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最終話 帰還
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お披露目までの間に前魔王様とも話す機会を得た。
「長い間、魔王領はよく言えば平穏で安定だが、悪く言えば代わり映えせず停滞していた。王位に就いて落ち着いてきた頃、そのことで悩み始めていたのだ」
「でも、安定しているのはよいことだと思いますけど?」
「この地にもたまに人間界の情報が入ってくる。戦なども不穏なこともあるが、新たな発明など常に変化に富んでいた」
寿命は種族によって異なるけど人間より長いらしい。
「魔王も代替わりし、そなたらのような存在も現れた。これからの魔王領はいい方向へ変わっていくものと信じておるよ」
顔はいかついけれど、とても穏やかな声の前魔王様はそう締めくくった。
1ヶ月後、新しい魔王のお披露目の式典にしれっと猫耳をつけて王宮職員として参加した私達。
「これってものすごく貴重な体験だよね~」
厳かに式典が進む中、小声で夫が言う。
「だって魔王の交代なんて何百年、下手すりゃ千年単位なわけでしょ~」
あ、そうか。
人間界ならせいぜい数十年だけど、長寿だとそうなってしまうわけだ。
「いい資料になりそうだから、後でしっかり書き残しておかなくっちゃ~」
夫はずいぶんと楽しそうだった。
ただ、式典に現れた新しい魔王は以前会った時の少年の姿ではなく人間で言うなら二十歳前後の青年に変わっていた。
美青年なんだけど、少年の姿もかわいかったのになぁ。
「子供の姿じゃなめられるから変えたんだって~」
それもそうか。
今後は年を重ねて見えるように少しずつ変えていくんだとか。
新魔王お披露目の翌日。
「お待たせしました。準備が整いましたよ」
宰相さんがやってきた。
許可を得た者しか使えない転移所を使って、魔王領と人間界の境界付近まで馬車ごと一瞬で送ってくれるとのこと。
「それからこちらを」
「ありがとうございます~」
宰相さんが大きな封筒を夫に手渡す。
「それ、何なの?」
「ん、これは帰ってからのお楽しみ~」
ニコニコしている夫。
怪しいものじゃないといいけれど。
「「「 どうぞ、お気をつけて! 」」」
3日後、新旧魔王様や宰相さん、親しくなった王宮職員達に見送られて転移所から出発する。
空間のゆがみも無事に通過して人間界へ。
その後の道中も順調に進み、到着した王宮で報告を行い、夫は宝物殿へ聖剣を返しに行った。
「ただいま~」
先に王宮職員住宅へ帰っていた私は夫を出迎える。
「おつかれさま。どうだった?」
「聖剣はちゃんと戻してきたんだけど、宝物殿は退屈だからたまに世間話をしに来いってさ~」
「あはは!らしいわね」
私が声を聞いたのは討伐完了の1度きりだったけど、夫から聖剣の人となり(?)はたびたび聞いていた。
「それから、早く子供も見せに来いとも言われたんだよね~」
急に抱きしめられて耳元でささやかれる。
「へっ?!」
「期待には応えないとだよね~」
「えっ、ちょっ、まだ昼間!」
「今は特別休暇だから大丈夫だよ~」
何が大丈夫なのかはさておき、おあずけの反動はやはり大きかった。
特別休暇も終盤に差しかかった頃。
「おはよ~!魔王領の宰相さんからもらってきた物が完成して準備も整ったから見てみて~」
無駄に元気な夫に起こされる。
こっちは誰かさんのせいで連日ぐったりなんですけど?
