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5巻

5-2

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 軽い病気や軽傷くらいは一度で治せるものの、重い病気などは、様子を見ながら治していくのだとか。
 お互いの治療についても、これから診療所の癒し手達を交えて話をしようね、と私達は話す。
 リリアムと私。
 最初に会った時は喧嘩けんか腰の会話だった。
 一緒に住み始めてからは、保母さんと子供みたいな関係。
 そして今、初めて、私達は同じ癒し手として対等な立場で言葉を交わした。


 翌日。昨日と同じように診察用の部屋にリリアムや護衛と一緒に入った。当然ノエルも一緒だ。
 部屋について少し待つと、お姫様を抱いた乳母とその一行が部屋に入ってくる。
 昨日はぐったりしていた姫は、今日はだるそうな風情ふぜいながらも、意識ははっきりとしているみたい。
 発熱のとうげを越えたのか、昨日よりもずっと顔色がいい。
 とはいえ、体調の悪さのせいで機嫌も悪いのか、ぐずぐずと泣いていた。その手で、昨日と同じく犬のぬいぐるみをしっかり抱きしめている。

「『光の癒し手』様。昨日はありがとうございました。おかげさまで、姫はゆうべはよくお休みになられたようです」

 リリアムは乳母の礼に軽く手を振って答えると、患者の姫を見た。

「これなら今日で治るね。『治れ』」

 おお。すごい。
 私はリリアムの癒しの効果に目を見張る。
 彼の一言で、姫の病状は格段によくなった様子だ。
 熱による赤みが引いて健康的なピンクの頬になり、気だるげに伏せられていた目がきょとんとまたたく。
 身体の調子がよくなったことで機嫌も直ったのだろう。お姫様はやっと周りを見回す余裕ができたのか、自室ではない場所にいることに気付いたらしい。
 初めての顔ぶれを物珍しげに見回していたその目は、ノエルを認めたとたん、大きく見開かれた。

「がうわ!」

 小さな姫は精いっぱい手を伸ばし、片言で叫ぶ。まだ上手に発音できない舌っ足らずさが可愛い。
「がうわ」とは、おそらく犬のことだ。「ガウワン」と言いたいのだろう。
 ちなみにこちらでは、犬の鳴き声は「ガウワン」という。日本だと犬の鳴き声は「ワンワン」なのに英語圏では「バウワウ」になるように、地域によって動物の鳴き声の表し方も変わるんだ。こういう地域差を知るのは楽しい。
 日本の子供が犬を見て「ワンワン」と呼ぶのと同じ。幼児語で犬を指す名詞として犬の鳴き声がそのまま使われるのは、どこでも共通なんだね。
 とまあ話はずれたけど、彼女はきっとノエルを見て、犬がいると叫んでいるんだろう。
 ノエルの大きさにおびえているんじゃないよ。だって、興奮して目をキラキラと輝かせているもの。
 そういえば、彼女のぬいぐるみも犬だ。やっぱり犬がすごく好きなのかも。
 めったにお目にかかれない巨大な犬で、しかも翼つき。犬好きなら興味をもって当然だよね。

「なりません、姫様」

 乳母うばはノエルを見て身震いしながら、そう小さく叫んだ。姫をひしと抱きしめ、視線を逸らさせるためにいろいろと話しかける。乳母だけでなく、他の侍女や侍従達も不安げにこちらを見て、頭を下げつつ姫を遠ざけようとしていた。
 強大な力を持つ翼犬よくけんの傍に、大切な姫君を近付かせたくない様子だ。
 その上、ノエルはただの翼犬じゃない。ガイア神が『黒のいやし手』のもとに遣わした『黒の御遣みつかい』なのだ。神の使徒に、ヒューマンが無礼を働くわけにはいかない。
 かといって立場的に姫を叱りつけられない乳母は、焦りのあまりテンパり気味だ。
 それでも姫の目はノエルから離れず、「傍に行きたい!」と全身で訴えている。
 もう少し年長であれば、きっとこんな事態にはならなかったと思う。貴族達はしつけが厳しいもの。どれ程傍に行きたいと思っても、今みたいに騒ぐことはないだろう。
 だけど、姫はまだ数え年で二歳。やっと言葉を話し始めた程度の幼児に、それを期待するのは無理がある。
 ノエルは、小さな子供の甲高い声を迷惑そうに聞いているだけ。
 私はそっと姫に近付いた。
 周りの者が誰も自分の思い通りにならない。そう苛立たしく思い始めたのだろう姫は、近付いてきた私に期待の目を向けた。

