、緑色の肌をした小さな人だった。ギルバートの元へ駆けてきた小さな人はギルバートを見上げて言った。
「まおうさま、こんにちは!」
小さな人は愛らしい子供のような高い声だった。
「やあ、テネ。元気そうだな」
ギルバートはテネと呼称した小さな人の頭を撫でる。
「これは、魔王様。ご機嫌いかがですかな?」
低く大きな声がして、振り返ると、緑色の肌をした人々がぞろぞろと集まってきた。そして、皆口々に魔王ギルバートへと挨拶の言葉を掛けている。背の高さはまちまちで、ギルバートを超える者もいることから、先に飛び出してきたのは子供だったのだと理解した。
よく見れば、彼らは皆、人間のような姿をしているが、耳が長く突き出ている。口元にちらりと牙のような鋭い歯が見えた。頭部には肌よりも薄い緑色の毛髪が生えている。体つきは筋肉質だ。男とみられる者たちは葉を重ねて作られた腰蓑を纏っている。胸元にも蓑を巻いている者は女なのだろうか。
和気あいあいと言葉を交わすギルバートと彼らの様子に、宗一は警戒を解いた。
だが、宗一を見た緑肌の人々はひどく狼狽し、後退る。
「ま、魔王様、こちらの方はもしや……」
男の一人が問う。その表情は怯えているようにも見え、宗一は些か緊張する。
ギルバートは宗一の肩を抱き寄せると、力強く頷き、返答した。
「そうだ。ソウイチだ。皆、頼むぞ」
ギルバートの言葉に緑肌の人々はどよめいた。そして、一斉に跪く。
「ソウイチ様、お目にかかれて光栄にございます。私はこの集落の代表を務めているハイドゥラと申します。どうぞお見知りおきを」
一番前に俯く、大柄な緑肌のはいどらと名乗った男はそう言ってより深く頭を下げた。
宗一は同じように屈もうとしたが、ギルバートに止められた。
「言っただろう? 魔族は弱肉強食だ。あまりへりくだるな。堂々としていろ」
ギルバートは耳打ちをする。
郷に入っては郷に従えだ。ギルバートの言う通り、堂々と挨拶しておこう。
「よろしく、はいどら、さん」
「ハイドゥラです」
はいどぅらさんはきちんと訂正した。
弱肉強食と言われても、宗一には馴染みがないので対応に困りそうだ。
「ソウイチさま!」
小さな子供たちが数名、宗一の足元に駆け集まると、太陽のような眩しい笑顔を振りまいて言った。
「ベッドのおふとんふかふか? きもちよかった?」
「こ、こら、よしなさい」
ハイドゥラが慌てて子供たちを窘める。
なぜそんなことを聞かれるのかと疑問に思ったが、宗一は腰を屈めて子供たちに微笑む。
「そうだね、ぐっすり眠れたよ」
「わあ! やったー!」
宗一の返事に対し、無邪気に喜んだ子供は次にギルバートを見上げて言った。
「まおうさま! ぼくのたからもの、たかくうれた?」
「ああ、売れたぞ。ありがとうな」
ギルバートが頭を撫でると、満面の笑顔になる。そして別の子供たちが「ぼくのは?」「わたしのおにんぎょうは?」とギルバートに次々と問う。
子供たちの対応に追われるギルバートを見ながら、宗一は懸念を抱く。
「ギルバート君、説明してくれるかい?」
宗一の声が心なしか低くなった。冷静に勤めながらも、不安や怒りが燻っているのを自覚している。
流れてきた宗一の感情から察したのか、ギルバートはばつが悪そうに首裏を摩りながら言った。
「金が必要だったから、協力してもらった」
「そのお金は何に使ったんだい?」
「……内装をちょっと」
徐々に説教をされている子供の様に言葉を濁してしょぼくれていくギルバート。
内装というのは、先程の質問にあったベッドのことだろう。恐らく、他にも宗一の豪華な部屋の家具類に充てられた。
宗一は呆れて声も出なかった。あれほどの高級な家具を取り揃える為に、こんな小さな子供たちの大切なものまで徴収したのかと思うと情けない。
「ソウイチさま、まおうさまをしからないであげて」
