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1巻
1-3
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「折れてはいるようじゃが、我慢できんほどじゃないのう。中でひっかかって動けんだけで、押さえられておるわけじゃないんじゃよ」
「無理に動かすと岩が崩れちまうな」
岩を調べていたヴァンさんがそう言うと、シアンさんも、
「そうですね。少しずつ削っていくしかありませんね、これは」
と言った。私も岩を見上げてみた。何十メートルもある岩はそれだけで圧倒的な威圧感を覚える。ふと縦に何本か亀裂が入っているのに気付いた。これってあれだよね、硬いんだけど、一定方向には裂けるように簡単に割れる性質の岩。魔法があるから岩を割ることはそこまで難しくないと思うんだけど、崩れた岩が頭の上に落ちてくるかもしれないし、おじさんの足も心配だ。
まずあーして、それからこーして。頭の中でシミュレーションしてみる。うん、きっといける。
「ヴァンさん、シアンさん」
今まで黙ってた私が急に話しかけたから、三人は揃って私を見た。
「私が魔法をかけます。岩を崩すので、足が抜けたらすぐに番人さんを抱えて逃げてください」
「無理に崩すとバラバラに割れちまうぞ」
「大丈夫です。この岩の重さを一時的に軽くする魔法をかけます。それから念のため皆さんにも防御の魔法をかけますから、万が一崩れても防御膜が守ってくれます」
「そんなことができるのですか?」
「はい」
半信半疑な三人に納得してもらうため、先に全員に防御の呪文をかけることにした。
『防御膜』
すると私を含めた四人の身体の周りにそれぞれ青い光の膜がきらりと輝き、全身を覆うと静かに消えた。青い光のエフェクトはちょっとサービスしてみました。ほら光ったりしたほうがハデだしさ。
「聞いたことのない呪文ですね」
あ、ホントだ。私、呪文は日本語を使っている。今気付いた。
「今の短い詠唱でこの効果とは……。かなりの防御力ですね」
「動きも阻害しない。こいつはすげぇな」
自分の身体に施された魔法の強度が彼らにもわかったみたい。
三人とも腕を回したり、手を握ったりして確かめてみている。うん好評で何よりだ。
ちょっとは見直してくれたみたい。宿泊所からここまで全くの役立たずだったからね。役立たずどころか足手まといでしたね、はい。見ててよ、ちゃんと挽回するから。
私の呪文は日本語だから彼らには聞き取れない。一つずつ説明を加えながら呪文を唱えることにした。番人さんに向いて手をかざし、説明する。
「動かしますからたぶん足に響きます。痛みを抑える呪文を唱えますね。それからヴァンさん達に持ち上げてもらいますから番人さんに軽量化の魔法もかけます。『痛み止め』『軽量化』」
「おお、嬢ちゃんすごい魔法ができるんじゃな。痛みがなくなったぞい」
ヴァンさんは番人さんの上体を起こすと脇の下に手を入れ、足を動かさないよう注意しながら少しだけ持ち上げる。すると驚いたように「軽い」とつぶやいた。
シアンさんも番人さんの膝をもって、岩が動けばすぐに足を引き出せるようにスタンバイする。
「では、岩を崩します。ヴァンさんシアンさん、番人さんをよろしくお願いします」
「ここはリィーンを信じよう。頼む」
みんなの命がかかっている。私は巨岩を見上げた。
『軽量化』
岩の重量を軽くして、破片が当たってもダメージが少なくて済むようにする。そして「行きます」ともう一度声をかけてから、呪文を唱えた。
『掘削!』
亀裂が上に向かってビリビリと走り、真っ二つに割れた。
自らの重さを支えきれなくなった岩がぐらりと揺れる。足を食んでいた割れ目が広がると同時にシアンさんが足を引き出し、そのまま持ち上げた。そして上体を持ち上げて待っていたヴァンさんと二人で番人さんをかかえ上げ、脱兎のごとく避難する。裂けた岩の塊が倒れてくる。
『風!』
軽量化された岩は風の力で押し上げられ、重力に任せて倒れようとする巨体をギリギリのところでとどめていた。風をあやつりながら、どうやって移動させようかなと考えていると。
『風の精霊に希い奉る。風の力で岩を押し戻せ』
シアンさん達の詠唱が響き、岩を押し上げる風の力が強まった。
番人さんを安全な所に置いた二人が戻ってきてくれたのだ。
「シアンさん、ヴァンさん、もとの岩にくっつけるように押し上げてくれますか?」
「了解」
二人は私が何をしたいのか理解したわけじゃないだろうけど、言うとおりに風の魔法で押し上げてくれた。しっかり岩が押さえられている事を確認して、私は風の呪文をといて次の呪文を唱えた。
『結合・合体』
割れ目が塞がれる。ぐらぐら揺れていた巨岩は崩れる前のようにぴったりと合わさって止まった。
『状態固定』
この状態をキープさせる。これで岩が崩れることはないだろう。
無事番人さん救出を終えた私達は、滝つぼから少し離れた乾いた場所に落ち着いた。
小さな岩がいくつかあったので椅子代わりに座ると、巨岩に囲まれた空間の中に滝と一面の花畑を見渡せる。気分は秘境探訪番組のリポーターだ。風がすがすがしい。
「すごい魔法じゃったな。いやあ驚いたよ」
番人さんはすこぶる元気だった。まだ骨折したままなのに。シアンさんが持ってきたお弁当をひろげて渡すと「さすがに三日も喰わんとメシがうまいのお」とか言いながらムシャムシャ食べ始めた。骨折してて三日も食べてなくてこの元気。おじさん、筋金入りのワイルド親爺だな。
「そろそろ足の治療をしますね」
大きなパンの塊を豪快にたいらげたのを見計らって声をかけると、番人さんは驚いて私を見た。
「なんと! 嬢ちゃんは癒し手じゃったのか。これはすごいの」
「先にさっき重ねがけしたもろもろの呪文をときますね。痛みがぶり返しますから、少し我慢してください。『魔法解除』」
軽量化とか防御膜とかの呪文が、骨が繋がる時に変な作用を及ぼしたら怖いもんね。それに痛み止めがかかったままじゃ治ったかどうか確認できないし。
準備が整ったところで、ステイタスを開いてみる。
― ??? ―
HP……****/*****
MP……****/****
種族……???
