異世界で『黒の癒し手』って呼ばれています

ふじま美耶

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4巻

4-3

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「今まで通り接してくださいというのは、無理なお願いなんでしょうか」

 ノーチェは魔王様だけど、私はただの異世界人。私自身はちっとも偉くない。急に高貴な存在だなんて言われてもね。

「人の目のない場所であれば、多少はくだけた言葉遣いでも構わぬ。が、あくまでも〝多少は〟だ。異世界人のそなたにはわかりにくいだろうが、我らにとって魔王は特別な御方なのだ」

 とはいえ、私は〝半身〟ではなくて〝半身候補〟。だから魔王妃に対するような正規の礼が必要なわけではない、とレオン殿下は続けて説明してくれた。
 つまり、今の私は公的にはただの平民。だけど、魔王が半身にしたいと考えているほどの存在だから、ヒューマンが粗雑そざつに扱っていいわけがない。
 そこで、公的な身分は関係なく、ヒューマン間においては私をファンテスマ王家に次ぐ立場として扱うことに決めたそうだ。魔族達が同席する場合には、王族も私に敬語を使うことになるらしい。
 私を傷つけると魔王が怒る。そうなればヒューマンの国なんてひとたまりもない。
 うん。私的にわかりやすいたとえで言うなら、私は核兵器の遠隔スイッチみたいなもの。
 私に不用意に触れれば、ノーチェという核兵器が投下される。
 自然、扱いには最大級に気を使われながらも、実際の立場は低い。こんな何とも中途半端な立ち位置になっているのだ。
 私自身も『ガイアの娘』、『黒のいやし手』として人々から尊敬されているし、人気も高い。
 だけど、コルテア以外に住む人々は、私を直接見たことがないのだ。他の地域の人からすれば、ファンテスマの一地方であるコルテアに現れた、物語の登場人物のようなもの。
 実際の私は知られていないのに噂ばかりが先行していて、そこに今回の『魔王の半身候補』の通達だ。
 ……不安だなあ。
 私は傍に立つヴァンさんとシアンさんを見上げた。彼らは目が合うと、私を気遣いつつもそっと頷く。

「魔王との関係をおおやけにした以上、貴女あなたはもう〝ただのリィーン〟ではいられません。わかりますね、リィーン殿」

 シアンさんの言葉に続けて、ヴァンさんも口を開いた。

「俺達は騎士です、リィーン殿。今までも、これからも。我らは変わらず貴女の盾です」

 二人の言葉遣いが変わった。けど、その目には私への変わらぬ愛情がある。
 貴族の屋敷に閉じ込められた私を助けに来てくれた時も、大神官とやり合った私を守ってくれた時も。ギューゼルバーンのサド王にさらわれた時も、トラウマで倒れた時も。
 ずっとずっと、彼らは変わらず私を守ろうとしてくれた。私の身体だけじゃなくて、心も。
 関係は少し変わってしまったけど、やっぱりヴァンさんはお兄ちゃんだし、シアンさんはお母さんだ。それはきっと、ずっと変わらないと思う。

「わかりました。ありがとうございます、レオン殿下。ヴァンさん、シアンさんも」


   ***


 偉大なるガイアは『黒のいやし手』に天啓てんけいを授けた
 ガイアは告げる
 魔界へ行け、と――


『黒の癒し手』は運命に導かれ、魔界へと向かう
 大地の中心 大地のかなめ 八芒星はちぼうせいに守られしガイアのみなもと
 神々こうごうしくそびえ立つ宿木やどりぎ
 宿木の御許みもと ガイアの導きにより『紫魂王』と『黒の癒し手』は出会うべくして出会う


