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第十七話 ain't afraid to die

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年が明け、大和……現在でいう奈良県一帯は雪に覆われていた。
秀長はその雪景色を見て、呟く。

「美しいな……茶々」


彼は淀が近くにいることに気づいている。そして、何も話そうとしない淀に尋ねた。

「如何した? 兄者はまた無茶なことを民に言い出したのか?」

「いえ、貴方様に話があります」

「わかった。言ってみ……もう長ないからな。何でも聞いたるわ」


「どうしても、彼岸に旅立たれるのですか?」

秀長は寂しそうな笑みを溢しながら答えた。

「……仕方ないことだ」

「貴方様がいなければ、今後……豊家は、一体どうすれば……」

淀の言葉に彼は何か気づき、一度、呼吸をしてから彼女に尋ねる。


「何かあったか? 言ってみ?」

秀長が話すように促す、淀は涙に声を詰まらせながら話し出した。

ーーそれは、数日前。

淀はある決意を胸に秘めていた。

豊臣秀長の余命が幾許もないことは、すでに周知されている。
検地や税制の統一、身分確立、鎖国など急な改革により各地の大名に重荷を背負わせ恨まれる政策を行い、秀長と半兵衛は彼らの不平不満を受け止め、秀吉に意見を言うことにより、周囲を収めていた。
だが、秀長の死により、不平不満……ヘイトが直接豊臣秀吉へと向かうこととなる。
秀吉は認知症の症状が現れており上手く受け止められず、力で鎮めるしかない状況になるだろう。

つまりは史実と同じ状況となる。

淀はそれに気づいていた。
古くから忠誠を誓っている遠藤直経、宮部継潤、赤尾伊豆守の三人に相談するが、解決策はない。

ーー豊臣家を見捨てるしかないのか?

しかし、それはできないだろう。
秀頼という子がいる。
そして、何より秀吉という男との間に愛が芽生えてしまった。

彼女は混乱と恐怖で人知れず泣く日々が続いていた。

秀吉も秀長亡き後の豊臣政権の脆さに気づいており精神的に追い詰められ、それを忘れるために淀のもとへと向かう。

互いに不安を払拭するために激しく体を重ね合わせ、秀吉は眠りについた。

淀は彼の無邪気な寝顔を見つめ、これから行う行動に罪悪感が脳と胸に掠め、痛みを与える。

ーーこれは、せねばならぬこと……お許しください



彼女は枕元に忍ばせていた短剣を物音を立てずに持ち、秀吉に刃を向ける。

ーー私たちの存在は後の世で害悪にしかならない。

秀吉の日本史における役目は終わっている。
次の世へ続く道筋をキチンと見せている三成や家康に任せる方が良いだろう。

秀吉と秀頼……愛しい存在である二人と共に冥府に向かおうとしていた。

しかし、

赤子である秀頼が察したのだろうか。
急に大きな声をあげて泣き始め、淀は正気に戻る。

ーー私は何を……

秀吉は目を覚まして、淀よりも早く秀頼に駆け寄る。

「どうした? 父上であるぞ。この世が怖いのか? 心配いらぬ。半兵衛に三成、そして、お主の兄である秀包、信繁が守ってくれる。安心せい」

淀は秀頼を抱く彼を見て何もできず号泣してしまう。

血は繋がっていないかもしれないが、秀吉が彼の父であることに疑いの余地はない。


ーー私は……私はどうすれば……

「淀……秀頼は殺さんといてくれ。頼む」

秀吉の視線の先には短剣が見えている。

淀は泣き崩れ、秀吉は彼女の頭を撫でた。

「安心せい。茶々と秀頼は半兵衛、三成、秀包、信繁が守ってくれるきに。ワシはええけど、秀頼はやめてくれ。な?」

淀は短剣を落とした。

「できない……私にはできない……」


淀は泣きながら、秀長にそのことを全てを話した。

そして、彼は微笑みながら雪により白く染まった外の景色を見つめながら話を始める。

「大和……の秋は綺麗じゃ。紅葉や夕焼けの色……しかし、いずれ冬に変わる。それは仕方ない……変わることは必然」

「ですが……私たちはどうなりましょう? 残虐な一族として……愛しい秀吉様は……民のために皆に恨まれるまでに尽くしたのに……」

「茶々、安心せい。いずれ誰かがわかってくれる。今はこの美しい雪に見惚れよう……これも春となれば露となり消えよう。豊家もそうなのだ」

しばらく、二人は黙る。

沈黙の中、雪が降り積もる音と誰かが雪道を歩く音が聞こえてくる。

「それでも、私は生きたい……少なくとも、秀頼だけでもいい。生きて愛しい秀吉様のなさったことは悪ではないことを伝え、そして、変わりゆく四季の中で生き続けたい」

「そうか……理解した……ならば……手を貸そう。井頼、おるか?」

彼は浅井家の生き残りである井頼である。

浅井井頼は秀長の元で働いており、学んでいた。
秀吉は秀長の元で学ばせた上で浅井家への罪滅ぼしとして大名に取り立てる予定だったのだ。

「何か……あ、姉上?」

淀を見た井頼は驚いた。

「井頼よ、私から学ぶことはもうない。これよりは姉上と甥の秀頼を守るのだ」

「か、畏まりました」

井頼は驚きを隠せないまま平伏し、従った。
これにより、井頼が豊臣秀吉直属の配下となる。

「茶々、ありがとうな。これはウチに来てくれたせめてもの礼じゃ……」


秀長は泣きながら文を渡す。


「これを信頼できる者と二人で読め。そして、この通りに動け。余計なことは考えるな。わかったな?」

秀長はありったけの力で淀に文を渡し、力強く手を握る。

「ほれ、まだ私はこれほど力がある。また会えるであろう。別れの挨拶は別の日だ。ではな」

淀は泣きながら頷いた。
これは彼の必死の強がり以外の何物でもない。

淀は涙を拭き、いつものように強気な態度で立ち上がる。


「井頼、今日から殿下の下で働いてもらいます。さぁ大和大納言殿にご挨拶しましたら、すぐに京に参りますよ」


淀は去っていく。

背中に秀長と井頼の泣き声を聞きながら。


その夜。

淀は遠藤直経と共に秀長が書いた文を読む。

そこにはこれから起こるであろう出来事とそれの対処法が書かれていた。

「……宜しいのでしょうか? これで」

直経は困惑を喉奥に隠して、淀に尋ねる。

「構いません。秀頼と共に春を見られるのであれば……」

淀は決意を秘めた視線で直経を見つめた。

そして、翌朝。
大和では雪を掻き分け、ある男が秀長のもとに来た。

「来たか……高虎」

秀長はその足音で藤堂高虎がやってきたことがわかったのだ。

続く。
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