年齢……???
職種……アズルの森の番人
属性……???
スキル……???
称号……???
状態……???
ん? なんで職種以外の項目が見えない? 目を点にして絶句してると、番人さんに気付かれた。
「どうしたんじゃ? 嬢ちゃん。ワシの顔になんかついておるか?」
いかん。おじさんの顔をガン見していたみたい。
「えーっと。三日も食べてないのにとても元気だなぁと思いまして」
何か言わなきゃと口を開くと、まるっきり棒読みなセリフが出てきた。
「ドワーフじゃからな。めったなことで死にはせんよ」
「ドワーフぅ!?」
「なんじゃ嬢ちゃん。ドワーフを見るのは初めてかの?」
ドワーフ! 異世界だ。異世界きたよ。ドワーフがいるならエルフとか猫耳さんとかもいるかもね! 猫耳! あーん、もふもふしてぇ!
「我が国は魔族とも交流があります。ドワーフなどの魔族は身体能力が高いので、冒険者になる方は多いんです。このガングも、元々名の売れた冒険者だったんですよ」
この世界ではドワーフって魔族なの?
続けてシアンさんはコルテアには冒険者ギルドの支部があるとも教えてくれた。冒険者。うん、異世界トリッパー定番の職業。冒険者なら私も働ける。冒険者って依頼された仕事をこなしていくやつだよね。いろんな所に行けそうだから、日本に帰る手がかりが見つかるかも。私の仕事もその線でいこう。ってか、おじさん冒険者やってたの?
「ここは国境も近いからな。アズルの森の番人ってのはけっこう危ない仕事なのさ。ガングのお陰で助かってる」
「わあ、おじさんむちゃくちゃ強かったんですね。おみそれしました」
ついでに名前もやっと知ったよ。ガングさんだって。
― ガング ―
HP……****/*****
MP……****/****
種族……ドワーフ
年齢……???
職種……アズルの森の番人
属性……???
スキル……???
称号……???
状態……???
職種の「アズルの森の番人」は元々見えていたけど、名前と種族も見えるようになった。今、このおじさんがガングって名前でドワーフだって知ったから、知っている項目だけは見えるようになったということかな。ヴァンさんとシアンさんの時は、最初から色々見えたんだけどな。
これってもしかして自分より上位の者のステイタスは見えないのかも。あ、でも私よりHPが300くらい高いヴァンさん達ははっきり見えるから、種族によっては見えないとか。あるいはケタが違うものは見えないとか。ヴァンさん達は私よりMPが低いことを考えると、上位と判断する基準がHPじゃなくてMPなのかも?
それにHPとMPの「*」印。他の項目はみんな空欄じゃなくて「???」だけど、ここだけ「*」なのがミソだよね。私のステイタスでいうとHP……586/586って「現在HP/最大HP」の並びだよね。おじさんが「*四つ/*五つ」ってことは最大HP数万台で、今は数千の値まで削られている、と見ていいんじゃないかな。
とりあえずステイタスの考察はおいといて。これじゃ状態が見られないことがわかったから他の方法で見てみることにしよう。
『スキャン』
悪いところがわかる呪文。とイメージしながら呪文を唱えると、左足の部分だけ赤く光って見えた。サーモグラフの画像みたいな感じで身体全体が青く見えて、調子の悪い所だけ赤く見える。いつもながら魔法って「なんでもあり」だな。この赤い所を治せばいいわけね。
骨折しているってことがわかっているから、きっと治療は簡単だよね。
『骨継ぎ・状態回復』
骨折だから『ヒール』は違うような気がして、『骨継ぎ・状態回復』にしてみました。まっすぐ繋がってね。神経なんか傷つけちゃだめだよって念をこめながら。それから、体力も落ちているだろうということで『ヒール』を唱える。
もう一度『スキャン』をかけてみると全身きれいに青くなった。ステイタスを見ると、ちゃんと現在HPの欄の「*」印が五つになっていた。やっぱりここは伏せ字なんだ。
「これでどうでしょう? まだどこか痛みますか?」
「いや、どこもなんともないわい。すっかり骨が繋がっとる。嬢ちゃんは立派な癒し手じゃのお」
すると、頭にピン! と音が鳴った。
―称号『黒の癒し手』を取得しました―
― リィーン・カンザック ―
HP……413/586
MP……408/728
種族……ヒューマン
年齢……22
職種……魔術師
属性……【光】【火】【水】【地】【風】【無】
スキル……索敵・隠密・マッピング
称号……『黒の癒し手』『異世界の旅人』
状態……□□□
をを! 称号きたよ。『黒の癒し手』だって。だからさ、まだ誰も呼んでないのに誰が決めたのってばさ。やっぱ神様か、神様なのか。っていうかさ、『黒の癒し手』なんて髪と眼の色からきてるんでしょ。そのまんますぎない? もっとさ『美少女癒し手』とか『きれいすぎる癒し手』とか、いやすみません、なんでもありません、はい。
こうして、私は癒し手としての第一歩を踏み出したのだった。
第二章 カミヤズルでの魔獣討伐
それから少し休んで昼食をとり、宿泊所へ戻った。
