上 下
71 / 81
第五章 砦の戦い

禁忌の呪法

しおりを挟む
「おのれ、ガキどもが!」

 ヨークの閃光の魔法からやっと視力が回復した魔女は、一瞬で壊滅した魔物達の姿を目の当たりにし、驚きと怒りに打ち震えていた。

「私の可愛い子らをよくも……我が暗黒魔術で地獄へ送ってやる…」

 魔女は素早く印を結ぶと、呪文の詠唱を始めた。しゃがれた低い声が唸り声のように響く。

 目配せしたセードルフとヴィツェルは詠唱が終わる前に魔女に切りかかった。

 「ガキ――ン!」

 はずだった。が、すでに強力な魔法障壁が張られており二人は見えない壁に弾き飛ばされた。

「クソったれ! どうなってやがる!?」

 尻もちを着いたヴィツェルが弾かれたナイフを拾う。

「魔法の同時掛けだ……しかも障壁の完成が早過ぎる。こいつ、やはり只者じゃないぞ」

 セードルフとヴィツェルは警戒し距離を取った。

「フォッフォッフォッ……ヒッヒッヒッ……無駄じゃ!貴様らには真の恐怖を与えてくれよう……」

 魔女の周囲にきりの様な妖しい紫色の光が立ち込める。しばらくその光は魔女の周りを漂うと、地面に吸い込まれた。

「冥界の主たる暗黒の神々よ……」

 圧倒的な魔力を持つ者の”力”が解放されていき、先程までは星が瞬いていた夜空に灰色の魔法雲が立ち込め渦を巻いていく。

「古の契約の名のもと我に力を貸したまえ……ラボス・ロイモス・エラ」
 
 魔女は驚くべき早さで呪文を完成させ、持っていた杖を地面に突き立てた。すると地面に吸い込まれた紫の光が地面から湧き出し、既に死んでいるミノタウロスやゴブリンの体にまとわりつく。

「何が始まるんだ?」

 ヴィツェルは嫌な予感しかしなかった。

 そして、彼の嫌な予感はすぐに的中した。地面に横たわっているミノタウロスの手がピクリと動いたのだ。

 ミノタウロスだけではなく、黒焦げのゴブリンやコボルトも同じように体を痙攣けいれんさせるように動き出した。

 そしてついに焦げ臭い匂いを振りまきながらゆっくりと立ち上がった。

 途中で火傷した皮膚がずるりと剥げ落ち、赤い肉を露出させる。しかし痛みを感じていないのか、そのまま武器を手に取りこちらに首を向けた。

 ミノタウロスもセードルフに跳ね飛ばされた首を片手に持ち、何事もなかったかのように立ち上がった。

 ヴィツェルの足元に倒れていたゴブリンが不意に目を見開き、持っていた短剣を突き出した。俊敏な盗賊は反射的に飛び退いた。

「なんだ! どうなってやがる!」

 死んだはずの魔物から不意に攻撃を受けたヴィツェルが、悲鳴に近い怒鳴り声を上げた。

「これは屍体を復活させる禁忌の暗黒魔術です!」 

 神官のヨークがいち早く警告する。

「わたしグロいの苦手なのよね……」 

 クマリが露骨に嫌な顔をした。

 セードルフとヴィツェルはすぐに攻撃を開始したが、痛みを感じない不死化した魔物は、さらに厄介な相手になっていた。腕を斬り、首を刎ねても構わず襲い掛かってくる。

「クソッ! これじゃキリがない、こっちの体力が持たねえぞ!」

 戦いが得意な盗賊のヴィツェルでも、相手に出来る敵の数には限度がある。

「使役している魔女のほうを止めないと、どうしようもない」

 ヨークも鎚矛メイスを振るいながら思案を巡らせる。

 呪文を唱えている魔女を殺さないとどうしようもないが、魔女は強力な魔法障壁と不死化したミノタウロスに守られていた。 

 ジリジリと下がり続け、ついにパーティは砦の前まで追い詰められていった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

今更困りますわね、廃妃の私に戻ってきて欲しいだなんて

nanahi
恋愛
陰謀により廃妃となったカーラ。最愛の王と会えないまま、ランダム転送により異世界【日本国】へ流罪となる。ところがある日、元の世界から迎えの使者がやって来た。盾の神獣の加護を受けるカーラがいなくなったことで、王国の守りの力が弱まり、凶悪モンスターが大繁殖。王国を救うため、カーラに戻ってきてほしいと言うのだ。カーラは日本の便利グッズを手にチート能力でモンスターと戦うのだが…

異世界で黒猫君とマッタリ行きたい

こみあ
ファンタジー
始発電車で運命の恋が始まるかと思ったら、なぜか異世界に飛ばされました。 世界は甘くないし、状況は行き詰ってるし。自分自身も結構酷いことになってるんですけど。 それでも人生、生きてさえいればなんとかなる、らしい。 マッタリ行きたいのに行けない私と黒猫君の、ほぼ底辺からの異世界サバイバル・ライフ。 注)途中から黒猫君視点が増えます。 ----- 不定期更新中。 登場人物等はフッターから行けるブログページに収まっています。 100話程度、きりのいい場所ごとに「*」で始まるまとめ話を追加しました。 それではどうぞよろしくお願いいたします。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

神のいとし子は追放された私でした〜異母妹を選んだ王太子様、今のお気持ちは如何ですか?〜

星井柚乃(旧名:星里有乃)
恋愛
「アメリアお姉様は、私達の幸せを考えて、自ら身を引いてくださいました」 「オレは……王太子としてではなく、一人の男としてアメリアの妹、聖女レティアへの真実の愛に目覚めたのだ!」 (レティアったら、何を血迷っているの……だって貴女本当は、霊感なんてこれっぽっちも無いじゃない!)  美貌の聖女レティアとは対照的に、とにかく目立たない姉のアメリア。しかし、地味に装っているアメリアこそが、この国の神のいとし子なのだが、悪魔と契約した妹レティアはついに姉を追放してしまう。  やがて、神のいとし子の祈りが届かなくなった国は災いが増え、聖女の力を隠さなくなったアメリアに救いの手を求めるが……。 * 2023年01月15日、連載完結しました。 * ヒロインアメリアの相手役が第1章は精霊ラルド、第2章からは隣国の王子アッシュに切り替わります。最終章に該当する黄昏の章で、それぞれの関係性を決着させています。お読みくださった読者様、ありがとうございました! * 初期投稿ではショートショート作品の予定で始まった本作ですが、途中から長編版に路線を変更して完結させました。 * この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。 * ブクマ、感想、ありがとうございます。

聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる

夕立悠理
恋愛
 ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。  しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。  しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。 ※小説家になろう様にも投稿しています ※感想をいただけると、とても嬉しいです ※著作権は放棄してません

処理中です...