 ガイアは告げる
『黒の癒し手』よ
 箱庭の心を支える者 『紫魂王』を支えよと


『黒の癒し手』が傍らにあれば『紫魂王』の御世みよ幾久いくひさしく続くであろう
 ファンテスマのガイアの娘は魔界とヒューマンの国を結ぶかなめとならん、と――


   ***


『ガイアの奇跡 第二章』は小話しょうわかたりや吟遊詩人によって伝えられ、コルテアだけではなく、他の街や村にもすみやかに広がっていくことになる。
 この話は、まずコルテアの街で大歓迎された。
 その効果は凄まじく、コルテアの人々の反応は以前の奇跡を広めた時よりも、もっと熱狂的だった。
 これがもし、私の相手役となるのが魔王以外の魔族の誰かとか、他の国のヒューマンとかだったなら、ファンテスマの国民は納得しなかっただろう。
 国民感情としては、ご当地ヒロインである『黒のいやし手』が、他の国の者を好きになるなんて許せないよね。裏切られたと考える者もいたかもしれない。
 圧倒的な人気や高すぎる好感度は、ちょっとしたことで急降下する。
 だけど、相手が魔王なら話は別だ。
 魔王はガイア神と繋がる唯一の存在。
 だから、『ガイアの娘』である私とのセットは神話としても申し分なく、ヒューマンにも受け入れられやすいようだった。
 みんな、自分の住むこのコルテアから魔王の伴侶候補が出たことを誇りに思っているらしい。
『黒の癒し手』の評判は、より一層高まった。


 状況が落ち着くまで、私はまた城の客間で軟禁状態だ。なぜなら、屋敷だと何かあった時にレオン殿下と打ち合わせができないから。もちろん診療所でのお仕事も休み。
 レオン殿下に呼ばれたり、シアンさん達が報告に訪れてくれたりする時以外は、広くて居心地のいい客間でノエルと二人、何をするでもなくだらだらと過ごしている。やることといえば、時々クリスさん達に頼まれて新しいドレスの試着をするくらい。
 シアンさんの話では、私の屋敷にはいろんな貴族達から、魔王の半身候補となったことへのお祝いの手紙と共に、絵画や彫刻、宝石や装飾品なんかがたくさん届けられているのだとか。
 面会の希望や、パーティや茶会への招待なども増えたそうだけど、それはレオン殿下の方でみんな断ってくれているらしい。
 贈り物は、青騎士と魔術師で怪しいものがないか調べてから私のところに来るんだって。と言っても、私には美術品の価値なんてわからない。きっと誰かが管理して、部屋に飾るなりしてくれるんだろう。
 何で魔術師が検査をするのかというと、贈り物に呪術がかけられたものが交じっていないか調べる必要があるからなんだそうだ。魔法が存在する世界では、こういうことがあるから大変だよね。
 ギューゼルバーンがどうなっているのか、詳しいことは教えてもらえずにいる。
 もしひどい怪我人がいるなら、私が治したい。私なら助けられる命があるかもしれないもの。
 だけど原因に私が関わっている以上、そんなことは言えない。
 ギューゼルバーンの国民だって、私の顔なんて見たくないだろうしね。
 それに私がそんなことをするのは魔王の行動を批判するのと同じだから、しちゃいけないってレオン殿下に言われた。
 政治的なものが絡むと私にはもう理解が追いつかない。お子ちゃま美鈴には、そういうのはさっぱりだ。
 半身候補のためとはいえ、魔王がヒューマンの国を攻撃したことについて、誰一人非難する声を上げないのは、私の感覚からすれば異常だと思う。
 この地の人々は、魔王の狂化の時に街が壊されても誰も怒らない。〝そういうもの〟と受け止めてしまう。だってガイア神と魔王は繋がっているから。魔王も神様みたいな位置づけなのだ。
 だからこそ魔王がべる魔界はこの箱庭の頂点だし、魔界からヒューマンへの連絡は〝通達〟だったり〝布令〟だったりする。


