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3巻

3-3

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 さてと。
 アイテムボックスからメモを取り出す。
 今日の仕事中、魔道具の付与呪文に、修正しなくちゃいけない点があることに気付いたのだ。
 診療所で『防御膜』をつけていたら、私が攻撃態勢にあると思われて、貴族達が不安がったから。
 まあそりゃそうか。日頃から防御しすぎると「周りの人達を疑っています」って感じがして、ちょっと不穏だよね。先に気付いてよかった。
『防御膜』は身に危険が迫ったら自動発動するように変更しよう。もちろん転落やなんかの不慮の事故でもちゃんと発動するように、メモの8番目、『防御膜』の項目に『危険を察知すれば』と追記した。
 こうして最終的に、魔道具に付与する呪文は、



 1.魔力蓄積(MAX値 MP5000)
 2.特定のリズムでたたくと魔力が放出される
 3.使用者限定
 4.隷属れいぞく、服従、魅了系魔法・スキルによる攻撃 阻止
 5.魔法無効化 無効
 6.自動ヒール(睡眠・マヒ・毒・呪いなどの状態異常、怪我)
 7.魔道具のステイタス表示(攻撃感知・アラーム付き、MP残量・状態確認等)
 8.危険を察知すれば防御膜(物理防御と攻撃魔法防御)、自動修復機能つき
 9.魔法不可視
 10.使用者の意志に反して魔道具を外せない
 11.悪意を持って触れると無属性・光属性魔法発動
 12.使用者から数メートル離れるとサイレン



 となった。
 さて、あとはこれらの魔法を順にほどこしていくわけだけど。
 ……久しぶりの治療で疲れてはいる。
 ステイタスを開いてみた。



 ― リィーン・カンザック―
 HP ……603/615
 MP ……421/802
 種族……ヒューマン
 年齢……22
 職種……魔術師
 属性……【光】【闇】【火】【水】【地】【風】【無】
 スキル……
索敵サーチ隠密おんみつ・マッピング・調合
 称号……『黒のいやし手』『異世界の旅人』
 状態……□□□



 MPの残量が半分ほどになっている。
 これが残り少なくなると、ふらふらし出して――それを「限界値」って言うんだけどね――ある一線を越えると昏倒こんとう。そして枯渇こかつしてしまうと干からびて死ぬことになる。死ぬまで行かなくても、たびたび限界値を超えていれば精神に負担がかかる。
 この世界では魔力の使いすぎは致命的なのだ。
 だから今日使えるMPはあと300弱くらいかな。
 でも、なんだか今日はすごく気分がいい。
 やっぱり、日常を取り戻せたことが大きいのかもしれない。無理のない範囲なら大丈夫かも。
 じゃあさっそく魔道具作成を始めてみよう。施す呪文は毎日少しずつ、ね。
 私はアイテムボックスからダイアモンドの首飾りを取り出した。

『魔力蓄積(MAX値 MP5000)』

 そう唱えるとダイアモンドがぼわっと黄色い光に包まれる。広がった光は静かに石に含まれて消えた。
 これで魔力を溜められるようになったはず。試しに少し魔力を注いでみると、石に魔力がすうっと吸収されていく。
 あれ? これ、成功したかどうかはどうやって調べればいいんだろう? 吸収されても溜まってなきゃ意味ないよね。
 ダイアモンドを見つめ、しばらく悩む。
 あ、そっか。二つ目も付与すればいいんだ。私は続けて唱える。

