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第3話 潜入
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魔王城はよほど人手不足なのか、猫獣人だけど人間界のとある国で事務方をしていたと伝えたらあっけなく採用された。
数はそう多くないけど、人間界でも地域によっては獣人が暮らしていたりする。
まぁ、私達は偽者なんだけどね。
面接の相手は宰相さんで、聞けば吸血鬼の一族とのこと。
ただ、現在の吸血鬼族は生き血をすすることはないそうで、魔力枯渇時に輸血に頼る程度なんだとか。
「僕はともかく妻の事務能力はすばらしいものがあり、きっとお役に立てるはずです~」
「夫の記憶力、そして分析力はとても優れております。まずは試用でかまいません。どうか雇っていただけませんでしょうか?」
もちろん勇者がどうこうのあたりは伏せたが、私達の経歴を説明して宰相に雇用をお願いした。
「諸事情により城内が混乱しており、私も手がまわらないのは実情です。まずは3ヶ月は試用期間といたしましょう」
こうして私達は魔王城の潜入にあっさりと成功した。
せっかちな私はその日のうちに宰相の許可を得て動き出した。
まずは実情を知ること、現場の声を聞くこと、問題点を洗いだすこと。
「お忙しいところ大変申し訳ありませんが、お仕事に関して少しお話を聞かせていただけますか?」
私が相手から仕事の内容や不平不満などの話を引き出し、夫が記録していく。
住まいは魔王城の隅の方で空いている一室を借りられることになった。
「あの、もっと広くて快適な職員用住宅もご紹介できますけど」
私達の世話係になったといううさぎ耳の侍女にそう言われたけれど、
「そのあたりはおいおいと。まずは仕事最優先で!」
きっぱり言い切った。
だって通勤の時間がもったいないじゃない。
夜は夫と2人で聞き取った内容を整理していく。
「働く人達の不満がずいぶんと溜まっているわね」
「人員が急に減ったみたいだから、そりゃみんなの負担も増えるよね~」
ほとんどの人が日々の仕事量が増えて残業や休日出勤は当たり前だと言っていた。
「でも、急に人が減った理由は誰からも聞きだせなかったのよね」
「どうやら緘口令が敷かれてるっぽいかな~」
女官達に話を聞くため別行動した時間もあったのだが、どうやら夫も聞き出せなかったらしい。
「まぁいいわ。まずは現状を改善しないとね。これから忙しくなるわよ!」
「まかせといて!僕は家での君も好きだけど、働いてる時の君もキラキラしてて好きだからがんばるよ~」
目の前にいる人の眼鏡越しの瞳が真っ直ぐにこちらを見つめてくる。
顔だけじゃなくて耳まで熱くなる。
この人、時々こういうのを投下してくるから油断ならないのよねぇ。
翌日、宰相さんに今後必要と思われることをざっくりと説明し、優先順位もある程度決めていく。
各部署の作業手順の取りまとめや書式の統一化、まともに存在していなかった就業規則などの制定などやらなければならないことが山積みだ。
だけど、越えなければならない山が高ければ高いほど燃えるのが私なのである。
幸いにも誰よりも頼れる相棒が一緒にいてくれる。
本気出していきますかね。
「よーし、がんばるぞ!」
「「 お~!! 」」
2人でこぶしを突き上げた。
約1ヶ月ほど、不眠不休とまでは言わないけど食事と睡眠以外はほぼ働きづめだったように思う。
「ほらほら、文字の書き間違いが増えてるから、そろそろ休まないとだよ~」
「わかったってば。ちょっと休憩するわ」
「それじゃお茶とお菓子をもらってくるね~」
いつでも欲しい資料や書類をサッと出してくれる夫は、私の働きすぎを止める役割も担っている。
「魔王領って食べ物が美味しいよね~」
ニコニコしながらきつね色の焼き菓子にかじりつく夫。
「そうね、レシピや材料を輸出できたら外貨獲得にもつながるんじゃないかしら」
厨房で働く人達とも親しくなり、人間界にはない食材が多く使われていることを知った。
聞けば魔力を含んだ植物由来のものがほとんどのようで、収穫後に乾燥させるものも多くて輸送も比較的容易なんだとか。
「城内にあるいろんな魔道具もすごく進んでるから、時間ができたら城下町へ見に行きたいな~」
卓上の計算機や書類の複製機など正直なところ欲しいものだらけだ。
「いいわね、私もこっちでいろんなものを見てみたいわ。だけどその前にある程度は片付けないとね。さてと、そろそろ仕事に戻るわよ」
「は~い」
魔王城は実に業務改善のしがいがある職場だった。
ちょっと調べただけでも無駄な部分がかなり多いのだ。
「歴史が長いだけに当たり前になってしまって変えるきっかけがなかったのかもねぇ~」