着替えて連れて行かれたのは庭の片隅に置かれた物置の前。
王宮職員住宅の小さな庭は子供の頃から植物を育てるのが好きだった夫の管轄で、物置には園芸に必要な用具などが入れられている。
「ほらほら、開けてみてよ~」
ヘンなものが出てこないことを祈りつつ、おそるおそる開けてみる。
「…えっ?!」
物置の中に園芸用品は1つもなかった。
そこにあったのは見覚えのある部屋。
「空間のゆがみを固定して魔王領の王宮で暮らしてた部屋とつなげたから、いつでも行き来できるよ~」
振り向くとニッコリ笑っていた。
いったん物置の扉を閉めて、夫に作ってもらった朝食を食べながら説明を受ける。
空間のゆがみを固定する魔法陣は昔から魔王領に存在していたらしい。
悪用を避けるために秘匿されてはいたらしいけど、新旧魔王様と宰相さんは惜しげもなく私達に提供してくれたんだとか。
「これ、結構難しかったんだよね~」
魔王領を去る前に宰相さんが夫に渡していたのは魔法陣の原図と実行に必要な魔石、そして手順書だった。
月の満ち欠けも影響するそうで、実行できるタイミングも限られるんだとか。
ちなみに私達の他に通れるのは2人揃って認めた人物だけらしい。
「食べ終わったらさっそく向こうへ行くからね~」
朝食後に改めて身支度を整えてから物置に入っていく。
しばらく暮らした懐かしい部屋を眺め、廊下に出ようと扉を開けたとたん。
「「「 おかえりなさい!! 」」」
廊下には見知った顔がずらっと並んでいた。
時には衝突しつつもともに努力した職員達、世話してくれたうさぎの獣人女性、夜食対応してくれた職員食堂の人達まで…
「た、ただいまです」
人間界に帰った時もホッとしたけれど、なぜだか涙がこぼれてきた。
どうやらいつのまにかここも私の居場所の1つになっていたらしい。
いろんな人達に声をかけられつつ新旧魔王様と宰相さんが待つ応接室に通される。
特別休暇の間、昼間は頻繁に出かけていた夫はどうやら根回しをしていたようで、私は魔王領と人間界の双方の王宮で非常勤の職員として働けることになった。
「在宅勤務も認めるので、そなたの都合のよいように働くといい。本当はこちらに取り込みたかったのだが、人間界側もどうしても手放したくなかったらしくてな」
前魔王様が少し困り顔でそう言い、夫の方を見ると苦笑いしていた。
特別休暇が終わってから双方で今まで以上に積極的に働き始めたのだが、ある時期から在宅勤務に移行した。
妊娠が発覚したからだ。
つわりも軽くていたって元気なのだが、魔王領の医師の診断によると双子で間違いないとのこと。
「どっちのお城も階段が多いから心配になっちゃうでしょ~!」
心配性の夫がうるさくてそういうことになった。
その夫は人間界の王宮図書館勤務を辞めたけど、魔王領の王宮に勤めることもなかった。
「微力ながら僕なりに2つの世界の橋渡し役になろうと思ってさ~」
そう言ってまず始めたのは双方の新聞での連載。
人間界では魔王領のことを、魔王領では人間界のことを綴っていく。
昼間は取材に出かけ、夜は私に昼間の出来事を話しつつ内容をまとめていく。
彼の性格そのままの軽妙な文章は多くの人々に受け入れられた。
私達がたくさん話し合った末に望んだのは、偉い人達ではなく草の根レベルでの異文化交流。
お互いのことを知らなすぎるので、まずは知ることから始めた方がいいと思ったから。
それを夫はさっそく実践している。
しばらくして超安産で男女の双子が生まれ、たくさんの人たちから祝福されてお祝いをいただいた。
約束どおり宝物殿にいる聖剣に見せに子供達を連れて行った。
「聖剣もすごく喜んでるよ~」
あいかわらず私には聖剣の声は聞こえないけれど、子供達は終始キャッキャと笑っていた。
「ねぇねぇ、これ見てみてよ~」
今日は魔王領の王宮の庭でたっぷり遊んできた3歳の双子が寝静まった頃。
寝室で夫が出してきたのは、なつかしの黒い猫耳カチューシャ。
「これはまだ試作品なんだけど、感情に反応して動くようになったんだよ~」
人間界と魔王領それぞれで至宝と呼ばれる魔道具師を引き合わせたのは夫だ。
だがしかし、なぜ合同開発の第1号がよりによってこれなのか?
「僕がこんなの欲しいって言ったら2人ともがんばってくれたんだよね~」
あ、そうだった。
人間界側の魔道具師は猫耳カチューシャの開発者だったわ。
有無を言わさず猫耳カチューシャをつけられる。
「うん、やっぱりよく似合う!かわいいね~」
「か、かわいくなんかないにゃん!」
あれ?
にゃんって何よ?
「猫っぽい話し方になる機能もつけてもらっちゃった~」
何でそんなこと頼んでるのよ?!