『特定のリズムで叩くと魔力放出』
『リズム登録』

 曲はもう決めてある。大好きなゲームのテーマ曲。
 リズムに合わせて石を叩く。

『ターンタタッタ、ターンタタッタ、タタンタタッタ、タタタタタッタ』

 ダイアモンドがまた黄色い光に包まれた。
 できたかな?
 ダイアモンドを手にのせて、指先で軽くリズムを刻む。
 ターンタタッタ、ターンタタッタ、タタンタタッタ、タタタタタッタ。
 手のひらにじわっと魔力を感じた。
 よし! 1番も2番も成功だ。
 この機能は〝魔封じをつけられた〟なんていう、特大ピンチの時に必要なもの。パニックになってリズムを忘れちゃうと困るけど、この曲なら大のお気に入りだもん、絶対忘れない。
 だって何度も何度も何度も何度も聴いたもの。たまにピアノで弾いたりもしたな。
 懐かしいな。エンディングでこの曲が流れるシーンは素敵だった。もう一度見たい。
 ――ふいに日本への想いが溢れ出してきて胸が詰まった。
 帰りたい。
 ――あるじ――リィーン――
 気遣うノエルのお腹にもたれ、たてがみにしっかり抱きついた。
 ありがとう。大丈夫だよ。心配かけてごめんね。
 この世界に来て自分なりに調べて、自力で日本に帰れる方法はないとわかった。私を召喚した魔法は一方通行で、向こうへ戻る呪文もない。
 空間属性持ちのガーヴさんでも私を日本に帰すことはできない。
 でも、まだ希望はある。
 魔王はこの異世界――『ガイアの箱庭』の神様、ガイアと繋がる存在なのだ。もしかしたら、魔王になら私を日本に帰すことができるかもしれない。
 今、ガーヴさんを通じて、魔王様に謁見を願い出ているのだ。もし会うことができたら「日本に帰らせてください」と頼むつもり。
 この世界に来た当初は、まったく帰る方法がわからなかったんだもの。
 空間属性持ちのガーヴさんと知り合って、魔王ならなんとかできるかもしれないと教えられ、その上、魔王に会うための足掛かりにもなってもらった。
 これだけでもめちゃくちゃ進歩だ。
 だから。大丈夫。
 私は……帰るから。


 その翌日の火の日から、私は一つずつ、魔道具へ呪文をほどこしていった。仕事で魔力を使っているから無理のない範囲で、少しずつ。
 出来上がったのは地の日――木曜日のことだった。
 蓄積する魔力はまだ少しだけ。これから毎日溜めていけばいいよね。
 魔道具屋のおじさんは質の良いダイアモンドを選んでくれたみたいで、これだけ盛り込んだにもかかわらず、想定していたすべての魔法を施すことができた。
 できた! 時間はかかったけど、なんとか出来上がった。
 首飾りのチェーンが切れないよう、『状態固定』と『物理防御向上』、『魔法防御向上』も施して完成だ。
 できたできた!
 ここまで手間暇かけて作り上げたせいか、この魔道具、だんだん可愛くなってきた。
 そうだ。魔法のじゅうたんの「タンくん」みたいに、魔道具にも名前をつけてあげよう。ずっと「魔道具」って呼ぶのもなんだしね。

「よし、キミは今日から『まもるくん』だ!」

 テンション高くそう宣言すると、ノエルがまた「やれやれ」っていう目で私を見た。ノエルは基本甘えんぼさんなんだけど、時々こんな、小さな子を見るような目をする。そのあたりが昔日本で飼っていた、セントバーナードのノエルと同じだ。

「よろしくノエル。ボク『まもるくん』だよっ」

 まもるくんをノエルの顔の前でふりふりしながら裏声で話しかけると、今度はすごく残念な子を見る目を向けられた。もう。少しくらいふざけてもいいじゃんね。
 さてと。装着テストだ。
 ドキドキしながら首にかける。成功してますように。あーめん。