夜も夕食後に書類作成や整理をこなし、日付が変わる前に夫によって有無を言わさず部屋に戻される。
「おやすみなさい」
「おやすみ~」
軽くキスして明かりを消す。
私が集中モードの時、夫は夜もちょっかいを出してこない。
ただ、間違いなく後から反動がくるので今から覚悟はしておかないとなんだけどね。
そろそろ3ヶ月の試用期間が終わりに近付いてきた頃。
移動中に城内で働く人達とすれ違うと誰もが元気に笑顔で挨拶してくれる。
「最近では定時で帰れるようになったので子供達と過ごす時間が増えましたよ」
「僕、昨日は意中の人とデートして、プロポーズまで成功しちゃいましたっ!」
来た頃とは比べものにならないくらい城内の雰囲気もよくなったように思う。
「私達のがんばりもそれなりに実を結んでいるのかな?」
「もちろんだよ~」
そんな会話をしている時に宰相さんが呼んでいるとの連絡が入る。
何の説明もなく案内されたのは豪華な応接室。
ソファーに座って待つよう指示される。
「誰がいらっしゃるのかしら?」
「さぁ~?」
のんきな夫の口調からして、おそらく予想は出来てるみたいだけど。
コンコンコンコン
ノックの音がして最初に入ってきたのは宰相さん。
その後ろを5~6歳くらいの半袖半ズボンの男の子がとことこ歩いてくる。
整った顔立ちのとてもかわいい子だ。
頭にはくるんとカーブしている真っ黒な角が生えてるけど、それもまたかわいらしい。
2人は向かい側のソファーに座るけれど、男の子は足が床に着かなくてぶらぶらさせている。
「こちらにおわすお方は魔王代理、当代魔王のご子息であらせられます」
ちょっと驚いたけど紹介を受けたので挨拶を交わす。
「さて、本題に入ろう。宰相よりそなた達の働きぶりを伝え聞いており、大変感謝している。我々が至らぬばかりに迷惑をかけたな」
明らかに上に立つ者の言葉遣いなんだけど、声はやっぱり男の子。
そのギャップがまたいい。
「いえ、私達にできることをしたまででございます。ただ、もし差し支えなければこうなった理由をお聞かせいただけますでしょうか?」
城内の方々とはだいぶ親しくなったけどそこだけは誰も口を割らず、今日まで判明しなかったのだ。
「…そうか、おそらくは皆が私に遠慮してそなた達には説明しなかったのであろうな」
何とも微妙な表情の魔王代理少年。
「父王はある日突然『勇者が私を倒しに来るので城から去る』と言い出して出奔してしまったのだ」
「へっ?!」
ちょっと待って。
勇者って私達のことだよね?
数はそう多くないけど、人間界でも地域によっては獣人が暮らしていたりする。
まぁ、私達は偽者なんだけどね。
面接の相手は宰相さんで、聞けば吸血鬼の一族とのこと。
ただ、現在の吸血鬼族は生き血をすすることはないそうで、魔力枯渇時に輸血に頼る程度なんだとか。
「僕はともかく妻の事務能力はすばらしいものがあり、きっとお役に立てるはずです~」
「夫の記憶力、そして分析力はとても優れております。まずは試用でかまいません。どうか雇っていただけませんでしょうか?」
もちろん勇者がどうこうのあたりは伏せたが、私達の経歴を説明して宰相に雇用をお願いした。
「諸事情により城内が混乱しており、私も手がまわらないのは実情です。まずは3ヶ月は試用期間といたしましょう」
こうして私達は魔王城の潜入にあっさりと成功した。
せっかちな私はその日のうちに宰相の許可を得て動き出した。
まずは実情を知ること、現場の声を聞くこと、問題点を洗いだすこと。
「お忙しいところ大変申し訳ありませんが、お仕事に関して少しお話を聞かせていただけますか?」
私が相手から仕事の内容や不平不満などの話を引き出し、夫が記録していく。
住まいは魔王城の隅の方で空いている一室を借りられることになった。
「あの、もっと広くて快適な職員用住宅もご紹介できますけど」
私達の世話係になったといううさぎ耳の侍女にそう言われたけれど、
「そのあたりはおいおいと。まずは仕事最優先で!」
きっぱり言い切った。
だって通勤の時間がもったいないじゃない。
夜は夫と2人で聞き取った内容を整理していく。
「働く人達の不満がずいぶんと溜まっているわね」
「人員が急に減ったみたいだから、そりゃみんなの負担も増えるよね~」
ほとんどの人が日々の仕事量が増えて残業や休日出勤は当たり前だと言っていた。
「でも、急に人が減った理由は誰からも聞きだせなかったのよね」
「どうやら緘口令が敷かれてるっぽいかな~」
女官達に話を聞くため別行動した時間もあったのだが、どうやら夫も聞き出せなかったらしい。
「まぁいいわ。まずは現状を改善しないとね。これから忙しくなるわよ!」
「まかせといて!僕は家での君も好きだけど、働いてる時の君もキラキラしてて好きだからがんばるよ~」
