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第5話 再会
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こうと決めたら行動は早かった。
まず公設の職業紹介所へ行って仕事を探す。
幸い好条件の仕事が見つかった。王都から遠く離れるけれど、むしろ好都合だ。
地方の貸本屋にある魔法陣の調整のためオーナーがしばらく不在になる時期を狙い、私は店長に願い出て退職した。
「君が抜けるのはとても残念だなぁ。もう次の職は決まってるのかい?」
「いえ、しばらくのんびりしてから決めようと思います」
店長、ごめんなさい。嘘をつきました。本当はもう決まってます。
ただ、オーナーに何も言わずに去るのは申し訳ないと思ったので、残っていたハートの栞に謝罪と感謝の言葉を綴った。
オーナーのこれからの幸せを願いながら。
国境に近い小さな町の役場に勤めて半年が経った。
人手不足でいつも忙しいけれど、その忙しさのおかげで余計なことをあまり考えずに済んでいる。
この町には小さいながらも図書館があり、休日はほぼ1日過ごしている。
「こんにちは。新刊が入ってきてますよ」
「えっ、本当ですか?」
新刊の入荷は王都に比べればだいぶ遅いけれど、それでも本が読めるのは本当に幸せだ。
役場で働いて図書館に通い詰めているおかげで、この町での顔なじみも増えた。
来たばかりの頃は若い女性のよそ者がめずらしいのか、いろんな人から声をかけられた。それがきっかけで知り合いも増え、野菜や果物などをよくいただいたりもする。
そして国境を接する隣国では黒髪はわりと一般的だそうで、好奇の目で見られることもない。
だからバンダナや帽子で黒髪を隠すのをやめた。それだけで気持ちもずいぶんと軽くなった。
王都よりもこの町の方が私にあっているのかもしれない。
ただ、時々忘れたくても忘れられない人を思い出してしまい、せつなくなることもあるけれど。
休日明けは気分も新たに仕事に取り組む。
「あ、悪いけど応接室にお茶を5つ頼む」
「はい!」
上司に頼まれてお茶の支度をして応接室の扉をノックする。
「失礼いたしま…」
お客様の1人と目が合って、思わず言葉が途切れる。
どうしても忘れられなかった人がそこにいた。
「あ…」
向こうも私に気付いたようだ。
今はものすごく動揺しているけれど、それでもお茶は出さなければならない。
お茶をテーブルの上に置き終えて去ろうとすると、ガシッと腕をつかまれた。
「あ、あの…?」
オーナーは私の腕を掴んだまま立ち上がる。
「すまないが、しばらく席をはずすので話を進めておいてほしい」
トレイを持ったまま腕をひっぱられて、たくさんの人でごった返す役場のフロアを通り抜けて外に連れ出される。みんなの視線がすごく痛い。
役場の前にある大きな木の下の木陰まで来ると、突然両肩をつかまれて真正面から見つめられる。
「あ、あの、オーナーはどうしてこちらへ?」
「この町に商会の支店を出すというので貸本屋も開こうと思って…って、今はそんなことはどうでもいいんだ!どうして突然いなくなってしまったんだ?!」
大声に身体がびくっとする。
「地方から王都に戻ってみれば、君はすでに辞めていて住まいはもぬけの殻。引越し先は誰も知らない。何か犯罪に巻き込まれたのか、それとも誰かに属性を見抜かれて拉致でもされたのか、本気で心配して探していたんだぞ!」
「も、申し訳ありませんでした」
初めてオーナーに怒られる。
だがオーナーの怒り顔は一瞬で崩れ、今にも泣き出しそうな表情に変わる。
「僕が君を追い詰めてしまったのか?どうして王都を離れようなんて思ったんだ?」
私は思いを吐露する。
「魔法院に保護されたら、もう自由がなくなっちゃうのかなって考えたんです。それで私のことを誰も知らないところへ行って静かに暮らそうと思って」
オーナーの手は私の肩を離れ、自らの頭を抱えてしまった。
「すまない。僕がきちんと説明していればよかったんだな。決して君の自由を奪ったりはしない。王立魔法院は君に普段どおりに暮らしてもらって、何かあれば保護役である僕が対応する。そして時々協力を依頼する方向で話を詰めていたんだ。だから何も心配はいらない。一緒に王都に帰ろう」
その申し出はとても嬉しい。でも。
「ごめんなさい。私、やっぱり王都には戻りたくないです」
「どうして?!」
目の前には本当に泣き出しそうなオーナーの顔が迫る。
オーナーは商談が終わればすぐに王都へ帰るだろう。