「ごめんね。ノエルはあまり人に触られるのが好きじゃないの。離れて見ているだけなら、怒らないから大丈夫だけどね」

 私はノエルの代わりにそう謝る。お前も役に立たないのか、と小さな姫様の怒りのボルテージが上がるのがわかった。

「や! がうわ。がうわ!」
「なりません、姫。た、大変申し訳ございません、ヴァルナ・リィーン」

 おろおろと、乳母が私に頭を下げる。
 とうとう癇癪かんしゃくを起こした姫は、思い通りにならない乳母をにらみ、小さな手で乳母の口許くちもとをぺちりと叩いた。
 叩かれても乳母は姫の身体を離さず、ノエルの傍には行かせない。
 姫は乳母を動かすことができないと気付き、傍に立つ私を次の標的に定めた。
 私を見上げ、「がうわ」ともう一度訴える。
 ううう、大きなお目々がうるうるしてて可愛い。でもごめんね。その要望には応えてあげられないのよ。
 私は再び、ごめんねと姫に断る。
 小さなお姫様は、私もノエルの傍に連れて行ってくれないと悟ると私を睨みつけ、抱きしめていたぬいぐるみの犬をこちらに投げつけた。

「ひっっ」

 あまりのことに、乳母が息をのんだ。
 幸いにも、幼児が投げ捨てた重たいぬいぐるみに飛距離は出ず、その場にぼとりと落ちただけ。
 私に向けて投げたということに気付いた者は、当事者である私と乳母うばだけだった……と思いたい。
 だって……私は〝魔王の半身候補〟だ。
 王家の姫と私の立場は、どちらが高位になるのか微妙。だけど……
 ――魔王の半身候補に、ぬいぐるみを投げつけていいわけがない。
 こんなことが知れたら、姫はともかく、この乳母さんは確実にばつを受けるだろう。物理的に首が飛ぶ可能性だってある。
 私は急いで距離を詰めると、ぬいぐるみを拾った。
 手触りはノエルの毛皮のようになめらかで、体温の高い幼児にずっと抱きしめられていたため、ほんわりと温かかった。

「ガウ、ワン」

 ぬいぐるみをふりふりしながら、私は裏声で犬の鳴き声をまねてみる。お国柄を考慮して、鳴き声はガイアの箱庭流〝ガウワン〟だ。

「ガウ、ワン。ガウ、ワン。痛いよぉ。痛いよぉ」
「がうわ?」

 ぐずっていた姫は、目の前でぬいぐるみが痛がる様子を見て呟いた。
 見開かれた大きな目から、溜まっていた涙がひとしずくぽろりとこぼれ、ふっくりとした可愛い頬に流れる。

「重いからって落としちゃうなんて痛いよう。ガウ、ワン」

 そうですよ。姫は〝投げた〟んじゃなくて〝落とした〟んですよ。と周りにアピールがてら、愛らしい姫のご機嫌をとってみる。

「姫様、ボクが嫌いなの?」
「あー?」
「ボクがいるのに、他のガウワン見ないでワン」

 姫の視線は、もうぬいぐるみに釘づけだった。

「がうわ!」
「姫様、大好きワンっ」
「あー! あー!」

 両手をこちらに伸ばし、天使の笑顔でぬいぐるみを抱きしめようとする姿は、さっきまでノエルを見て騒いでいた癇癪かんしゃく姫とは思えない。「あー」は、ぬいぐるみの名を呼んでいるのかな。