「ノエル、軽く攻撃してくれない?」

 試しにノエルに攻撃してもらう。ノエルには悪意がないから、こちらからの『無属性・光属性魔法』による反撃は発動しないはず。
 ノエルが爪を軽く振るった。
 攻撃が当たる直前に『防御膜』が張られ、かきん、と爪が防がれる。同時にアラームが鳴った。うん、ちゃんと『防御膜』も『攻撃感知』も発動して、『無属性・光属性魔法』は発動しない。よし!
『防御膜』を一度解除してから、アイテムボックスに入っている布地を取り出す。
 目印として布地を広げ、その範囲に『魔法無効 魔道具無効』の結界を作る。布地の上に、魔法と魔道具が使えない空間が出来上がった。でも、まもるくんをつけていればこの結界が無効になるはず。
 布地の上に立ち、もう一度同じようにノエルに攻撃してもらう。
『防御膜』ができてアラームが鳴った。よし! 良い感じだ。『ともしび』と唱えると火もつく。うんうん、魔法も使える。『魔法無効化 無効』の機能も問題なしね。良好良好。
 首からさげて服の中に仕舞うと、外からはつけていると気付かれない。襟ぐりの広い服を着たり、服を脱がされたりしない限りは魔道具の存在は見つからないと思う。
 無理やり脱がされるようなことになったら、『無属性・光属性魔法』が発動するから大丈夫。
 うん。「まもるくん」SUGEEすげえ
 自動ヒールも試してみたい。けど、わざわざ怪我をするのはちょっと怖いな。
 マヒとか毒とかの状態異常のほうがいいな。……でも誰かに毒薬が欲しい、なんて頼んだらびっくりされるよね。うーん。
 あ! 持ってた持ってた。
 アイテムボックスから「コカトリスのくちばし」を取り出す。刺された箇所が石化してしまう、ちょっと危険なアイテムだ。といっても、所詮Fランクの魔獣だから、効果はそれほど高くなく、刺された部分の一帯が石化するだけ。
 自動ヒールの発動は「睡眠・マヒ・毒・呪い〝などの〟状態異常、怪我」としている。だってまだまだ知らないことがいっぱいあるのに、この世界に存在するすべての状態異常を列挙するなんて無理だもん。でも、〝などの〟には石化も含まれるよね?
 おお。これは実験としても申し分ない。ってか考えるのがちょっと楽しくなってきた。
 これで石化に対処できなかったら、睡眠、マヒ、毒、呪い以外の状態異常には反応しないってことになる。

「よし! あんまり痛くありませんように……」

 できるだけ心臓から離れたところがいいよね。足にしよう。
 あんまり痛くなさそうなところ……と狙いを定め、くちばしをそっと自分のかかとに突き刺した。

「くわっ」

 つぶれたカエルみたいな声をあげちゃった。女子力ないなあ私。
 ちくっとした痛みは一瞬。そのあとしびれるような感覚と共に、かかとから膝辺りまでの肌がざざざっと灰色に変わっていく。
 次の瞬間、アラームが鳴って自動ヒールが発動。ビデオの巻き戻しのように膝からかかとに向けて足が肌色に戻っていく。
 をを。治った。
 列挙していない状態異常でも治してくれるみたいだ。すごいすごい。やっぱり魔法はファジーでファンタジーだ。
 今くちばしを突き刺す前に防御膜が発動しなかったのは、自分で刺したからかな? それに〝悪意〟を持って触れてないから、無属性・光属性魔法の発動もなかった。
 ――でも、よく考えたら自動ヒールって、ちょっと怖いな。
 だってさ、治療って機械的に治せばいいってもんじゃない。順番も大事だもん。
 例えば毒を持った魔獣に襲われたとして。傷と打撲だぼくと毒。それぞれ違う処置が必要だ。もし解毒げどくの前に傷や打撲の治療――つまり身体の再生をうながす呪文をかけちゃうと、血液と一緒に毒が身体を巡ってしまう。そういう治す順番ってのが、一番いやし手の技量の問われるところでもあるわけだよ。
 それに、例えば骨折しているのにいきなりヒールなんてかけたら、骨が変な形で固定されちゃう可能性もある。内臓が傷ついているのに表面の傷を塞いだら、どこか癒着ゆちゃくしちゃったりとか内出血を見落としちゃったりとかもあるかもしれない。
 うわあ。「自動でヒール」って漠然と考えてたけど、危なかったかも。
 これ、どうしよう?
 とりあえず、状態異常は必ず治して。怪我は軽度のものだけ治して、重傷の場合は最低限死なないようにだけするってことでいいかな。
 私に意識さえあれば、あとは自分で優先順位を考えながら治せるからね。MPが足りなくても「まもるくん」の魔力を使っていやしていけばいいよね。
 発動の優先順位を、状態異常、怪我、ということにすればいいかな。それから骨折は治さない、とか。
 しばらく考えて、私は呪文を口にした。

