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第2話 やることは山積み
しおりを挟む「…実は軍を辞めてきた」
「えっ、そうなんですか?」
真面目一辺倒だから生涯軍人一筋だとばかり思ってたのに。
会話が途切れてしまったので、しかたがないのでこちらから尋ねてみる。
「何かあったのですか?」
「…第二王子殿下の護衛の任から降ろされた」
何か問題があったのだろうか?
「あの、よろしければ原因をお伺いしても?」
しばらく間があったものの、意を決したかのように旦那様が口を開く。
「…殿下が最近特に懇意にしている令嬢から『護衛は見目麗しい方にした方がよいのでは』と提案され、それを笑いながら受け入れた」
「はぁ?!」
何だそれは。
「その後、軍本部に異動になったのだが、高位貴族出身者からの嫌がらせが多発した」
旦那様は今は男爵位を賜っているけれど、平民出身で幼くして家族をすべて亡くしており、天涯孤独で後ろ盾はない。
実力でのし上がり、武勲を立てて地位も得た。
しかし王族護衛の任に就いたことも妬みの原因であったらしい。
「いつか我慢しきれず問題を起こす前に軍を辞すことにしたのだ」
「そうでしたか。大変だったのですね」
元気がない理由はよく分かった。
「こうして男爵領に帰ってこられたのですから、まずはこの地で身体も心も休めてください」
いったん区切ってすぐに続ける。
「な~んて言うとでも思いましたか?」
「え?」
目を丸くする旦那様。
向かい合ってソファーに座って話していたけれど、立ち上がって旦那様の前に立つ。
「この男爵領は常に人手不足なんですよ!過去の嫌なことなど思い出す暇もないくらい働いていただきます!やることは山積み!覚悟しておいてくださいね!」
驚きのあまり声も出ないようだ。
「この男爵領をどこにも負けない地にすることで馬鹿な連中を見返してやればいいんです!」
「…見返す?」
「そうです!ぎゃふんと言わせてやるんですよ、ぎゃふんと!」
売られた喧嘩は買うべきでしょう!
「いいですか、これは旦那様の新たな戦いです!あ、もちろん私も一緒に戦いますけどね!」
とりあえず言いたいことは言い切ったので、今度はフォローに入る。
「残念ながら私には旦那様の心情をすべて理解できるわけではありません」
そっと頭をなでる。
「ですが、旦那様のことならすべて受け入れましょう。辞めるという判断も正しかったと思いますよ。今までよく耐えて頑張りましたね」
「…ううっ」
旦那様は私にしがみついてしばらく声も出さずに泣いた。
私はただ黙って旦那様の頭を抱きしめてそっとなでていた。
翌朝。
「まずは領主としてこの地の有力者達と会っていただきます。彼らなくしてこの地は成り立ちませんからね」
「わかった」
意を決するように旦那様はうなずいた。
まずは領都の商工会の会長に会いに行く。
だが、その途中の商店街で顔なじみである雑貨店の奥さんに捕まった。
「あら、奥方様!隣のいかついのは新しい護衛さんかい?」
「あはは、違います!こちらは旦那様ですよ~」
ほとんど来ることのなかった旦那様はこの地で顔を知られていない。
「えっ?!旦那様ってことは領主様ってことかい?」
「そうですよ。王都での任務を終えられ、これからはずっとこちらにおられます」
雑貨店の奥さんが旦那様の前に立っておじぎをする。
「領主様、お初にお目にかかります。いきなりですが領民の1人として言わせていただいてもよろしいでしょうか?」
「…ああ、かまわない」
うなずく旦那様。
「いくら王都での任務があったとはいえ、15で嫁いできた奥方様を今の今までほったらかしとはどういうことですか?!奥方様のおかげで昔の馬鹿貴族の頃が嘘みたいに活気あふれる暮らしやすい地になりましたけど、開発にかかった費用の多くは奥方様の持ち出しってみんな知ってるんですよ!」
旦那様の細い目が少しだけ見開かれる。
この地のさまざまな開発については旦那様に随時報告をしていた。
だけど、そもそも領地経営の知識がない旦那様は金銭面に関しては無頓着。
私もあえて報告には書かなかった。
旦那様がこちらを見ているのでニッコリ笑う。
「確かに多くの費用が私の負担となっていますが、実際には実家である子爵家からの貸付です。いわば長期投資で回収まで含めた計画の下に動いておりますので心配は無用ですわ」
そう、決して慈善事業などではない。
先々まで考えた上での投資なのだから。
旦那様にそう言ってから雑貨店の奥さんの方に向いてニッコリ笑う。
「奥さん、心配は要りませんよ。私の実家の子爵家は古くから商売で成り上がりましたから、損をするようなヘマは決していたしませんわ!」
雑貨屋の奥さんがため息をつく。
「わかったよ、奥方様がそう言うのなら引き下がるさ。だけど、奥方様を大事にしないのなら、この地の多くの人間を敵に回すことになるからね!」
ビシッと旦那様に言い切る奥さん。
「貴重な意見に感謝する。これまでの償いも含めて妻である彼女を大切にすることをここに誓おう」
そんな感じのやり取りがあちこちで繰り返され、さらに面会した商工会の会長からもなかなかの嫌味を言われ、すっかりへこんでいる旦那様。
「皆さんきついことを言ってましたけど、本当は気のいい方々なんです。次に会う時はケロッとしてますよ」
私自身、有力者達とけんか腰の討論になったことは何度もある。
だけど誰もそれを引きずったりはしないのだ。
「みんなの言うことは正論だ。耳が痛いが受け入れねばならない」
くしゃっと私の頭をなでる旦那様。
「そして君がこの地の人々に愛されていることがよくわかった。私もこれからはこの地のために尽力することを誓おう」
旦那様の方を見てニッコリ笑う。
「そうですね、これまでの分も含めてたくさん働いていただきますからね!」
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