ガングさんは立ち上がっても私より少し高いくらいの身長しかなかった。ドワーフってもっと小さいんじゃないの? 一六五はあるよね、ガングさん。
さっきも引っかかったけど、ドワーフも魔族なんだね。
ガングさんに尋ねると、ドワーフもエルフも獣人族も竜族もみんな魔族なんだって。わかりやすく言うと、ヒューマン以外はみんな魔族。それから魔獣は魔族とは全く違うものだそうな。魔族にも人型じゃなくて動物型をとるものはいるけど、それは魔獣ではない、とのこと。
魔王はいるのって聞いたら、「もちろんいるぞい」と即答だった。やべぇ、魔王きたよって思ったけど、どうやら魔王というのは魔族の国の王様というだけで、べつに人を襲ったり姫を攫ったり勇者に倒されたりしてるわけじゃないらしい。
というようなことを説明してもらいながら私達は宿泊所へ戻ったのでした。
「リィーンに頼みがある」
落ち着いた頃を見計らい、ヴァンさん達が改めて話し出した。
「俺達と一緒に来てほしい」
「え? だって私、ここで当分お世話になるって」
「ああ、今朝はそう言っていたがな。事情が変わった」
「事情?」
「あなたの防御の呪文ですよ。リィーン」
「え?」
「実は、ここから馬で一日ほどのところにマイノという村があったんだが、村の裏にある山にスサウゴテルスという魔獣が住みついてな。あっという間に村が壊されちまった。そこに住んでいた奴らは全滅したらしい。マイノの少し先にはカミヤズルという村があって、そちらでもかなりの被害が報告されているんだ。街道を通る旅人からも嘆願書が多く届いてな、俺達騎士団が討伐することになったんだ」
「攻撃力も防御力もかなり高い魔獣ですので、魔術師を討伐隊に加え、防御と攻撃魔法で補助をさせ、我々騎士団が叩く、というやり方で戦うつもりですが、魔力が尽きればかなり危険になります。そのため青つゆ草が必要となりましたので、我々がアズルの森に回り、カミヤズルで本隊と合流する手はずになっているんです」
「やつは硬い甲殻に覆われていてな。攻撃されるとその甲殻の破片を飛ばしてくるんだが、一つ当たれば馬でも死んじまうくらいの硬さでな、あの攻撃はかなりやっかいなんだ」
「そこであなたの防御膜です、リィーン。保護呪文は他の魔術師もよく使いますが、あなたの防御膜ほど強力なものは初めてでした。あれならスサウゴテルスの甲殻の破片も防げるでしょう」
「お前の安全は俺達が命をかけて守ると誓う。だからリィーン、力を貸してくれ」
ホントはそんな危ない魔獣と戦う場所になんか行きたくない。
でも、ヴァンさんもシアンさんも今日一日一緒にいてすごくいい人だと思った。もし私が手伝わなくてヴァンさん達が怪我したり、死んじゃったりしたらと思うと、行かない、なんて選択肢は私にはなかった。それに、戦えと言われたら怖くってできないけど、戦う人達に保護魔法をかけてくれ、だったら私にもできるからね。回復魔法もできるし。
「わかりました。私もお手伝いします。連れていってください」
「恩に着る、リィーン」
「ありがとうございます、リィーン。あまり時間がありません。ガングのことで既に予定より一日延びています。馬を飛ばします。ですが今から出かけてもじきに日が暮れるので出発は明日にしましょう。早めに休んで、明日、日が昇る前に出発します」
部屋はまたヴァンさん達と同室でした。さすがに起きている時に同じ部屋に入るのは躊躇われたけど、他にないのだから仕方ない。こういう宿泊所は相部屋とか普通なんだそうな(因みにガングさんの部屋はキッチンの奥にあった)。
それに明日は一日馬で移動。だからちゃんとベッドで休まないと身体がもたないって。「安全は保証しますからここで休んでください」とやんわりシアンさんに言われ、「ガキには興味ねぇから変な気を回すな」とヴァンさんに言われ、しぶしぶベッドに潜り込んだ。そりゃ八〇代からしたらうちのお母さんだって十分ガキでしょうよ。
こんな状態で寝られるわけないじゃん、って思っていたのにあっという間に眠っていた。自覚はないけどどうやら魔法使うのって相当疲れるみたい。
朝、まだ薄暗いなか、ガングさんに見送られ、私達は出発することとなった。
ヴァンさん達は鎧の上に長いマントを羽織っていた。白の鎧に剣を佩き、膝下まで丈のあるフード付きの群青色のマントを羽織った二人は、超絶かっこよかった。ほ、惚れたりしないんだからねっ。
馬に乗っていると風と埃で肌が傷つくからマントは必須なんだって。私もコートを着込み、フードもかぶる。私のコートの仕立ての良さにヴァンさん達は目をみはっていた。
私はシアンさんの馬に一緒に乗ることになった。馬なんて初めて乗るからびくびくだよ。
馬って背が高くて、私は一人で乗ることなんてできない。鐙に足が届かないから、シアンさんが両手を組んでそこに私の足をかけ、持ち上げてくれる。そこからよじ登って馬に跨ると、シアンさんは私の後ろにひらりと飛び乗った。そして勢いよく馬を走らせた。
「話すと舌を噛みますから気をつけて」