『自動ヒール 優先順位 呪い、毒、マヒ、睡眠、その他の状態異常、怪我の順。怪我の場合、発動は、脳、内臓、骨など深刻な部位損傷がある場合は生命維持にとどめる』

 こんな感じでいいかな? 一度ほどこした魔法が解けるかどうかはわからないけど、こういう条件追加は後からでもできるみたい。
 こうやって検証したりするのって楽しい。「まもるくん」に関してはこれからも要検証、だな。
 あ、ついでにこれも試しておこう。
 防御膜を解除して「まもるくん」を外し、アイテムボックスにしまう。
 そしてそのまま『魔法無効 魔道具無効』の結界に入る。『ともしび』……うん。当然ながら「まもるくん」無しだと火はつかないね。
 だけど。

「ノエル、魔法使える?」

 ――使える――
 魔法が使えないのは私だけで、結界の外にいるノエルはまったく何ともなかった。魔法も使えるみたい。
 ここでギューゼルバーンで付けられた魔封じについて思い出す。あの時、私が封じられただけで、眷属けんぞくであるノエルも魔力や他の能力を封じられてしまった。
 だけど、今『魔法無効 魔道具無効』の結界に私が入っても、ノエルには何の影響も見られない。
 これは検証が必要だ。
 魔封じと魔法無効化結界では何が違うのか? それから眷属に及ぶ影響はどこまでか?
 実験のため、布地の上に作られた『魔法無効 魔道具無効』の結界をノエルが入れるサイズまで拡大させた。そして私は結界の外に出て、代わりにノエルに入ってもらう。
 するとノエルは魔法は使えなくなったみたいだけど、他の能力は何も封じられてはいないらしい。
 私の影にいる間に封じられるとまた違うかもしれないと思って、ノエルには一度結界から出て、また私の影に入ってもらう。その状態で私は結界の中に。