小さな少女がつぶらな瞳で宗一を見上げている。
なんと健気でいじらしい。アサギ以外に出会った魔族たちは、見た目は違えど、心根は優しい種族だ。ギルバートは株を下げたが、この緑肌の人々がよく支えている、と宗一は感心した。
「わかった、わかった。君は優しい良い子だね」
宗一は少女の頬を撫でる。
すると、少女は宗一の撫でる手を小さな手で握り返し、頬を押し当てて笑った。
宗一は目を細める。孫やひ孫の愛しさを思い出し、胸がほっこりと温まる。子供らの前では叱責するまい。
「悪いとは思ってる。だが、壁の建設で潰した土地のせめてもの賠償をして、オレの金はほぼ消えたんだ。あちらの政治家貴族は、土地をなくした平民に保証や保護はしないからな」
ギルバートは庇ってくれた少女を抱き上げると、緑肌の人々に向けて声を張った。
「オレはここにいる神ティレニアにより召喚されたソウイチとの交渉に成功し、協力を得ることができた。これも皆が貴重な私財をオレに託してくれたからだ。感謝する」
湧き上がる人々は喜びの声を上げる。
歓声を浴びながら、ギルバートは宗一に派手な笑顔を見せた。
宗一は小さく溜息を零したが、悪い気はしなかった。この集落の人々とギルバートは良い関係性を築けているようだ。
ならば、宗一に言えることはただ一つ。
「返金なさい」
ギルバートにお姫様抱っこをしてもらい、空の旅を楽しんでいたが、たった一日という時間の目まぐるしさを思うと、精神的な疲れを感じてしまった。
再び瞳を開こうとしたその時、宗一の唇に軟らかいものが触れる。即座に目を開くと、やはりギルバートの唇が押し当てられていた。何度目かの光景だ。宗一は慌てず騒がず、じっと待った。
ギルバートは宗一の唇をそっと啄んで離れると、ほんのり頬を赤らめて恍惚とした笑みを浮かべる。
「魔法かい?」
宗一が尋ねると、ギルバートは目を丸くして小首を傾げた。
「キスしてほしいのかと思って……」
ぽつりと言ったギルバートの言葉に、宗一は眉をひそめた。
すると、ギルバートは慌てた様子でかぶりを振って撤回した。
「あ! いや、違う! 今のは無し。オレがキスしたかっただけで……。こんなのフェアじゃないよな。キスしたい時は、オレも言うことにする」
ギルバートの言い訳を聞いていた宗一は、自身の顔に火照りを感じる。
それはつまり、ギルバート青年は祖父ほど年齢の離れた老人に口づけをしたくなるということなのか。そんな馬鹿なことがあってたまるか。
大混乱状態に陥った宗一の脳内は必死に情報を整理しようとする。
冷静になれ。感情を乱すな。ギルバート君はまだ若い。若さゆえ誤った思考に走っているのかもしれない。彼は外国人だし、文化も違えば思想も違って当然、と思ったところで、合点のいく答えを導きだした。
ハワイ旅行へ行ったゴルフ仲間の近藤君(79歳)が、ハワイの空港を出た途端に花輪を首にかけられ、美女にキッスされたと言っていた。外国人にとってキッスとはただの挨拶なのだと。
そう考えが至った宗一は、胸をなでおろす。挨拶ならば仕方がない。今後は承諾を得ると彼も言っているし、郷に入っては郷に従えだ。
宗一は何度も力強く頷いた。
「あーっと、ほら、ソウイチ、見て」
誤魔化すような呼び掛けに、ギルバートの視線の先を見ると、二人の頭上に一羽の鳥が青空を飛んでいた。大型の猛禽類のようだが、少し様子がおかしい。目を凝らすが、頭の部分がぶれて二重に見える。老眼に加えて乱視になったのかと己を疑った。
「なんだい、ありゃ?」
「双頭鷲だ。名前の通り、頭が二つある」
「頭が二つ? そりゃ、妖怪の類かい?」
日本の妖怪に三本足の八咫烏というのがいるが、双頭の鷲はどこぞの外国の紋章の絵柄として見たことがある。その程度の知識しかない。
