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4巻

4-2

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 記憶を見たということは、ノーチェは私があいつに手のひらを切られたことも、キスされたこともみんな知っていたんだ。
 し掛かってきたサド王の体重と酷薄こくはく眼差まなざしを思い出してぞっとする。震えそうになる自分の身体を両手で抱き締めた。
 ノーチェにあんな姿を見られたなんて――
 それで、ノーチェは怒ってギューゼルバーン王を殺そうとした?
 でも、だからっていきなり城を攻撃って。きっと、たくさん人が死んだり怪我したりしているはずだよ。
 私のため? 私があんなことをされたから? 私の……私のせいで?
 私のせいで――どれだけの人が死んだのか。
 あまりのことに身体が震えた。うまく働かない頭を必死で動かす。
 そう、まず……まずはノーチェと話さなきゃ。

「すみません、殿下。魔王と話をしてきてもいいですか?」
「どうやって?」
「呼べば駆けつけると言ってましたから、呼んでみます」

 レオン殿下に了承をもらい、魔王の転移による結界の揺れに護衛達が混乱しないよう周知してから、用意された部屋に入った。
 魔王様を呼びつけるなんておそれ多いことかな、とか、魔王なんだから忙しいんじゃないかな、とか思いつつも、これはちゃんと話し合っておかなきゃいけないことだから、と自分を納得させる。
 離れた場所にいて、名前を呼びかけるのは初めてだ。
 ホントに呼びかけるだけで聞こえるのか不安になりながらも、そっと彼の名前を口にした。

「ノーチェ?」

 とたんに、膨大な魔力が目の前に生まれた。城の結界がぎしぎしと悲鳴を上げる。
 気が付くと、私はノーチェに抱き締められていた。
 胸元にぽすんと顔を埋める形で抱き込まれた私は、ゆったりとした彼の服の袖に身体を覆われている。全身をノーチェで包まれているようだ。
 おでこの上に頬が寄せられ、いとおしげに頬ずりされた。
 見上げると、上機嫌に微笑みを浮かべるノーチェの顔があった。

「やっと呼びかけてくれたな」
「ノーチェ」
「そなたに名を呼ばれることはこの上なき喜び。もう一度呼んでくれ、リィーン」

 低音を響かせるなっ、色っぽく耳元でささやくなっ。こ、こら、髪にキスをするなっ。
 どきんと跳ねる心臓をごまかすために深呼吸をする。ノーチェのペースに巻き込まれるな。がんばれ恋愛初心者わたし

「ノーチェ、ちゃんと聞いて」

 精いっぱい腕をつっぱって、やっと距離を取る。ノーチェはしぶしぶ私の背中に回していた腕を外した。

「なんだ。私に会いたくて名を呼んだのだろう? 何を怒っている?」
「ノーチェ、ギューゼルバーンの王都を攻撃した?」
「ああ。それがどうかしたのか?」

 何てことないようなノーチェの言葉に、私は絶句してしまう。

「……どうかしたのかって」
「言ったであろう? そなたを傷つける者は私が殺す。かの国の王を殺すのみでもよかったが、それでは見せしめになるまい。ゆえに城ごとまとめて破壊した」
「駄目だよ、そんなことをしたら。たくさんの人が死んだんだよ。関係ない人もいっぱい死んだり怪我したりしたはず。そんなことをするのはやめて」
「ならぬ。そなたは我が半身。そなたを傷つける者を許すわけにはゆかぬ」
「私が『えにしの者』だから?」
「かの地の王はそなたを傷つけた。あまつさえそなたの身に触れ、口づけ組み敷いた。ガーヴの助けが間に合わねば彼奴きゃつけがされていただろう。私がそれを許すとでも?」