「急いでいる」の言葉どおり、馬が走り続けられるギリギリの速さをキープしているようだった。
途中馬を休ませる為に休憩をとる時は、シアンさんが抱き上げて降ろしてくれる。ゆっくりしてる暇はないようだったから、私も馬に『ヒール』をかけたりして手伝った。私の体重は騎士に比べるとずっと軽いけど、それでも二人乗りは馬の負担が大きく、その分遅れているようだった。
時折魔獣に出くわした。森の中より大きな魔獣だった。こちらは馬に乗ったまま応戦するから馬を狙って噛みついてくる魔獣も多く、私は馬にも防御膜をかける。
森の中では剣だけで戦っていたヴァンさん達も、今回は大型の魔獣相手だから魔法を使っていた。といっても攻撃魔法を使うんじゃない。敵が出てきた時、馬を進めたヴァンさんが剣を構え、
『火の精霊に希い奉る。猛き炎の剣となれ』
と詠唱する。すると、剣に炎がぼわっとまとわりつくのだ。シアンさんも同じように詠唱し氷の剣を振るう。
『水の精霊に希い奉る。凍てつく獣の牙となれ』
これは魔剣というのだそうだ。確かに一つ一つ呪文を唱えて魔法を撃っていくよりすばやく戦えて効率的だった。
二頭の馬で挟み撃ちにしたり、個別に戦ったり、急に交差したり、お互いにどんな動きをするかちゃんとわかっているみたいな、見事なコンビネーションだった。
私は最初に防御膜をかけ、戦い始めたらできるだけ小さくなって馬の鬣にしがみつき、シアンさんの剣の邪魔にならないようにすることと、急な動きをされても落馬しないこと(これが一番大事!)、それだけを頑張った。
うん、頑張ったんだよ。戦闘中の馬にしがみついてるって結構すごいことなんだよ。握力がなく運動神経もない女の子にはものすごい高度な技術なんだよこれが!
かなりのスピードで道のりは進み、まだ日が高いうちにカミヤズルの村へ着くことができた。
村が近付くと、どしーん、どしーんという地響きのようなものが聞こえてきた。
「まずい、まさかもう戦いが始まっているのか?」
ヴァンさんがこちらに馬を寄せてくる。
「先に行く、リィーン、頼む」
「『防御膜』。気をつけて」
二人乗りの馬に合わせていたヴァンさんが一挙にスピードを上げて飛び出していく。
私達も彼の馬に続いた。
村に近付くと遠目にも山のような巨体が暴れているのが見えた。
「あ、あれはっ!」
「あれがスサウゴテルスです」
スサウゴテルス。どう見てもステゴサウルスだ。小学生の時に図鑑で見たステゴサウルスの姿にそっくりだった。山サイズの大きな身体。ステゴサウルスは背びれみたいなびらびらが背中に一列あったけど、こいつはそれがハリねずみのように何列にもなっている。そしてその、ギターのピックのお化けみたいな大きなびらびらを前方に向かって飛ばしていた。
スサウゴテルス、ステゴサウルス。ええい、もうどっちだっていいから。
― スサウゴテルス ―
HP……*****/*****
MP……***/***
???
???
???
また見えない相手だ。HPは五ケタ。現在HPも五ケタのままだから、今までの討伐隊の攻撃でどこまで削られているかわからない。
「我々も急ぎます。振り落とされないようしっかりと掴まっていてください」
すでにヴァンさんの姿は見えない。シアンさんの声に従い、馬の鬣にしがみついた。
私達からは木々に隠れてまだ討伐隊の姿が見えない。
でも興奮しきっている魔獣の様子から、すでに交戦中であることは明らかだった。
木々の間を抜けて急に視界が開け、討伐隊とスサウゴテルスの戦いの全容が見えた。
討伐隊はひどいありさまだった。甲殻の破片というのは一メートル四方くらいの盾を両面にくっつけたような形をしている。重たいそれがうなりを発して回転しながらかなり高い位置から飛んでくる。あんなのに当たったらひとたまりもない。
空気を切り裂き飛んでくる破片が地面に突き刺さる。
ビュッ! ゴスッ! ビュッ! ゴスッ!
耳に残る恐ろしい音、そして衝撃に身がすくむ。
背の高い木をそのまま丸太にして作ったような巨大なバリケードが魔獣の侵入を防いでいる。そのバリケードの木にも、破片はぼすぼすと突き抜けていた。破片で潰れた馬車。馬のいななき。そこここに突き刺さっている甲殻の破片。一つの破片の下から鎧姿の下半身が見えて、目眩がした。
押され気味の戦いであることは一目でわかる。
だけど彼らは統制がとれていて、誰一人、腰がひけているような者もいなかった。
騎士達は大判の鉄の盾を並べて立て、飛んでくる甲殻の破片を防ぎ、必死で吹き飛ばされぬよう盾を押さえており、その後ろから長距離攻撃のできる魔剣などで応戦しているようだ。
後ろには魔術師達が数人並び、防護の魔法と攻撃の魔法を繰り返しかけている。
怪我人を救護している人や従者のような人達が、その間を縫うように物資を手に忙しく走る。
ビュッ! ゴスッ!
恐ろしい音と、魔獣の咆哮が空気を轟かせる。
怖い。何これ、怖い。やだやだ。こんなの知らない。こんな怖い所一秒だっていたくない。いやだいやだいやだいやだいやだ!