「この世界の生物だよ。オレたちの世界では想像上の生物だけど、ここはそんな架空の生物が多数存在している。これから会わせる魔族も、物語に出てくるようなタイプだから、きっと驚くよ」
頭が二つの鳥が実在するのなら、もっと近くで見物したいところだ。物語に登場する架空の生物とは、どんなものか感興をそそられるのだが、双頭鷲はあっという間に彼方へ消えてしまった。
「あれは、ヴァールグレーン国王の鳥だ。アインハルトがあの鳥を使って連絡を取り合ってる。また会えるよ」
そう言って、ギルバートは片方の口角を吊り上げた。
ほんの少し惜しんだだけだ。それでもギルバートは宗一の感情を汲み取る。言葉がなくとも通じていると、思ってもおかしくないだろう、と宗一は密かに思った。
ギルバートは緩やかに高度を下げた。
城山の麓に流れる大河の向こう側、川から数百メートルほど離れたところ、森の開けた場所に降りる。
翼を模った魔法陣が弾けて消え、宗一は解放された。
草原に足が付くと、宗一は緑と土の入り混じった懐かしい香りを思いきり体内に吸い込んだ。四肢を伸ばす。時間にして15分程度の遊覧飛行だったわけだが、それでも身体はすっかり凝り固まってしまった。
「重かっただろう? 大丈夫かい?」
そう、ギルバートに尋ねると、片手を腰に当てて胸を張った。
「これくらい、余裕だよ」
ギルバートは握ったこぶしの親指を立てながら、派手な笑顔とウインクをして見せた。
自信と体力が有り余っているギルバートの若さを羨ましく思った。
宗一は肉体だけが若返ったことに、未だ心情が追いつかないでいる。もっとこの身体を試すべきだろうか。早いとこ馴染んでしまえば楽かもしれない、などと思案する。
辺りを見渡すと、細い木や大振りの葉などで組まれたテントような小さな建物がいくつか点在しているのが目についた。
誰かが住んでいるのか。
そう思った瞬間、背後の茂みから物音がした。振り返って注視すると、茂みががさがさと揺れている。その現象は次第に広がり、宗一とギルバートを取り囲んでいった。
宗一は得体の知れない何かに、警戒する。
ギルバートを見ると、宗一の視線に気づき、にっこりと笑った。
「紹介するよ、ソウイチ。オレの協力者で、ゴブリン族の――……」
言い終えない内に、何かが茂みの一か所がら飛び出してきた。
「うわあ!」
驚いた宗一は叫び声をあげて飛び跳ねた。
飛び出たそれは、緑色の肌をした小さな人だった。ギルバートの元へ駆けてきた小さな人はギルバートを見上げて言った。
「まおうさま、こんにちは!」
小さな人は愛らしい子供のような高い声だった。
「やあ、テネ。元気そうだな」
ギルバートはテネと呼称した小さな人の頭を撫でる。
「これは、魔王様。ご機嫌いかがですかな?」
低く大きな声がして、振り返ると、緑色の肌をした人々がぞろぞろと集まってきた。そして、皆口々に魔王ギルバートへと挨拶の言葉を掛けている。背の高さはまちまちで、ギルバートを超える者もいることから、先に飛び出してきたのは子供だったのだと理解した。
よく見れば、彼らは皆、人間のような姿をしているが、耳が長く突き出ている。口元にちらりと牙のような鋭い歯が見えた。頭部には肌よりも薄い緑色の毛髪が生えている。体つきは筋肉質だ。男とみられる者たちは葉を重ねて作られた腰蓑を纏っている。胸元にも蓑を巻いている者は女なのだろうか。
和気あいあいと言葉を交わすギルバートと彼らの様子に、宗一は警戒を解いた。
だが、宗一を見た緑肌の人々はひどく狼狽し、後退る。
「ま、魔王様、こちらの方はもしや……」
男の一人が問う。その表情は怯えているようにも見え、宗一は些か緊張する。
ギルバートは宗一の肩を抱き寄せると、力強く頷き、返答した。
「そうだ。ソウイチだ。皆、頼むぞ」
ギルバートの言葉に緑肌の人々はどよめいた。そして、一斉に跪く。