 その紫の瞳に宿る苛烈かれつな嫉妬と怒りの炎が怖くて、思わず後ずさる。
 そう……だった。
 魔族は嫉妬深い生き物だって、シアンさんが言ってた。レオン殿下も、魔族との婚姻は難しいって。
 二人の言葉の意味を、ちゃんと考えていなかった。
 この前会った時のノーチェは、〝カレシ〟になれたことで上機嫌に笑みを浮かべ、子供みたいに私に抱きついていた。だけどあの時すでにギューゼルバーンのことを知っていて、実はすんごく怒っていたんだ。そんなことおくびにも出さなかったのに。
 ちょっと天然で可愛いって思ってたけど、一筋縄ひとすじなわではいかない人だった。
 さすが魔王。さすが八〇〇歳超え。想像以上に複雑な精神構造をしている。
 ……ノーチェってヤンデレかも。
 でも、魔族なら当然のことなのかもしれない。
 数千年の生涯の間たった一人を愛し続ける彼らだからこそ、私があのサド王にされた仕打ちを許せないのだろう。
 私のせいで、ノーチェはギューゼルバーンの城を攻撃したんだ。
 ――私にどれだけの人の命を背負えと言うの。
 そういえばガイアも、

『君が憎いならギューゼルバーンを滅ぼしてもいいし、ファンテスマの王に成り代わってもいい』

 って言ってた。
 でも『スキャン』の魔道具を作って診療所に置くのは駄目だって。
 人の命を数百単位で殺すより、人の技術や知識を向上させる方がいけないことなの?
 箱庭にとって、命というものはそれほど軽いのか。
 もしくは命が重すぎて、増えすぎると支えられないから殺すのか。
 わからない。私は、どうすればいいんだろう。
 もし私がまた危険な目に遭えば、ノーチェは今回みたいに、敵のいる区画をまとめて壊してしまうの?
 心の奥から恐怖が湧き上がる。がくがくと膝が震えて、立っているのがやっとだった。

「だめ、だよ。ノーチェ。私、そんなの背負えない」
「そなたが背負うことはない。これは私の――」

 そう言いながら近付こうとするノーチェだが、私は後ずさった。

「やだ。こないで」
「リィーン」
「やだ。私、やだ。こんなの、やだ。もうやめて。私……」

 後ずさったことで開いた距離は、ノーチェの腕に抱き寄せられてあっけなく詰められる。両手で抱き締め、頬を私の頭に載せて全身を包み込むように。すがりつくように。ノーチェの腕の力は強くて、それだけで泣きそうだ。

「そなたは私のものだ」
「私が『えにしの者』だから、ノーチェはそんなことをするの? 私が傷つけば、また簡単に人を殺してしまうの? ノーチェにとって、ヒューマンってそんなに価値のない存在なの? ノーチェは箱庭のすべてを支えているんでしょう?」
「私はすべてを支えている。魔族もヒューマンも動物も変わらぬ。どれも私が支える生き物。一つとしてらぬものはなく、一つとして特別なものもない」
「だったら」
「だがそなたは別だ。そなたを失うわけにはゆかぬ。ニホンとやらに戻ったあとのことは私には感知できないが、この箱庭にいるそなたが少しでも傷つけば、私とて冷静ではおられぬ。リィーン、そなたはかよわい。我ら魔族と比べると、触れることすらはばかられるほどのひ弱さだ。『半身の契約』が済めばそなたもヒューマンのことわりから外れ多少は強くもなるが、今のそなたの脆弱ぜいじゃくな身体が私には恐ろしくてならぬ。よいか。そなたは無事に生きろ。今後は毛筋ほどの怪我も許さぬ。そなたの安全がこの箱庭の安寧あんねいに繋がることをゆめ、忘れるな」

