聖女は今日も釣り糸を垂らす

中田カナ

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最終話 聖女は実践する

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「なぜこんなに詳細な図があるのですか?」
 テーブルに置かれた谷の図面を見た勇者様の疑問はごもっともである。

「空間把握能力とでもいうのかしらねぇ。立体的に理解できるの。ちなみに娘もできるわよ」
 実は海にも使えるので釣りでかなり役立ってるのは内緒だ。
 工夫して作った仕掛けを失いたくないから根がかりはしたくない。

「まぁ、だいたいこんなところかしらね」
 作戦は簡単に言えば谷の一番狭い場所で挟み撃ち。
 前面は父が待ち構え、奥から兄が追い込み、谷の上には司令塔の母という配置。

「それで私はどうすればよいでしょうか?」
 母に尋ねる勇者様。
「娘と一緒にいてもらうわ。浄化の時は無防備になってしまうでしょ?」

 浄化するにはできるだけ近くにいなければならない。
 そして浄化に集中するので自分の身を守ることまでは気がまわらない。
「いざとなったら途中でも連れて逃げてもらう必要があるわ」
「わかりました、重要な役目ですね」

 浄化がうまくいかなかった場合は谷の奥に追い込んで仕留める。
 その場合の動きもだいたい決まった。
 決行は明日の夜明け頃。
 その時間帯ならブラックドラゴンの動きが鈍いから。

 まだ暗いうちに勇者様とともに岩場の隙間に身を潜める。
「勇者様、母は『いざとなったら私を連れて逃げろ』とか言ってましたけど、ブラックドラゴン討伐を優先してください。たぶんここが一番近いはずですから」
「何を言ってるんだ?!」
 耳元で大きな声を出さないで欲しいんですけど。

「ブラックドラゴンが人家のあるあたりまで行く方が問題でしょう?その前になんとしても止めないと」
 一瞬言葉に詰まった勇者様が絞り出すように言った。
「…貴女が浄化に成功すればいいだけの話だ」
「まぁそうですね、がんばりますよ」

 ズシン ズシン

 地響きとともにブラックドラゴンが谷を下ってくる。
 真っ黒な体躯に真っ赤な瞳でかなりの大きさ。
 兄がうまく追い立ててきたようだ。
 父は所定の位置で魔法による見えない壁を作り出し、それ以上進めないようにしている。
 母は谷の上から指示を出しつつ風魔法を使って上に逃げるのを防ぐ。

 母が起こす暴風の中、勇者様が背後から私を支えてくれている。
「いいわよ!やっちゃって!」
 母の声が聞こえる。
「浄化、始めます!」

 手ごたえがないわけじゃない。
 だけどまるで分厚い鎧に挑んでいるよう。
 それでも浄化に全力を注ぐ。

 どれくらい時間が経っただろうか。
 家族の協力でなんとかその場に留まっていたドラゴンがとうとう動き出す。
 これは失敗だったかもしれない。
 でも最後まで力を振り絞るしかない!

「うおっ?!」
 勇者様の声と同時にまばゆい光が谷を照らす。
 しばらくして光が消えた時、そこにブラックドラゴンはいなかった。

『浄化の乙女よ、我を闇落ちから救ってくれたこと、深く感謝する』

 そこにいたのは金色のドラゴン。
 穏やかな深い緑色の瞳がこちらを見つめる。
 周囲にははがれ落ちた黒い皮やうろこが散乱しているようだ。

『そなたに礼をしたいが、何か望みはあるか?』

 そう聞かれて少し考える。
「…えっと、新たに…闇落ちしたドラゴンが発生したら、浄化に協力してくれます?」

『もちろんだとも。同胞を救うためならいくらでも手を貸そう』

「よかった、私は…それで十分で…」
 そこから先の記憶はない。



「…ここ、どこ?」
 目が覚めると全然知らない部屋だった。
 カーテンが閉められているようで薄暗い。

「目が覚めたのか?!」
 ベッドの脇には勇者様がいた。
「…ここって?」
「北の領主の館だ。貴女はあれから1週間眠りっぱなしだった」
 マジ?

