夫が勇者になりまして

中田カナ

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第2話 到着

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 旅は順調に進んでいく。
 私は各地の役場に立ち寄って業務の手順や課題を話し合い、報告書にまとめて発送する。
 その間に夫は現地の図書館や郷土資料館、遺跡などに足を運ぶ。
「今日行った図書館、規模は小さいけどすごくよかったよ~」
「こっちも事務作業の改善につながりそうないい収穫があったわ」
 領主の館や役場に紹介された宿に泊まり、夜はあれこれと話し合う。

「えっと、ここは右だってさ~」
 魔王城への道は聖剣が知っているらしく、道の分岐点では夫の指示に従う。
 本来の大きさは大剣なんだけど、持ち主の意思で大きさが変わるようで普段は短刀サイズで夫の鞄に納まっている。

「こいつって結構毒舌なんだよね~」
 聖剣の声は夫にだけ聞こえるらしい。
「へぇ、そうなんだ」
「でも君のことは行動力とか折衝能力とかを褒めてるよ~」
「あら、そうなの?」
 聖剣に認められて悪い気はしない。

「でも、ボンキュッボンじゃないのは残念だって言ってる~」
 ちょっとカチンときた。
「そいつ、寄越して。あの橋から川にぶん投げるから」
 つかもうとしたら夫の鞄の中へ逃げ込みやがった。

「平謝りしてるから許してあげて~」
 仮にも聖剣だから本気で投げる気はなかったけどさ。
「次はないからね。言っていいことと悪いことはちゃんと教えておくように」
「は~い、努力はしてみる~」
 ちゃんとわからせなさいってば。


 夫婦2人と聖剣1本の珍道中は続く。
 実感はあまりないけど、夫が言うには魔王領が近くなってきたらしい。
「それにしても、なんで騎士とかじゃない人が選ばれちゃったのかしらねぇ?」
 ふと思った疑問を口にしてみる。

「あ、それはなんとなくわかってるかな~」
「そうなの?」
 さんざん文献を読み漁ってたから推測できているらしい。
「うん、たいていは魔王領の内政問題が発端っぽいんだよね~」
「?」

「例えば世代交代とかで上手く統制が取れなくなったとするでしょ?」
「うん」
「反乱分子が現れたり内政問題を他にすり替えようとして人間界を襲うようになったりした場合、聖剣の持ち主である勇者は武人になるみたいなんだよね~」
 なるほど。

「じゃあ、今回は?」
「たぶんまだそこまではいってないんだと思うんだ~」
 求められているのは武力じゃないってことか。
「つまり、魔王領の内政問題かなんかを解決すればいいってこと?」
「うん、僕はそう思ってる~」
 短剣モードの聖剣を鞄から取り出す夫。

「だって聖剣は君も勇者だって言ってるもの~」
「へっ?私?」
 聖剣がぽわっと光を放つ。
「僕達2人で勇者なんだってさ~。王宮での聖剣チャレンジ、女性職員まで対象になってたら君も抜いてたと思うよ~」
 マジか!
 それはちょっとやってみたかったかもしれない。

「だって大剣モードの聖剣を持てたでしょ~?」
「うん」
 大きさのわりにはえらく軽くてびっくりしたんだよね。
「僕が抜いた後で王宮でいろんな人が持ち上げようとしたけど、誰も歯が立たなかったんだよね~」

 えっ?
 あまりに軽いんで片手で振り回してたんだけど。
「あの騎士団長ですら全然持ち上がらなかったよ~」
 常人離れした筋肉を誇るあの騎士団長が?
「つまり選ばれた人しか持てないわけで、君もその1人ってこと~」
 そうなのか。
 でも私には聖剣の声は聞こえないから、あくまで勇者は夫なのだろう。

「2人で勇者か~。それで私達は何をすればいいわけ?」
「聖剣が言うには、僕達にできることをすればいいんだって~」
「そんなこと言われても私ってただの事務方だよ?」
 困惑する私にニッコリ笑う夫。

「それでいいんじゃない~?問題をハッキリさせて解決していく、いつもの君でいいんだからさ~」
 いつもの私、か。
 配属された各部署では時には衝突しながらも業務改善を目指してきた。

「そっか、わかった。私にどこまで出来るかわからないけど、とりあえずがんばってみるよ」
「そうそう、それでこそ『経理の鬼姫』だよ~」
「鬼姫って言うな!」
 ぷんすか。


 魔王領へ行くためには空間のゆがみを通らなければならないらしい。
 だが、そのゆがみの位置は日々変動するのだそうだ。
 聖剣はゆがみの位置を正確に把握できるそうで、私達は何の問題もなく馬車ごと魔王領へ入ることができた。
 いろんな種族が暮らしているそうだが、人間は極めて少ないと聞いている。
 だから私達は魔王領に入ってからフードをかぶっているわけなのだが。

「あ、思い出した。これ、つけてみてよ~」
 森で休憩中に夫が幌馬車の荷物の中から取り出したのは猫耳つきのカチューシャ。
 私の髪色に合わせているのか黒い猫耳だ。
「何これ?」
「王都で流行ってる猫耳カフェの女給さんがつけてるんだって~」

 職場の雑談で作り物の猫耳と尻尾をつけた若い女性が給仕するカフェが人気だと聞いたことがある。
 男性達が鼻の下を伸ばしているだけでなく、若い女性にも女給さんの衣装や料理の盛り付けがかわいいと評判なのだとか。
「料理を持ってきたら目の前で『にゃんにゃんにゃにゃにゃん、美味しくなぁれ♪』っておまじないをしてくれるんだって~」
 その後も楽しそうに説明を続けるのだが、やけに詳しいんじゃございませんこと?

「…貴方、そういうところに行ってたわけ?」
 尋ねる声が思わず低くなる。
 私の声音の変化に気付き、あわててぶんぶんと首を横に振る夫。
「い、行ってない!絶対に!女神様に誓ってもいい!カフェの猫耳を作った魔道具師が僕の友達なんだってば~」
 そういえば大発明家を自称している愉快なお友達がいたわね。

「と、とにかくつけてみてよ。魔王領では獣人はめずらしくないそうだから、フードよりは怪しくないと思うからさ~」
 それは一理あるわね。
 受け取って頭につけてみる。
「あれ、これってちょっと動く?」
 頭の上で小さな振動を感じる。

「そうなんだよ!本物の猫の耳みたいでしょ?しっぽも動くんだよ~」
 そう言って荷物の中から黒いしっぽまで取り出す。
「ねぇねぇ、しっぽもつけてみてよ~」
「やだ。馬車で座るのに邪魔じゃない」
「じゃあ宿に着いたらつけてみてよ。ちょっとだけでいいから、ねっ?お願い~」
 その日の夜のことはあまり思い出したくないにゃん。


 猫耳効果かどうかは知らないけれど、その後の魔王領内の道中は特に問題が起きることもなく魔王城にあっさり到着。
 時々ぴくぴくする猫耳にもすっかり慣れてしまった。
 ちなみに夫も猫耳カチューシャをつけてるけど、髪の色に合わせて茶色だ。

「着いちゃったわね。これからどうするの?」
「もちろん正々堂々と行くよ~」
 道中、夜は私を宿に残して酒場へ情報収集に行っていた夫。
 御者台からぴょんと飛び降りると、通用門の門番にニッコリ笑って大きな声を出した。

「求人募集を見て来ました~!僕達2人とも経験者なので即戦力になれると思います~」
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