 私を抱き締めるノーチェの腕に力がこもる。
 ああ、そうか。
 この人は――おびえているんだ。
 彼は一度、自分が魔力を解放したせいで死にかけた私の姿を見ているんだった。
 私と二人きりの時のノーチェは、とても魔王とは思えない純粋さで、母親を慕う子供かと思うほどのまっすぐな愛情を向けてくる。
 だから、ノーチェがこの世界に君臨している王であることを忘れそうになってしまうけど、彼は掛け値なしに『魔王』なのだ。
 私を傷つけた者への復讐のためなら、無関係な人々も殺す。
 私が死ねば、ノーチェは狂って世界を破壊する。
 今までの『縁の者』はみんな、こんな重圧に耐えたの?
 正直なところ、ノーチェがサド王を殺しただけなら、何とも思わなかったかもしれない。
 日本にいた時の倫理観では、きっと、どんなにひどいことをされても、報復で人を殺すなんてとんでもないって考えただろうに。
 私はこの世界に来て、人の死を見すぎたのかもしれない。
 たぶん「私のために人を殺すなんてやめて」とは言っただろうけど、だからといって罪悪感にとらわれたりはしなかったと思う。
 だけど、これは予想の斜め上すぎて。
 私のせいで失われた命の多さに、眩暈めまいがしそうだった。
 何と言っていいかわからなくて、私はただノーチェに抱き締められたまま茫然ぼうぜんとしていた。
 ――今の私には、ノーチェを抱き締め返すことはどうしてもできなかった。


 ノーチェと共にレオン殿下の執務室に戻ると、殿下がソファから立ち上がり、優雅な動きでその場にひざまずいた。
 レオン殿下が膝を折る姿なんて初めて見た。
 周りに控えるヴァンさんや他の青騎士あおきし達も跪き、騎士の礼を取っている。
 当然のようにその礼を受けたノーチェは、レオン殿下に冷たい目を向けて口を開いた。

「ファンテスマの王の子か。発言を許そう」
「お初にお目にかかります。ファンテスマ王国第二王子、レオンハルト・フォン・デュッセル・ファンテスマと申します。紫魂王におかれましては、ご機嫌うるわしく」
「挨拶はいらぬ。ギューゼルバーンの王都は混乱しているだろう。そなたらにはずいぶんと都合のいい結末であろう。せいぜい利用するがよい」

 皮肉な内容を淡々と言うノーチェに、レオン殿下はほんの少し口の端を上げる。

「恐れ入ります」
「リィーンは我が半身。今までよく守ってくれた。リィーンは『ファンテスマのガイアの娘』であることを望んでいる。ときが満ちるまでは私もそれで構わぬ。が、あまりお前達が欲をかくようなら、我が半身は魔城まじょうへ連れ帰る。心せよ」

 連れ帰るという部分に、私はぎょっとしてノーチェを見たけれど、二人とも私の動揺には気付いてくれない。

「しかと。肝にめいじておきましょう」
「三日だ。それで体裁ていさいを整えるがよい」
「温情に感謝いたします」

 ノーチェは私を振り返るとつややかに微笑み、髪に口づけてから魔城へと転移した。


 ノーチェが消えたあと、私はその場に座り込んでしまった。
 私を支えようとしたヴァンさんを制し、レオン殿下が私の手を取ってソファに座らせてくれた。
 殿下もそのまま私の横に座る。

「大丈夫か」
「……何と言っていいのか」
「紫魂王のなさったことは正しい。魔王の半身となる者に手を出して、無傷でいられるなどありえぬ」
「だって、私はまだノーチェの半身になったわけじゃないです。なのにこんな」
「リィーン。そなたはまだ理解できておらぬな」

 レオン殿下はそう言うと、よくお聞き、とまるで子供に言って聞かせるように話し出した。

「リィーン。紫魂王との約定やくじょうは何であった?」
「約定、ですか?」
「そうだ。王の半身となるかどうかは、そなたの寿命が尽きるまでに決めればよいと、そうであったな?」
「はい、そうです」
「それだけではあるまい?」
「え?」

 わけもわからずレオン殿下の顔を見上げる私を見つめ返し、殿下はまた口を開く。

「落ち着いて思い出してみよ。そなたの四〇〇年にわたる寿命まではどうすると言ったのだ?」
「ですから、私はまだ恋愛とか考えたことがないので、ゆっくり知り合っていきたいと。ノーチェも、それまでは先を望まないから傍にいてほしいって……」
「つまり、四〇〇年間は半身の契約を先延ばしにしても構わないが、リィーンが紫魂王の想い人であることに変わりはないのだろう?」
「えっと。だからカレシ……って、えーっと。男友達の延長というか、軽いお付き合いというか」

