聖女は今日も釣り糸を垂らす

中田カナ

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第2話 聖女は指導する

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「よっ、聖女様」
 朝、いつものように冒険者ギルト支部に顔を出すと支部長が待っていた。

「おはようございます。何か用ですか?」
「ああ、いつもとは違う指名依頼があるんだが、ちょっといいか?」
「別にいいですけど」
 支部長室へ移動した。

「まぁ、簡単に言うとギルドからの依頼で内容は新人の教育係だな」
「新人教育、ですか?」
 冒険者ギルドでは新規登録者には必修の講習や任意で受けられる各種研修が用意されているはずなのだが。
「いろいろ事情があるみたいでな。神殿騎士になるはずがこっちに押し付けられたってとこかな」
 支部長が自慢の髭をなでながら言う。

 その流れからすると、いいとこのお坊ちゃまである可能性が高い。
 神殿騎士は貴族の嫡男以外が就くことが多く、平民はほとんどいないから。
 面倒なことにならないといいけど。

「私なんかでいいんですかね?」
 ちょっと不安になって支部長に尋ねる。
「ああ、こっちのやり方に一切文句は言わないと一筆書かせるってよ」
 支部長がニヤッと笑う。
「ビシバシ鍛えてやってくれ。ダメな奴なら叩き出してもいいからな」


 そしてとうとうやってきた新人教育の初日。
 貴族相手はどうにも気が乗らないけど仕方がない。
 引き受けたからにはちゃんとやる、それだけだ。

「失礼します」
 ギルド職員に案内されて支部長室に入る。

「おう、来たか。実績はあるんだが冒険者登録したばかりの新人だ。よ~く指導してやってくれ」
「よろしくお願いいたします!」
 支部長に紹介され、ガバッと頭を下げてお辞儀したのは見覚えのある男性。

「…これはいったいどういうことですかね?」
 新人冒険者が勇者様っておかしくない?
「貴女は今も瘴気溜りの浄化依頼を受けているだろう?だから神殿騎士として護衛しようと考えたのだが、冒険者としてそばにいた方が効率がよいと思い付いたのだ」
 ニコッと笑う勇者様。

「あの、王族が冒険者とかしちゃっていいんですか?」
「もうすぐ王となる兄上の許可を得て王籍からは外れているし、賜る予定だった爵位も辞退した。だから今はただの平民、心配は無用だよ」
 マジか。
 勇者様は片膝をついて胸に手を当てる。
「私は新人冒険者ではあるが同時に聖女殿を守る騎士でもある。それから勇者の称号は今も保持している。今後ともよろしく頼む」
 なんかとんでもない新人が来ちゃったよ。


「おや、嬢ちゃん、子分ができたのか?」
「そうなんですよ~。私より年上だけど新人なんでかわいがってやってくださいね~」
 最初こそとまどったものの、もはや開き直った。
 幸い登録したばかりの子供達の指導ならそれなりに経験がある。
 実技面では教えることもないので、冒険者としての心得が中心になっちゃうけど。

「これは指定された薬草だと思うのだが」
 差し出された葉を見て、すぐに指でバツを作る。
「はずれ。形はよく似てますけど裏を見てください」
「あ、黒っぽい」
「でしょ?本物は裏が白っぽくて細かいとげがあるので触ればすぐわかります。あと、においも違いますね」
 身近な薬草を知っておくことは初歩中の初歩。
 いざという時に自分の身は自分で守ることが大切だから。

「魔王討伐の旅で貴女がいろいろ出来ることに驚いたが、冒険者としては普通だったのだな」
 休憩時に差し出したお茶を飲みながら勇者様がつぶやく。
「まぁ、そうですね。冒険者にもいろんなスタイルがあるので人それぞれではありますが」
「王宮では優秀な講師陣をつけてもらって知識はあるつもりだった。だが、しょせんは頭の中だけで五感が伴っていなかったことをここに来て思い知らされたよ」
 そう言いつつも勇者様は日々楽しそうだ。

 そろそろ教えることもなくなってきたので、支部長に今後どうするか相談しないとなぁ~などと思っていた頃。
「そういえば明日は休みと聞いたが?」
「あ、はい。私は週に1日か2日は必ず休みを取ることにしているので」
「何か予定でも?」
 そう言われてちょっと考える。

「ん~、明日は天気もよさそうなので海へ行こうかと」
「海か、私も同行してよいだろうか?」
「いいですけど、朝はかなり早くから出かけますよ?」
「別にかまわない」
 待ち合わせの場所と時間を決めてその日は別れた。


「おっ、嬢ちゃんはどこでそんないい男を釣り上げてきたんだ?」
「なかなかの大物っぽいじゃねぇか。やるなぁ!」
 夜が明けかけた砂浜で釣り仲間がからかってくる。
 別に釣ってはいないけど大物は当たってるかも。

「違いますって!」
「そう、違います。私が彼女を釣り上げようとしているんです。でも、これがなかなかの難敵でして」
 はぁ?!
 こんなとこでしれっと何を言い出すのよ勇者様!