「姫は犬が大好きなんですね。もうちょっと大きくなったらノエルとお話ししましょうね」

 そう言いながら、私は姫にぬいぐるみを手渡す。

「がうわ」

 姫は両手でしっかりとぬいぐるみを抱きしめ、そっとノエルを見上げる。それからぬいぐるみに視線を落とし、もう一度しっかりと抱きしめた。

「あー」

 ぬいぐるみに愛くるしい笑顔を向け、満面の笑みで私を見て、ついで自分を抱いている乳母うばにも声をかける。

「まー、がうわ」

 まーが乳母の名前なのか、姫はぬいぐるみを見せつつ嬉しそうに笑う。
 ううう。可愛い。機嫌が直ってよかった。乳母さんがそっと感謝の目で私を見ている。
 うん、よかった。
 ――ややこしいことにならなくて、本当によかった。


 姫の治療を終えた午後。
 屋敷に戻り、侍女の人達の手を借り、動きやすい普段着に着替える。
 コルセットにも少しは慣れたけど、これを外した時の解放感ったらもう……
 ほっとため息をついて、私はソファに行儀悪くもたれかかる。
 身の回りの世話をしてくれていた侍女のクリスさん達が部屋を出て、室内にはノエルと私だけになった。

「はあ……」

 私は服の胸元から、そっと首飾りを取り出した。
「まもるくん二号」。私はこの首飾りをそう呼んでいる。ノーチェ特製の強力な魔道具だ。
 私が作った魔道具「まもるくん」は、ノーチェとの謁見えっけんの時に、彼が魔力を解放したことで壊れてしまった。
 代わりに、とノーチェが同じように作ってくれたもの。それがこの「まもるくん二号」だ。
 この魔道具には、私を守るため、たくさんの魔法が重ねがけされている。

