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第二章 トスタ村へ

魔女の森

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 アイマールは早速ローラの足取りを追うことにした。

 インガルス家の納屋の裏手に回ると、家畜用の木の柵がありその中で子ヤギが草を食んでいた。その柵を抜け、目の前にある低い丘をこえると、思いのほか近くに暗い森は広がっていた。

 そしてちょうど、インガルス家の建物と森の中間ほどにポツンと小さな井戸があった。

 アイマールが井戸に近づくと水桶が無造作に地面に転がっている。母のキャロラインの話によると昨日のローラがいなくなった時と同じ状態そのままにしているという。

 「ここから、いなくなったのか?」

 アイマールは手掛かりを求めて井戸の周囲を注意深く見回した。

 インガルス家から井戸までの距離は歩いて二十歩ほどだった。何か叫べば聞こえる距離だったが、その日の朝ローラの叫び声を誰も聞いていないという。
 
 井戸の中を覗くと思ったより深くて薄暗いので何も見えない。念のため松明トーチをつけて中を照らすが特に何も見つからなった。

「やっぱり森の中か……」

 松明トーチの火を消し、森の方へ歩いていくアイマール。歩く方角を確認するために空を見上げると、村へ到着した時よりも太陽が西に傾いている。

「太陽がこの位置だから……村がこっち……森があっち…北西で間違いないよな」

 深い森に入った瞬間自分が迷ってしまったら元もこうもない。アイマールは念入りに周りの地形を頭に叩きこんだ。

 すると、いつもなら心地良いはずの黄昏時の風がアイマールの体を吹き抜けた。その冷たい風に吹かれ黒い森全体がアイマールを手招くようにようにザワザワと揺れ始める。

 「怖くない…怖くない…」

 アイマールは周囲を見回しながら一歩また一歩と土の感触を確かめるように森へ近づいて行く。

 しかし、家族と暮らしていた故郷の森とは明らかに違う空気が漂う森に、彼の進む足が徐々に重くなる。

 そして近づくほどに村人が”魔女の森”と恐れている理由が分かってくる気がした。

 この森は古い森でカシやブナの古木が多い。そのため奇妙に変形した樹木が多くそれだけで気味が悪かった。

 森の手前まで来たアイマールは、地面に不自然な物を見つけた。それは何かが地面を這ったような跡だった。

 アイマールはしゃがみ込んで、じっと観察する。

 その場所だけ枯れ葉が散らばり地面の土が露出していた。その先は這った跡は無くなり小さな足跡のようなものが森の奥へ続いていた。

「なんだろ、この跡は……人の足跡みたいだけど」

 行方不明の少女の痕跡かどうか判断するの難しそうだった。しばらく考え込んだアイマールだったが、意を決して立ち上がった。

「よし!行くぞ」

 アイマールは背負っていた弓を降ろし、両手に構えた。そして大きく一つ深呼吸して暗い森の奥へ足を踏み入れていった。
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