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第三十五話 九州掌握

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黒田官兵衛は落城寸前の中津城を脱出した。

「生きねば」

彼は必死に逃げた。

9000人いた兵士。
それの大半は火縄銃すら上手く扱えない志願してきた農民たち
訓練された九州の兵の前では知謀に長ける官兵衛であっても勝つことはできなかった。
戦慣れした黒田家の家臣や兵士たちは後藤又兵衛と関ヶ原に向かい、その者以外は石田三成襲撃の際に平兵衛と雑賀衆の前に全員戦死している。

片足が不自由な官兵衛はバランスを崩して倒れてしまう。
這いつくばりながら杖を取り、また逃げる。

しかし、体力の限界となり座り込みながら空を見上げた。

「美しい」

官兵衛は空を見上げて呟いた。

ーーもう自分は長くない……朝には誰かに見つかり首のみとなるだろう。

彼は死を覚悟した。

ガサガサ。

物陰から音がする……暗闇から竹槍を持った農民が数人現れ、官兵衛を取り囲む。

「はは、殺せ」

官兵衛は全てを諦めて笑った。

ーー三成にやられたわ。何度も同じ生涯を繰り返したと言っていたが、恐らく事実であろう。奴の繰り出す手、成功している。

全てにおいて先手を打たれた。

秀吉が存命時にも彼が悪に堕ちようとしている時、暴君になりかけた時、全てを止めていた。

此度も三成の風林火山を思わせる動きにやられた。
北政所、十郎、平兵衛と共に敵になりそうな連中を事前に倒してきたのだ。

「どうした? やれ。情けなどいらぬ」

農民たちは涙を流し始め竹槍を地面に置いた。

「やれるわけねぇよ。アンタはワシらが苦しい時、助けてくれた……できねぇ」

官兵衛は自身が苦労した分、領民には優しく接しており城や屋敷に迎え入れ食事などを共にしていた。

周囲が騒がしくなる。

「おうおう、如何した?」

吉弘統幸が数十人の兵士を連れてやって来た。
農民たちは官兵衛を守ろうと槍を統幸に向ける。

「おぬしらの背後にいるのは黒田官兵衛であろう? 槍を向けたこと不問に致す。黙って奴を差し出せ」

「嫌だ! 官兵衛様、お逃げください!」

統幸はため息をついて、言う。

「官兵衛よ、安心せい! おぬしを生捕にせよと言われておる。剃髪せい。ならば、死罪は免れるであろう」

農民が言う。

「誠か?」

「ああ。もし破れば、ワシの首をおぬしらにやる。わかれば退け」

統幸は農民たちを安心させた後、報奨金を握らせ去らせた。

官兵衛は即座に九州の大名のもとに向かわされた。
そこには島津義久、小西行景、大友義統、鍋島直茂などの武将がいる。

「縄を解け」

島津義久が言う。

すると、すぐに近くにいた兵士が官兵衛の縄を解く。

「ははは、直茂よ。いい身分だな。上手く上方に寝返りよって」

直茂は悪びれずに言う。

「強き者に従うのが世の流れ。其方のようになりたくないのでな」

官兵衛は笑いながら言う。

「全くだ。此度は内府殿に騙されたわ。あんな大軍、ワシであっても勝てぬ。まったく三成め、あのように変わるとはワシの負けじゃ。好きにせい!」

義久は言う。

「よかろう。ならば、好きにさせてもらう! おぬしは北政所様と共に幼い秀頼様の直属の配下となる。良いな?」

官兵衛、ニヤッと笑顔を見せる。

「アホか? 上方はアホばかりだ! 太閤殿下が警戒した男ぞ? 誠に間抜けだな」

義久が笑いながら言う。

「さよう。間抜けじゃ。治部殿は実に甘い。だがな、ここに来るまでに民たちが官兵衛を助けろと言ってきおった。短き間に民の心を掴んだ方法を秀頼様に教えてくれんか?」

統幸が言う。

「かような戦が二度と起こらぬよう、力を合わせましょうぞ」

官兵衛は頭を掻きながら頷いた。

「仕方あるまい。ワシを養育係にしたこと、後悔しても知らんぞ」

彼の眼差しは新しい時代に向かっていた。





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