「あぶなかったかも……」

 今日は、かなりひやっとした。
 だってあの姫様は――ただの幼児の癇癪かんしゃくだけど――それでも、明確な“悪意を持って”私に攻撃したのだ。
「まもるくん二号」には〝悪意を持って触れると反撃〟するように魔法がほどこされている。
 子供の癇癪だって〝悪意〟は〝悪意〟だ。もし、「まもるくん」がそう判断していたとしたら。
 投げられたぬいぐるみが万が一、私に当たっていたら。
 魔道具が攻撃してきた者――あの小さな姫様に、反撃するところだった。
 ノーチェの攻撃魔法で、あの姫様と乳母さんは相当の怪我を負っていただろう。いや、相手は幼児。下手をすると死んでしまっていたかもしれない。
 こういうことを、全く想定していなかった。
 私の魔法ですらヒューマンにとっては強力なのだ。魔王の魔法に耐えられるわけがない。
 オーバーキルすぎる魔道具に、改めて恐怖が湧き上がる。
 私が攻撃されたら、ノーチェが怒る。魔界の重鎮じゅうちん達も黙ってはいないだろう。ギューゼルバーンみたいに街が破壊される可能性だってある。
 ノーチェがギューゼルバーンを攻撃したことは、もう大抵の人が知っていた。だからこそ貴族達も、魔王の半身候補である私にれ物に触るように接している。
 今のところはいないけれど、私を利用したいと考える者もこれから出てくるかもしれない。だから私は注意をおこたっちゃ駄目。
 私は決して攻撃されないよう、危ないことには近付かない。自分の力を誇示こじし、ノエルと青騎士にがっちり守ってもらって……と、最大限の注意を払って暮らしている。
 そして「まもるくん」は、その守りをくぐって襲ってくる敵や、不慮ふりょの事故などに対する秘密兵器みたいなもの。
 実際のところ、今まで「まもるくん」が活躍したのは、一号二号あわせても二回だけだ。コルテアの神殿で暗殺されそうになった時と、王都神殿で大神官と渡り合った時。
 最後の守りである「まもるくん」の出番の少なさは、それだけ青騎士達がきっちりと私を守っていてくれた証左しょうさでもある。今後もこれの活躍はない方がいいに決まっている。
 そこで、だ。
 今日のぬいぐるみ事件ではっきりした。
 この反撃魔法、今考えると過剰防衛だったかもしれない。
〝悪意を持って〟とは、どれくらいを悪意と判断するのか?
 私が作成した「まもるくん」は私の常識でかんがみて〝悪意〟を判断していた。
 私は日本で普通に、たくさんの人達と触れ合って生活してきたわけだ。私にとって、兄弟や友達と口喧嘩くちげんかするくらいは普通だし、ちょっとしたボケに「バカか」なんて、突っ込みがてら頭を叩くのも日常茶飯事だと思っている。だから、それは〝悪意〟とは判断しない。
 たまに満員電車や信号待ちで、苛々しているのかわざとぶつかってくる人がいるよね。あれは〝悪意〟があるけど、反撃するほどのことじゃない。
 私が反撃すべきだと考える〝悪意〟は、もっと明確な攻撃性のある行為。〝害意〟とでも言おうか。
 だけど、ノーチェの常識は違う。
 ノーチェは魔王様で、この世界の頂点、〝神と繋がる至高の存在〟だ。かしずかれることが当然。臣下はいても、肩を並べられる友人はいない。
 仲間とふざけあったことなど、一度もないんじゃないだろうか。
 親しげに触れる者も、冗談や突っ込みで叩くような相手も存在しない。いや、ふざけるとか、冗談半分に相手を叩くとか、関西ノリの〝ボケと突っ込み〟なんて想像すらつかないかも。
 だからノーチェにとっては、不用意に触れてくる行動はすべて〝悪意〟。
「まもるくん二号」には、そんなノーチェの常識で考えられた魔法がほどこされている。
 しかも、過保護なほど私を心配するノーチェのことだ。〝悪意〟の判断基準も、より厳しいものになっている気がする。
 なので、幼児の癇癪かんしゃくも、きっと〝悪意〟。
 今まで魔法が予想外に発動する事態はなかったけれど、今日はちょっとまずかったかも。
「まもるくん二号」の能力をしっかり把握して、修正すべきところは今のうちに手を加えておかなきゃ。
 魔道具に一度施された魔法が解けるかどうかわからない。だけど、発動の条件を後から追加することはできた。これは「まもるくん」作成時に経験したからわかる。
 まず――
 今はもう壊れてしまった、私作成の「まもるくん」とノーチェ作成の「まもるくん二号」には大きな違いがある。
「まもるくん二号」には基本的に、「まもるくん」と同じ魔法を施してくれたのだけど、各々おのおのの魔法の威力はすごく高いのだ。『防御膜』なんて、おそらく核兵器でも壊せまい。
 魔道具はスキル〝魔道具作成〟がないとできないはずなんだけど、魔王様はなんでもできてしまうのか。そう言えばガイアが、『魔王はすべての生き物の能力の一部を背負う』って言ってたっけ。
 そしてもう一つ違いがある。それは空間属性の魔法が付与されているところ。
 この世界には、光・闇・火・水・地・風・空間の七つの属性の魔法がある。そのうち、空間属性の魔法は、この世界の神様、ガイア神が許した一握りの高位魔族しか使えない。もちろん、魔王様であるノーチェも空間属性持ち。
「まもるくん二号」には、その空間属性も利用されている。
「まもるくん」には盗難や置き忘れ防止のために、〝使用者から数メートル離れるとサイレン〟という魔法を施していた。
 これの代わりに、ノーチェが〝持ち主から一定距離離れたら、持ち主のもとに戻る〟という魔法にしてくれたのだ。これなら、盗まれたとしても安心だね。
 ノーチェは私の考えた「まもるくん」のもろもろの機能を、とても面白がっていたっけ。こういうアイデアを思い付くのは珍しいらしい。「さすが異世界人は違う」なんて言ってた。
 大きな変更点はあと一つ。〝隷属れいぞく契約解除〟を追加で施したことか。
 ってことで、「まもるくん二号」に施されている魔法はこんな感じ。