「さてと、今夜はこれでイチャイチャしようね~」
熱のこもった夫の視線に耳がぴくぴく動きまくる。
「ち、ちょっと待ってにゃん!」
「だ~め、待たない♪」
猫耳カチューシャは大人用も子供用も大ヒットし、我が家に家族が増えるのは翌年のことにゃん。
「長い間、魔王領はよく言えば平穏で安定だが、悪く言えば代わり映えせず停滞していた。王位に就いて落ち着いてきた頃、そのことで悩み始めていたのだ」
「でも、安定しているのはよいことだと思いますけど?」
「この地にもたまに人間界の情報が入ってくる。戦なども不穏なこともあるが、新たな発明など常に変化に富んでいた」
寿命は種族によって異なるけど人間より長いらしい。
「魔王も代替わりし、そなたらのような存在も現れた。これからの魔王領はいい方向へ変わっていくものと信じておるよ」
顔はいかついけれど、とても穏やかな声の前魔王様はそう締めくくった。
1ヶ月後、新しい魔王のお披露目の式典にしれっと猫耳をつけて王宮職員として参加した私達。
「これってものすごく貴重な体験だよね~」
厳かに式典が進む中、小声で夫が言う。
「だって魔王の交代なんて何百年、下手すりゃ千年単位なわけでしょ~」
あ、そうか。
人間界ならせいぜい数十年だけど、長寿だとそうなってしまうわけだ。
「いい資料になりそうだから、後でしっかり書き残しておかなくっちゃ~」
夫はずいぶんと楽しそうだった。
ただ、式典に現れた新しい魔王は以前会った時の少年の姿ではなく人間で言うなら二十歳前後の青年に変わっていた。
美青年なんだけど、少年の姿もかわいかったのになぁ。
「子供の姿じゃなめられるから変えたんだって~」
それもそうか。
今後は年を重ねて見えるように少しずつ変えていくんだとか。
新魔王お披露目の翌日。
「お待たせしました。準備が整いましたよ」
宰相さんがやってきた。
許可を得た者しか使えない転移所を使って、魔王領と人間界の境界付近まで馬車ごと一瞬で送ってくれるとのこと。
「それからこちらを」
「ありがとうございます~」
宰相さんが大きな封筒を夫に手渡す。
「それ、何なの?」
「ん、これは帰ってからのお楽しみ~」
ニコニコしている夫。
怪しいものじゃないといいけれど。
「「「 どうぞ、お気をつけて! 」」」
3日後、新旧魔王様や宰相さん、親しくなった王宮職員達に見送られて転移所から出発する。
空間のゆがみも無事に通過して人間界へ。
その後の道中も順調に進み、到着した王宮で報告を行い、夫は宝物殿へ聖剣を返しに行った。
「ただいま~」
先に王宮職員住宅へ帰っていた私は夫を出迎える。
「おつかれさま。どうだった?」
「聖剣はちゃんと戻してきたんだけど、宝物殿は退屈だからたまに世間話をしに来いってさ~」
「あはは!らしいわね」
私が声を聞いたのは討伐完了の1度きりだったけど、夫から聖剣の人となり(?)はたびたび聞いていた。
「それから、早く子供も見せに来いとも言われたんだよね~」
急に抱きしめられて耳元でささやかれる。
「へっ?!」
「期待には応えないとだよね~」
「えっ、ちょっ、まだ昼間!」
「今は特別休暇だから大丈夫だよ~」
何が大丈夫なのかはさておき、おあずけの反動はやはり大きかった。
特別休暇も終盤に差しかかった頃。
「おはよ~!魔王領の宰相さんからもらってきた物が完成して準備も整ったから見てみて~」
無駄に元気な夫に起こされる。
こっちは誰かさんのせいで連日ぐったりなんですけど?
