夫が勇者になりまして

中田カナ

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第4話 討伐

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「父王はある日突然『勇者が私を倒しに来るので城から去る』と言い出して出奔してしまったのだ」

「へっ?!」
 ちょっと待って。
 勇者って私達のことだよね?

「父王はいかつい見た目で他の追随を許さぬ魔力量をお持ちなのだが、本当は争いごとを好まぬ心優しい方なのだ」
 しょぼんとする魔王代理少年。
 そっか、お父さんのこと大好きなんだねぇ。

「当代魔王を追うため、この城に勤める者達から選抜隊が編成されて追跡に出ました。当代魔王は魔力量がとにかく膨大で、かなりの人数をつぎ込まねば身柄を確保できないと判断したからです」
 あ、人手不足の理由はそれなのか。

「でも偉いですねぇ。まだ幼いのにお父様の代わりを務めるなんて」
 私の言葉に宰相さんと魔王代理少年が顔を見合わせる。
「ああ、そなたは私の年齢を知らぬのか」
 再びため息をつく魔王代理少年。

「あれ、私もしかして何か間違ったこと言っちゃいました?」
「私はこれでも5百歳を超えている」
「えっ?!」
 こんなにかわいいのにはるかに年上?!

「高位の魔族は外見を変えることが出来るのですよ。かなりの魔力量が必要なので、あまり頻繁には変えられませんが」
 宰相さんが説明してくれる。
「そのとおり。父王がいるので私は幼く見えた方ががよいだろうと思い、この姿を維持しているのだ」
「そうだったのですか。失礼いたしました」
 知らないままだったらずっと子供扱いしてたかも。
 危ない危ない。

「話が少し横道にそれてしまったな。実はその父王の身柄を確保したとの報告がつい先ほど入ってきたのだ」
「えっ、そうなんですか?」
 魔王代理少年の言葉に驚く。

「ああ、現在こちらに向かっているので、ここ数日のうちに到着するだろう」
 戦いの場となってもよいよう北の荒地へ向かうと予想していたそうで、あっけなく追いついたのだとか。
「なんとか説得して帰還にこぎつけたのですよ」
 宰相さんが話を続ける。

「貴方達の試用期間がもうすぐ終わるので今後の話をする予定だったのですが、先にこちらの問題を片付けてからでもよろしいでしょうか?」
 夫の方を見るとニッコリ笑って無言でうなずく。
 私が答えていいってことだよね。
「かしこまりました。状況が大きく変化する可能性もあるでしょうから、その方がよろしいでしょう」

 まだ仕事が残っているという魔王代理少年は先に応接室を出ていく。
「先ほどは申せませんでしたが、当代魔王が出奔した理由はあのご子息にもあるのです」
 応接室の残っている宰相さんが口を開いた。
「先ほどの彼ですよね?」
「はい。すでにご子息が職務の多くを担われているのですが、それがあまりにも優秀でして」
 あの魔王代理少年はいわゆる天才肌というやつで、一を聞いて十を知り、さらに倍みたいなタイプなんだとか。
「当代魔王とて決して無能ではなかったのですが、どうやら最近では自信を失っておられたようで」
 魔王様にも悩みがあったんだなぁ。


 数日後、当代魔王が帰還したとの情報が城内を駆け巡った。
「ねぇねぇ、ちょっと見に行こうか~」
 夫とともに中途半端に開いた扉の隙間から魔王城の広間を覗き込む。

 広間の真ん中には大きくて黒い2つの角が生えた男性が大きな身体を縮こまらせて床の上に座り込んでいる。
 数名の方々と話しているようだ。
 会話はよく聞き取れなかったけれど、魔王様の声だけはよく通るようではっきり聞こえててきた。

「勇者の目的は魔王たるこの私。私さえいなければ誰にも迷惑をかけることはない、そう思ったのだ」
 その言葉で私の中でプチンと何かが切れた。
 バン!と扉を開けて部屋に乗り込む。

「お話中失礼いたします!魔王様が迷惑をかけたくないというその気持ち、理解はできます。周囲の人々のことを思ってのことだったのでしょう」
 一呼吸置いてから話を続ける。
「ですが!魔王城の方々やご家族だって魔王様のことを思っているのですよ。ほら、よくご覧になってください!」
 床に座り込んだまま周囲を見回す魔王様。
 宰相さんに魔王代理少年、他の人々のまなざしは決して咎めるものではなかった。