 1.魔力蓄積(MAX値 MPマジックポイント5000)
 2.特定のリズムで叩くと魔力が放出される
 3.使用者限定
 4.隷属、服従、魅了系魔法・スキルによる攻撃 阻止
 5.魔法無効化 無効
 6.自動ヒール(睡眠・マヒ・毒・呪いなどの状態異常、怪我)
   優先順位 呪い、毒、マヒ、睡眠、その他の状態異常、怪我の順。怪我の場合、発動は、
   脳、内臓、骨など深刻な部位損傷がある場合は生命維持にとどめる
 7.魔道具のステイタス表示(攻撃感知・アラーム付き、MP残量・状態確認等)
 8.危険を察知すれば防御膜(物理防御と攻撃魔法防御)、自動修復機能つき
 9.魔法不可視
 10.使用者の意志に反して魔道具を外せない
 11.悪意を持って触れると光属性魔法発動
 12.使用者から一定距離離れると戻る
 13.隷属契約解除



 今直したいのはこの一一番目。〝悪意を持って触れると反撃〟の発動の条件付けだ。
 あ、そうそう。
 実は、この魔法を付与してもらう時に、すごくびっくりしたことがある。
 ノーチェは無属性魔法が使えなかった。っていうか、〝無属性〟という属性は存在しないらしい。
 この世界の魔法属性は七つ。それは私も知っていたけど、私のステイタスには無属性があるから、実質は八属性なんだと思っていたのだ。無属性は〝属性に頼らない魔法的なもの〟なのかなって。
 今まで見てきた人達のステイタスには、無属性の文字を見たことがない。でも、HPヒットポイントが五ケタ以上の人のステイタスは私には見えないから知らないだけで、きっと他にも無属性持ちがいると思ってたのだ。
 ノーチェに教えられて、初めてこの世界に無属性魔法というものはない、と知った。
 ノーチェに魔道具を作ってもらわなければ気付かなかったことだ。人前で「無属性が」とか言わなくて、本当によかった。
 そう言えば、この世界では魔法の呪文は、その属性の精霊に祈ることでされる。その理屈で言うなら、無属性だって〝無属性の精霊〟に祈らないと魔法が使えないわけだ。でも、精霊の属性は七つしかない。ってことは、無属性の魔法は一体どういう原理で使えるんだろう?
 私には、魔法を使う時に精霊に頼んでいる、という実感はない。むしろ精霊の存在すら知らないまま、ゲームのイメージで魔法を使っていた。
 おそらくなんだけど。
 空間属性のない私がアイテムボックスを使えるのと同じで、無属性の魔法も異世界人特典のようなものなんじゃないかな。
 この世界の常識を当てめられない事象は〝無属性魔法〟ってことかもしれない。
 たしか、ガイアも、異世界人はこの地の制約を受けない。だから異世界人は、願ったことをそのまま具現化できる。そんな感じの内容を言ってたと思う。
 具現化できるのは、自分がしっかりイメージできるもの、それで、ゲームや小説、アニメなんかで見た馴染み深いものがモデルになる。私の場合はRPGロールプレイングゲーム
 その能力のうち、この地にある七属性に当て嵌められないものは『無属性』ってこと。
 ガイアが見せてくれた昔の『えにしの者』。琥珀こはく王の時の彼は三国志好きで、シミュレーションゲームが彼の想像のみなもとだったって言ってた。自分で『明高めいこう孔明こうめい』って名乗ってたそうだ。
 きっと、かの孔明君が持っていた能力には、私の持っていない能力もあったと思う。
 孔明君とも話をしてみたかった。琥珀王の狂化で亡くなってしまった彼。理由もわからずこの地に連れてこられて、きっと苦労しただろうな。
 もし会えたら、いろいろ話ができたのに。
 こういう話をできる相手がいないのは辛い。でも『縁の者』は一人の魔王に一人だけだから、私が他の『縁の者』に会う機会は絶対ないんだけどね。
 ああ、でもギューゼルバーンには〝召喚の儀〟がある。あれでこちらに連れてこられた人達も異世界人なら、私達と同じような能力を持っているのかな。
 とまあ、ちょっと話は脱線してしまったけど……
〝悪意を持って〟という条件を、もう少し変えればいいよね。
 攻撃に対しては防御膜が発動するし、状態異常や怪我をしても自動ヒールがある。実のところ、反撃って必要ないんだよ。