「…あのドラゴンは?」
「その日のうちに去っていったよ。そして貴女にこれを渡してくれと」
 手渡されたのは金色のうろこ。
「それを手に祈れば、いつでも貴女の元に駆けつけると言っていた。闇落ちの元へ連れて行ってくれるそうだ」
 協力して欲しいという願いを叶えてくれたのか。

 その後のことは勇者様があれこれ説明してくれた。
 ベッドの上で上半身を起こして話を聞く。
 金色のドラゴンは伴侶を亡くした哀しみや親しくしていた人間の裏切りなどが重なって闇落ちしてしまったらしい。
「心の傷はまだすべて消えたわけではないが、貴女の浄化で救われたと感謝していた」
 ちなみに闇落ちから解放された時の光で北の谷の瘴気溜りも消滅らしい。

「貴女のご家族は良い方々だな」
 眠ったままの私の脇で両親や兄といろいろと話したそうだ。
 母は過去の冒険譚や私が子供の頃の話など話したんだとか。
 何を言ったのかちょっと気になるんだけど?

 兄からはたびたび手合わせを求められたとか。
 あいかわらずの脳筋である。
 父は相変わらず無口だったけど、
「式を挙げるならできれば呼んでほしい」
 と言ったらしい。何それ?

 そんな私の家族はブラックドラゴンの素材を山分けして一昨日旅立って行った。
 ちゃんと私と勇者様の分も残してあるらしい。

「ああ、そうだ。貴女の母君から手紙を預かっている」
 封筒を開けて便箋を開いてみる。
 経緯と気遣いが綴られていたのだが、最後の一文に思わず声が出た。
「はぁ?」

『次に貴女のお姫様抱っこを見るのは結婚式かしらね?』

 バッと勇者様の方を見る。
「ああ、あの谷から意識のない貴女を抱きかかえて帰って来たな」
 私が手にした便箋の内容を見た勇者様が答える。

「単なる魔力切れだとわかってはいたが、正直なところ気が気ではなかった。目が覚めてくれて本当によかった」
 そう言って抱きしめられる。
「…心配かけてごめん」
 素直に謝る。
「まったくだ。自分より他を心配をするような貴女には私がついていないとな」
 そう言って額にキスされた。

『家まで送ってやろう』
 数日が経って魔力と体力が回復した頃、金色のドラゴンが迎えに来た。
 真っ直ぐ帰ると思いきや、なぜか王宮に寄り道。
 王宮前の大きな広場で勇者様の兄である新国王陛下より「ドラゴンセイバー」の称号を授かった。
 そして勇者様は私を抱きかかえて金色のドラゴンを操って王宮に来たことから「ドラゴンライダー」に。
 さらに聖女の正式な護衛として「聖騎士」の称号も受けていた。

「王籍を離れたとはいえ、私にとっては血のつながったかわいい弟だ。まっすぐで気のいい男なので、どうかよろしく頼む」
 非公式の場で国王陛下から直々にお言葉もいただいた。
 おかしいな。
 外堀、埋まりまくってない?

 いつもの釣り場である砂浜で金色のドラゴンが私達を下ろしてくれる。
『また会おうぞ』
 金色の翼が遠ざかっていった。

 定宿を引き払っていた勇者様は我が家で暮らすようになった。
 そしてブラックドラゴンの素材を一部売却して釣り用の船を勇者様と共同で購入。


「こうしてのんびり釣り糸を垂らすのもよいものだな」
 波間に浮かぶ船の上でつぶやく勇者様。
「そうですねぇ」
 まんまと釣りの沼に引きずり込まれた勇者様は自分専用の釣り竿を何本か手に入れた。
 その1本は私がブラックドラゴンの素材を加工したものである。

「あ、今日の1匹目!」
 ふふふ、1投目から当たりましたよ。
 この場所を選んだのは正解だったみたい。

「以前、貴女が『貴族は不自由そうだ』と言ったのも今ならわかる。やはり貴女の笑顔は太陽の下が一番よい」
「そ、そうですかね?」
「そしてこんな心地よさは貴女がいてこそだな」
 私は好きなことやってるだけなんだけどね。

「改めて告げよう。貴女を愛している。これからもずっとこんな時間をともに過ごしたいのだが、どうだろうか?」
「…かまいませんよ。べ、別に嫌いじゃないし?」
 いつか素直に言える日が来るのだろうか?

 金色のドラゴンは呼んでもいないのに遊びに来ては上空を旋回している。
 陸地からはだいぶ離れ、聞こえるのは海鳥の鳴き声と波の音。
 青い空にはぽっかり浮かぶ白い雲。

 船の上でキスしても、見ているのは太陽と金色のドラゴンだけ。
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みんなの感想(1件)

るる
2025.03.03 るる

読みやすくて、わかりやすくて、可愛くて、構成もキャラ付けも、無駄がなくて、無理がなくて、お見事です!!!

解除

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