 カレシは翻訳されないから言い直した。
 私の話す言葉や聞く言葉は、この世界の言葉に自動的に翻訳される。おそらく異世界召喚時の特典のようなものだと思う。だけど、この世界にないニュアンスの言葉は、そのままの音で発音されてしまうのだ。

「リィーン。魔族相手に『軽いお付き合い』などというものは無理だ。魔族は情の深い生き物だと申したであろう。妾妃しょうひや一夜の遊び相手ならともかく、半身の契約を結びたいと願うほどの相手を、自ら手放すようなことは決してない」

 あれ? カレシってお試し期間じゃないの?
 もしかして、ノーチェがカレシじゃなくなる時は、私が日本に帰るか半身の契約を結ぶ時?
 じっくり知り合っていきたいということには納得してくれたけど、付き合ってみてやっぱり違うから別れますっていうのはナシ?
 ……そういえば。

『それでよい。四〇〇年、そなたのカレシでいよう』

 そう言った時のノーチェは、すんごく嬉しそうだった。
 私が理解し始めたことがわかったのか、レオン殿下は駄目押しのように話を続ける。

「魔族がこれと決めた者と別れることはありえぬ。そなたはすでに紫魂王の恋人であり、半身候補だ。婚約者と言い換えれば、そなたにもわかりやすいか。恋人という立場が変わるのは、そなたが寿命でかの地へ帰る時か、半身の契約を結ぶ時だけだ」

 魔族にとっての「恋人」は、婚約者みたいなものなんだ。
 そんなことノーチェは言ってなかったじゃん。
 それがわかっていたら、ちゃんとお友達から始めましょうって言ったのに。
 ……あ。

『カレシっていうのは恋人のことです』

 あの時、自分でそう言った。私。カレシは恋人だって。
 私の考えるカレシと、ノーチェの考えるカレシはまったく別のものだった。
 魔の力の強いこの世界では、言葉の効力はとても高い。
 真名まなにかけて誓ったわけではないし、カレシにしてほしいというノーチェの言葉に魔力はこもってなかったから、ちゃんとした契約とは違う。
 言うなればただの口約束。でも私は「ヒューマンの寿命まではカレシ」だと認めてしまった。
 だから、ノーチェはもう私と婚約しているつもりなんだ。
 そう……だった。
 魔族は嫉妬深い生き物だって、魔族との婚姻は難しいって。そういうことだ。
 ちゃんと考えていなかった。
 って、さっきも同じことを思ったのに。
 やっぱり私、なんにも、まるっきし――
 ……わかってなかった。


 その日、私はどうやって自分の屋敷に帰ったのか、うっすらとしか覚えていない。
 ヴァンさんにうながされるままノエルの背に乗り、屋敷に戻ってからは侍女のクリスさんとマリアンヌさんにお風呂に入れられ、温かいミルクにお酒を少し入れたものを手に寝室に押し込められた。
 それを飲んだかどうか、そしていつ眠ったのかは、ほとんど記憶に残っていない。