「無理に動かすと岩が崩れちまうな」
岩を調べていたヴァンさんがそう言うと、シアンさんも、
「そうですね。少しずつ削っていくしかありませんね、これは」
と言った。私も岩を見上げてみた。何十メートルもある岩はそれだけで圧倒的な威圧感を覚える。ふと縦に何本か亀裂が入っているのに気付いた。これってあれだよね、硬いんだけど、一定方向には裂けるように簡単に割れる性質の岩。魔法があるから岩を割ることはそこまで難しくないと思うんだけど、崩れた岩が頭の上に落ちてくるかもしれないし、おじさんの足も心配だ。
まずあーして、それからこーして。頭の中でシミュレーションしてみる。うん、きっといける。
「ヴァンさん、シアンさん」
今まで黙ってた私が急に話しかけたから、三人は揃って私を見た。
「私が魔法をかけます。岩を崩すので、足が抜けたらすぐに番人さんを抱えて逃げてください」
「無理に崩すとバラバラに割れちまうぞ」
「大丈夫です。この岩の重さを一時的に軽くする魔法をかけます。それから念のため皆さんにも防御の魔法をかけますから、万が一崩れても防御膜が守ってくれます」
「そんなことができるのですか?」
「はい」
半信半疑な三人に納得してもらうため、先に全員に防御の呪文をかけることにした。
『防御膜』
すると私を含めた四人の身体の周りにそれぞれ青い光の膜がきらりと輝き、全身を覆うと静かに消えた。青い光のエフェクトはちょっとサービスしてみました。ほら光ったりしたほうがハデだしさ。
「聞いたことのない呪文ですね」
あ、ホントだ。私、呪文は日本語を使っている。今気付いた。
「今の短い詠唱でこの効果とは……。かなりの防御力ですね」
「動きも阻害しない。こいつはすげぇな」
自分の身体に施された魔法の強度が彼らにもわかったみたい。
三人とも腕を回したり、手を握ったりして確かめてみている。うん好評で何よりだ。
ちょっとは見直してくれたみたい。宿泊所からここまで全くの役立たずだったからね。役立たずどころか足手まといでしたね、はい。見ててよ、ちゃんと挽回するから。
私の呪文は日本語だから彼らには聞き取れない。一つずつ説明を加えながら呪文を唱えることにした。番人さんに向いて手をかざし、説明する。
「動かしますからたぶん足に響きます。痛みを抑える呪文を唱えますね。それからヴァンさん達に持ち上げてもらいますから番人さんに軽量化の魔法もかけます。『痛み止め』『軽量化』」
「おお、嬢ちゃんすごい魔法ができるんじゃな。痛みがなくなったぞい」
ヴァンさんは番人さんの上体を起こすと脇の下に手を入れ、足を動かさないよう注意しながら少しだけ持ち上げる。すると驚いたように「軽い」とつぶやいた。
シアンさんも番人さんの膝をもって、岩が動けばすぐに足を引き出せるようにスタンバイする。
「では、岩を崩します。ヴァンさんシアンさん、番人さんをよろしくお願いします」
「ここはリィーンを信じよう。頼む」
みんなの命がかかっている。私は巨岩を見上げた。
『軽量化』
岩の重量を軽くして、破片が当たってもダメージが少なくて済むようにする。そして「行きます」ともう一度声をかけてから、呪文を唱えた。
『掘削!』
亀裂が上に向かってビリビリと走り、真っ二つに割れた。
自らの重さを支えきれなくなった岩がぐらりと揺れる。足を食んでいた割れ目が広がると同時にシアンさんが足を引き出し、そのまま持ち上げた。そして上体を持ち上げて待っていたヴァンさんと二人で番人さんをかかえ上げ、脱兎のごとく避難する。裂けた岩の塊が倒れてくる。
『風!』
軽量化された岩は風の力で押し上げられ、重力に任せて倒れようとする巨体をギリギリのところでとどめていた。風をあやつりながら、どうやって移動させようかなと考えていると。
『風の精霊に希い奉る。風の力で岩を押し戻せ』
シアンさん達の詠唱が響き、岩を押し上げる風の力が強まった。
番人さんを安全な所に置いた二人が戻ってきてくれたのだ。
「シアンさん、ヴァンさん、もとの岩にくっつけるように押し上げてくれますか?」
「了解」
二人は私が何をしたいのか理解したわけじゃないだろうけど、言うとおりに風の魔法で押し上げてくれた。しっかり岩が押さえられている事を確認して、私は風の呪文をといて次の呪文を唱えた。
『結合・合体』
割れ目が塞がれる。ぐらぐら揺れていた巨岩は崩れる前のようにぴったりと合わさって止まった。
『状態固定』
この状態をキープさせる。これで岩が崩れることはないだろう。
無事番人さん救出を終えた私達は、滝つぼから少し離れた乾いた場所に落ち着いた。
小さな岩がいくつかあったので椅子代わりに座ると、巨岩に囲まれた空間の中に滝と一面の花畑を見渡せる。気分は秘境探訪番組のリポーターだ。風がすがすがしい。
「すごい魔法じゃったな。いやあ驚いたよ」
番人さんはすこぶる元気だった。まだ骨折したままなのに。シアンさんが持ってきたお弁当をひろげて渡すと「さすがに三日も喰わんとメシがうまいのお」とか言いながらムシャムシャ食べ始めた。骨折してて三日も食べてなくてこの元気。おじさん、筋金入りのワイルド親爺だな。
「そろそろ足の治療をしますね」
大きなパンの塊を豪快にたいらげたのを見計らって声をかけると、番人さんは驚いて私を見た。
「なんと! 嬢ちゃんは癒し手じゃったのか。これはすごいの」
「先にさっき重ねがけしたもろもろの呪文をときますね。痛みがぶり返しますから、少し我慢してください。『魔法解除』」
軽量化とか防御膜とかの呪文が、骨が繋がる時に変な作用を及ぼしたら怖いもんね。それに痛み止めがかかったままじゃ治ったかどうか確認できないし。
準備が整ったところで、ステイタスを開いてみる。
― ??? ―
HP……****/*****
MP……****/****
種族……???