「ソウイチ様、お目にかかれて光栄にございます。私はこの集落の代表を務めているハイドゥラと申します。どうぞお見知りおきを」
一番前に俯く、大柄な緑肌のはいどらと名乗った男はそう言ってより深く頭を下げた。
宗一は同じように屈もうとしたが、ギルバートに止められた。
「言っただろう? 魔族は弱肉強食だ。あまりへりくだるな。堂々としていろ」
ギルバートは耳打ちをする。
郷に入っては郷に従えだ。ギルバートの言う通り、堂々と挨拶しておこう。
「よろしく、はいどら、さん」
「ハイドゥラです」
はいどぅらさんはきちんと訂正した。
弱肉強食と言われても、宗一には馴染みがないので対応に困りそうだ。
「ソウイチさま!」
小さな子供たちが数名、宗一の足元に駆け集まると、太陽のような眩しい笑顔を振りまいて言った。
「ベッドのおふとんふかふか? きもちよかった?」
「こ、こら、よしなさい」
ハイドゥラが慌てて子供たちを窘める。
なぜそんなことを聞かれるのかと疑問に思ったが、宗一は腰を屈めて子供たちに微笑む。
「そうだね、ぐっすり眠れたよ」
「わあ! やったー!」
宗一の返事に対し、無邪気に喜んだ子供は次にギルバートを見上げて言った。
「まおうさま! ぼくのたからもの、たかくうれた?」
「ああ、売れたぞ。ありがとうな」
ギルバートが頭を撫でると、満面の笑顔になる。そして別の子供たちが「ぼくのは?」「わたしのおにんぎょうは?」とギルバートに次々と問う。
子供たちの対応に追われるギルバートを見ながら、宗一は懸念を抱く。
「ギルバート君、説明してくれるかい?」
宗一の声が心なしか低くなった。冷静に勤めながらも、不安や怒りが燻っているのを自覚している。
流れてきた宗一の感情から察したのか、ギルバートはばつが悪そうに首裏を摩りながら言った。
「金が必要だったから、協力してもらった」
「そのお金は何に使ったんだい?」
「……内装をちょっと」
徐々に説教をされている子供の様に言葉を濁してしょぼくれていくギルバート。
内装というのは、先程の質問にあったベッドのことだろう。恐らく、他にも宗一の豪華な部屋の家具類に充てられた。
宗一は呆れて声も出なかった。あれほどの高級な家具を取り揃える為に、こんな小さな子供たちの大切なものまで徴収したのかと思うと情けない。
「ソウイチさま、まおうさまをしからないであげて」
小さな少女がつぶらな瞳で宗一を見上げている。
なんと健気でいじらしい。アサギ以外に出会った魔族たちは、見た目は違えど、心根は優しい種族だ。ギルバートは株を下げたが、この緑肌の人々がよく支えている、と宗一は感心した。
「わかった、わかった。君は優しい良い子だね」
宗一は少女の頬を撫でる。
すると、少女は宗一の撫でる手を小さな手で握り返し、頬を押し当てて笑った。
宗一は目を細める。孫やひ孫の愛しさを思い出し、胸がほっこりと温まる。子供らの前では叱責するまい。
「悪いとは思ってる。だが、壁の建設で潰した土地のせめてもの賠償をして、オレの金はほぼ消えたんだ。あちらの政治家貴族は、土地をなくした平民に保証や保護はしないからな」
ギルバートは庇ってくれた少女を抱き上げると、緑肌の人々に向けて声を張った。
「オレはここにいる神ティレニアにより召喚されたソウイチとの交渉に成功し、協力を得ることができた。これも皆が貴重な私財をオレに託してくれたからだ。感謝する」
湧き上がる人々は喜びの声を上げる。
歓声を浴びながら、ギルバートは宗一に派手な笑顔を見せた。
宗一は小さく溜息を零したが、悪い気はしなかった。この集落の人々とギルバートは良い関係性を築けているようだ。
ならば、宗一に言えることはただ一つ。
「返金なさい」
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