『ガイアの奇跡 第二章』公表の翌日。
 城の客室で待っていると、ゴゴゴと結界が大きく揺れてきしむ音が響き、数人の魔族達が転移してきた。
 今日は各方位への、八公からの通達の日。
 コルテア領主にも、ガーヴさんが事前に伝導話器でんどうわき――声を伝える魔道具――で、魔界からの通達がある旨を知らせている。
 だから、城内にガーヴさんが転移してくるのは、あらかじめわかっていたことだった。
 そして、領主への通達より先に私に会いたいから、この部屋に転移してくるとも聞いていた。だけど、強大な魔力を持つ者がいきなり部屋に現れると、わかっていてもびっくりするよね。
 護衛の青騎士達も、一瞬剣に手をかけて身構えていたもの。
 閉じた結界を押し開き、虚空こくうからいきなり現れたのはガーヴさんと二人の魔族だった。
 三人ともすごく大柄で、並んで立っている様子は壮観だ。一人は獣人じゅうじんらしく、頭に獣の耳が生えている。もう一人はヒューマンとほとんど変わらない外見のせいで、見ただけでは種族の判別がつかない。
 二人とも男性で、どちらもきりっとした顔つきをしている。
 それにしても、珍しくガーヴさん一人じゃなくて驚いた。その上、現れた彼ら三人が触れ合っていないことから、ガーヴさんだけじゃなく、あとの二人も空間属性持ちなのだとわかって余計にびっくり。誰かを連れて転移するためには、身体に触れる必要があるのだ。
 この世界には、光・闇・火・水・地・風・空間の七つの属性の魔法がある。そのうち、空間属性の魔法は、この世界の神様、ガイア神が許した一握りの魔族しか使えない。空間属性持ちは魔界のエリート。
 そのエリートが同時に三人も、と考えつつソファから立ち上がる。
 ガーヴさんとは『名奉なほうじの儀』以来だ。
 その節はお世話になりました、と挨拶しようと近付いた時、ふいにガーヴさんが床に片膝をついて私に頭を下げた。後ろに立っていた二人の魔族も同じようにひざまずく。
 えっ? うそお。
 あまりの衝撃に、ざざざっと後ずさる。

「な、何してるんですか、ガーヴさん」

 あたふたと焦って声をかけると、ガーヴさんは私に頭を下げたまま呼びかけてきた。

「リィーン殿」
「な、何言ってるんですか、ガーヴさん」

 ど、ど、ど……殿って、殿って。

「いつもみたいに話してください。びっくりするじゃないですか」

 そう言うと、ガーヴさんは深いため息をついた。それからゆっくり顔を上げて、やっと私と目を合わせる。

「お前、俺を殺す気か」

 えええっっ……!?

「わからぬか?」

 少し考えてから、私はようやくその理由に思い至り、はっとした。
 ――ああ、そうだ。ガーヴさんはノーチェの臣下で、私はノーチェの半身候補だった。ガーヴさんが頭を下げているのは、私の後ろにいる魔王への敬意を示すためだ。
 それを、私が拒否してはいけない。

「……すみませんでした」

 睨みつけるようなガーヴさんの目は「理解しろ」と叱っているかのようだ。
 うん。とりあえず現状は把握した。
 私が今後ノーチェの半身となれば、八公第五位のガーヴさんより上の立場になるんだぞっていう無言の指摘、ちゃんと理解しました。
 レオン殿下にも言われたばかりだったのに、どうも実感がなさすぎてしっくりこない。
 ガーヴさんだけの時ならまだ許してくれるだろうけど、今は他の魔族の人達もいるものね。今までのような態度じゃ駄目だってことだ。

「わかればよい」

 ガーヴさんはもう一度頭を下げてから、ちらりと後ろの二人を振り返り、改まった口調で話し始めた。

「リィーン殿、紹介させていただく。この者達は地竜ちりゅうのヘクターと獅人族しじんぞくのラムディス。共に八公第五位の補佐を務める者」

 ガーヴさんの紹介の言葉に、名を呼ばれた二人が頭を下げた。

「お初にお目にかかる。八公第五位補佐、地竜のヘクターにございます。御目見得おめみえが叶い、恐悦至極きょうえつしごくにございます」
「同じく。獅人族ラムディス。リィーン殿におかれましてはご機嫌うるわしく」