 いっそのこと反撃をやめてしまうか? それとも、たとえば〝HPの半分を失うほどの攻撃とみなせば〟みたいな条件にするか。
 私には『魔王の加護』補正(全パラメータ×2)がある。防御力だって、きっとかなり上がっているはずだ。もともとが弱っちい私だけれど、HP999で防御力もあれば、多少のことでは死なない……と思いたい。
 よし、決定。
 できるなら、この一一番目の〝悪意を持って触れると光属性魔法発動〟の魔法を消す。
 もしそれができなければ、〝HPの半分を失うほどの攻撃を受けた場合のみ発動〟と条件をつける。
 うん。そんな感じでいいかな。
 他にも何か気になるところがあれば……
 あ、そうだ。一二番目、〝使用者から一定距離離れると戻る〟の〝一定距離〟なんだけど。
 ノーチェの考える〝一定距離〟は、けっこう遠かった。
 これを作ってくれた時、彼にどの程度の距離で発動させたいかと聞かれて「部屋の端から端くらい」って答えたんだよね。
 ええ、私が間違っていました。魔王様が思う部屋の広さを見くびってました。
 私のイメージする部屋ってのは、日本で私が住んでいた部屋のイメージ。八畳ほどの部屋の対角線、つまり四メートルくらい。
 魔王様であるノーチェの考える部屋は広かった。
 私の居住スペースは、広い寝室があって、続きにこれまた広い広い居間がある。まるで高級ホテルのスイートのような造り。
 その寝室の一番奥の角に「まもるくん二号」を置いてそこから離れると、応接室の一番端まで歩いた頃に、やっと手元に戻ってくる。
 続きの部屋の対角線上にある角と角。直線距離にしてだいたい三〇メートルくらい? うーん、もっとあるかな?
 とにかく、それだけの距離を離れた時、ふっと右手にノーチェの魔力とひんやりと硬い感触が生じる。「まもるくん」が私の手に戻ってきているのだ。
 ちなみに、袋や箱にしまった状態で離れたらどうなるのかと実験してみたことがある。結果、袋ごと飛んでくるという予想は外れ、首飾りだけが飛んできた。
 テーブルの脚にぐるぐると巻きつけ、その上からひもで縛って離れても、拘束をすり抜けて首飾りだけが届く。
 生き物ならどうかと、ノエルに持ってもらって離れてみても、やはり戻ってくるのは首飾りだけ。
 首飾りのチェーン部分にハンカチをくくって、これでどうだ! と離れてみれば……
 この時はハンカチも一緒に戻ってきた。一体化しているかどうかで判断されるのか、それとも付属物と、「まもるくん」本体との重さの比率の問題か? なんて考えるのは、けっこう楽しかった。
 おっと、また脱線だ。悪かったね。こういう考察好きなんだよ。
 えー、つまり、一定距離離れると、の〝一定距離〟は三〇メートルくらいだということ。
 ちょっと遠すぎる感じはする。
 基本はつけっぱなしだし、外す時はアイテムボックスに入れるから問題はない。でも、欲を言えば、もう少し発動までの距離を縮めたいかな。
 あ、そうそう。これも心配だったんだけど、アイテムボックスは亜空間。つまり〝距離〟がないのだ。だから、もしかしたらアイテムボックスに入れた途端に手元に戻ってくるかも? って思ったものの、どうやらそれは大丈夫なようだった。
 ……うん。
 今のところ、修正したい箇所はそのくらいか。
 反撃魔法の付与を解く、または反撃に条件を設定する。それと、転移魔法の発動までの距離をもう少し……一〇メートルほどに縮める。
 よし。
 私は気合を入れて、「まもるくん二号」を目の前にかざす。

『〝悪意を持って触れると光属性魔法発動〟の魔法除去』

 そう唱えると魔道具が光り、魔法が弾かれた。
 ……無理か。
 もう一度チャレンジしてみるが、魔法が効いた気配はない。魔道具のステイタスにも変更なし。
 やっぱり、一度ほどこされた魔法は解けない?

「じゃあこれで……『〝悪意を持って触れると光属性魔法発動〟の発動条件追加。使用者のHPの半分を失うほどの攻撃を受けた場合のみ発動』」


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