年齢……???
職種……アズルの森の番人
属性……???
スキル……???
称号……???
状態……???
ん? なんで職種以外の項目が見えない? 目を点にして絶句してると、番人さんに気付かれた。
「どうしたんじゃ? 嬢ちゃん。ワシの顔になんかついておるか?」
いかん。おじさんの顔をガン見していたみたい。
「えーっと。三日も食べてないのにとても元気だなぁと思いまして」
何か言わなきゃと口を開くと、まるっきり棒読みなセリフが出てきた。
「ドワーフじゃからな。めったなことで死にはせんよ」
「ドワーフぅ!?」
「なんじゃ嬢ちゃん。ドワーフを見るのは初めてかの?」
ドワーフ! 異世界だ。異世界きたよ。ドワーフがいるならエルフとか猫耳さんとかもいるかもね! 猫耳! あーん、もふもふしてぇ!
「我が国は魔族とも交流があります。ドワーフなどの魔族は身体能力が高いので、冒険者になる方は多いんです。このガングも、元々名の売れた冒険者だったんですよ」
この世界ではドワーフって魔族なの?
続けてシアンさんはコルテアには冒険者ギルドの支部があるとも教えてくれた。冒険者。うん、異世界トリッパー定番の職業。冒険者なら私も働ける。冒険者って依頼された仕事をこなしていくやつだよね。いろんな所に行けそうだから、日本に帰る手がかりが見つかるかも。私の仕事もその線でいこう。ってか、おじさん冒険者やってたの?
「ここは国境も近いからな。アズルの森の番人ってのはけっこう危ない仕事なのさ。ガングのお陰で助かってる」
「わあ、おじさんむちゃくちゃ強かったんですね。おみそれしました」
ついでに名前もやっと知ったよ。ガングさんだって。
― ガング ―
HP……****/*****
MP……****/****
種族……ドワーフ
年齢……???
職種……アズルの森の番人
属性……???
スキル……???
称号……???
状態……???
職種の「アズルの森の番人」は元々見えていたけど、名前と種族も見えるようになった。今、このおじさんがガングって名前でドワーフだって知ったから、知っている項目だけは見えるようになったということかな。ヴァンさんとシアンさんの時は、最初から色々見えたんだけどな。
これってもしかして自分より上位の者のステイタスは見えないのかも。あ、でも私よりHPが300くらい高いヴァンさん達ははっきり見えるから、種族によっては見えないとか。あるいはケタが違うものは見えないとか。ヴァンさん達は私よりMPが低いことを考えると、上位と判断する基準がHPじゃなくてMPなのかも?
それにHPとMPの「*」印。他の項目はみんな空欄じゃなくて「???」だけど、ここだけ「*」なのがミソだよね。私のステイタスでいうとHP……586/586って「現在HP/最大HP」の並びだよね。おじさんが「*四つ/*五つ」ってことは最大HP数万台で、今は数千の値まで削られている、と見ていいんじゃないかな。
とりあえずステイタスの考察はおいといて。これじゃ状態が見られないことがわかったから他の方法で見てみることにしよう。
『スキャン』
悪いところがわかる呪文。とイメージしながら呪文を唱えると、左足の部分だけ赤く光って見えた。サーモグラフの画像みたいな感じで身体全体が青く見えて、調子の悪い所だけ赤く見える。いつもながら魔法って「なんでもあり」だな。この赤い所を治せばいいわけね。
骨折しているってことがわかっているから、きっと治療は簡単だよね。
『骨継ぎ・状態回復』
骨折だから『ヒール』は違うような気がして、『骨継ぎ・状態回復』にしてみました。まっすぐ繋がってね。神経なんか傷つけちゃだめだよって念をこめながら。それから、体力も落ちているだろうということで『ヒール』を唱える。
もう一度『スキャン』をかけてみると全身きれいに青くなった。ステイタスを見ると、ちゃんと現在HPの欄の「*」印が五つになっていた。やっぱりここは伏せ字なんだ。
「これでどうでしょう? まだどこか痛みますか?」
「いや、どこもなんともないわい。すっかり骨が繋がっとる。嬢ちゃんは立派な癒し手じゃのお」
すると、頭にピン! と音が鳴った。
―称号『黒の癒し手』を取得しました―
― リィーン・カンザック ―
HP……413/586
MP……408/728
種族……ヒューマン
年齢……22
職種……魔術師
属性……【光】【火】【水】【地】【風】【無】
スキル……索敵・隠密・マッピング
称号……『黒の癒し手』『異世界の旅人』
状態……□□□
をを! 称号きたよ。『黒の癒し手』だって。だからさ、まだ誰も呼んでないのに誰が決めたのってばさ。やっぱ神様か、神様なのか。っていうかさ、『黒の癒し手』なんて髪と眼の色からきてるんでしょ。そのまんますぎない? もっとさ『美少女癒し手』とか『きれいすぎる癒し手』とか、いやすみません、なんでもありません、はい。
こうして、私は癒し手としての第一歩を踏み出したのだった。
第二章 カミヤズルでの魔獣討伐
それから少し休んで昼食をとり、宿泊所へ戻った。