 紹介された魔族が、順に挨拶してくれる。ヒューマンと変わらない姿のほうが地竜ちりゅうで、もう一人の獣人が獅人族なのか。獅人っていうのは獅子しし、ライオンかな。言われてみれば、たてがみのような豊かな髪の毛だ。ふさふさの髪から覗く耳もライオンっぽい。

「リィーンです。よろしくお願いします」

 なるほど。ガーヴさん、今までは私用で来ることが多かったし、仕事で来た時は極秘任務『名奉なほうじの儀』に関わることだったから一人だったけど、公式の場合はちゃんと補佐の人がついてくるのね。ということは、彼らは護衛も兼ねてるのかな。
 さすがに空間属性を持っている魔族が三人も揃うと、部屋に満ちる魔力が半端ない。
 それにしても、ガーヴさん達はいつまでひざまずいているんだろう? と考えたところで、私が「座ってください」と言うまでガーヴさん達が動けないことにやっと気付いた。

「ガーヴさん、どうぞ座ってください。皆さんも」

 焦ってそう言うと、ガーヴさんはもう一度礼をしてからさっと立ち上がり、私の正面のソファに座った。その後ろを守るように二人が立つ。
 あ、そうか。ガーヴさんの護衛も兼ねているなら座らないよね。

「リィーン殿。謁見えっけんの間での例の件、我ら八公も感謝している。礼を言う」

『名奉じの儀』も『えにしの者』も、箱庭のトップシークレットだ。部屋にはクリスさん達や、青騎士達もいる。それを配慮しての言葉なのだろう。

「私こそ、ガーヴさんにはお世話になりました。ありがとうございました」
此度こたびのこと、各方位のヒューマンの街に八公それぞれから通達を出す。『黒のいやし手』はいずれ紫魂王の半身となる御方ゆえ、『黒の癒し手』に干渉する者は魔界が許さぬと」

 今日はこれから、通達についての話をコルテア領主とする予定になっている。
 その前に礼を言いたかったのだ、とガーヴさんは続けた。そして重々しい口調でギューゼルバーンのことにも言及する。

「ギューゼルバーンの件はお前には……貴女あなたには何の落ち度もないこと。気に病む必要はない。また、半身の安全を侵した者に対する王の怒りはすでに果たされた。この件に関し、かの国に我らが今後干渉することはない」

 気にするなと言われても……
 表情を見て私の考えている内容がわかったのか、ガーヴさんは眉根を寄せて言った。

「もし悔いているのであれば、今後は大人しく我らに守られていればよい。貴女は、ただ、そこにありさえすれば、王は満たされる」

 ひどい、そんな……
 私の想いや人格を無視されたようで、反発しそうになる。……と、りんとした声が室内に響いた。

「ガーヴ公。それでは誤解を生みましょう」

 後ろに立っていた地竜のヘクターさんが、口を挟んだのだ。

「発言をお許しいただきたい。ガーヴ公はこう申しています。此度の件は悔やんでも仕方がない。だから悩むことはございません。しかしながら今後もし同じようなことがあれば陛下が、そして我らが黙って見ていることはありません。ですので、ご自身の安全を第一に考えて行動してください。……とは言うものの、陛下は貴女あなた様があるがまま暮らされることを願っていらっしゃいます。貴女様の行動を縛るつもりはありません。身の安全は我らが守りましょう」
「そう言った」

 ガーヴさんがむすっとしてヘクターさんに文句を言う。

「そう聞こえないから申し上げているのです。公のご説明では、リィーン殿に伝わりません」

 ヘクターさんに続き、獅人族のラムディスさんも口を開いた。

「王は頂点。王は至高。唯一絶対の存在。その傍で陛下のお心をいやして差し上げられる存在は、貴女様しかおられぬ。我ら魔族すべてが貴女に感謝している。どうぞそれをお忘れなきよう」