 いつの間にか視界に広がっていたありえない光景に、ああ、これは夢なんだとぼんやりとした頭で考えた。だって、私は今、生身で空に浮かんでいるのだから。
 私の眼下に広がっているのは、コルテアよりも大きな街。
 高くそびえる荘厳そうごん主城しゅじょう。複雑に入り組んだ道で繋がるいくつもの塔。その城を取り囲むように作られた堅固けんこな城壁。その周りには貴族の屋敷が立ち並ぶ。
 馬車や貴族らしき人々。要所要所をきびきびと巡る騎乗した騎士達。
 私はそれらを上空から眺めている。
 それにしても、初めて見る光景のはずなのにやけにリアルだ。かなり高いところに浮かんでいる割に細部まで良く見えるのは、夢ならではのご都合主義ってやつか。
 頭の片隅で、そんな風に冷静に考えている。
 でも、私の心を圧倒的に占める感情は〝怒り〟だ。
 怒り、焦燥しょうそう、嫉妬、怒り、自己嫌悪、怒り、諦観ていかん、怒り、怒り、怒り……
 ――と、手が勝手に動く。かざした右手から暗き閃光せんこうが放たれた。神の怒りを具現化したかのような大きな光が主城へと呑み込まれて、建物の中から爆発するように飛び散った。人を――城を――街を、容易く引き裂いていく。
 爆発音も、悲鳴も、すべてがリアルだった。

「やめてーーーー!!!!」

 叫んだ瞬間、飛び起きた。
 どくどくと激しく脈を打つ胸を自分で抱き締める。
 ベッドの横からノエルが大きな顔をこちらへ寄せて、気遣うように鼻を押し当ててくる。
 ――あるじ――リィーン――大丈夫――
 ノエルの念に答える余裕もなく、ただ、痛いほど脈打つ胸を抱き締め、空気を求めてあえぐ。

「リィーン様っ」

 クリスさんと、それから少し遅れてヒュージさん、ジュエさんが部屋に飛び込んできた。

「何事ですか!」
「ご無事でしょうか」

 剣を手に飛び込んできた騎士達の姿を見て、夢の中で発した悲鳴は、現実でも口から出ていたのだと気付いた。

「すみません。夢、みたいです。怖い夢を見ちゃって……ごめんなさい」

 震える声でそう謝る。心臓の痛みも鼓動も、まだ治まりそうにない。

「リィーン様……」

 気遣ってくれるクリスさん達に、迷惑をかけてすみませんと再び謝り、もう大丈夫だからと言って下がってもらった。
 あれは……ギューゼルバーン?
 先ほどの破壊はノーチェの目から見た風景だったのか、それともただの夢なのか。判断がつかない。
 でも――
 目が覚めた今も鮮明に思い出せる。心の中が怒りに染まる感覚と、容易く行われた破壊。
 ノエルの毛皮に抱きつき、ひたすらでながら考える。
 ギューゼルバーンのことや、ノーチェのこと、『えにしの者』の責務や、この世界のこと、いろいろ――本当にいろいろ、考える。
 答えは……何も出なかった。


「さて、リィーン」

 翌日、もう一度レオン殿下の執務室に呼ばれた。ヴァンさんとシアンさんも同席する中、ソファに座る私に、レオン殿下は話し始める。

「そなたが落ち着くまでもう少し待っていてやりたいが、そうも言っておられぬ。王は三日とおっしゃった。明後日あさってには第五位ガーヴ殿より、コルテアに通達があるだろう」
「通達、ですか?」
「そうだ。魔王は見せしめの意味も含めてギューゼルバーンを攻撃なさった。であれば、誰が何のために攻撃したのか、明らかにせねば意味があるまい。『黒のいやし手』は紫魂王の半身候補。手を出せば魔界が動く。しかと心せよ、と八公が各方位へ通達をなさるだろう」

 そうか、私に危害を加えたからこうなったんだと、箱庭中に知らせなくちゃいけないものね。
 でなきゃ〝見せしめ〟にならない。
 ……そのために失われた多くの命を考えて、また身体が震えそうになるのをぐっとこらえる。
 今、私が悩んでいても何にもならない。
 それにしても、〝通達〟なのね。言葉の意味的に、上位組織から下位への連絡事項、というイメージがある。
 そういえば、ガイアが昔の『縁の者』の話をした時にも『魔王の眷属けんぞく達がヒューマンの国の指導者達に布令を出した』と言っていたような。
 こういう話を聞くたびに、やっぱり魔界はガイアの箱庭の頂点なんだなと思う。直接ヒューマンの国を支配しているわけではないけど、魔界の立場は圧倒的に強い。
 この世界は魔界が中心にあり、その周囲をヒューマンの国が取り囲んでいる。
 魔界には、中心にある魔城まじょうを囲むように八公の城が等間隔に並んでいて、ヒューマンとの折衝せっしょうはその方角を守る八公がそれぞれり行っているんだそうだ。
 ファンテスマは大地の北西から南西まで広がる大国だから、八公の管轄で言うと七位、二位、五位の三区画にまたがっている。
 南西のコルテアは第五位ガーヴさんの管轄区域になるため、魔城からの通達もガーヴさんを通じて行われるのだとか。
 ちなみに、ファンテスマ王都のある西は第二位、マノウヴァという人の管轄で、王都へはその人が連絡してくるだろうとレオン殿下が教えてくれた。