「ははは!確かに嬢ちゃんは難しそうだよなぁ」
「花や菓子なんかじゃ釣られそうにねぇもんな」
「上手くいかない時は次の手を考えて試す、釣りじゃ大事だぜ」
 彼が勇者様であり王族であったことは誰も知らないので言いたい放題だ。

「皆さんのご意見、大変参考になります」
 釣り仲間達の言葉に勇者様がぺこりと頭を下げる。
「あ、そうそう。一番大切なのはあきらめないことだぜ。覚えときな!」
 最後に最古参の声が飛んできた。
「はい、がんばります!」


 釣り仲間からちょっと離れた場所に陣取る。
「さてと、まずは道具をお貸ししますね」
 さっきまでの話はサラッと海に放流し、マジックバッグから長い釣り竿をひっぱり出す。

「見たことのない素材だが、この竿は何でできているんだ?」
 不思議そうに竿を触る勇者様。
 細くてよくしなるのに折れない自慢の一品。
「ブラックドラゴンです」
「は?」
 勇者様が竿を落としそうになったので急いでつかむ。
「子供の頃、両親の討伐の手伝いをした時にお駄賃で少しもらいました」

 この国というか大陸ではドラゴンは神聖なもので敬うべき存在である。
 個体数は少ないけど高い知性を持っていて人間との意思疎通も可能。
 そして激怒した際は熟練の冒険者ですら身動きがまったくできなくなるほどの威圧を放つ。

 そんなドラゴンだけど、何らかの事情で闇落ちして黒くなってしまう個体が時折現れる。
 自我を失って他のドラゴンや人間を襲うようになってしまうので討伐対象となるのだ。

「これは尾のあたりの皮なんですけど、熱を加えることでしなやかさを維持しつつ強度が増すんですよ」
 その熱の加減が難しいんだけどね。
「いや待て!ブラックドラゴンの素材がとんでもない相場であることは私でも知っているぞ!」
「そんなの自分で獲ればいいだけじゃないですか」
 タダとは言わないけど買うより全然安い。

「ブラックドラゴンはベテランの冒険者パーティが共同戦線を張って数十人体制で挑むもので、それでも討伐できるかどうか微妙と聞いているぞ!」
「へぇ、そうなんですか~」
 うちは1人1頭は当たり前。
 家族からの独り立ちの試験もブラックドラゴン討伐だった。

 勇者様がため息をつく。
「はぁ…もういい。この話は後にしよう。それより釣り方を教えてくれないか?」
「あ、そうでしたね」
 まずは仕掛けや餌の説明をする。

「こ、これは…」
「森の地中によくいる虫ですね。なぜか魔獣がいるあたりの方が食いつきがいいんですよ」
 いろいろ試した経験が生かされている。
 容器の中でうねうねしているうちの1匹をひょいとつまむ。
「で、こうやって針に引っ掛けます。はい、やってみましょう」

「…私はこのような虫を触ったことがないのだ」
 なかなか手を出せずにいる勇者様。
 王子様だった人がこんなうねうねしてる虫は触らないか。

「やってあげましょうか?」
 自分でできないのなら面倒なので次から連れてこないけどね。
「いや、やる!」
 意を決した勇者様を虫をつまんで針につける。
「あら、上手いじゃないですか」
「こ、これくらいできなければ貴女の護衛など名乗れないからな」
 ちなみに私はヘビなんかも手づかみしてますけどね。

「向こうに見える岩を目指して投げてください。あのあたりが魚の住処になっているんです」
 勇者様は投げる方はあっという間に上達した。
 そして1投目から魚が釣れた。10センチくらいだったけど。
 2投目以降はだんだん大きくなっていき、最後はなんと50センチ超え。
 このあたりではかなり珍しいサイズ。
 今になって思い出したけど勇者様って強運の加護があるんだっけ。

「すげぇな、兄ちゃん!」
「これは嬢ちゃんに捌いてもらいな。釣りだけじゃなくて料理も上手いんだぜ」
 見に来た釣り仲間達が口々に言う。
「あ、そうですね。せっかく釣ったんだからご自身で食べる方がよいですよね」
 そんなわけで釣りの後は我が家へ勇者様をお招きすることになった。
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