目の前にいる人の眼鏡越しの瞳が真っ直ぐにこちらを見つめてくる。
顔だけじゃなくて耳まで熱くなる。
この人、時々こういうのを投下してくるから油断ならないのよねぇ。
翌日、宰相さんに今後必要と思われることをざっくりと説明し、優先順位もある程度決めていく。
各部署の作業手順の取りまとめや書式の統一化、まともに存在していなかった就業規則などの制定などやらなければならないことが山積みだ。
だけど、越えなければならない山が高ければ高いほど燃えるのが私なのである。
幸いにも誰よりも頼れる相棒が一緒にいてくれる。
本気出していきますかね。
「よーし、がんばるぞ!」
「「 お~!! 」」
2人でこぶしを突き上げた。
約1ヶ月ほど、不眠不休とまでは言わないけど食事と睡眠以外はほぼ働きづめだったように思う。
「ほらほら、文字の書き間違いが増えてるから、そろそろ休まないとだよ~」
「わかったってば。ちょっと休憩するわ」
「それじゃお茶とお菓子をもらってくるね~」
いつでも欲しい資料や書類をサッと出してくれる夫は、私の働きすぎを止める役割も担っている。
「魔王領って食べ物が美味しいよね~」
ニコニコしながらきつね色の焼き菓子にかじりつく夫。
「そうね、レシピや材料を輸出できたら外貨獲得にもつながるんじゃないかしら」
厨房で働く人達とも親しくなり、人間界にはない食材が多く使われていることを知った。
聞けば魔力を含んだ植物由来のものがほとんどのようで、収穫後に乾燥させるものも多くて輸送も比較的容易なんだとか。
「城内にあるいろんな魔道具もすごく進んでるから、時間ができたら城下町へ見に行きたいな~」
卓上の計算機や書類の複製機など正直なところ欲しいものだらけだ。
「いいわね、私もこっちでいろんなものを見てみたいわ。だけどその前にある程度は片付けないとね。さてと、そろそろ仕事に戻るわよ」
「は~い」
魔王城は実に業務改善のしがいがある職場だった。
ちょっと調べただけでも無駄な部分がかなり多いのだ。
「歴史が長いだけに当たり前になってしまって変えるきっかけがなかったのかもねぇ~」
夜も夕食後に書類作成や整理をこなし、日付が変わる前に夫によって有無を言わさず部屋に戻される。
「おやすみなさい」
「おやすみ~」
軽くキスして明かりを消す。
私が集中モードの時、夫は夜もちょっかいを出してこない。
ただ、間違いなく後から反動がくるので今から覚悟はしておかないとなんだけどね。
そろそろ3ヶ月の試用期間が終わりに近付いてきた頃。
移動中に城内で働く人達とすれ違うと誰もが元気に笑顔で挨拶してくれる。
「最近では定時で帰れるようになったので子供達と過ごす時間が増えましたよ」
「僕、昨日は意中の人とデートして、プロポーズまで成功しちゃいましたっ!」
来た頃とは比べものにならないくらい城内の雰囲気もよくなったように思う。
「私達のがんばりもそれなりに実を結んでいるのかな?」
「もちろんだよ~」
そんな会話をしている時に宰相さんが呼んでいるとの連絡が入る。
何の説明もなく案内されたのは豪華な応接室。
ソファーに座って待つよう指示される。
「誰がいらっしゃるのかしら?」
「さぁ~?」
のんきな夫の口調からして、おそらく予想は出来てるみたいだけど。
コンコンコンコン
ノックの音がして最初に入ってきたのは宰相さん。
その後ろを5~6歳くらいの半袖半ズボンの男の子がとことこ歩いてくる。
整った顔立ちのとてもかわいい子だ。
頭にはくるんとカーブしている真っ黒な角が生えてるけど、それもまたかわいらしい。
2人は向かい側のソファーに座るけれど、男の子は足が床に着かなくてぶらぶらさせている。
「こちらにおわすお方は魔王代理、当代魔王のご子息であらせられます」
ちょっと驚いたけど紹介を受けたので挨拶を交わす。
「さて、本題に入ろう。宰相よりそなた達の働きぶりを伝え聞いており、大変感謝している。我々が至らぬばかりに迷惑をかけたな」
明らかに上に立つ者の言葉遣いなんだけど、声はやっぱり男の子。
そのギャップがまたいい。
「いえ、私達にできることをしたまででございます。ただ、もし差し支えなければこうなった理由をお聞かせいただけますでしょうか?」
城内の方々とはだいぶ親しくなったけどそこだけは誰も口を割らず、今日まで判明しなかったのだ。
「…そうか、おそらくは皆が私に遠慮してそなた達には説明しなかったのであろうな」
何とも微妙な表情の魔王代理少年。
「父王はある日突然『勇者が私を倒しに来るので城から去る』と言い出して出奔してしまったのだ」
「へっ?!」
ちょっと待って。
勇者って私達のことだよね?
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