ガングさんは立ち上がっても私より少し高いくらいの身長しかなかった。ドワーフってもっと小さいんじゃないの? 一六五はあるよね、ガングさん。
さっきも引っかかったけど、ドワーフも魔族なんだね。
ガングさんに尋ねると、ドワーフもエルフも獣人族も竜族もみんな魔族なんだって。わかりやすく言うと、ヒューマン以外はみんな魔族。それから魔獣は魔族とは全く違うものだそうな。魔族にも人型じゃなくて動物型をとるものはいるけど、それは魔獣ではない、とのこと。
魔王はいるのって聞いたら、「もちろんいるぞい」と即答だった。やべぇ、魔王きたよって思ったけど、どうやら魔王というのは魔族の国の王様というだけで、べつに人を襲ったり姫を攫ったり勇者に倒されたりしてるわけじゃないらしい。
というようなことを説明してもらいながら私達は宿泊所へ戻ったのでした。
「リィーンに頼みがある」
落ち着いた頃を見計らい、ヴァンさん達が改めて話し出した。
「俺達と一緒に来てほしい」
「え? だって私、ここで当分お世話になるって」
「ああ、今朝はそう言っていたがな。事情が変わった」
「事情?」
「あなたの防御の呪文ですよ。リィーン」
「え?」
「実は、ここから馬で一日ほどのところにマイノという村があったんだが、村の裏にある山にスサウゴテルスという魔獣が住みついてな。あっという間に村が壊されちまった。そこに住んでいた奴らは全滅したらしい。マイノの少し先にはカミヤズルという村があって、そちらでもかなりの被害が報告されているんだ。街道を通る旅人からも嘆願書が多く届いてな、俺達騎士団が討伐することになったんだ」
「攻撃力も防御力もかなり高い魔獣ですので、魔術師を討伐隊に加え、防御と攻撃魔法で補助をさせ、我々騎士団が叩く、というやり方で戦うつもりですが、魔力が尽きればかなり危険になります。そのため青つゆ草が必要となりましたので、我々がアズルの森に回り、カミヤズルで本隊と合流する手はずになっているんです」
「やつは硬い甲殻に覆われていてな。攻撃されるとその甲殻の破片を飛ばしてくるんだが、一つ当たれば馬でも死んじまうくらいの硬さでな、あの攻撃はかなりやっかいなんだ」
「そこであなたの防御膜です、リィーン。保護呪文は他の魔術師もよく使いますが、あなたの防御膜ほど強力なものは初めてでした。あれならスサウゴテルスの甲殻の破片も防げるでしょう」
「お前の安全は俺達が命をかけて守ると誓う。だからリィーン、力を貸してくれ」
ホントはそんな危ない魔獣と戦う場所になんか行きたくない。
でも、ヴァンさんもシアンさんも今日一日一緒にいてすごくいい人だと思った。もし私が手伝わなくてヴァンさん達が怪我したり、死んじゃったりしたらと思うと、行かない、なんて選択肢は私にはなかった。それに、戦えと言われたら怖くってできないけど、戦う人達に保護魔法をかけてくれ、だったら私にもできるからね。回復魔法もできるし。
「わかりました。私もお手伝いします。連れていってください」
「恩に着る、リィーン」
「ありがとうございます、リィーン。あまり時間がありません。ガングのことで既に予定より一日延びています。馬を飛ばします。ですが今から出かけてもじきに日が暮れるので出発は明日にしましょう。早めに休んで、明日、日が昇る前に出発します」
部屋はまたヴァンさん達と同室でした。さすがに起きている時に同じ部屋に入るのは躊躇われたけど、他にないのだから仕方ない。こういう宿泊所は相部屋とか普通なんだそうな(因みにガングさんの部屋はキッチンの奥にあった)。
それに明日は一日馬で移動。だからちゃんとベッドで休まないと身体がもたないって。「安全は保証しますからここで休んでください」とやんわりシアンさんに言われ、「ガキには興味ねぇから変な気を回すな」とヴァンさんに言われ、しぶしぶベッドに潜り込んだ。そりゃ八〇代からしたらうちのお母さんだって十分ガキでしょうよ。
こんな状態で寝られるわけないじゃん、って思っていたのにあっという間に眠っていた。自覚はないけどどうやら魔法使うのって相当疲れるみたい。
朝、まだ薄暗いなか、ガングさんに見送られ、私達は出発することとなった。
ヴァンさん達は鎧の上に長いマントを羽織っていた。白の鎧に剣を佩き、膝下まで丈のあるフード付きの群青色のマントを羽織った二人は、超絶かっこよかった。ほ、惚れたりしないんだからねっ。
馬に乗っていると風と埃で肌が傷つくからマントは必須なんだって。私もコートを着込み、フードもかぶる。私のコートの仕立ての良さにヴァンさん達は目をみはっていた。
私はシアンさんの馬に一緒に乗ることになった。馬なんて初めて乗るからびくびくだよ。
馬って背が高くて、私は一人で乗ることなんてできない。鐙に足が届かないから、シアンさんが両手を組んでそこに私の足をかけ、持ち上げてくれる。そこからよじ登って馬に跨ると、シアンさんは私の後ろにひらりと飛び乗った。そして勢いよく馬を走らせた。
「話すと舌を噛みますから気をつけて」
「急いでいる」の言葉どおり、馬が走り続けられるギリギリの速さをキープしているようだった。