「…そうか、私のことを心配してくれていたのだな」
 みんなの気持ちにようやく気付いてくれたようだ。
「魔王様がすべきだったのは、お1人ですべてを背負うのではなく、まずは皆さんと話し合うことだったのではないでしょうか?」
 一番言いたかったことを魔王様に告げると即座に声が上がった。

「そうですとも!魔王様に我らがついております。力ではお役に立てぬかもしれませんが、知恵を出し合うくらいはできると思います!」
 宰相さん、いつも冷静沈着だと思ってたけど魔王様が絡むと熱い方だったようだ。
「父上、私もおそばにおります!」
 泣きながら声を上げる魔王代理少年を見て魔王様も涙を拭っていた。

 しばらく続いた魔王城での男泣き祭りが終わる頃。
「…ところで、そなたらは見かけぬ顔だが何者だ?」
 ふと我に返った魔王様の視線がこちらを向く。

 私が答えようとしたら夫に制される。
「僕達は魔王様がお留守の間に採用された魔王城の臨時職員なんですけど、実は先ほど話にも出てきました人間界の勇者です~」
 夫は獣人に偽装するために装着していた猫耳カチューシャをはずす。
 さらにポケットから取り出した聖剣を床に置いて大剣サイズに戻す。
「あ、こちらにいる妻は勇者その2です~」
 私も夫に習って猫耳カチューシャをはずすとみんなの目が点になった。
「「「 はぁ~?! 」」」

「見てのとおり我々はひ弱で剣技も魔力もないので、できれば勝敗は痛くない方法で決めたいとか思うんですけど~」
 あざとく小首をかしげる夫。
 それは私にしか通用しないと思うよ。

「いや、勝負の必要はない」
 ゆっくりと立ち上がった魔王様は思っていた以上に長身だった。
 しょぼくれている時はもうちょっと小さく見えたんだけどなぁ。

「先ほど奥方殿に説き伏せられた。だから私の負けだ」
「へっ?」
 さっきの私の怒鳴り込みのこと?

「私は魔王の座を降り、息子に譲ろう。これで討伐も成立するのではないか?」
 魔王様の言葉に床に置かれた聖剣が一瞬ぽわんと淡い光を放った。
「どうやら聖剣も認めてくれたようだな」
 ようやく笑みを浮かべた魔王様。

「で、ですが、本当によろしいのですか?」
 せっかく帰ってきて家族や部下と分かり合えたのに。
「私は魔力こそ膨大だが、人の上に立つ器ではないことは自覚していた」
 魔王様の視線が息子である魔王代理少年に向く。
「我が息子は間違いなく有能だ。私は微力ながら支える側へまわろう」

「…父上」
「前にも2人きりで話しただろう?これからはそなたが主体となるが、ともに魔王領をよりよい地にしていこうではないか」
「はい!」
 よくわからないけど、過去に何らかのやりとりがあったらしい。

「出でよ!」
 魔王様が右手を高く掲げると突然黒くて大きな杖が現れる。
 どうやらあの杖が魔王の証であるらしい。

 魔王様と魔王代理少年は向かい合う。
「頼むぞ」
「はい!」
 黒く大きな杖が手渡される。

『これにて魔王討伐は成された』

 床に置かれたままの聖剣から声が聞こえた。
 私は初めて聞いたけど結構いい声なんだねぇ。

 新魔王の正式なお披露目のため魔王城はドタバタしまくっている。
 そんな合間にいろいろと話し合いも行った。
「お2人が獣人でないことは最初からわかっていましたよ」
 宰相さんの言葉に驚く。
「耳や尾の動きが感情とまるで合っていませんでしたからね」
 不規則に動く仕組みだったけれど、どうやらそれだけでは本物にはなれかったようだ。

「それなのに、よく私達を受け入れましたね」
 ふっと笑みを漏らす宰相さん。
「お2人には悪意や害意、殺気などが皆無でしたからね。ただ、勇者である可能性も考えてはいましたので、下手に動かれるよりは手元に置いた方がよいと思いました」
「なるほど」
 それはもっともだ。

「私としては引き続き魔王城ひいては魔王領の改革をお願いしたいと考えています。さらに人間界との橋渡し役を担っていただけるとありがたいのですが」
 文化や経済の交流については素人ながらもいくつか素案を作成して渡してあった。
「私達としても中途半端にしたくはないです。ですが、報告と聖剣返還のためにいったん人間界へ戻らなければと考えています」
「わかりました。ただ、お披露目が終わるまでお待ちいただけますか?便利な移動手段もこちらでご用意できそうなので」
 宰相さんとの対話は握手で締めくくった。
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