だったら正直に打ち明けて、ここですべてを終わらせよう。
まず公設の職業紹介所へ行って仕事を探す。
幸い好条件の仕事が見つかった。王都から遠く離れるけれど、むしろ好都合だ。
地方の貸本屋にある魔法陣の調整のためオーナーがしばらく不在になる時期を狙い、私は店長に願い出て退職した。
「君が抜けるのはとても残念だなぁ。もう次の職は決まってるのかい?」
「いえ、しばらくのんびりしてから決めようと思います」
店長、ごめんなさい。嘘をつきました。本当はもう決まってます。
ただ、オーナーに何も言わずに去るのは申し訳ないと思ったので、残っていたハートの栞に謝罪と感謝の言葉を綴った。
オーナーのこれからの幸せを願いながら。
国境に近い小さな町の役場に勤めて半年が経った。
人手不足でいつも忙しいけれど、その忙しさのおかげで余計なことをあまり考えずに済んでいる。
この町には小さいながらも図書館があり、休日はほぼ1日過ごしている。
「こんにちは。新刊が入ってきてますよ」
「えっ、本当ですか?」
新刊の入荷は王都に比べればだいぶ遅いけれど、それでも本が読めるのは本当に幸せだ。
役場で働いて図書館に通い詰めているおかげで、この町での顔なじみも増えた。
来たばかりの頃は若い女性のよそ者がめずらしいのか、いろんな人から声をかけられた。それがきっかけで知り合いも増え、野菜や果物などをよくいただいたりもする。
そして国境を接する隣国では黒髪はわりと一般的だそうで、好奇の目で見られることもない。
だからバンダナや帽子で黒髪を隠すのをやめた。それだけで気持ちもずいぶんと軽くなった。
王都よりもこの町の方が私にあっているのかもしれない。
ただ、時々忘れたくても忘れられない人を思い出してしまい、せつなくなることもあるけれど。
休日明けは気分も新たに仕事に取り組む。
「あ、悪いけど応接室にお茶を5つ頼む」
「はい!」
上司に頼まれてお茶の支度をして応接室の扉をノックする。
「失礼いたしま…」
お客様の1人と目が合って、思わず言葉が途切れる。
どうしても忘れられなかった人がそこにいた。
「あ…」
向こうも私に気付いたようだ。
今はものすごく動揺しているけれど、それでもお茶は出さなければならない。
お茶をテーブルの上に置き終えて去ろうとすると、ガシッと腕をつかまれた。
「あ、あの…?」
オーナーは私の腕を掴んだまま立ち上がる。
「すまないが、しばらく席をはずすので話を進めておいてほしい」
トレイを持ったまま腕をひっぱられて、たくさんの人でごった返す役場のフロアを通り抜けて外に連れ出される。みんなの視線がすごく痛い。
役場の前にある大きな木の下の木陰まで来ると、突然両肩をつかまれて真正面から見つめられる。
「あ、あの、オーナーはどうしてこちらへ?」
「この町に商会の支店を出すというので貸本屋も開こうと思って…って、今はそんなことはどうでもいいんだ!どうして突然いなくなってしまったんだ?!」
大声に身体がびくっとする。
「地方から王都に戻ってみれば、君はすでに辞めていて住まいはもぬけの殻。引越し先は誰も知らない。何か犯罪に巻き込まれたのか、それとも誰かに属性を見抜かれて拉致でもされたのか、本気で心配して探していたんだぞ!」
「も、申し訳ありませんでした」
初めてオーナーに怒られる。
だがオーナーの怒り顔は一瞬で崩れ、今にも泣き出しそうな表情に変わる。
「僕が君を追い詰めてしまったのか?どうして王都を離れようなんて思ったんだ?」
私は思いを吐露する。
「魔法院に保護されたら、もう自由がなくなっちゃうのかなって考えたんです。それで私のことを誰も知らないところへ行って静かに暮らそうと思って」
オーナーの手は私の肩を離れ、自らの頭を抱えてしまった。
「すまない。僕がきちんと説明していればよかったんだな。決して君の自由を奪ったりはしない。王立魔法院は君に普段どおりに暮らしてもらって、何かあれば保護役である僕が対応する。そして時々協力を依頼する方向で話を詰めていたんだ。だから何も心配はいらない。一緒に王都に帰ろう」
その申し出はとても嬉しい。でも。
「ごめんなさい。私、やっぱり王都には戻りたくないです」
「どうして?!」
目の前には本当に泣き出しそうなオーナーの顔が迫る。
オーナーは商談が終わればすぐに王都へ帰るだろう。
だったら正直に打ち明けて、ここですべてを終わらせよう。
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