「結界の中に出てきて」

 と言うと簡単に出てきた。この場合もノエルは、魔法は使えないけどその他の能力はまったく変わらない。
 もう一度影に戻ってもらって、私は結界の中に残ったまま、ノエルに結界の外に出てきて、と頼むとそれもすんなりできた。しかもやっぱり魔法が使える。
 ということは、万が一結界に閉じ込められても、ノエルが外に出て結界を壊してくれれば楽勝だ。
 なんとなく理解できた。
 魔法無効化結界は単に魔法が使えなくなるだけなんだね。そして、魔封じはもっと根本的なものから封じてしまうみたいだ。
 スマホでたとえるなら、魔法無効化結界はメイン機能である通話ができなくなる状態。動力となる魔力はあるのに、発動できないって感じか。だけどカメラとか他の機能は使える。
 そして、魔封じは充電池を取られた感じ。魔力がまったくなくなってしまうような、というか魔力のある場所が見えなくなってしまうような、そんな感じ。
 元々腕力のない私だけど、魔封じをされたことで魔力以外の力が弱くなることはなかった。
 一方、ノエルは魔力以外の力も封じられてしまった。それでも十分強かったけどね。いつも間近で感じていた気配が弱く感じられたし、おそらく攻撃力も弱くなっていた。この違いはなんだろう。
 もしかすると、ヒューマンと魔族では『魔力』の重要度みたいなものが大きく違うのかも。
 魔法の呪文は、その属性の精霊に祈ることで発動する。だけど魔封じは〝精霊との繋がりを断つ〟のだそうだ。だから火属性の『双頭炎蛇そうとうえんじゃ』や水属性の『氷華ひょうかまい』のような、魔法が必要なスキルは使えなくなる。
 ちなみに魔封じで封じられてもMPが必要な『索敵サーチ』や『隠密おんみつ』のスキルは使えた。魔術師長さんの話では、こういったスキルは精霊の力を必要としないから、魔封じで封じられることはないんだって。
 ということはノエルの能力は、その多くが魔力を必要とするものということになる。
 魔力にけた魔族は、ヒューマンよりも魔力や精霊への依存度が高いのかもしれない。
 とすると『精霊との繋がりが断たれる』ことが魔族には致命的なのか。
 そう考えると魔封じはヒューマンの私よりもずっと、魔族のノエルにとって危険なものだ。
 うん。魔封じ怖い。一番怖い。
 魔封じがこの「まもるくん」でちゃんと外せるかどうかも試してみたい。だけど、あの時の魔封じはギューゼルバーン城の調理場にそのまま捨ててきちゃったから、手元にないのだ。
 レオン殿下に「魔封じ貸してください」って頼んでみようかな。
 魔道具を作っていることを説明しないと貸してくれないよね。どうするべきか。
 魔道具はとても高価なもの。その上、『魔道具作成』のスキルを持つ者にしか作れない。魔道具を作成できるなんて話したら、危険じゃないかな。そんなことをしたら、また私の利用価値が上がってしまう。
 ……これはちゃんと考えてみなくちゃ。
 魔道具を作れることを話すリスクと、万が一の時、ぶっつけ本番で魔封じに対処するリスク。
 考えるまでもなく後者のほうが大きい。
 それに、魔封じを付けた状態だと何ができて何ができないかも検証しておきたい。
 しばらく考えて、頼むにしても、もう少し後にすることにした。
 私がもっと力をつけて、自分で自分を守れるようになってから。今のままじゃ利用されて終わってしまう。様子を見ながらタイミングを計って頼もう。
 魔道具は完成した。その上、私にはノエルがいる。
『人目につく防御』をして他者からの攻撃の抑止力となるノエル。いつでも『隠れて防御』してくれる魔道具「まもるくん」。
 それに周りには青騎士がついている。権力に対してはレオン殿下が壁になってくれる。
 やっと守りが万全になったかな。
 あとはもう少しノエルの力について知っておかないとね。
 魔封じだと私と一緒に封じられてしまう。
 それ以外で魔法が使えなくなった場合――例えば魔法無効化結界にノエルが閉じ込められた時なんかは、魔法以外の能力はそのまま使えるからほぼ大丈夫かな。
 もしあるじの私が結界に閉じ込められてもノエルの魔法が使えなくなることはない。結界の外からノエルに結界を壊してもらえばいい。
 そこでふと、魔封じ対策として「まもるくん」を私ではなく、ノエルにつけてもらったらどうかと考えた。魔族のノエルのほうが魔封じをされた時ダメージが大きいんだし。
 だけどすぐに、ノエルが魔道具をつけていても、私が封じられたらノエルも封じられることを思い出した。それじゃ意味がない。
 やっぱり私とノエル、両方に必要だよね。ノエルにも早く魔道具を作らなきゃ。ほどこす魔法は私のものとほぼ同じでいい。
 そういえばノエルは自然治癒能力がすごく高いらしい。ミリーさんによれば、ひどい怪我でもすぐ治るし、私の影の中にいれば、膨大な魔力もちゃんと一晩で回復するそうだ。
 それからノエルが空を飛べることと影に入れること。これはみんなに内緒にすべきかどうか悩んだけど、翼犬よくけんという種族を知っていればすぐにわかることだから、隠してもしょうがないよね。狭い場所を通る時なんかに影に入る姿を、もう青騎士達とかに見せちゃっているし。
 それにこれだけ目立つ翼だもの。飛べるって想像つくよね。
 ちなみに「私の影」と言っているけど、ノエルは実際にできた私の影から出入りしているわけじゃない。私の魔力がノエルに及ぶ範囲というのがあって、その効果範囲内ならどこでも出入りが可能なんだそうだ。
 私の力が上がったり、ノエルと私の結びつきが強くなってくると、効果範囲も広がるらしい。
 今のところはまだ眷属けんぞくにしてがないし、ノエルも成体になったばかりだから、その範囲は半径一〇メートルくらいだけど、これから徐々に広がっていくと思う。
 そうすれば離れた敵のすぐ傍にいきなり出現して攻撃、なんてことも可能になってくる。
 あれ? ということは、ノエルは今、影に入ったまま私から一〇メートル離れられるってことだよね。
 ノエルに盗聴器系の魔道具を持たせて、敵の傍に潜んでもらうと、スパイ行為もできちゃう? まあ効果範囲に私も隠れる必要があるけどね。
 闇の魔族はザ・忍びだ。
 ものは試しとばかりに、アイテムボックスからポイズンキャットの核を二つ取り出す。
 一つに『魔道具作成 集音・送話器』、もう一つに『魔道具作成 受話器』と唱えて、二つ合わせて『セット』にしてみる。
 間違えるといけないから、送話器を赤色に、受話器を青色に『着色』。
 できた。
索敵サーチ』をしてみると、居間の扉の外に騎士が二人。私の部屋の隣にある侍女の控え室に侍女が三人。クリスさんに、マリアンヌさん、セリアさんだ。
 警備中の騎士は話をしないから、侍女さん達で試してみよう。
 侍女の控え室と接する壁際から一〇メートル以内のところまで近寄って、赤色核をくわえたノエルに影に入ってもらう。そしてそのままクリスさん達のすぐ傍まで行ってもらった。