 ガーヴさんは、さすがに先ほどの言葉では説明不足だったと反省したのか、再び話し始めた。

「王が選んだ貴女を、我らは歓迎する。今後、魔族すべてが貴女の味方だ」

 ガーヴさんは宣言するかのようにそう言うと、それに、と言葉を続ける。

「『黒の癒し手』は、他の癒し手がさじを投げたミリーのやまいを癒してくれた。俺は、癒し手としての貴女にも感謝している。貴女でなくては助けられぬ命がある。だからこそ、俺は貴女に改めて誓う。『黒の癒し手』は必ず我ら八公が守ると」

 ガーヴさんの言葉はとても力強かった。私は自然に笑みを浮かべて頭を下げる。

「ありがとうございます」


 同じ日、各地の城にもそれぞれ八公が通達に訪れたらしい。
 こういう魔界からの連絡事項は、主要な街にだけ八公が自ら訪れ、近隣の村や小さな街には領主から連絡を行うのが常だとか。
 コルテアはファンテスマでも大きな街だから、今回のようにガーヴさんが直接来る。このあとはグランマチスにも話をしに行くのだそうだ。
 面会の最後に、ガーヴさんはこう言って部屋を出て行った。

「後日ミリーを連れて参る。魔界のこと、この地のこと、貴女にはまだまだ知るべきことが多い。少しずつでも構わぬ。魔界を、魔族をもっと知っていただきたい」
「ありがとうございます。ミリーさんに会えるのを楽しみにしています」


 テレビや新聞なんてものがないこの世界では、情報の伝達には結構な時間がかかる。とはいえ、魔界からの通達は八公がそれぞれの方位の主要な都市に同時に行ったのだから、単なる噂話とは比べ物にならないほどの速さで広がっているらしい。箱庭全体に情報が行きわたるのも時間の問題だろう、とヴァンさんが話していた。
 実際、コルテアの街に情報が広がるのは、あっという間だった。
 今回の魔界からの通達と、同時期に公表された『ガイアの奇跡 第二章』は、どちらもコルテアに住む『ガイアの娘』に関することだからね。街の人達が話題にするのも当然か。
 そして、ガーヴさんがコルテアに来た日の翌日。
 私は青騎士数十人に護衛され、ノエルの背に乗っていた。


 一二月四日の今日は、第一の光の日。
 ちなみに曜日は日本と同じ七日で構成されていて、それぞれ光の日、闇の日、火の日、水の日、地の日、風の日、空間の日と呼ばれている。光の日は日本の言い方だと日曜日ね。
 コルテアの神殿に私とノエルが行って、ガイア神に祈りを捧げる式典に参加するのだ。
 以前の『ガイアの奇跡』公表のあと、レオン殿下と神殿との取り決めで「毎月第一と第三の光の日に、神殿でガイア神に祈る私とノエルの姿を民衆に見せる」という話になった。
 代わりに神殿は、いやしの術を神殿の活動から切り離すことを認めた。
 今までは、癒しの術をほどこすことで神殿に高額のお布施ふせが入った。これを切り離せば、神殿としてはかなりの収入減となる。その上、患者である上位貴族達への発言力も弱まるのだけど、それよりも『黒の癒し手』との和解を選んだってわけね。コルテア神殿にいた癒し手はコルテア城に入り、領主とその家族専属の癒し手となった。
 これは神殿の力をぎたいというレオン殿下の思惑に沿った、私達――というかレオン殿下陣営に有利な取り決めなのだ。一つ事例を作ったら、あとは広げていくばかり。いずれこの国では、高いお布施を払わなくても、民衆が治療を受けられるようになるかもしれない。
 ガイア神が御遣みつかいを遣わすほど大切にしている申し子――これはレオン殿下の創作だけど――である私と、コルテア神殿の関係が良好であるとみんなに思わせることは、ガイアを奉じる神殿にとっても必要不可欠。
 だから、これは誰にとっても良い取り決めなのだ。