着替えて連れて行かれたのは庭の片隅に置かれた物置の前。
王宮職員住宅の小さな庭は子供の頃から植物を育てるのが好きだった夫の管轄で、物置には園芸に必要な用具などが入れられている。
「ほらほら、開けてみてよ~」
ヘンなものが出てこないことを祈りつつ、おそるおそる開けてみる。
「…えっ?!」
物置の中に園芸用品は1つもなかった。
そこにあったのは見覚えのある部屋。
「空間のゆがみを固定して魔王領の王宮で暮らしてた部屋とつなげたから、いつでも行き来できるよ~」
振り向くとニッコリ笑っていた。
いったん物置の扉を閉めて、夫に作ってもらった朝食を食べながら説明を受ける。
空間のゆがみを固定する魔法陣は昔から魔王領に存在していたらしい。
悪用を避けるために秘匿されてはいたらしいけど、新旧魔王様と宰相さんは惜しげもなく私達に提供してくれたんだとか。
「これ、結構難しかったんだよね~」
魔王領を去る前に宰相さんが夫に渡していたのは魔法陣の原図と実行に必要な魔石、そして手順書だった。
月の満ち欠けも影響するそうで、実行できるタイミングも限られるんだとか。
ちなみに私達の他に通れるのは2人揃って認めた人物だけらしい。
「食べ終わったらさっそく向こうへ行くからね~」
朝食後に改めて身支度を整えてから物置に入っていく。
しばらく暮らした懐かしい部屋を眺め、廊下に出ようと扉を開けたとたん。
「「「 おかえりなさい!! 」」」
廊下には見知った顔がずらっと並んでいた。
時には衝突しつつもともに努力した職員達、世話してくれたうさぎの獣人女性、夜食対応してくれた職員食堂の人達まで…
「た、ただいまです」
人間界に帰った時もホッとしたけれど、なぜだか涙がこぼれてきた。
どうやらいつのまにかここも私の居場所の1つになっていたらしい。
いろんな人達に声をかけられつつ新旧魔王様と宰相さんが待つ応接室に通される。
特別休暇の間、昼間は頻繁に出かけていた夫はどうやら根回しをしていたようで、私は魔王領と人間界の双方の王宮で非常勤の職員として働けることになった。
「在宅勤務も認めるので、そなたの都合のよいように働くといい。本当はこちらに取り込みたかったのだが、人間界側もどうしても手放したくなかったらしくてな」
前魔王様が少し困り顔でそう言い、夫の方を見ると苦笑いしていた。
特別休暇が終わってから双方で今まで以上に積極的に働き始めたのだが、ある時期から在宅勤務に移行した。
妊娠が発覚したからだ。
つわりも軽くていたって元気なのだが、魔王領の医師の診断によると双子で間違いないとのこと。
「どっちのお城も階段が多いから心配になっちゃうでしょ~!」
心配性の夫がうるさくてそういうことになった。
その夫は人間界の王宮図書館勤務を辞めたけど、魔王領の王宮に勤めることもなかった。
「微力ながら僕なりに2つの世界の橋渡し役になろうと思ってさ~」
そう言ってまず始めたのは双方の新聞での連載。
人間界では魔王領のことを、魔王領では人間界のことを綴っていく。
昼間は取材に出かけ、夜は私に昼間の出来事を話しつつ内容をまとめていく。
彼の性格そのままの軽妙な文章は多くの人々に受け入れられた。
私達がたくさん話し合った末に望んだのは、偉い人達ではなく草の根レベルでの異文化交流。
お互いのことを知らなすぎるので、まずは知ることから始めた方がいいと思ったから。
それを夫はさっそく実践している。
しばらくして超安産で男女の双子が生まれ、たくさんの人たちから祝福されてお祝いをいただいた。
約束どおり宝物殿にいる聖剣に見せに子供達を連れて行った。
「聖剣もすごく喜んでるよ~」
あいかわらず私には聖剣の声は聞こえないけれど、子供達は終始キャッキャと笑っていた。
「ねぇねぇ、これ見てみてよ~」
今日は魔王領の王宮の庭でたっぷり遊んできた3歳の双子が寝静まった頃。
寝室で夫が出してきたのは、なつかしの黒い猫耳カチューシャ。
「これはまだ試作品なんだけど、感情に反応して動くようになったんだよ~」
人間界と魔王領それぞれで至宝と呼ばれる魔道具師を引き合わせたのは夫だ。
だがしかし、なぜ合同開発の第1号がよりによってこれなのか?
「僕がこんなの欲しいって言ったら2人ともがんばってくれたんだよね~」
あ、そうだった。
人間界側の魔道具師は猫耳カチューシャの開発者だったわ。
有無を言わさず猫耳カチューシャをつけられる。
「うん、やっぱりよく似合う!かわいいね~」
「か、かわいくなんかないにゃん!」
あれ?
にゃんって何よ?
「猫っぽい話し方になる機能もつけてもらっちゃった~」
何でそんなこと頼んでるのよ?!
「さてと、今夜はこれでイチャイチャしようね~」
熱のこもった夫の視線に耳がぴくぴく動きまくる。
「ち、ちょっと待ってにゃん!」
「だ~め、待たない♪」
猫耳カチューシャは大人用も子供用も大ヒットし、我が家に家族が増えるのは翌年のことにゃん。
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