「――ですわね。果物はお好きのようですから、午後のお茶の時はそれにしましょう。これなら召し上がってくださるわね。ずいぶん食が細くなってしまわれて」
「ほんとうに。あのままではお身体にさわりますわ」
「ジン様もあまり騒ぎ立てず、普段通りに接するようにとおっしゃっていましたけど、何もして差し上げられないのは辛いですわね」

 うわっ。私のことかな。
 心配かけていたんだ、ごめん。ずっと黙って見守ってくれていたんだね。
 そういえば、倒れていた三日間のことを後でノエルに聞いたんだけど、ずっとクリスさんとマリアンヌさんが交代で付き添ってたんだって。夜中もずっと。
 こうやって私を心配してくれる人の存在にすごく嬉しくなる。
 と同時に、魔道具のテストとはいえ、デバガメ的な真似をしちゃったことへの罪悪感と申し訳なさに打ちひしがれた。
 急いでノエルに戻ってきてもらって、盗聴セットをアイテムボックスにしまった。うん。これは敵にしか使っちゃ駄目だ。
 嬉しさと恥ずかしさと申し訳なさと不甲斐ふがいなさと、なんだかわけのわからない感情で頭がいっぱいになった私は、ベッドに飛び乗ってごろんごろんともだえた。
 確かに食欲も落ちているし、まだ男の人は怖いし、ナイフとか見たら震えるし、夜もちょっとうなされているし。
 その上、魔道具作りに時間をかけていたから、診療所にいる以外の時間はずっと部屋に閉じこもっていた。
 これじゃ駄目だ。
 心配かけないようにしなきゃ。
 ちゃんと治さなきゃ。
 診療所で患者に近付くのは大丈夫。だけど、他の男の人はまだ怖い。
 精神的なものだからしょうがないんだけどね。
 でもいつまでもこんな状態では駄目。
 積極的に外に出よう。
 うん、そうだ。青騎士の管理館に行くところから始めよう。同じ城の敷地内だし。傍にいても怖くないヴァンさんやシアンさん達もいるし。


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