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第三十三話 関ヶ原へ

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石田三成の耳に杉江勘兵衛が戦死したという報が入ってきた。

しかし、島津義弘、長宗我部盛親など猛将の前で狼狽するわけにはいかない。
彼らのような猛将を率いるということはそういうことだ。
意に関せずといったような態度で頷き、去っていく。

「駒が減っただけではないか?」

それだけを言い残す。

無関心を装うが一人になったとき、堰を切ったように狂い泣き叫んでいた。

「十万石ぞ! 勘兵衛! 勝ちは見えておるのになぜ!? アホウが! ほんにアホウが……」


「あの時、勘兵衛が死ななきゃ今の団結はなかった。負けてしまう可能性は高かった」

姿を消したはずの平兵衛が現れた。

「馬鹿な! そんなことはない! 我が軍が有利なのは変わらぬわ」


号泣し、感情を露わにする三成に対して、平兵衛は淡々と話す。

「敵の鳥居元忠は十分の一くらいの兵力で数日間、互角に戦った。しかし、ウチはどうだ? 岐阜はあっさりと敗北し、その配下は次々に裏切った。しかも、今もこの本隊から逃げている奴らもいる。アイツは士気を上げるため……アンタの勝利に殉じたんだ」

平兵衛は短筒を三成に向ける。

「おぬし、どういう真似ぞ?」

「アンタは勘兵衛を見殺しにした。それは間違いない。もう戻れないぞ。今、最後まで戦い抜くと言え。さもなくば、ここでお前をやる……」

三成は平兵衛を睨み返す。

「その言葉、そのままおぬしに返そう。私に命を捧げよ。もし、逃げれば地の果てまで追って、おぬしを……」

三成はその後の言葉が出ない。

平兵衛は微笑みながら短筒を下ろす。

「三成殿のそういうところ、俺は好きだぜ。互いの決意は固まったようだな。じゃあな。次は戦場で会おう」

平兵衛はまた姿を消した。
三成は感じた。

決戦の日は近い。


徳川家康は黒田長政からの報告を聞く。

「……さようか。苦労をかけ、すまぬな。田中吉政は戦が終わり次第、処分を決める」

長政の軍は勘兵衛の決死の猛攻と田中吉政軍の背後からの誤射戦死者と怪我人が多く離脱してもおかしくはない。

しかし、家康にとって、これ以上の離脱は激痛を伴い勝敗に関わる。
特に長政は武勇に秀でており、父親は現在九州で孤立している状態だ。
東軍に寝返る予定だった大名たちは静観しており、大友、島津、小西の軍に日に日に劣勢になっていると彼は聞いている。

早く西軍本隊を叩きたいが大軍率いる秀忠がいまだに来ない。

東北関東はすでに堀が旧上杉家臣が率いる一揆軍にやられている。

その上に南部も一揆で動けない。
上杉最上佐竹連合軍は伊達を追い詰め、風前の灯となっている。

だが、家康にとって朗報がやってくる。


「毛利輝元は動かない」

吉川広家からの内通だ。

「毛利秀元を絶対に動かさない。そして、西軍が敗北すれば中国、四国、九州にある毛利軍は徳川家康側に寝返り、三成に与する軍と戦う」

と言ってきたのだ。

広家は秀吉と反りが合わなかった上に病に侵された父を酷使していた恨みがある。

ーー信頼できる。

家康は小早川秀秋に使者を送り、松尾山に陣取るように命令した。

西軍は一足早く決戦の地を関ヶ原と決めて準備を始めていた。

西軍はさらに大津城に臨時の当主となった浅井井頼が2000人の兵士を連れてやって来て、大坂から安国寺恵瓊の警備のために精鋭50人と秀吉の馬廻衆だった薄田兼相もやってきた。

ここに小野木重次、織田信包、立花宗茂、毛利秀包が加わり史実の西軍よりも倍以上に膨らんだ軍団となる。

一方の秀忠軍は真田昌幸の挑発に乗り、上田城を取り囲んでいた。

「父上から? 後少しで落とせたものを」

創作では昌幸が秀忠を圧倒したと言われるが、史実では逆である。
昌幸、信繁は榊原康政などの猛攻で落城寸前にまで追い詰められていた。

しかし、運良く秀忠軍は本戦参加のために離脱。

真田昌幸は安心した。

「ふぅ、助かった。一応、森忠政を攻めて動けなくしておくか」

真田昌幸と信繁は申し訳程度に森と小競り合いを仕掛けるくらいが限界であった。

一方の前田利長軍は迫り来る上杉東北軍と丹羽長重、前田利政軍に邪魔されて動けずにいた。

そして、急遽参戦を表明して松尾山に陣取った秀秋は驚く。

共に寝返る予定だった脇坂、朽木がいない。

そして、眼前には島津2500、前田利益1500、法正3000、大谷義勝1100がいて、明らかに刃をこちらに向けた陣形をしている。

ーー話と違う。

石田三成はすでに何回も人生を繰り返して裏切られてきた。
それ故に対策はしている。


ーーこれでは他の者と共に大坂に退いた方が良かったではないか!

法正と島津義弘が考案した陣形は完璧であり、他は戦慣れした猛将。
一方で秀秋側は内政と調略に長けた者ばかりで、一番の武勇を誇る松野重元は正義感の強く、東軍に寝返れば、まず動かないだろう。
むしろ、秀秋側をか攻撃する可能性もある。

「秀秋殿、よもや裏切る気はございませぬな」

重元の目が冷たい。

どうする!? 秀秋!


そしてもう一人、焦る武将がいた。

井伊直政である。

京極高次暗殺の疑いをかけられ、華々しく散った鳥居元忠と比較され、焦りは募る。

「フン、小賢しい。どうせ三成の死神とかほざくのが卑怯な闇討ちをしただけ。気にするな」

本多忠勝は直政の味方となり、周囲に弁明していた。
徳川四天王は豊臣恩顧と違い、結束が固く疑うことなどしない。

しかし、東軍にいる小大名や武将は違う。

「何をされるか、わかったもんじゃねぇ」
「井伊直政は我々を何と考えているのか?」

言葉には出さないが、肌で感じることができる。

そして、関ヶ原の合戦へと続く。
さらに家康を焦らせる出来事が起こる。
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