「王は、そなたが『ファンテスマのガイアの娘』でいていいとおっしゃった。であれば、我らとしても、このまま『ガイアの娘』として扱わせてもらうつもりだ。そなたが異世界人であることは、王家のごく一部の秘となろうな」

 私が異世界人であることを知っているのは、今のところレオン殿下、魔術師長、ヴァンさん、シアンさん、そしてガーヴさんとミリーさん。魔王であるノーチェと八公達も知っている。

「以前の『ガイアの奇跡』を少し書き換える必要がある。『ファンテスマのガイアの娘』である『黒のいやし手』が、ガイアの意志により紫魂王の半身候補として選ばれた、とな。そなたにはファンテスマと魔界の架け橋になってもらいたい」

『ガイアの奇跡』とは、私がギューゼルバーンから助け出されてすぐに発表されたもの。ギューゼルバーンが『ガイアの娘』を迫害したことをガイアが怒り、大地が揺れ、神の御遣みつかいが私を助けてくれた。御遣いはそのまま私の眷属となった……と、そんな感じ。まあ全部レオン殿下の創作なんだけどね。
 これ一つで、『ガイアの娘』を誘拐されるという失態を演じた青騎士の名誉挽回めいよばんかい、私の『ガイアの娘』認定、ノエルの存在の公表とコルテアでの自由の確保、神殿対策、王の嫁フラグ対策を全部やってしまったレオン殿下はすごい。
 今回はそれに加えて、ガイアが私を魔王の半身候補に決めたってことになるんだろう。さしずめ『ガイアの奇跡 第二章』といったところかな。
 ……まあこれは実際のところ、まんざら嘘じゃない。
 だって私は『えにしの者』だもの。
『縁の者』は、魔王のたましいに沿う魂を持つ異世界人のこと。魔王に名を付けることができるのは『縁の者』だけなのだ。
 名を得ることのできなかった魔王は数百年で狂化。名を得た魔王は数千年生き続け、さらに、『縁の者』がずっと傍にいれば、その寿命は五千年を超す、と言われている。
 五千年以上の平和のためにも、ガイアは私にノーチェの半身でいてほしいって思っているんだろうな。『好きにしていいよ』って言いながらも、しっかり『紫魂を頼むよ』って言ってたものね。
 ああ、そういえば、ガイアが私に『君の寿命は四〇〇年ってところかな』って言った直後、『もしかしたらもっと長くなるかもね』って、やけに含みのある言い方をしていた気がする。
 あの時、ノーチェが私に半身となって欲しいと言い出すことが、ガイアにはわかってたのね。
 なんだか、全部ガイアの思い通りって感じがして悔しいな。

「さて、リィーン」

 レオン殿下は居住まいを正すと、こう言った。

「今この時より、そなたは魔王の半身候補として扱われる。ヴァンやシアン達も、今までと同様の態度でそなたに接するわけにはいかぬ」

 レオン殿下は私の顔を見ながら、言い聞かせるように続ける。

「よいな、心せよ。今後、皆が『ガイア神と繋がる者』『箱庭の心を支える者』『至高の存在』である魔王の伴侶としてそなたを見る。そなたはこの箱庭で、魔王の次に高貴な存在となったのだ」


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