あなたのその目に映るのは

中田カナ

文字の大きさ
上 下
4 / 6

04:現象の検証

しおりを挟む
「旦那様、おはようございます」
 翌日はすっきり目が覚め、お部屋で朝食を召し上がる旦那様の補助に立つ。
「昨夜はご苦労だった。会話しながらの食事だったから大変だっただろう?」
 食事の前に旦那様に声をかけられる。
「そうですね、初めてだったのでさすがに緊張と戸惑いはありましたが、たぶん慣れれば何とかなるのではないかと」
「それは心強いな。さて、今日は兄上の手配により目の不自由な少年の慰問と激励という名目で作業所へ向かう予定だ」
「かしこまりました」

 朝食を終えて馬車で出発する。
 旦那様と従者の男性と私、そして侯爵様の部下の方が付いてきてくださっている。
「会う予定の少年はこの地の出身で我が国の英雄である将軍様に大変憧れているそうで、今日訪れることは驚かすため、あえて本人には伝えておりません」
 ご家族には将軍来訪の話は通してあって、少年に同行してくれているらしい。
「そうか。では最初は彼女ではなく従者についてもらおうか。目の見えない者同士、対等でありたいからな」
「かしこまりました」


「本当に将軍様なの?!」
 少年は憧れの人の来訪に大興奮だ。
「ああ。今は目を悪くして休職中だがな。目が見えない者としては君の方が大先輩だ。いろいろ話を聞かせてほしい」
 少年は生まれつき目が見えないそうだ。
 普段は母親がこの作業所への送り迎えをしているそうだが、今日は両親揃ってこの場に来ている。

 いろいろと話が弾むうちに少年がおずおずと尋ねる。
「あの、先の戦いではお顔に傷ができたと聞きましたが、もう痛くはないのですか?」
 旦那様が部下をかばって負傷したことは広く伝わっている。
「ああ、傷は残ったが痛みはない。そうだ、触れてみるか?」

 従者が少年に手を差し伸べて旦那様の頬を触らせる。
「ここ、ですね?結構大きな傷ですよね」
「ああ、でも守るべきものを守った証だな。それより君の手にも触れてみていいかな?」
「あ、はい」
 従者が少年の手を旦那様に触らせる。

「子供の指にしてはずいぶんと指先が固いのだな」
 頬を触れられて気が付いたのだろう。
「あの、竪琴を習っていまして、練習しているうちにこんな指になりました」
「そうか、もしよければ聴かせてもらえるかな?」
「はい!よろこんで!」

 少年の母親が竪琴を持たせる。
 軽く音の確認してから演奏が始まった。
 私は初めて聞く曲だけど、このあたりでは子守唄として誰でも知っているものらしい。

「実に見事だった!王宮の夜会で著名な音楽家の演奏を聞いたことはあるが、君の演奏の方が私の心に響いた」
 旦那様が絶賛する。
「あ、ありがとうございます」
 あまりの賛辞に真っ赤になって照れる少年。

「ささやかだが、少しお礼をさせてもらえるかな?」
「お礼?」
 旦那様が小さくうなずいて合図したので私は座っている少年の背後に立つ。
「私の侍女はちょっと不思議な力を持っているんだ。うまくいくとよいのだけれど」

「失礼します。少し肩に触れますね」
 少年に声をかけてから肩に触れる。
 そして壁際に立つ少年の両親を見た。

「え?!何これ?なんで?」
 とまどう少年。
「私が見ているものが貴方に見えているのです。そこにおられるのが貴方のご両親ですよ」

「僕、お父さんとお母さんの顔、見えてるよ!」
 従者に促されてご両親が少年の目の前にやってくる。
「さわった感触は知ってたけど、お父さんとお母さんってこんな顔だったんだね」
 親子は涙を流していた。

「これが僕の竪琴なんだね。こんなにきれいな模様があったんだ」
 対面の感動から落ち着いてきた頃、私は少年が見たいものを見ていくことにした。
「将軍様の頬の傷は結構はっきりと残っているのですね」
「ああ、私は気にしてはいないが、女性や子供には少し怖がられる」
「僕はかっこいいと思います!」

 作業所を出て馬車に乗る。
「いつも通っている道って、こんな景色だったんだ」
 少年の家は薬を販売する店を営んでいる。
「うちの店ってすごく大きいんだね」
 祖父母や兄妹とも対面し、また家族一同で涙を流していた。

 家やその周辺を少年とともに歩く。
 日が傾きはじめ、そろそろ帰らなければならない時間が近づいてくる。
「…本当はもっと一緒にいてあげられればよいのですが、申し訳ございません」
 もっといろんなものを見せてあげられたらいいのに。

「ううん、侍女のお姉さんのおかげでいろんなものを初めて見ることができてうれしかったよ」
 少年の家に戻ると家族全員が勢ぞろいしていた。
「お姉さん、ありがとう。家族の顔をしっかり心に刻んだからもう大丈夫。これからも将軍様の目になってあげてね」
 少年の肩から手をゆっくりと離した。

「…これで本当によかったのでしょうか?」
 侯爵家へ戻る馬車の中で思わずつぶやく。
 見えたものがまた見えなくなってしまうことは、つらくないはずはない。
「どう思うかは彼とその家族次第だろうな。明日は別の者と会う予定にしているが、やめた方がよいか?」
 安易に慰めを言わないのは旦那様らしいところだ。
「いいえ、続けます」
 いつかこの割り切れない思いの答えが出るかもしれないから。
 作業所に通う目の不自由な人との接触は継続された。
 1人につき1日、本人の希望をできるだけ叶えていく。
 生まれつき見えなかったり病気やけがで視力を失ったりと人それぞれだ。
 見たいものも家族の顔だったり、思い出の景色だったり、家族のお墓だったり。
 別れる時はいくら感謝の言葉をもらってもつらい。
 もう見せてあげられないことが申し訳なくて。