「『ガイアの奇跡』発表直後ですから、かなりの人出になるかと」

 隊列を組んで城を出る前、私とノエルのすぐ傍に控えるシアンさんが、「まるでお祭りのような人混みですよ」と教えてくれた。
 魔王の半身候補という立場となって初めて公の場に姿を現すのが神殿での式典となったのは、『ガイアの娘』としては一番良い形なんだろうと思う。
 レオン殿下もそれを狙っていたんじゃないかな。
 ともかく、今日の式典にはすでにたくさんの人が集まっているらしい。
 護衛達も、今までよりずっと多い。数十人の青騎士が、ぐるりと私の周りを取り囲んでいる。まるでレオン殿下の外出並みだ。
 万が一私に何かあれば、ノーチェが許さない。それはつい最近ギューゼルバーンの王都が破壊されてしまったことからも確実だ。だからこれくらいの備えは当然なのだろう。
 今後は出歩くたびにこんな過剰な護衛がつくのかと思うと、ため息が出そうになる。
 でも、もし何かあってコルテアがノーチェの攻撃にさらされたら……なんて、想像するだけでぞっとするもの。どうか誰も私に攻撃しませんように、と祈りたい気分だ。

「今日は……大丈夫でしょうか」

 前回の式典の時は、私の暗殺未遂事件が起きた。実行犯の神官は死亡し、おとりに使われた貴族は爵位しゃくい剥奪はくだつ。そして黒幕らしき神官はあれからも行方がわからず、動機もはっきり掴めていない。
 とはいえ、神殿に責任は追及せず、式典についての取り決めは変更なしという結論に落ち着いたんだそうだ。
 ――あるじ――大丈夫――守る――ノエル、守る――
 うん、ありがとうノエル。いつも守ってくれて頼もしいよ。

「今日、貴女あなたを攻撃しようなどと考えるうつけはいませんよ」

 前回の教訓を生かして、今日は神殿の敷地内へ入ることができる人を厳選しているらしい。入口でも厳しいボディチェックをしている。
 その上、式典に参列できるのはコルテア領主の招待を受けた貴族のみ、という万全の警備体制なのだとか。
 私、みんなに迷惑かけてるね……

「私はここにいて、いいんでしょうか?」

 不安になって、ついシアンさんに尋ねてしまう。
 私はすごく役に立てていると思う。利用価値はめちゃくちゃあるよね。
『ガイアの娘』で、いやし手としてもかなり優秀。しかも、私は魔王の半身候補だ。
 だけど、それにともなう危険度は今までとはけた違い。もし私がひどい目に遭うなどして魔王を怒らせたら、街がなくなる。
 そう考えると、迷惑だって思われているんじゃないかと心配になっちゃうんだよ。

「貴女はコルテアの――ファンテスマの『ガイアの娘』なんですよ。我らが貴女を守るのは当然です。それに、魔王の半身候補をお守りできることは、我らにとっても非常にほまれなのです」

 だから心配は無用ですよ、とシアンさんは微笑んだ。


 城の正門――基本的に私が通用門を使うことはもうないんだそうだ――を出ると、神殿へ向かう道には、すでにたくさんの人が並んでいた。

「うわあ」
「神殿に入ることのできなかった者達ですよ」

 シアンさんの話によると、神殿に入れなかった人達が、私とノエルを見るために道に並んで待っているのだとか。

「『黒の癒し手』万歳!」
「『黒の御遣みつかい』万歳!」
「『ガイアの娘』万歳!」
「御遣い様!」
「申し子様!」

 道端に立つ人々から、興奮した声が上がった。彼らの熱狂ぶりは、以前のノエルお披露目ひろめのパレードの時以上だ。
 その声援に時々手を振って応えながら、青騎士と私達の行列は着々と神殿へ進む。
 やがて、荘厳そうごんな建物が見えてきた。


 神殿の門を過ぎ、大聖堂の前でノエルから降りると、神官長他たくさんの神官が私達を出迎えてくれた。

「ようこそお越しくださいました、『黒のいやし手』様。ガイア神のお導きに感謝いたします」

 神官長がそう言うと、他の神官達も左胸に手を当てて、丁寧なお辞儀をした。

「『黒の癒し手』様のご用意が整いましたら、すぐに式典を始めさせていただきます。よろしくお願いいたします」

 神官長も他の人達も、前の時以上に愛想がいい。


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