カイリの白馬の王子様

不遜な孫

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 リクトがカイリを抱くのは、大体一週間に一度の頻度だった。
 少なくともあと数日は平和に過ごせる。
 そう考えると、廊下を歩くカイリの足取りも心なしか軽くなる。

「おーカイリ、リクト君が探してたぜ」
「あ、うん……」

 朝からリクトが出掛けて一日安全と思いきや、ぬか喜びだったらしい。
 カイリの平穏は、リクトに避けたと捉えられない程度の回り道に格下げされた。
 纏まった時間が束の間に縮むと、流石に溜め息が出る。

「……ん? フタバだ。おはよー」
「おはよ、カイリ」

 とぼとぼと歩くカイリの反対側から、フタバというカイリより二、三歳くらい年上の子供がやって来る。
 フタバの役割は、培養器中の胎児の管理だ。
 普段なら今頃培養器を置いている部屋に籠りっきりの筈だが、どうして廊下をうろついているのだろうか。

「朝に会うの珍しいね。別のことでも頼まれた?」
「いや……胎児に奇形が出たからさ。処分しろって」

 フタバが指差した先には、ドアとその前にあるバケツ。
 培養器から出された胎児は、もう生きてはいないだろう。
 カイリとフタバは顔を見合わせる。
 比較的大人しい性格の二人はよく気が合い、感性が似ていた。

「裏庭行く?」

 カイリはフタバの耳元に手を添え、ひそひそ声で問い掛ける。
 頷いたフタバは、隠し持っていた小さな箱に、掬い上げた胎児をそっと入れた。

◇◇◇

 掘った跡が目立たないように土を丹念に叩く。
 フタバが胎児の処分を命じられると、毎回二人で裏庭に埋めた。
 その手順は、指示された通りの「処分」ではない。

「あ、僕そろそろ行かないと。怒られるかも」
「また後でねー」

 フタバが居なくなり、カイリは裏庭に繋がるドアの前に付けられたコンクリート階段の上に腰を下ろす。
 何となく向かい側の窓の方を見ていると、新入りが一人で歩いている。
 手を大きく振ってみたら、カイリに気付いた新入りは目をぱちくりさせていた。

「どこ行くのー?」

 所々窓が開いていて、カイリの声は新入りに届いた。
 新入りも返事をしようとしたが、大声に自信がないのかすぐに声を出すのを諦める。
 窓枠に足をかけた新入りは、外へと降りてきた。
 意外と会話自体を止めるほどのものぐさではないらしい。

「お前が風呂入れって言うから」

 新入りは階段の角に座る。ドアと同じ幅しかないので、カイリのすぐ横と言っていい。

「着替えとタオル持ってこなかったの?」
「どこにあんだよ」
「部屋の棚に……」
「はぁ……部屋戻って横になりてーわ」
「もう少しやる気もたない?」

 すっかり意気消沈した新入りを今日中に風呂に入れるのは難しいだろう。
 また周囲の何もかもを遮断して、カイリが話しても聞こえなくなるかもしれない。

 風か虫が種を運んできたのか、庭の一部には名前も分からない草が生えてきていた。
 あそこにも、いくつかの箱を埋めたのだ。
 薄れかけていたカイリの鬱屈が、再びしっかりと形を持って顔を出す。

「なんで、おれらって……」
「ん?」
「……なんでもない」

 無意識だったとはいえ新入りに問うてどうするんだと自分に呆れ、カイリは口を噤んだ。
 時折きっかけがあって、何もかもに納得がいかなくなる。
 生きているということ、不愉快なこと。
 二つが混ざり合うと、生きることすら嫌いな気分はカイリの感情をぐちゃぐちゃに掻き乱した。

 それぞれ停滞した新入りとカイリは、昼過ぎをコンクリート階段に留まって終わらせた。
 後ろのドアには上部に窓があり、見下ろす人影の足音は建物に吸われていた。
 けれど新入りは気配を察して振り向く。
 恨めしげに睨み付けられても、新入りが怯んでカイリに気取られたりはしなかった。

 踵を返せば、長い襟足が揺れる。新入りはじっと窓を眺めた。
 廊下では、機嫌の悪いリクトにすれ違う子供みんながビクビクする。
 嵐の前にはやはり違和感があり、いつもより静かとはいかない。
 じきに始まる争いを嫌がる子供が居る一方で、はしゃぐ子供も居た。

 ここでのリクトは、子供たちの親分だ。
 リクトを敵に回せば、複数に囲まれて徹底的に叩かれる。
 子供の箱庭に、一対一や正々堂々といった甘ったれた概念は存在しない。
 向けられた敵意全てを潰す他ないのであった。
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