途中馬を休ませる為に休憩をとる時は、シアンさんが抱き上げて降ろしてくれる。ゆっくりしてる暇はないようだったから、私も馬に『ヒール』をかけたりして手伝った。私の体重は騎士に比べるとずっと軽いけど、それでも二人乗りは馬の負担が大きく、その分遅れているようだった。
時折魔獣に出くわした。森の中より大きな魔獣だった。こちらは馬に乗ったまま応戦するから馬を狙って噛みついてくる魔獣も多く、私は馬にも防御膜をかける。
森の中では剣だけで戦っていたヴァンさん達も、今回は大型の魔獣相手だから魔法を使っていた。といっても攻撃魔法を使うんじゃない。敵が出てきた時、馬を進めたヴァンさんが剣を構え、
『火の精霊に希い奉る。猛き炎の剣となれ』
と詠唱する。すると、剣に炎がぼわっとまとわりつくのだ。シアンさんも同じように詠唱し氷の剣を振るう。
『水の精霊に希い奉る。凍てつく獣の牙となれ』
これは魔剣というのだそうだ。確かに一つ一つ呪文を唱えて魔法を撃っていくよりすばやく戦えて効率的だった。
二頭の馬で挟み撃ちにしたり、個別に戦ったり、急に交差したり、お互いにどんな動きをするかちゃんとわかっているみたいな、見事なコンビネーションだった。
私は最初に防御膜をかけ、戦い始めたらできるだけ小さくなって馬の鬣にしがみつき、シアンさんの剣の邪魔にならないようにすることと、急な動きをされても落馬しないこと(これが一番大事!)、それだけを頑張った。
うん、頑張ったんだよ。戦闘中の馬にしがみついてるって結構すごいことなんだよ。握力がなく運動神経もない女の子にはものすごい高度な技術なんだよこれが!
かなりのスピードで道のりは進み、まだ日が高いうちにカミヤズルの村へ着くことができた。
村が近付くと、どしーん、どしーんという地響きのようなものが聞こえてきた。
「まずい、まさかもう戦いが始まっているのか?」
ヴァンさんがこちらに馬を寄せてくる。
「先に行く、リィーン、頼む」
「『防御膜』。気をつけて」
二人乗りの馬に合わせていたヴァンさんが一挙にスピードを上げて飛び出していく。
私達も彼の馬に続いた。
村に近付くと遠目にも山のような巨体が暴れているのが見えた。
「あ、あれはっ!」
「あれがスサウゴテルスです」
スサウゴテルス。どう見てもステゴサウルスだ。小学生の時に図鑑で見たステゴサウルスの姿にそっくりだった。山サイズの大きな身体。ステゴサウルスは背びれみたいなびらびらが背中に一列あったけど、こいつはそれがハリねずみのように何列にもなっている。そしてその、ギターのピックのお化けみたいな大きなびらびらを前方に向かって飛ばしていた。
スサウゴテルス、ステゴサウルス。ええい、もうどっちだっていいから。
― スサウゴテルス ―
HP……*****/*****
MP……***/***
???
???
???
また見えない相手だ。HPは五ケタ。現在HPも五ケタのままだから、今までの討伐隊の攻撃でどこまで削られているかわからない。
「我々も急ぎます。振り落とされないようしっかりと掴まっていてください」
すでにヴァンさんの姿は見えない。シアンさんの声に従い、馬の鬣にしがみついた。
私達からは木々に隠れてまだ討伐隊の姿が見えない。
でも興奮しきっている魔獣の様子から、すでに交戦中であることは明らかだった。
木々の間を抜けて急に視界が開け、討伐隊とスサウゴテルスの戦いの全容が見えた。
討伐隊はひどいありさまだった。甲殻の破片というのは一メートル四方くらいの盾を両面にくっつけたような形をしている。重たいそれがうなりを発して回転しながらかなり高い位置から飛んでくる。あんなのに当たったらひとたまりもない。
空気を切り裂き飛んでくる破片が地面に突き刺さる。
ビュッ! ゴスッ! ビュッ! ゴスッ!
耳に残る恐ろしい音、そして衝撃に身がすくむ。
背の高い木をそのまま丸太にして作ったような巨大なバリケードが魔獣の侵入を防いでいる。そのバリケードの木にも、破片はぼすぼすと突き抜けていた。破片で潰れた馬車。馬のいななき。そこここに突き刺さっている甲殻の破片。一つの破片の下から鎧姿の下半身が見えて、目眩がした。
押され気味の戦いであることは一目でわかる。
だけど彼らは統制がとれていて、誰一人、腰がひけているような者もいなかった。
騎士達は大判の鉄の盾を並べて立て、飛んでくる甲殻の破片を防ぎ、必死で吹き飛ばされぬよう盾を押さえており、その後ろから長距離攻撃のできる魔剣などで応戦しているようだ。
後ろには魔術師達が数人並び、防護の魔法と攻撃の魔法を繰り返しかけている。
怪我人を救護している人や従者のような人達が、その間を縫うように物資を手に忙しく走る。
ビュッ! ゴスッ!
恐ろしい音と、魔獣の咆哮が空気を轟かせる。
怖い。何これ、怖い。やだやだ。こんなの知らない。こんな怖い所一秒だっていたくない。いやだいやだいやだいやだいやだ!
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