 最後の1人は老婆だった。
 身寄りもないので作業所の1室で暮らしているらしい。
「あんたの話は聞いてるけど、あたしゃ別にいいよ。会いたい奴らはもうすぐ天の国で会えるだろうからさ」
 思いがけない拒否だった。
「でも、ここの連中は家族のようなもんだからさ、力になってくれたことには感謝してる。だから私からお礼をさせとくれ」

「お礼、ですか?」
「ああ。あたしゃ目は見えないが、その代わりに人には見えないものが見えるんだよ。頭がおかしいとか言われるから、あまり口にはしないがね」
 ニッと笑う老婆。

「まず一緒にいるそっちの旦那、あんたの呪いはもうすぐ解けるだろうよ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄したら食べられました(物理)

かぜかおる
恋愛
人族のリサは竜種のアレンに出会った時からいい匂いがするから食べたいと言われ続けている。 婚約者もいるから無理と言い続けるも、アレンもしつこく食べたいと言ってくる。 そんな日々が日常と化していたある日 リサは婚約者から婚約破棄を突きつけられる グロは無し

図書館でうたた寝してたらいつの間にか王子と結婚することになりました

鳥花風星
恋愛
限られた人間しか入ることのできない王立図書館中枢部で司書として働く公爵令嬢ベル・シュパルツがお気に入りの場所で昼寝をしていると、目の前に見知らぬ男性がいた。 素性のわからないその男性は、たびたびベルの元を訪れてベルとたわいもない話をしていく。本を貸したりお茶を飲んだり、ありきたりな日々を何度か共に過ごしていたとある日、その男性から期間限定の婚約者になってほしいと懇願される。 とりあえず婚約を受けてはみたものの、その相手は実はこの国の第二王子、アーロンだった。 「俺は欲しいと思ったら何としてでも絶対に手に入れる人間なんだ」

頭頂部に薔薇の棘が刺さりまして

犬野きらり
恋愛
第二王子のお茶会に参加して、どうにかアピールをしようと、王子の近くの場所を確保しようとして、転倒。 王家の薔薇に突っ込んで転んでしまった。髪の毛に引っ掛かる薔薇の枝に棘。 失態の恥ずかしさと熱と痛みで、私が寝込めば、初めましての小さき者の姿が見えるようになり… この薔薇を育てた人は!?

貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後

空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。 魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。 そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。 すると、キースの態度が豹変して……?

王宮医務室にお休みはありません。~休日出勤に疲れていたら、結婚前提のお付き合いを希望していたらしい騎士さまとデートをすることになりました。~

石河 翠
恋愛
王宮の医務室に勤める主人公。彼女は、連続する遅番と休日出勤に疲れはてていた。そんなある日、彼女はひそかに片思いをしていた騎士ウィリアムから夕食に誘われる。 食事に向かう途中、彼女は憧れていたお菓子「マリトッツォ」をウィリアムと美味しく食べるのだった。 そして休日出勤の当日。なぜか、彼女は怒り心頭の男になぐりこまれる。なんと、彼女に仕事を押しつけている先輩は、父親には自分が仕事を押しつけられていると話していたらしい。 しかし、そんな先輩にも実は誰にも相談できない事情があったのだ。ピンチに陥る彼女を救ったのは、やはりウィリアム。ふたりの距離は急速に近づいて……。 何事にも真面目で一生懸命な主人公と、誠実な騎士との恋物語。 扉絵は管澤捻さまに描いていただきました。 小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。

私は王子の婚約者にはなりたくありません。

黒蜜きな粉
恋愛
公爵令嬢との婚約を破棄し、異世界からやってきた聖女と結ばれた王子。 愛を誓い合い仲睦まじく過ごす二人。しかし、そのままハッピーエンドとはならなかった。 いつからか二人はすれ違い、愛はすっかり冷めてしまった。 そんな中、主人公のメリッサは留学先の学校の長期休暇で帰国。 父と共に招かれた夜会に顔を出すと、そこでなぜか王子に見染められてしまった。 しかも、公衆の面前で王子にキスをされ逃げられない状況になってしまう。 なんとしてもメリッサを新たな婚約者にしたい王子。 さっさと留学先に戻りたいメリッサ。 そこへ聖女があらわれて――   婚約破棄のその後に起きる物語

氷の公爵の婚姻試験

恋愛
ある日、若き氷の公爵レオンハルトからある宣言がなされた――「私のことを最もよく知る女性を、妻となるべき者として迎える。その出自、身分その他一切を問わない。」。公爵家の一員となる一世一代のチャンスに王国中が沸き、そして「公爵レオンハルトを最もよく知る女性」の選抜試験が行われた。

あなたの側にいられたら、それだけで

椎名さえら
恋愛
目を覚ましたとき、すべての記憶が失われていた。 私の名前は、どうやらアデルと言うらしい。 傍らにいた男性はエリオットと名乗り、甲斐甲斐しく面倒をみてくれる。 彼は一体誰? そして私は……? アデルの記憶が戻るとき、すべての真実がわかる。 _____________________________ 私らしい作品になっているかと思います。 ご都合主義ですが、雰囲気を楽しんでいただければ嬉しいです。 ※私の商業2周年記念にネップリで配布した短編小説になります ※表紙イラストは 由乃嶋 眞亊先生に有償依頼いたしました(投稿の許可を得ています)

処理中です...